作品タイトル不明
第百三話 冬の足音
第百三話 冬の足音
「……どういうつもりだ」
室内に響いていた、紙をめくる音が止む。
対面するアナスタシア殿が、ゆっくりと こ(・) ち(・) ら(・) が(・) 渡(・) し(・) た(・) 書(・) 類(・) を机に置いた。
アレには、オールダー側の今後の業務についての提案が書いてある。
「こちら側の人員を追いやるどころか、懐に入れると聞いた時は使い潰すつもりかと思ったが、ストラトス家の者達とほとんど変わらない待遇。一般的な貴族家では考えられない、厚遇とさえ言える」
それはそうだろう。この世界、貴族や騎士は『極端に忙しい』か『極端に暇』のどちらかなので。
戦場でのアレコレは置いておくとして、真面目な領主程書類に埋もれるものだ。父上も度々、書斎や執務室で埋まっていたし。
逆に、『よきにはからえ』と下の者に言う者や、ただ平民をムチで打って徴税をするだけの者達は暇を持て余している。後者の方がこの大陸では多数派だ。まあ、上がそんな感じで、騎士とかがしわ寄せくらって忙しいパターンもあるけど。
何にせよ、きっちりと業務形態を組んで働かせる、その上で、休みや給与を保証するというのはかなり珍しい。
そう言えば、管理職って残業代つかないよね。いや、本当に関係ないんだけどね?
……まあこの大陸、そもそも『残業代』という言葉が行方不明だけど。
「オールダーの者達を懐柔する為……だとしても、やり過ぎだし露骨過ぎる。なあ、旦那様よ。貴殿はいったい、何を考えている」
探るような瞳を向けてくる彼女に、ニッコリと笑みを浮かべた。
「その方が効率的だからです」
「……詳しく」
「当然ながら、人には集中力や体力の限界が存在します。疲れているのに無理矢理作業を続けたら、効率が下がります。それは、僕や貴女のような優れた魔力量と、それに裏打ちされた常人とかけ離れた肉体の者でも例外ではない」
「……言いたいことはあるが、今は置いておこう。効率の部分は、理解できる。だが、それを何故オールダーの者達に適用するのか。それ程までにストラトス家は人手が足りないとでも?」
「はい」
使い潰すなんて贅沢、できるものか。オールダーの懐柔もあるが、それ以上に今は人が足りなすぎる。
だからこその厚遇。仕事量が多い代わりに休みや給与をきちんと提示することで、彼らには長く働いてもらいたい。
「……はい、だと?」
まさかストレートに認められるとは思っていなかったのか、アナスタシア殿が一瞬キョトンとした顔をする。
「隠してもすぐにわかることですので、お伝えしましょう。現在、ストラトス家は未曽有の人手不足に陥っています」
「……例の4家と、オールダーを領土に加えたからか。前者はともかく、後者はストラトス家が言い出したことだろう。てっきり、送り込む人員を含めて用意が整っていると思っていたが」
「それ以外に、選択肢がなかったからそうした。ここまで言えば、貴女ならわかるでしょう」
「……なるほど。商人達への飴と、それによる資金と物資の徴収。やけに多かった傭兵達。それらが理由か。ついでに、4家を取り込んだことで近づき過ぎたオールダー王国の土地が荒れるのは困る……と」
「だいたいそんな感じです」
去年……いいや、今年の春頃まで考えていたストラトス家の計画は、オールダー王国との戦争でコーネリアス前皇帝が討たれて以降、狂いに狂っている。
そうした人材不足のことは、散々考えてきたが、これ以外にも問題があった。
うちと他の家では、占領地の統治方法が大きく異なる。ストラトス家が、異端過ぎるというのもあるが。
もしもオールダー王国が他の貴族の統治下になったら、その貴族はどうするか。
いくら王国が小国とは言え、その領土を全て管理するとなれば伯爵家クラスの家格が必要になる。かと言って、そんな大貴族がわざわざ飛び地を欲しがる可能性は低い。
最悪、複数の貴族に切り分けられて雑多な統治をされるかもしれない。ただでさえ帝国へ強い恨みを持つ国だ。アナスタシア殿の降伏で心が折れたとしても、再び憎悪が燃え上がる可能性がある。なんせ、帝国の一般的な貴族が占領地にする統治ってアレだし。
ならば、いっそうちで管理した方が良い。隣の家が大火事になって自分の家に燃え移るのと比べたら、よほどマシだ。
勿論市場への期待やら、商人への飴もあったが……他の貴族を信じられないという、あんまり大声では言えない理由もあった。
なんなら、アイオン伯爵の領地の方も『どうしようね、アレ』状態だし。初期対応は父上がどうにかしたが、以降の介入は元老院の会議で決める。我が家が独断でアレコレすることは、できない。
お願いだから、理性的で友好的なお隣さんが赴任してほしいものである。
閑話休題。思考をアナスタシア殿との会話に戻す。
「しかし解せんな。カール程冷徹かつ狡猾な男なら、人員の備えもあらかじめやっていそうなものだが」
「教育しようにも、教育する相手が不足していたので」
「……まさか、カールは妻以外に女を抱いたことがないのか?血の濃さの調整的にも、奴の代で種を蒔いておくべきだろう」
「はい。父上は、家臣の娘らとそういった関係には一切なっていません」
「……そんなに熱心な『真実の愛』を……いや、そうか。あのカールが私を暗殺するという話、冗談でも何でもなかったのか」
「お察しの通りです」
「……そうか」
アナスタシア殿が、盛大にため息をつく。
「まさか、帝国の屋台骨になりつつあるストラトス家がそんな問題を抱えていたとはな。どれだけ優れていても、完璧な人間など存在しないと思っていたが……あの外道騎兵には、そういう欠点があったのか」
「僕や姉上に対して、やや過保護すぎるところがあるので……」
「この状況で私の首を狙うなど、過保護を通り過ぎて狂気だがな。あれ程の男が、そうも狂うとは」
皮肉気に彼女は笑うが、こちらは冷や汗しか出てこない。
あの父上の場合、隙あればやる。絶対にやる。
「だがそうか。そこまで親バカなら、 義(・) 父(・) 上(・) とお会いする時は我々の仲睦まじい姿をお見せするとしよう。なあ、旦那様?」
「いや、ほんと。その場合は最大限に警戒をしてくださいね……?」
「わかっているとも。くく……まさか、奴と会うのが楽しみになる日がくるとはな……!」
100人が100人ドン引きするような悪人面で笑う、アナスタシア殿。
いったい、どれだけ父上のことが嫌いなのか……いや、国境沿いの砦にやったことを考えると恨まれて当然だろうけども。
軽く聞いた感じ、前世なら間違いなく戦争犯罪として裁かれそうなことをやらかしている。彼女の証言だけだが、話を聞いた古参の騎士達は『お館様らしいですな!』『一緒にやりたかった!』と笑っていたし。
「何はともあれ、私が否と言う理由はない。役職を取り上げられて僻地で飼い殺しにされるでもなく、育て上げた人員が活用されるのは喜ぶべきだろう」
「育てた、というと、もしやノリス国王の頃から?」
「ああ。兄上は4カ国合同でコーネリアス皇帝を討った後、帝国の『蓋』を突破して侵攻するつもりだったからな。その際必要になると、家臣達の家から集めた次男や三男を育てていたよ」
「なるほど……流石としか、言えませんね」
「……若干、『真実の愛』もあっただろうが」
「なるほど。何も言うことが浮かばないので、聞かなかったことにします」
この世界の貴族は『真実の愛』を嗜むのが常識だと、知識では理解している。
しかし、強敵でありトラウマすらある相手だが、尊敬もしている王のそんな事情は聞きたくない……!
「何はともあれ、オールダーの者達は勤勉だ。そうでなければ生きていけなかったからな。存分に使ってくれ。『お互いの為に』……な」
そう笑顔で告げるアナスタシア殿だが、乗っ取りを企てているのを隠す気がない笑顔である。まあ、状況的に隠しようもないだろうが。
しかし、我が家を乗っ取るのはそう簡単なことではない。
「ええ。では取りあえず、そちらの人員を何人かうちへ研修に送っていただきます。ローマンコンクリートを使った工事に関する教育と、蒸気機関の活用方法。あと統治に関する認識の共通化と、それにマニュアルを互いに」
「待て。ちょっと待て」
若干冷や汗を掻きながら、アナスタシア殿が手を突き出す。
「……情報の洪水で、丸め込むつもりではないのだな?」
「はい。全部受け止めて吸収してもらうつもりです」
「……そうか」
コーヒーを一口飲んで、彼女は小さくため息をついた。
「……週休2日と、有給とかいう新しい制度ありとは言え……楽はできんな。これは」
「はっはっは。楽ができるのなら、人材にここまで飢えることもありませんから」
真面目な統治者程苦労する。この大陸において、ストラトス家程統治に真面目な家はないのではないか。
我が家の乗っ取りができそうな人など、1人しか知らない。彼女程の事務処理能力と人徳で、官僚界の皇帝になりそうな人物がいるというのなら、是非名乗り出てほしいものである。
書類の山と領主の権限を、責任と一緒に投げつけるので。
「それはそうと、マニュアルに書式の統一か……マニュアル自体、きちんと存在する貴族家など珍し過ぎるが、随分と分厚い」
「研修会では、きちんと講師が教える予定ですが……教えただけで、理解しきれないかもしれません。実際に働く中で身についていくことも多いので」
「だろうな。それでも、これの有無で効率は大きく変わるだろう。これからは貴殿の妻として、管理の一端を担うのだ。まず私から、覚えねばなるまい」
アナスタシア殿のメイドが、無言でコーヒーのお代わりを持ってくる。
今ある分を一息に飲み干した後、彼女は紙とペンを装備した。
「なに。これでも私は、勉強が得意な方だ」
* * *
一通りの説明と、人材カツアゲ……もとい、人材交流の日程等を組んだ後、ストラトスの領都への帰路につく。
その道中、オールダー側の負傷兵の治療も魔力の9割程を使って行った。人気取りがメインである。彼らには、父カールとは違うとアピールしなければならない。
元々、父上から『代替わりの際は、俺の敵に対して礼儀と優しさを持って接しろ。ギャップで好感度上がるから』と言われていた。少し申し訳ないが、これも円滑な領地運営の為。
そんな感じで途中野営をしながら帰還すれば、国境だった場所にある砦の前で、イーサンとサルバトーレ傭兵団が待っていた。
ハーフトラックから降りた自分に、彼らが一斉に帝国式の敬礼をする。
「ご無事で何よりです、クロノ様」
「ええ。あの戦争の直後に、少し話したきりでしたね。そちらもお元気そうで何よりです」
「はっ。御身に団員を治療していただいたおかげです」
サルバトーレ傭兵団。連合軍との戦いでは、戦車隊と協力して敵の第1の壕を制圧してくれた勇者達である。
流石に死者が出る被害を受けていたが、それでも大半が生き残った精鋭だ。
「イーサン殿は、これから姉上の所に?」
「いえ。既にお話させていただきました。我らはこれより、スネイル公国……その、かつてサルバトーレ王国があった場所を目指し、移動する予定です」
「……そうですか」
元々、故郷を取り戻す為に彼らはうちに仕官したのだ。本人にはまだ言っていないが、いずれイーサンにはストラトス家の騎士に、場合によってはクリス様に進言し男爵位を得てもらう。
そしてストラトス家とスネイル公国の緩衝材として頑張ってもらう予定だ。彼らは旧領を取り戻し、うちは程よい壁を得る。
しかも姉上の嫁ぎ先として最高の相手だ。今後も助け合いの精神でやっていく予定である。
だが、それはそれとして。
「イーサン殿。これからどんどん気温が下がっていきます。いかに貴方達が精鋭でも、雪で覆われた地面には勝てません。焦りは禁物です」
ここからの季節は、兵士達にとってあまりに厳しい。位置的にも、まだ雪が降るようなことはないだろうが……。
心配する自分に、彼はハキハキと答える。
「はっ。あくまで偵察をメインに動く予定です。フラウ様からハーフトラックを1台貸していただけるので、帰還にはそう時間がかからないかと」
「ハーフトラックを……いえ、わかりました」
姉上の権限で運転手と火夫ごと貸し出したか。それなら、移動の安定感がかなり変わる。
人手がそちらに割かれるのは正直厳しいが、サルバトーレ傭兵団はストラトス家にとって大事な存在だ。これぐらいの優遇は、すべきだろう。
彼らは連合軍との戦いで、抜きんでた活躍をした。その褒美でもある。
「ご武運を。無事の帰還を祈っています」
「はっ!奇跡を体験したお方に祈っていただけるとなれば、我らも安心して故郷の土を踏みに行けるというもの!ありがとうございます、クロノ様!」
彼の発言に少し照れてしまうが、士気が上がってくれたのなら何よりだ。
そこで、冷たい風が頬を撫でていく。
空は青と言うには少しだけ薄く、森の木々は茶色に染まっていた。
今は11月の下旬。冬は、もう目前までやってきている。
───モルステッド王国という、難敵を残したまま。