作品タイトル不明
第百二話 オールダー王国へ
第百二話 オールダー王国へ
当主就任パーティーの翌日。
忙しないことだが、自分はハーフトラックに乗りオールダー王国へと向かっていた。
既に、オールダー王国へ帝国の使者が向かっている。アナスタシア殿の印が押された降伏文は、彼らの所へ届いているはずだ。
後はどれだけスムーズに開城を済ませられるか。最悪、ノリス国王の遺児と奥方を旗印に継戦を宣言するかもしれない。
アナスタシア殿とガルデン将軍がいないあの国を攻め滅ぼすのは、そう難しくないはず。慢心かもしれないが、ストラトス家のみでも1カ月あれば余裕だ。
しかし、敵味方に被害が出るのは確実。できるだけ、血を流さずに終わらせたいが……。
「ハーフトラックとは、中々に乗り心地が悪いものなのだな!」
荷台側で、自分の隣に座るアナスタシア殿がそう叫ぶように伝えてくる。
稼働音もあって、大声じゃないとお互い上手く聞き取れないのだ。
……それはそれとして、やはりでかい。どことは言わないが、ハーフトラックの振動でとある箇所が揺れている。
「申し訳ありません!ですが、馬だと少々時間がかかってしまいますので!」
「焦らずとも、我が国は継戦など選ばんよ!……いや」
どこか楽しそうにハーフトラックの振動を受けていた彼女は、少しだけ自嘲するように笑った。
「オールダーに、そんな力はないのだ。気力も、戦力もな」
───ポッポォォ!
汽笛の音に紛れてしまいそうな、彼女の呟き。
自分達は、ストラトス家とオールダー王国の国境へと向かった。
* * *
「お疲れ様、弟。いいえ、ようこそいらっしゃいました。ご当主様……と言うべきかしら」
戦場であった場所について早々、姉上が出迎えてくれる。
周囲は埋め立てられている塹壕と、運ばれていく武器弾薬。そして、遠くにある鉄臭い大きな穴。
戦争の痕跡が色濃い場所にいながら、姉上に外傷らしい外傷は見られない。そのことに安心しつつ、首を小さく横に振る。
「公式の場ならともかく、それ以外ではいつも通りに接してくださると嬉しいです」
「そう。ならそうするわ」
長い金髪を軽く掻き上げた後、姉上の視線が隣のアナスタシア殿へと向く。そして、優雅な一礼をした。
「初めまして。アナスタシア様。クロノの姉、フラウ・フォン・ストラトスと申します」
「ええ。初めまして、フラウ殿。いいや、これからは義姉上とお呼びするべきでしょうか」
「好きに呼んでくださってかまいません」
「承知しました」
不敵な笑みで問いかける彼女に、姉上はさらりと受け流す。
そして、視線をこちらに戻した。
「就任式に出席できなくて悪かったわね。事後処理に少々手間取っていたわ」
「いえ。お忙しいことは重々承知しておりましたので。それで、状況は?」
その問いに、姉上は少しだけ考えた後。
「砲撃の音がしない。それが全てよ」
淡々と、そう告げた。
* * *
なんの妨害もなく、自分達はオールダー王国の首都にまで到着した。
春に行われた、クロステルマンとの戦争の痕跡が多く残る城壁の内側。木造の家を中心とした家々が並ぶ城下街は、随分と人の気配が薄い。
煙を上げて前進するハーフトラックを、住民達は息を殺して路地裏や扉の隙間から見つめていた。
傷だらけの城壁と、オールダー王国の城。そこには、帝国とストラトス家の旗がはためいている。
「私が壮絶な戦死を遂げた……というのであれば、違ったのだろうがな」
城内へと、一切の抵抗もなく通されて。アナスタシア殿の執務室にまで到着する。
しかし部屋の主人が奥にある椅子に座ることはなく、自分と彼女は執務室にあるソファーへと対面するように腰を下ろしていた。
帝国の物と比べて、硬いソファー。王族の執務室とは思えない程、彼女の仕事部屋は質素なものであった。
「あの日、私が砲兵部隊を道連れに戦死していれば、少なくともオールダー王国は甥達を旗印に戦うことを選んでいただろう」
彼女のメイドが淹れてくれたコーヒーを一口飲んでから、アナスタシア殿は続けた。
「しかし、私が降伏を宣言したことで……『オールダーの至宝』である兄妹の片割れが折れてしまったことで、兄上の子供達の求心力まで低下した。『妹の方がダメだっただけ』……と、思われない程度には、私も期待されていたのだろうな。この人が膝を屈してしまったのなら、もう無理だと皆が思う程に」
どこか自嘲するように、そう笑うアナスタシア殿。
あの時、もしも彼女が砲兵部隊を道連れにしていたら。シャルロット嬢の追撃が間に合っていなかったら。
帝国はこれからくる冬と、モルステッド王国への対応で年内の対オールダー戦争を中断しなければならなかったかもしれない。
そうなれば、混乱するスネイル公国への攻撃も難しくなる。彼の国とオールダー王国が連携する可能性が、まだ存在しただろうから。
加えて虎の子の砲兵部隊が壊滅しようものなら、今後の軍事作戦に大きく影響する。砲撃とは、ただ前に飛ばせば良いというものではない。効果的な破壊をもたらす為に、彼らにもきちんとした訓練が必要である。
つくづく、あの時のシャルロット嬢が下した決断には感謝しかない。連合軍との戦いにおいて、MVPの栄誉を譲ることはできないが、2番目は誰かと問われれば彼女の名を挙げる他なかった。
「しょせん、たらればだ。私は砲兵部隊に大した打撃を与えることもできず、自ら投降した。結果はそれだけだし、国民にとって結果のみが重要だ」
ソーサーの上に、小さな音をたててカップを置いたアナスタシア殿。
彼女は、その顔に不敵な笑みを浮かべる。
「さて。辛気臭い話はここまでだ。明るい未来を作る為に、我らも明るく楽しく語り合おうじゃないか」
辛気臭い話を切り出した張本人が、それを言うか。
たちが悪いことに、彼女は今の話で自分の良心を刺激するのを狙っていたし、こちらがそれに気づくのも計算に入れている。
なんせ、気づいた所で無視できない人間だとアナスタシア殿は知っているのだから。
彼女に結婚を提案した時に、他でもない自分が心の弱さを語ってしまっている。
やはりというか、父上が苦い顔で『性格が悪い』と評するだけあってえげつない。
「先ほど、姉上と甥達にも話はつけた。彼女らは、1週間後に帝都へ向けて出発する。そちらでの生活について、クリス陛下直々に安全を保障してくれる……ということで良いのだな?」
「ええ。ただ陛下はまだこちらでの仕事があるので、実際は帝都にいる近衛騎士の方々が対応することになります」
「それでも構わんさ。敗戦した国の王族に対するものとしては、破格の待遇だ」
アナスタシア殿が軽く手を掲げると、そこにメイドが書類の束を渡す。
「彼女らがいなくなった後のオールダー王国についてだが、貴殿は……ストラトス家はこの土地を商人達に市場として開く予定なのだろう?であれば、治安や物流の管理。その他諸々を差配する人間が現場には必要なわけだが」
───きた。
恐らく彼女は、『少しでもオールダー側の人間を管理者側に食い込ませる』と考えている。
アナスタシア殿は降伏し、オールダー王国はストラトス家の領土となる。しかし、『だからもう一蓮托生』というわけではない。
彼女は王家の人間として、その命が尽きるまで家臣達と国民の為に働くつもりだ。たとえ王冠を置き、民衆から失望の目を向けられたとしても。
故に、いざとなればオールダー王国がストラトス家を乗っ取れるように……そうでなくとも、オールダー側の者達を守れるように動くことは、予想済みである。
『ストラトス家は急激な領土の拡大で、そろそろ統治限界ではないのか?』と考えているのかもしれない。そして、そこが狙い目……とも。
まったくもって、そんな思考は 無(・) 意(・) 味(・) だ。それを、ここで示すとしよう。
「私の方で、使えそうな人間のリストを既に用意している。どうだろうか?彼らにチャンスを与えてみないか?なぁ、旦那様よ」
「なるほど。全員採用の方向で動くつもりですが、一応簡単な面接はするべきですね」
「勿論そちら側の警戒もわか……なに?」
いかにこちらを丸め込もうかと、そう考えていたアナスタシア殿の顔に動揺が浮かぶ。
ふっ……貴女はストラトス家について色々と調べていたようですが、それでもまだわかっていないことがある。
「アナスタシア殿」
あえて、こちらも不敵な笑みを浮かべて。
「やる気があって、読み書き計算ができる人……そういった人材を、こちらに出してもらいます。これは、ストラトス家当主としての命令です」
人材のカツアゲを開始した。
彼女の危惧など、無意味。オールダー側の文官や武官を行政から追いやるなど、するわけがない。
我がストラトス家の人手不足───その深刻さを、舐めないでもらおうか!
信じられないものを見たという顔のアナスタシア殿を、真剣な面持ちで見つめ返す。
そろそろ統治限界がくる、など。まったくもって甘い見通しである。コーネリアス前皇帝が死ぬ1年ぐらい前から、我が領は人材に飢えておるわ。10年ぐらいかけて学校やら何やらで改善しようとしていたのに、戦争のせいでそれも難しい。
さあ。週2日の休暇と有給以外で休日は暫くないぞ、オールダー陣営……!