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作品タイトル不明

第百六話 新・ストラトス家

第百六話 新・ストラトス家

「で、だ」

どかりと、椅子に腰かけて、アナスタシア殿が口を開く。

その斜め後ろで某メイドが己の両頬をムニムニとマッサージしているが、見なかったことにした。

「ドロテアと騒いでいるうちに、私も頭が少し冷えた。少々焦っていたらしい。我らの結婚式は、もう少し後にするとしよう」

「それが賢明かと」

「別に、互いのことを深く知る必要があるとは思っていない。たんに、『クリス陛下』より先に式を挙げるのは少々政治的に問題があるというだけだ」

「……はい」

本来なら、地方貴族の結婚式のタイミングなんぞ、皇帝とは何ら関係がない。

だが自分とクリス様は色々と有名だし、同い年でもある。一般的に、そういう場合は格上から式を挙げるものだ。

別に明確な規定があるわけではないのだが、ストラトス家が功績を上げ続けている今、序列に関わることは慎重になるべきである。

問題は……。

「クリス陛下も15歳であり、婚約者もいる。他に有力な結婚相手もいない以上、シャルロット殿で決まりだろう。とっとと結婚して、家臣や民を安心させてやるべきだと思うがね」

そう言って、コーヒーを一口飲むアナスタシア殿。

彼女の発言に、曖昧な笑みを浮かべておく。

……本当に、どうしたものか。

クリス様の性別問題がある以上、シャルロット嬢との婚姻は非常にまずい。初夜となれば、誤魔化しは効かないだろう。

だからこそ、モルステッド王国との決着を急がねばならない。彼の国と戦ったまま、グランドフリート家が皇帝の敵に回れば、帝国は潰れる。

かといって、これ以上クリス様の結婚式を先延ばしにするのも、かなり厳しい。

タイムリミットが近づいている。一刻も早く周辺国との戦争に帝国有利の形でケリをつけ、グランドフリート侯爵家を『説得』する時間を用意せねば……!

あの家を相手に、無理やりなことはできない。心理的にも、戦力的にも。

特にギルバート侯爵がまずい。彼は政治的にも、軍事的のもクリス様派閥になくてはならない人物だ。

侯爵が敵に回ろうものなら、帝国は真っ二つになる。

「……時に、これはあくまで身内に対しての戯言なのだが」

アナスタシア殿が、突然そう前置きを挟む。

彼女はじっと、こちらを探るような目で見つめていた。

「クリス陛下なのだが……あの方は本当に男か?」

「……もしや、皇族非難ですか?」

「いいや。ただの疑問だよ」

全力で表情筋を制御下におく。

この人なら気づくかもしれないとは、思っていたが……!

「私も有り得ない話だと思ってはいるんだ。クリス陛下が女であるはずがない。帝国にはスネイル公国と違い、第一皇子や第二皇子といった優秀な後継者候補がいた。彼らを差し置いて、女を皇太子に指名するなど有り得ないからな」

「そうですね。きっと、コーネリアス前皇帝はクリス陛下の才能を見抜き、後継者に指名したのでしょう」

「才能というのなら、第一皇子や第二皇子も中々のものだったらしいがな。兄上やロック爺曰く、『天才ではないが、秀才から一歩も二歩もはみ出た逸材』だったとか。彼らをコーネリアス前皇帝自らの手で殺めたと聞いた時は、困惑と安堵を抱いたそうだよ」

あの2人がそこまで言う程の人物だったのか、第一皇子と第二皇子は。

まったく関わりのなかった人物達なので、詳しく知らなかったが……彼らが順当に帝位を継いでいればと、少しだけ思ってしまう。

それはきっと、クリス様が最も感じていることだろう。

「そんな彼らを差し置いて指名されたのだ。相当の才があるのだろう。実際、クリス陛下は聡明な方だ。しかしその才能は、皇帝ではなくその傍で働く文官としてのものに思える。幼い内に才能を見抜いた、というには、やはり疑問が残る」

「……こう言ってはなんですが、コーネリアス前皇帝は少々色事に熱を上げてしまう方でしたので……その、クリス様の御母上と、仲が良かったらしいですし……」

「おいおい。それこそ皇族非難じゃないのか?旦那様よ」

苦笑するアナスタシア殿に、『身内の会話ですから』と言って笑みを返す。

「まあ、貴殿の意見も一理あるのだがな……こうも考えられるのだ」

そう言って、彼女は持っていたカップをソーサーの上に置く。

「歴史上、自分の権力を維持する為にあえて後継者に娘を指定した王は、数が少ないが確かに存在する。コーネリアス前皇帝も、その類ではないのか?」

「息子に権力を持たせれば、自分が追放されるから……とかですか?」

「そういう話はないでもないからな。近い所だと、モルステッド王国は先王が実の父親から王位を簒奪したという話だ。しかも吹雪の中身包みを剥いだ状態で追放し、あげく矢を射かけたとか」

「物騒な話ですね」

「まあ、表沙汰になっていないだけ……という家も、探せばあるだろうがな」

小さく、彼女がため息をつく。

「……これは私の想像に過ぎない。真実がどうであれ、クリス陛下以外に皇帝の座につける人間はいないだろう。噂では、他に継承権を持つのは療養中のアダム様だけらしいしな。私としても、『今は』帝国に崩れてもらっては困る」

ちらりと、彼女が窓の外を見る。

室内は温かいが、外では冷たい風が吹いていた。ストラトス家からの支援なしでは、オールダーの民は大半が飢えと寒さで死ぬだろう。

「そういうわけで、私はクリス陛下とシャルロット殿が円満な結婚生活を送れるよう、祈っているよ」

ニヒルな笑みを浮かべてそう締めくくったアナスタシア殿に、やはり自分は曖昧な笑みを向けた。

彼女が確信を抱いているかはわからないし、本人も明言する気はないのだろう。

とりあえず『今は』見て見ぬふりをする。しかし、時と場合によってはこれを理由に動き出すかもしれない。

それを遠回しながら自分に伝えたのは、彼女なりの誠意なのだろう。

何というか、思ったより不器用で可愛らしい人なのかもしれない。

「なんだ、旦那様。先程から形容しづらい不気味な笑顔ばかり浮かべて」

「いえ。貴女のことを少し知ることができたのが、少し嬉しいだけです」

「……ふん。ほんの少しの会話で推し量れる程、浅い人間ではないつもりだがな」

「そういう所が、家臣達から好かれる理由なのでしょうね」

「おい。聞け。勝手に納得するな。なにやら不愉快なイメージをもたれた気がする」

「お嬢様。大丈夫です。きっとクロノ様は『この人、思ったより不器用だけど、可愛い人なんだなー』とか思っていらっしゃいます。正しくお嬢様を評価してくださっていますよ」

「それが不愉快な評価なのだが?というかドロテア。貴様仮にも主人である私のことをそんな風に考えていたのか?」

「私の今の主はクロノ様なのでは?」

「はっはっは。上等だ。久々に喧嘩の1つもしてみるか……!」

青筋を浮かべたアナスタシア殿が、椅子からゆっくりと立ち上がる。

そのタイミングで、扉がノックされた。

「お館様。ケネスでございます。入っても良いでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

「失礼します」

「待て。私はこの駄メイドに一発ぶちかます。こちらが退室してからに……」

彼女の言葉が、入ってきたケネスの恰好を見て中断させられる。

そこには、ビシっとした礼服姿の老騎士が立っていた。

「ストラトス家家臣一同!いつでもお館様と奥方様、そしてグリンダ達の式に出席する準備ができております!披露宴はいつ頃行いますか!?」

「いつ行うかも未定だし今から礼服を着る意味などあるかぁ!」

「!?」

「今気づいたという顔をするんじゃぁない!」

アナスタシア殿が、その赤い頭を両手で抱えながら叫んだ。

いやー、楽だわ。ツッコミ役他に押し付けられるのって。

「はっ!?お嬢様、そう言えばウェディングドレスの採寸をまだ行っていません!」

「お前はさっきまでの話を聞いていたよな?まだ結婚式はしないって聞いたよな?」

「ですが、お嬢様のウエストがストラトス家の豪華な食事でサイズアップする可能性がございます。ここは、早めに準備をした方がよろしいかと……」

「貴様それを言ったら戦争だろうが!」

「ちなみに私はどれだけ食べても太らない体質です。たぶん」

「はっはっは。お館様、オールダーの方々は本当に元気ですな」

「微笑ましいみたいな顔していますけど、貴方達も大概ですからね?」

「なんと!?」

「でぇい!そもそも、なんでそんなに乗り気なのだストラトス家の者ども!普通元敵国の女王が嫁いでくるとなれば、もう少し嫌味だの妨害だのあるものだろう!」

「失礼ながら、アナスタシア様は女性ですよね?」

「本当に失礼だな!?生まれてずっと女だが!?」

「あ、なら大丈夫です。元気な子を産んでください」

「お、おう……?」

アナスタシア殿が、若干引いた様子でケネスを二度見する。

彼の目は、透き通るような色合いなのにまったく光がなかった。

「良質な血筋で、本人も魔力が高くて、女性。それで、良いではないですか。それ以上なんて、望むべきことなんてないではありませんか」

「おい、旦那様……なにやら、貴殿の騎士の様子がおかしいのだが……」

「『真実の愛』じゃない……!それが、最も大事なことなのです……!」

「ああ、うん。だいたいわかった。騎士によくある症状だな」

「よくあるんですか……」

「よくあるぞ。兄上の傍付きの騎士達も、偶に頭を抱えていたから」

「お館様が!多くの障害を越え、他家から睨まれるリスクを背負ってでも女性との結婚を求めた……!こんなに嬉しいことはない……!」

「……一応言っておくが、私と旦那様の結婚はロック爺……男と男の約束とか願いとか、そういう部分が大きいぞ?」

「あ、そんな余計なことを言わない方が……」

「ごぺっ」

「吐血!?」

ビターン、とケネスが後ろ向きに倒れ、そのままビクンビクンと痙攣を開始。

白目を剥いて泡を吹く見た目だけならナイスミドルだった老騎士の姿に、アナスタシア殿が数歩分距離を取る。

「なんだ!?毒か!?周囲の警戒を……!」

「あ、大丈夫です。ただの発作ですから」

「いやもしも発作なら命に関わる類の病気だが!?」

「でも、今のところ死人は出ていないので……」

ケネスを部屋の隅に引きずっていき、毛布をかけておく。これでヨシ。

「……騎士によくある症状と言ったが、訂正しよう。ここまでは異常だ」

「恐らく、父上がその……母上一筋な上に少し行き過ぎた親バカだったので、僕の代への期待と不安が凄かったのが原因かと」

「だとしてもヤバいぞこれ。もう新手の怪談だろ」

───コンコン。

「申し訳ありません、クロノ様。今お時間よろしいでしょうか?」

「あ、ちょうど良いところに。入ってきてください、レオ。貴方に運んでほしい人がいるので」

「はっ。失礼いたします」

ガチャリと音をたてて、若手のホープとも呼ぶべき青年騎士が入ってきた。

ビシっとした、礼服姿で。

「そこで伸びているケネスさんの運搬ですね。お任せください。それはそうと、クロノ様とアナスタシア様の披露宴の二次会ってどこでやりますか?」

「二次会以前に一次会の予定もまだ立てておらんわたわけぇ!」

「!?」

「驚くなこのすっとこどっこい!」

スパーン、と。アナスタシア殿が綺麗なフォームでソファーのクッションをレオの顔面にぶん投げた。

すっとこどっこいって生で聞くの、前世合わせても初めてかもしれない。

「ぜぇ……ぜぇ……何なんだこの家は……!」

「アナスタシア殿」

「旦那様。貴殿の騎士達はいったい───」

「今後もツッコミ役をお願いしますね」

「誰か、弁護士を呼んでくれ。これからの結婚生活について、取り決めが必要だ……!」

「それならばお嬢様。不肖ながら、この私が……」

「引っ込んでろ駄メイド」

「そんなお嬢様!?見捨てないでください!」

「えええい引っ付くな!これ以上私の体力を削るな!」

「あ、レオ。ケネスの服が少し血で汚れているので、メイド長のアーリーの所へお願いします」

「わかりました。しかし何故吐血を?」

「ちょっとした誤解から発作が起きてしまって」

「ああ、なるほど。わかりました」

「旦那様よ!そっちが問題ないのなら、この駄メイドを引きはがすのに協力してはくれないか!?」

「そんな酷いですお嬢様!お嬢様が生まれた時からそのお姿を記憶している乳姉妹に……!」

「私が生まれた時貴様は1歳だっただろうがっ!」

「はい。ですが覚えていますよ?この方が我が生涯の主なのだと、脳の99%を常にお嬢様のことで埋めている人生です」

「え、こわ……」

「引かないでくださいお嬢様!私にはお嬢様しかいないんです!他にはストラトス家で食べたケーキとかパフェとかラーメンとかだけなんです!」

「食べ物ばっかか!?ウエストを気にすべきはやはり貴様だろうがっ!」

「いえ、でもたぶん私、本当に食べても太らない体質ですよ?だって私はそう自分を信じています」

「この駄メイドが!喧嘩はなしだ、この後剣の稽古をする!一緒にやるぞ!」

「えー」

「えー、ではない!」

ケネスを背負って退室するレオと、メイドをずりずりと引きずりながら出ていくアナスタシア殿。

……もしかして、常識人は僕だけなのだろうか?

そんな一抹の不安を抱きながら、書類の山へと足を向けた。

瞬間、どたどたと足音が廊下から聞こえてくる。そのまま、勢いよく扉が開けられた。

ビシっとした騎士服姿の、シルベスタ卿が入ってくる。

「失礼します!こちらでラーメンと聞こえたのですが、ラーメン博覧会の会場はこちらですか!?」

「アナスタシア殿!もしくは保護者ことクリス様!至急対応をお願いしたいのですが!」

「クロノ殿。グリンダ殿から、貴方もまたラーメンの伝道師だと聞いています。私を、導いていただきたい……!」

「謀ったなグリンダ!?」

この後、すぐに保母さ……クリス様が引き取りにきてくれた。

やばいな、今のストラトス家。