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作品タイトル不明

第百四話 見捨てるべき命

第百四話 見捨てるべき命

領都に帰還し、オールダー王国の全面降伏、及びストラトス領への編入が正式に認められた。

やはりというか、他の貴族達からは厳しい視線を向けられる。覚悟はしていたが、今後の付き合いに影響が出るかもしれない。

彼らの心証を回復する手段は、オールダー王国……旧オールダー王国領の市場にて儲けを出し、後々彼ら自身が『自分達は賢い選択をしたのだ』と思うこと以外にないだろう。

既に商人達へオールダー側への通行手形と、関所などでの税金の免除等を記載した書類を渡しておいた。後々道の整備等でそれを助ける予定である。

それと、オールダー側の村々にストラトス家から金銭と食料を多少ではあるが配るよう命じて、騎士達を派遣した。ばら撒きというやつは、統治においていつの時代も有効である。

まあ、シンプルにそうしないとあの地域で大量の死者が出そうだから、という理由もあるが。

アナスタシア殿にマニュアルについて説明するかたわら、世間話程度だが詳しくオールダーの経済や食料事情を聞いている。

はっきり言って、悲惨としか言いようがない。逆によく、ここまで生き残れたなと感心した程だ。

……生き残れた、という点に関しては、帝国が『生かさず殺さず』した結果かもしれないけど。

閑話休題。オールダーは伸びしろが大いにある。本来のスペックはそう悪くない土地だ。投資次第では大きく跳ね上がるだろう。

それに、石油の算出も見込めるのだ。油田の採掘や加工ができるのが何年後になるかわからないが、遠い未来ではとんでもない発展を遂げているかもしれない。

そんなことを考えながら、自分は連合軍との戦いに参加した貴族達が帰還するのを当主として見送った。

彼らは『この後の戦い』に参加しない。軍役を果たした以上、皇帝の命令で戦場に赴く理由など自領の防衛ぐらいだ。

故に、残っているのは法衣貴族である将軍達と、シャルロット嬢率いる義勇軍。

そしてクリス様と10名の親衛隊。随分と数が減ってしまったが、彼ら彼女らと共に屋敷の一室である会議室へと向かった。

「───それでは、対モルステッド王国に関して、軍議を始めたいと思います」

将軍の1人が、そう告げた。

これから冬がやってくるという季節。本来ならどこの国も戦争をやめるはずだが、彼の国は未だ帝国への攻撃を続けている。

それはモルステッド王国にとって、半ば日常と化していた。

彼の国は、魔物の血が混ざった馬の一大生産地である。かつては『最強の騎兵軍団』と恐れられ、先王の頃は帝国を何度も窮地に追いやったことがあるとか。

騎兵を主体としたその機動力は圧倒的であり、本格的に冬が到来する直前まで散々に暴れた後、あっという間に王国へと帰ってしまうのだ。

帝国は毎回、その背中を睨みつけることしかできない。昔撤退するモルステッド王国軍を追撃しようとした帝国の大部隊が、雪に埋もれて動けなくなり大きな被害を受けたのは有名だ。

モルステッド王国は北国であり、冬はほとんど常に雪で地面が覆われる極寒の地。

あの国は騎兵の機動力で一方的に他国を攻めては、略奪をして冬直前に帰っていく。それを繰り返している、周辺国からすれば帝国に負けず劣らずの迷惑国家だ。

そんなモルステッド王国だが、コーネリアス皇帝の死亡後は南下の勢いを強めている。これまでは冬将軍の壁に守られていたのだが、とうとう雪に覆われない土地を求めだしたらしい。

彼らのこれ以上の南下を防ぐ為、帝国は北方にて敵軍を打倒し、土地の占領を防がねばならないのだ。

具体的な作戦については、実際に北へと向かって現地の貴族達も交えて決定する。今回は、補給路や帝都周辺から出せる兵士についての相談が主だ。

ついでに。

「クロノ伯爵」

将軍の1人が、こちらを鋭い瞳で見つめてくる。

「以前貴方がおっしゃっていた例のアレは、もう動かせるのですな?」

「───ええ」

彼の視線を受け、ニッコリと笑みを返した。

父上が残した、3つの『置き土産』。

1つ目は、戦車隊。2つ目は、スネイル公国内の工作。

そして3つ目。連合軍との戦いに勝利した後、必要になるだろうと用意していたモノ。

「既に起動実験は終了しています。いかんなく、その性能を発揮できるでしょう」

対モルステッド王国戦の、切り札とも言える存在だ。

恐らく二度は通じない代物だが……初見殺し上等。一撃で、彼らの肝を氷の中に叩き込んでやる。

そうして軍議が進む中。

「…………」

クリス様は、終始浮かない顔をしていた。

その理由は、きっと……。

* * *

会議が終了し、部屋には自分とクリス様。護衛のシルベスタ卿と、婚約者であるシャルロット嬢のみが残った。

「クリス様。どうなさいましたの?ずっと、顔色が悪いようでしたけど……」

そう心配するシャルロット嬢に、クリス様は力なく笑う。

「いや、そんなことないよ。ボクは元気だから」

「お言葉ながら、そのようには……」

「クリス様」

姿勢を正し、彼女に問いかける。

「少しだけ、2人で話すことはできないでしょうか……?」

「ぇ……」

「シルベスタ卿に、扉の外で待機していただいて構いません。ほんの少しの時間で良いのです。どうか……」

そう言って頭を下げる自分に、クリス様がわたわたと手を動かす。

「え、えっと」

「クロノ様。それは、クリス様の婚約者であるワタクシにも聞かせられない話ですの?」

横から、鋭い視線を向けてくるシャルロット嬢。

彼女にも立場がある。侮辱されたと取られかねないが、それでも『立場がある』からこそ、シャルロット嬢には聞かれたくない話であった。

「……はい」

「……そうですか」

小さく、ため息をついた後。

「クリス様。クロノ伯爵がそうおっしゃられるのなら、ワタクシに否という気はありませんわ」

優雅に一礼するシャルロット嬢に、クリス様が困ったように眉を『八の字』にする。

「シャルロット殿……」

「ですが、できれば後で話せることだけでも共有していただきたいですわ!なんせワタクシは、クリス様の婚約者なんですもの!」

ふんすと、胸を張ってそう宣言するシャルロット嬢。

相変わらず、強い人だ。

「……わかった。リゼ。シャルロット殿。少し、席を外してくれ」

「申し訳ありません、シャルロット殿。シルベスタ卿」

「構いませんわ。夫の付き合いに口出ししないのも、良い妻の条件ですもの」

「では、私は外にて待機しております」

優雅に髪をかき上げ、高笑いしながら退室するシャルロット嬢と、キビキビと去っていくシルベスタ卿。

扉がバタンと閉じられたのを確認してから、椅子に座るクリス様と視線を合わせる為に床へと片膝をついた。

「クリス様」

「う、うん。それで、話って……」

「フリッツ皇子の妻子について……お考えになっているのですね?」

「……うん」

観念した様子で、彼女は頷いた。

「わかっては、いるんだ。フリッツ皇子は裏切り者で、彼の妻子の安全を帝国が配慮する理由なんてないって。でも、それでも……」

フリッツ皇子は、妻子を皇帝の……コーネリアス皇帝の魔手から逃がす為に、モルステッド王国に頼った。

彼が具体的にどういう状況で、どういう経緯を経てその決断を下したのかわからない。

しかし、事実は揺らぐことなく、『裏切り』の3文字を示している。

「父上がどういう人か、ボクは全然わかっていなかった……フリッツ兄上が、追い詰められるのは当然だ。あの人は……本当に、悪魔のような人だったんだ」

ぽつり、ぽつりと、彼女は胸の内をこぼしていく。

「理性では、それでも兄上の妻子を見捨てるべきだって思っている。彼らの為に、帝国の為戦ってくれている者達を危険にさらすわけにはいかないし、国家の不利益になる交渉にも応じられない。でも……」

「クリス様」

震える彼女の手に、こちらの手をのせるか少し迷って。

代わりに、己の胸へと拳を打ち付けた。

どん、と少し大きな音がして、クリス様がビクリと顔を上げる。通路の方から気配を感じるが、それでも続けた。

「私は、とても強いです」

「え?う、うん。それは、全く疑っていないけど……」

「そして、モルステッド王国との戦争にも参加します」

「……うん。でも、本当に良いの?」

「はい。それぐらいせねば、オールダーの件を他の貴族達も納得しきれないでしょう」

連合軍との戦いに参加した貴族達を納得させるには、利益を出すしかない。

しかし参戦しなかった貴族達も、自分がオールダーに関して下した決断を非難するだろう。あるいは、帝国への忠誠心が高いまともな貴族程ストラトス家を警戒するかもしれない。

それを少しでも和らげる為、国への忠誠を示す。身銭を切り、危険に身を晒すことでしか得られない信用もあるのだ。

ここまでの活躍で十分とも思えるが、それでも『オールダーの件の後』というのは重要である。

帝国内でも商売や外交を続けていくのだ。参戦は避けられない。

で、あれば。

「ご命じ下さい。可能な範囲で、フリッツ皇子の妻子の保護に動けと」

「え……」

『ついで』に、少しだけ別の仕事を請け負うのも良いだろう。

「で、でも、それは……!」

「無論、私も伯爵家の当主です。己の命と彼らの命であれば、我が身を選びましょう。ストラトス家の家臣や、同じ帝国軍に関しても、彼らの命をフリッツ皇子の妻子より優先しましょう。ですが」

彼女に少しでも安心してもらおうと、笑みを浮かべる。

涙のたまった碧眼を、真っ直ぐ見上げた。

「ご存知の通り、私はとても強いので、ちょっとだけ余裕ができるかもしれません。その余裕分だけ、フリッツ皇子の妻子について動いても良いのではないでしょうか?」

「……だめだよ。そんなこと、命じるわけには……」

「いいえ。だめではありません。何故なら貴女は、帝国軍の最高司令官です」

「だからこそ、だよ。私情でそんな命令を、出すわけには……!」

「……確かに。指揮官が私情で作戦を考えるのは良くないかもしれません」

「うん……だから」

「では、私情での『お願い』として」

「おね、がい……?」

「はい」

不安そうに、それでいて縋るようにこちらを見るクリス様へ、小さく頷く。

「戦友に、友人に。自分の親戚を少しだけ気にかけてほしい。そんなお願いを、すれば良いではないですか。それならば、100%私情でもなんら問題ありません」

「……いい、の?」

「勿論です。友達ですから」

「─────」

クリス様が、何かを言おうとして、言葉を引っ込める。

それを何度も繰り返して、どれぐらい経っただろうか。自分はただ、傍によりそって彼女が答えを出すのを待つ。

もっと気の利いたことを言えたら良いのだが……あいにくと、これぐらいしか浮かんでこない。

既に、フリッツ皇子の妻子が亡くなっている可能性だってある。激しい戦いが起きて、自分に彼らの救出に動く余裕がない可能性もある。

これは、ただの気休めなのかもしれない。

それでも。

「お願い」

自分が地獄への道に向かって、背中を押した少女の。

「兄上の奥方と、子供を、守ってあげて……!」

「ええ。我が友よ。可能な範囲で、ですけどね」

その笑顔を、少しでも守ってあげたかった。

* * *

会議室を出ると、通路にはシルベスタ卿とシャルロット嬢が待っていた。

「お二人とも、先程は失礼いたしました」

「いいえ。クロノ様がワタクシを外させた理由が、わかりましたわ」

自分が胸を叩いた辺りで、念のため聞き耳をたてていたのだろう。

シャルロット嬢は、赤いドリルヘアーを軽く掻き上げた。

「ワタクシの立場では、あのようなことを言えませんもの。侯爵家の娘として。将来の皇妃として。『フリッツ皇子の妻子は見捨てろ』としか申し上げることがございません」

「ええ。それが、正しいことだと思います」

「そうですわね。ワタクシも、この考えに恥じることなど欠片もありませんもの」

彼女の考えは、貴族として至極正しい。

裏切り者の妻子の為に、何かをするなど下手をすれば士気に関わる。信賞必罰の理念から外れ、過度な身内贔屓として皇帝の求心力は落ちるのは間違いない。

これがコーネリアス前皇帝ならば、その実績と実力で黙らせることができただろう。

しかしクリス様は、失礼ながら今はまだ貴族の支持を得られる程の偉業を成していない。ストラトス家とグランドフリート家に、おんぶにだっこの状態だ。

だから、シャルロット嬢が皇子の妻子を見捨てろと言うのは、正しい。

「ですが、1人の人間としては……嫌いじゃありませんわ」

小さく、シャルロット嬢が肩をすくめる。

「ワタクシが貴方のその行動について、手助けできることなどございません。フリッツ皇子の妻子の為に、兵士を動かすことも、ワタクシ自身が何かすることもございませんわ。精々、兵士達に『軽挙妄動をするな』と大きな声で言うぐらいでしてよ」

「それだけでも、十分過ぎます」

フリッツ皇子に恨みをもつ貴族や兵士を、牽制してくれると言うのだ。これ以上はない支援である。

「ふふん。今回は1歩貴方にリードされましたが、まだ負けていませんわよ。今後も油断なさらないことですわね……!」

「……あの、リードとは?」

「クリス様の寵愛レースのことですわぁああああ!婚約者として、『真実の愛』に負けたりなんかしなくってよおおおおおお!」

「いや、だから僕達はそういう関係では」

「本当ですか?」

「シルベスタ卿?」

「本当にそういう関係ではないのですか?」

「え、はい。それは勿論……」

「ちっ」

「舌打ち!?」

「なんてこと……!まさか、シルベスタ卿が、いいえ親衛隊が『真実の愛』推進派……ですの!?」

「なんのことかわかりませんが、親衛隊は政治的な観点での発言を控えています。ただ、クリス様の心の潤いに関しては、全力で干渉しますが。命の次に、心もお守りしないといけないので」

「むきー!つまり、ワタクシがクロノ様よりもクリス様にとって、心のオアシスとして不足とおっしゃいますのね!おのれクロノ様!」

「僕ですか!?いや、誤解ですから!クリス様とはそのような関係では……!」

「だぁまらっしゃい!クリス様のお顔を見まして!?あれはメスの顔ですわ!メス堕ちしちゃっている顔ですわ!帝都で偶に見るお顔でしたわー!」

「侯爵令嬢が『メスの顔』とか言うんじゃありません!」

「クロノ様には、クロノ様には負けられませんわ!今からクリス様をおベッドにお連れして、おドッキングしてオスのお顔になってもらいますわー!」

「『お』をつければ上品になると思わないでください!」

「それはできません、シャルロット殿。私は全力で、貴女を止めます」

「ふっ……やはり立ちはだかりますのね、シルベスタ卿。では、あの日の決着を───いざ!」

「いやいざじゃないですけど?え、まさか本当に戦う気じゃ……」

「たしかに他家のお屋敷を壊すわけにはいきませんわね……」

「いや、それはそうですけど、壊す壊さない以前に侯爵家の御令嬢として相応しい振る舞いをですね……」

「ここは上品に、クリス様の理解度勝負!どれだけあの方の良い所を言えるか勝負ですわー!」

「よろしいので?それは常にクリス様のお傍にいる、私に有利な勝負ですが」

「よくってよ!大事なのは気持ち!この3人で誰が最もクリス様の隣に相応しいか、決着の時ですわー!」

「……え、僕もやるんですか?」

「いざ、尋常に!ファイっ───」

「シャルロット殿」

ガチャリ、と。会議室の扉が開く。

そして、リンゴみたいに顔を真っ赤にしたクリス様が出てきた。

「お願いだから、そこまでにして……!」

「……お可愛いですわぁ!!」

この後、クリス様の友人としてお願いされシルベスタ卿と2人でレッドドリル令嬢を連行した。