作品タイトル不明
4 狂気の沙汰
翌日。
いつも通り学園に登校すると、まもなくルシアンも登校してきた。
ただ、どう見ても、様子がおかしい。
顔色は悪く、ぼんやりとしていて、目の下にはくっきりとしたクマが鎮座している。心なしかげっそりしているようにも見えるし、足元もなんだかフラフラと覚束ない。
「ルシアン……? 大丈夫……?」
はっきり言って、寝不足なのは火を見るよりも明らかだった。
また魔導具開発に没頭し過ぎて徹夜でもしたのだろうと思ったら、いきなり強い力で抱きすくめられる。
「ちょ、ちょっと! ルシ――!」
「全然眠れなかったんだけど!」
「……は、はい?」
「セシリアのことを考えてたら、全然眠れなかった! こんなこと、初めてなんだけど!」
「え、わた、私のこと……?」
「僕が寝ている間に、セシリアの気が変わって僕の前からいなくなったらどうしようとか、やっぱり僕に愛想が尽きて婚約を解消したいって言われたらどうしようとか、いろいろ考えちゃったらどんどん不安になって、全然眠れなかった……!」
「……え、えー……?」
なんだそりゃ。
と言いそうになって、でもルシアンの表情があまりにも思い詰めているから、慌てて口を噤む。
「今までのことをずっと考えていたら、僕がどれだけセシリアに頼り過ぎていて、迷惑ばかりかけていたのかようやく気づいたんだ。おまけにいつも無愛想で、冷たい態度しかできなくて、ほんと最低だった。魔法や魔術にかまけすぎてセシリアのことを散々放ったらかしにしてきたくせに、この先僕が同じように放っておかれたらどうしよう、そうなったらもう死ぬしかないと思って――!」
「ちょ、ちょっと! ルシアン!」
発言が不穏すぎる!!
朝の教室に集まり始めていたギャラリーから逃れるように、私はルシアンを廊下の隅へと引っ張り込んだ。
そして、諭すように小声でささやく。
「とりあえず、落ち着いて? ね?」
「でも――!」
「大丈夫。私はルシアンの前からいなくならないし、愛想を尽かして嫌いになったり、放っておいたりもしないから」
「なんでそう言い切れるのさ?」
「だって、何があっても嫌いになれなかったから、ずっと一緒にいたんじゃない」
あっけらかんとそう言ったら、またルシアンに抱きしめられた。
「セシリア、ほんと好き。大好き。もう放さないし逃がさない」
「……わ、わかったから……!」
「ほんとにもう、片時も離れていたくないんだけど。今日から僕の家で、一緒に暮らさない?」
「………………はい?」
このときは、ルシアンってば、いきなり何を言い出すのやら、と思っただけだった。
でも授業が終わった途端、私はなぜかクレヴィス伯爵家の馬車に乗せられて、あれよあれよという間にクレヴィス伯爵邸へと連れていかれたのだ。
なぜ!?
待っていたのは、ルシアンの両親であるクレヴィス伯爵夫妻と、どういうわけかお父様だった。
「どうしてお父様まで……?」
思わず尋ねても、仏頂面のままのお父様。
その後、ルシアンは大人三人に対し、『セシリアが自分にとってどれほど大事な存在で、そのことが魔法や魔術研究の発展にどれほど貢献しているのか』について、自身が開発した魔導具を使いながら意気揚々とプレゼンし始めた。
魔導具によって応接室の壁に映し出された図やら表やらその他もろもろの『根拠』に基づいた説明は、確かに説得力があった。ありすぎた。
『セシリアがそばにいることで魔術研究に集中し、新たな魔法理論をいくつも構築することができた』とか、『セシリアのおかげで魔導具開発に関するアイデアが次々と浮かび、結果として魔獣討伐に貢献した』とか、そんなことを言われたらもう、ぐうの音も出ない。
「このように、セシリアは僕にとってなくてならない存在であると同時に、魔術研究の発展や新たな魔導具の開発、ひいてはこの国の平和と安寧に必要不可欠な存在なのです。僕はこれまでの態度を改め、セシリアに尽くしてもらうのではなく、全身全霊でセシリアに尽くし、大切にすることをここに誓います。ですからどうか、セシリアがこのクレヴィス伯爵邸で暮らすことをお許しいただきたいのです」
声と表情は至って真面目だけど、要するに『片時も離れたくないから、一緒に住みたい』ってことでしょう……?
そんなゴリ押し、通用するの? と思ったけど、結局、三人の親たちは渋々了承してくれた。
どうやら、ルシアンの本気(狂気ともいう)に屈したらしい。反論したところで、「それは、この国の平和と安寧などどうでもいいということですか?」と返されて終わりなんだもの。
「セシリアは、それでいいのか?」
話し合いの最後、お父様は心配そうな顔をして私に尋ねた。
これまで、天才という名の変人(もしくは魔法バカ)だと半ば呆れられていたルシアンが、初めて自分の恋心を自覚した瞬間、思った以上に執着強めで愛も重めのやばい人間だということが露呈したのだ。
親としては、娘の将来に危機感しかないだろう。
でも私は、ふふ、と笑ってこう言った。
「大丈夫です、お父様。私の存在が魔法や魔術研究の発展に貢献するだけでなく、この国の安寧にもつながるというのなら、私は喜んでルシアンのそばにいます」
「セシリア!」
感極まったルシアンに、またぎゅうぎゅうと抱きしめられたのは言うまでもない。
そうして、結婚はまだだけど婚約者の屋敷で一緒に暮らすという、前代未聞の生活がスタートした。
ちなみに、寝室は別である。
いや、もちろん(もちろん?)、ルシアンは「同じ寝室を使いたい!」と言い張った。理由は「自分の心身の健康のため」。要するに、私がいないと眠れない、と言い出したのだ。
でも、さすがにそれは非常識すぎる、とルシアンを一刀両断したのは、クレヴィス伯爵夫人、つまりルシアンのお母様だった。
「同じ寝室を使ったりなんかしたら、あなたもセシリアも寝不足になるに決まっています」
強い……! 母は強い……!!
そして、全部お見通しである……!!
ぴしゃりと言い切ったおば様に、天才ルシアンも返す言葉がなかったらしい。
◇・◇・◇
ルシアンの豹変ぶりは、日を追うごとに更新されていった。
私から片時も離れないのはもちろんだけど、気づくと常に私の腰を抱いている。
「だって、セシリアに触れたくて仕方がないんだ」
麗しい顔を切なげに歪めて、ルシアンは甘いため息をつく。
「いつでもどこでもセシリアに触れていたいし、セシリアの存在を確かめたい。婚約者なんだから、それくらい許してくれるだろう?」
そんな人外レベルの顔で懇願しないでほしい。ダメとか言えるわけないじゃないの。
ところが、豹変したルシアンの暴走に、異議を唱える人物がいた。
コルネリウス様である。
隙あらばいちゃいちゃしようとするルシアンに向かって、コルネリウス様は咎めるような口調で言ったのだ。
「君はただ、自分にとって都合のいい存在であるセシリア嬢をつなぎ止めておきたいだけだろう!?」
鋭利な目つきでルシアンを見据えるコルネリウス様は、なおも追撃の手を緩めない。
「天才魔術師などともてはやされて天狗になるだけならまだしも、日常生活のすべてを婚約者であるセシリア嬢に押しつけて、何がなんでも手放そうとしない。セシリア嬢は、母親代わりの都合のいい使用人じゃないんだ。いい加減、解放してあげたらどうだ?」
その言葉に、ルシアンの纏う空気が一瞬で変わった。
変わった、なんてもんじゃない。
ルシアンの全身から、常軌を逸したただならぬ殺気が噴出する。
「母親代わりの使用人、だと?」
その声は、地獄の底から響くような冷たい悪魔の声だった。