軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5 天才魔術師の反撃

「お前、コルネリウスとか言ったよな?」

ぞっとするほど凍てつく視線が、コルネリウス様をまっすぐに射抜いた。

「……そ、そうだけど」

恐らくこの瞬間、ルシアンは憎き恋敵をロックオンしたらしい。

忌々しげな様子で小さく舌打ちをすると、挑発的な口調で尋ねる。

「お前は母親代わりの使用人にも、欲情するのか?」

棘を含んだルシアンの嘲笑に、コルネリウス様は間髪を入れず声を荒げた。

「は!? な、何を言って――」

「確かに、今までの僕はセシリアに何もかも頼りきりで、甘えてばかりだったと思う。でもセシリアを母親代わりの都合のいい使用人だなんて思ったことはないよ。その証拠に、僕はセシリアにしか欲情しないから」

「は、はい!?」

思わず素っ頓狂な声を出してしまった私は、慌てて口元を押さえる。

だ、だって……! ルシアンってば、なに言っちゃってるのよ、もう……!!

「お前は母親代わりだと思っている相手を、組み敷きたいと思うのか?」

「そ、そんなわけ――!」

「そうだろう? セシリアは僕にとって、母親代わりの使用人なんかじゃない。唯一無二の愛おしい婚約者だよ。だから毎日毎日、セシリアを組み敷く妄想ばかりしてしまう。セシリアを組み敷いて、ありとあらゆる快楽に溺れさせて、もう一生僕から逃げられないように縛りつけるにはどうしたらいいか、そんなことばかり考えてしまう」

「――ル、ルシアン!!!」

こらえきれずに大声で叫ぶと、ルシアンはきょとんとした顔をしながら、「どうした?」と首を傾げた。

「『どうした?』じゃないでしょ、もう!! そんなこと、公衆の面前で言わなくていいのよ!!」

「だって、こいつがセシリアのことを、『母親代わりの使用人』なんて言うからさ。間違ってもほかの男が変な気を起こさないよう、僕がどれだけセシリアに恋い焦がれていて、どれだけセシリアを独り占めしたいと思っているのか、ちゃんと知らしめたほうがいいと思って」

「だ、だからって、破廉恥すぎるでしょう!?」

「でも僕、できればセシリアを世界中の男どもの目に触れないところに閉じ込めて、隅から隅までめちゃくちゃに愛して、僕だけのものだって早いとこ実感したいんだけど」

「だーかーらーーーー!!!」

ルシアンのとんでもないふしだら発言(監禁宣言ともいう)に、コルネリウス様だけでなく、居合わせた全員がドン引きである。そりゃそうだ。

まさか当代きっての天才魔術師が、性欲だだ漏れのいかがわしい妄想に明け暮れているなんて、いったい誰が想像しただろう。

「とにかく、今後僕とセシリアの関係を邪魔しようとするやつに容赦はしない。僕が全力で潰すから、覚悟しといてね」

取りつく島もないほど淡々とした声で吐き捨てるルシアンに、言い返せる猛者などいるわけもない。

コルネリウス様は悔しそうに眉根を寄せながらも、それ以降私たちに絡んでくることは一切なかったのである。

◇・◇・◇

それから。

生活のすべてを私に頼りきりだったルシアンは、次第に周囲にもきちんと目を向けるようになった。

「これ以上セシリアに迷惑をかけられないし、愛想を尽かされても困るから」

そう言って、自分のことはなるべく自分でやるようになり、人に対してもそれなりに関心を向けるようになった。

とはいえ、「あの男、セシリアのことをいやらしい目で見てた。僕の魔導具で息の根を止めてきてもいい?」とか、「あの令嬢、この前は別の令息と一緒にいたよね? 毎回どの令息とも異常なほど距離が近い気がするんだけど、そういうの流行ってるの?」とか、「マルガリタ殿下は目が悪いわけじゃないんだ? 初めて知ったよ」とか、何かと物議を醸す発言が多いのは悩みの種である。

それでも、まわりの状況に関心を持ち、他人とのコミュニケーションを怠らないようになったことで、ルシアン自身の視野が広がったのは確かだった。

「なんだか、自分の世界が変わりつつある気がするんだ。今までは、自分が構築した魔法理論や魔術研究の成果を実用化したくて、あれこれ魔道具を開発していたんだけどさ。今はどちらかというと、セシリアが喜ぶような魔導具を開発するにはどんな魔法理論とか魔術研究とかが必要なのかなって考えるようになって」

実際、これまでのルシアンの魔術研究は、自分の興味関心を優先した独りよがりなものが多かった。その研究成果を実用化してできた魔導具は戦闘・攻撃に特化したものが大半だったから、結果として国境地帯の魔獣討伐に役立てられてきたのだ。

でも最近のルシアンは、私が喜ぶような魔導具、もっといえば私たちの生活に密着した便利な魔導具を開発したいと意気込んでいるらしい。

だから、「こういうのがあると、セシリアはうれしい?」とか、「こういうことができたら、セシリアも楽になるんじゃない?」とか、そんなことをよく聞かれるようになった。

喜ばしい変化である。

でも、もっと驚いたのは――――

「アルバ伯爵家に、挨拶に行こうと思うんだ」

ルシアンが突然信じられない提案をしたのだ。

「挨拶なんて、いきなりどうして?」

「だって僕、アルバ伯爵家の人たちにあまりよく思われていないだろう?」

「……そんなこと、ないわよ?」

嘘である。

お母様はともかく、お兄様とお父様は明らかによく思っていない。あの家族会議のときの発言から察するに、お兄様なんて敵意すら抱いているかもしれない。

「今までのことを考えれば、気に入られてないのは確かだと思うんだ。幼い頃から何度となく会ってきた人たちなのに、ちゃんと言葉を交わしたことすらないんだよ? 魔法にかまけて何から何までセシリアに頼りきりだったことも含めて、多分心証が悪いというか、反感を持たれているというか、毛嫌いされていてもおかしくはないかなって」

すごい。まったくもって、その通りである。

それにしても、そんなことにまで気を配れるようになるなんて。成長著しいルシアンに感無量としか言いようがない。

「自分の家族によく思われてない相手と結婚するのは、幸せなことじゃないだろう? 僕はセシリアを世界一幸せにしたいから、そういうこともちゃんとしようと思ってさ」

なんだろう。この感動的な、思いやりに満ちた台詞。

もう涙しか出ないんですけど。

そんなわけで、早速その翌週、私たちはアルバ伯爵邸を訪れることになった。

待っていたのは似たような仏頂面をしたお父様とお兄様、それからなんともいえない複雑な表情をしたお母様である。

応接室に通されたルシアンは、すぐに深々と頭を下げた。

「アルバ伯爵家のみなさま、これまでのご無礼の数々、本当に申し訳ありませんでした」

先手必勝の謝罪に面食らったのは、他ならぬお父様とお兄様である。

「僕はこれまでの自分がどれほど愚かで傲慢だったのかを、日々痛感しています。みなさまにも長きに渡って不快な思いをさせてしまい、お詫びの言葉もございません。今後は心を入れ替え、セシリアを誰よりも大切にしますので、どうか僕のことを認めていただけないでしょうか?」

お父様以外の二人は、ここまでの長台詞をすらすらと話すルシアンを見るのが初めてなこともあり、驚きすぎて目が点になっている。

わかります。

私もはじめは、「ルシアンってこんなにしゃべれるんだ……?」と思ったもの。

神妙な面持ちで三人に対峙するルシアンを見返して、不愉快そうに言い捨てたのはお兄様だった。

「今更認めてほしいだなんて、セシリアをかっさらった分際でよく言うよ」