作品タイトル不明
6 執着激強サイコパス
「今更認めてほしいだなんて、セシリアをかっさらった分際でよく言うよ」
手厳しいお兄様の言葉に、ルシアンは黙って表情を強張らせる。
「いくら魔術師として天才だからって、人をぞんざいに扱っていいわけないだろう? 魔術研究に没頭し過ぎてセシリアのことには無関心だったくせに、ほかの令息に奪われそうになったら慌てて泣きついて引き止めて、挙句の果てにはもう放したくないとか言って自分の屋敷に囲い込むなんて、正気の沙汰じゃない」
お兄様がそう言うと、お父様も険しい顔をしたまま頷いている。
「だいたいお前、セシリアのことなんかどうでもよかったんじゃないのかよ?」
「そんなことは……」
「でも傍から見たら、そうとしか思えなかった。少なくとも、関心はなかっただろう?」
「……いや、そういうわけじゃ……!」
「関心があったら、そもそもあんな態度にはならないんだよ。ほかの人間に無愛想なのは仕方がないとしても、婚約者であるセシリアにだけはもっと目を向けて、心を寄せるべきだったんじゃないのか? そんなふうだから、ぽっと出の男に持っていかれそうになるんだよ」
「……それは、確かに、 義兄上(あにうえ) の言う通りです……」
「まだ結婚してないんだから、『義兄上』なんて呼ぶな。イラッとする」
情け容赦のないお兄様の糾弾に、ルシアンはどんどん萎縮して小さくなっている。
と思ったら、伏せていた顔をがばりと上げた。
「本当に、何もかも義兄上の言う通りです。僕は間違っていました。セシリアに関心がなかったわけではありませんが、そう思われても仕方のない態度だったことは否定できません。そのせいで、あんな身の程知らずの小賢しい青二才にセシリアを奪われそうになるなんて、まさに痛恨の極み……!」
「……え?」
突然苛立ちを露わにするルシアンに、なんとなく雲行きが怪しくなってきたことを察したらしいお兄様。
「義兄上の仰る通り、今の僕はセシリアのことに関して正気でいられません。セシリアに秋波を送るやつらの両目を問答無用でくりぬいてやりたい。セシリアに言い寄るやつらは僕の魔導具で全員血祭りに上げてやりたい。僕はセシリアを愛するあまり、そんな衝動をうまく制御できる自信がない」
「……は?」
「自業自得だということは重々承知しています。でも僕は、触れられる距離にセシリアがいないと何をしでかしてしまうかわからない。抑えがきかないんです」
「……お、おい」
「今更気づくなんて遅すぎるかもしれませんが、僕にとってはセシリアがすべて。セシリアを奪われたらもう、生きてはいけません。セシリアを奪い去ったものすべてを根絶やしにして、この世界を終わらせても足りないくらいなのです。義兄上なら、この気持ちわかってくれますよね?」
「……そ、そんなもの、わかるわけがないだろう!!」
何かやばいものでも見るかのような目をしながら、お兄様が絶叫する。お父様もお母様も、ルシアンのとんでもない告白に言葉を失い、唖然としたまま。
でも当の本人はどこ吹く風で、一向に気にした様子もない。
「こんな僕ですが、セシリアと生涯添い遂げることを、どうか認めてはもらえないでしょうか?」
狂気を孕んだ美貌の貴公子は、どこまでも真摯な態度で懇願する。
お兄様は困惑の表情を浮かべながら、盛大なため息をついた。
「……セシリアは、本当にこいつでいいのか?」
言外に『もはや天才とか変人とかいうレベルを超越した正真正銘の執着激強サイコパスに、自分の人生を委ねていいのか?』という意味を匂わせて、お兄様がこわごわ尋ねる。
だから私は、あっけらかんと答えた。
「もちろんです。むしろ、ルシアンがいいです」
「お前、こいつの狂気じみた執着が怖くないのかよ?」
「……怖くは、ないかも。びっくりはしますけど」
ついこの間まで、自分にはまったく関心がないのだろうと半ば諦めていた婚約者が、怒涛の勢いで私のすべてを求めてくるのだ。無関心と溺愛の振れ幅がすごすぎて、その温度差にドン引くことは多い。当然である。
でも、怖くないのか、と聞かれたら、別に怖くはない。
だって、ルシアンのことは生後まもない頃から知っているのだもの。あれこれと世話を焼いてきた相手だから、想定外の過激な本性を目の当たりにしたところで「そんな一面もあったのねえ(感心)」と思うくらい。
覚醒した(?)ルシアンの重すぎる愛情と行き過ぎた独占欲にさらされて、私の感覚もだいぶおかしくなっているのかもしれないけど。
「……セシリアがいいって言うなら、俺たち家族だって認めるしかないだろう?」
お兄様がやれやれといった顔をしながら、観念したように肩をすくめる。
「俺だって、ルシアンのことが嫌いで言っているわけじゃないんだ。心を入れ替えたルシアンがセシリアを大事にしてくれるなら、セシリアがそれを受け入れるって言うなら、もう何も言うことはない。セシリアのことはお前に任せるよ、ルシアン」
お兄様の言葉に、お父様もお母様もうん、うんと頷いている。
微妙に不安げな顔ではあるけど。
「……義兄上、本当に、本当にありがとうございます……!」
「だから『義兄上』はやめろって。なんかムカつくんだよ」
お兄様の悪態もなんのその、ルシアンは晴れやかな笑顔を見せながら、うれしそうに私を抱き寄せた。
◇・◇・◇
こうして、私たちはなんの憂いもなく、仲睦まじい日々を過ごすようになった。
わけではない。
あろうことか、私は今、崖っぷちに立たされている。
それは比喩でもなんでもなくて、文字通り崖っぷち、もっと正確にいえば、階段の最上段のへりギリギリのところに後ろ向きで立たされているのである。
なぜ、こんなことになったのか。
さかのぼること十数分前、私はトイレに行こうとして、席を立った。
当然のようについてこようとするルシアンを全力で押し留め(もはやトイレに行く際のお約束、恒例行事となっている)、用を足して廊下に出たところで、数人の令嬢たちがバラバラと現れ目の前に立ちはだかったのだ。
センターに立つのは、なんとあの、マルガリタ殿下。
「少しおつきあいいただけるかしら?」
上品な仕草や言葉遣いとは裏腹に、噛みつくような視線を向けられたら抗えるはずもない。
そうして取り巻きの令嬢たちに囲まれながら移動した先が、 人気(ひとけ) のない階段だったというわけだ。
改めてセンターに立ったマルガリタ殿下は敵意を含んだ目つきをしながら、私のことを上から下までゆっくりと眺める。
そして、唐突に言った。
「あなた、いい加減鬱陶しいのよ」
「……いったいなんのことでしょうか?」
「見目が悪いうえに察しも悪いの? ルシアン様のことに決まっているでしょう?」
はい。多分そうだろうな、とは思っていました。
でもほら、一応確認は必要かな、と思って聞いてみただけです。
なんて生意気な口をきくわけにはいかないから、私は小さな声で「すみません」とつぶやいてみる。
「あなたみたいになんの取り柄もない女が、天才魔術師ルシアン様の婚約者だなんて、身の程知らずもいいところよ。恥を知りなさい」
「……恥」
「いつまでもあなたが婚約者の座にしがみつくから、ルシアン様もわたくしとの婚約を諦めざるを得なかったのよ。そうでなければあのルシアン様が、王家からの破格の申し出をお断りになるはずがありませんもの」
破格の申し出ってなんだろう? などと思いつつも、王女の思い込みの激しさに閉口してしまう。事実誤認がひどすぎて、というかツッコミどころがありすぎて、逆に反論する気力を奪うなんて高度な黙らせスキルでは?
「とにかく、あなたのほうからルシアン様との婚約を解消したいと申し出なさい。さもないと、後悔することになるわよ?」
そう言ったマルガリタ殿下の視線が、私の後方、つまりは階段のほうにちらりと移動した。
え、何?
私を排除するためには、実力行使も辞さないということ?
ここから落ちたら、確実に無傷では済まないと思うんですけど?
王女の圧を感じながらも後退ることができない私は、マルガリタ殿下をまっすぐに見返した。
「……婚約解消なんて言い出したら最後、――――」
「この国は終焉を迎えるんだけど、それでいいってこと?」
――――満を持して、天才魔術師の登場である。