軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7 世界の終わり

颯爽と姿を現したルシアンに、私以外の全員の顔がさっと蒼ざめた。

「ル、ルシアン様、どうして――?」

「どうしてって、僕がセシリアを無防備な状態で一人にするわけないでしょう? セシリアが一人になるときには、いつでもどこでも居場所が特定できる魔導具を持たせてあるんです」

平然と答えるルシアンだけど、それがどれほどすごい魔導具なのかを本人が一番わかっていない気がする。

居場所特定機能が付与された魔導具は、もともと魔獣討伐を目的とした生態研究の一環として開発されたものらしい。

それをちょこちょこっと改良したルシアンは、私が一人になるとき(といっても、トイレに行くときと寝るときくらいしかないのだけど)には必ず身につけてほしいと言ったのだ。

「何かあってからでは、遅いからね」

ルシアンのほうは対になる魔導具を持っていて、私の居場所を逐一確認できる仕様になっている。

だから私がなかなか戻ってこないとなったら、その魔導具を使ってすぐに探しにきてくれるだろうということはわかりきっていたのだ。

「それで、なんだっけ? 婚約解消を申し出ろって? セシリアに?」

ルシアンはつかつかと私に近づいて、いつものように腰の辺りをがっちりとホールドした。

そして、怯えたようにルシアンを見つめるマルガリタ殿下の眼前に立つ。

「こんなことをしておいて、ただで済むと思っているところが逆にすごいですね、殿下」

一見褒め言葉ではあるけれど、もちろん決して褒めてはいない。その証拠に、ルシアンの目はまったく笑っていない。

「で、でも、ルシアン様だって、本当はその女との婚約を解消したいのでしょう? あなたは天才魔術師として、魔法や魔術の研究を何よりも優先し、心血を注ごうとするお方。わたくしと婚約を結べば、あなたはすぐにでも魔塔の筆頭魔術師に任命され、思う存分魔法研究に没頭できる環境が整うのですもの」

なるほど、それが『破格の申し出』ってやつだったのね……!

確かにそれは、ルシアンにとってこれ以上ないほど魅力的な提案のはずである。

でもルシアンは、「それが何?」とでも言いたげな顔をしながら、鼻で笑う。

「セシリアとの婚約を解消したいだなんて、僕は一言も言ってませんけど。むしろ婚約を解消されたくなくて、右往左往していたわけだし」

「……え?」

「それに、うちの親が王家からの縁談話を断るときに、きちんと説明したはずですよ? どんな条件を提示されても、僕がセシリア以外を選ぶことはないって。セシリアに執着しているのは、僕のほうだって。殿下は人の話をきちんと聞いていたのですか?」

痛いところを突かれたらしく、マルガリタ殿下は言葉を失い赤面する。

「でも、僕が一番腹立たしいのは――」

極寒の猛吹雪を思わせるその冷ややかな声に、辺りの空気がすーーっと温度を下げた。

「セシリアを脅かし、害そうとするその悪意がどれほど罪深いのかを、あなた方がわかっていないことですね」

「え……」

「僕にとって、セシリアは唯一無二の最愛。僕からセシリアを奪おうとすることは、この国随一の天才魔術師であるこの僕に喧嘩を売るのと同じこと」

「……なっ!?」

「僕は今後、王家やこの国のための魔法研究には一切携わりません。卒業後は魔塔の魔術師として魔法研究に従事する話も、反故にしてもらって結構。国境地帯に魔獣が蔓延り民が危険にさらされても、魔獣討伐に疲弊したこの国が近隣諸国に攻め入られても、僕は金輪際王家やこの国に力を貸しません。あなた方のような悪辣な人間が我が物顔でのさばる国など、さっさと滅びてしまえばいいのです。僕はセシリアとセシリアの大事な人たちだけを守りますから、ご心配なく」

「そ、そんな――!」

思いもよらない突然の決別宣言に、マルガリタ殿下だけでなく、取り巻きの令嬢たちも慌てた様子で取り乱す。

「ちょっ……! ル、ルシアン様、お待ちになって……!」

必死で引き留めようとする殿下たちの脇をすり抜けて、私はルシアンに手を引かれながら教室へと戻ったのだった。

◇・◇・◇

その後。

ルシアンは「あいつらも王家もこの国も、まとめて地獄に突き落としてやる!」などとだいぶ物騒なことを叫びながら、即行で王家にとんでもなく分厚い書簡を送りつけた。

書簡にはマルガリタ殿下やその取り巻きたちがしでかした悪質な嫌がらせについて明記し、断固抗議するだけにとどまらず、今後は王家と袂を分かつつもりであることをも、はっきりと書き添えたらしい。

これには、陛下も国の上層部の面々も、驚愕のあまり椅子からひっくり返ったという。

用意周到に囲い込んでうまく利用しようとしていた相手に絶縁状を突きつけられた形の王家は、言うまでもなく上を下への大騒ぎになった。しかもこれは、自分たちの身内がやらかした結果なのである。ルシアンの魔術研究に国策の多くを委ねてきた国の上層部も頭を抱え、途方に暮れた。

なんだかんだとすったもんだした末、彼らは国家の繁栄と安寧のため、なんと第一王女を切り捨てるという苦渋の決断を下す。

王家や国の上層部が選んだのはマルガリタ殿下ではなく、天才魔術師ルシアンのほうだったのだ。

彼らはルシアンのもとを直接訪れ、マルガリタ殿下の悪辣な所業について平謝りに謝った。そして、すぐに殿下を退学させ、二回り近く年の離れた近隣国の公爵の後妻としてさっさと嫁がせてしまったのである。

要するに、『騒動の元凶を他国に追いやって二度と迷惑をかけないようにしますから、なんとか機嫌を直してはもらえませんかね?』ということらしい。

殿下自身は輿入れに激しく抵抗したし、王族のみなさまもかなり難色を示されたそうだけど、もともと国のお偉方は殿下の無知で傲慢な態度に手を焼いていたという。

だからこれ幸いと、他国に嫁がせることがとんとん拍子で決まったんだとか。

ちなみに、あのとき殿下に付き従っていた数人の令嬢たちも、同様に即刻学園を退学させられたらしい。

娘のやらかしがルシアンの逆鱗に触れたことを知った貴族たちは、みな一様に戦慄した。そりゃそうだ。ルシアンが国と手を切ると言い出したからには、自分たちもきっと、ただでは済まない。今後、ルシアンの魔術研究の恩恵に与れないことは必至である。

そんな事態はなんとしてでも回避したい。焦った貴族たちは、なりふり構わずすぐさま令嬢たちを領地に押し込めたり辺境の修道院に送ったりして、騒動の収束を図ったのだ。

マルガリタ殿下だって彼女たちだって、あれくらいのことでこんな結果になるなんて思ってもみなかったと思う。想像以上に手痛いしっぺ返しを食らうことになり、ちょっと気の毒だな、という気もする。

「全然気の毒じゃないよ。あいつらはあのとき、セシリアが言うことを聞かなかったら階段から突き落とすつもりだったんだよ? そんなやつらが今ものうのうと生きながらえているなんて、許せない。死んだほうがマシだと思うくらい、ひどい目に遭わせてやりたかったのに」

いやいやいや。彼女たちにしてみれば、十分過酷な目に遭わされていると思いますよ?

ルシアンは殿下たちの処遇に対していまだに不満があるらしいけど、王家や貴族たちの素早い対応に免じて、ひとまず絶縁は撤回したようである。

「殿下たちがいなくなったことで平穏無事な学園生活が送れるようになったんだし、それで十分じゃない?」

私がそう言うと、ルシアンは不服そうに口を尖らせる。

「でもこの先、セシリアを傷つけようとする輩がまた現れないとも限らないし」

「さすがに、そんな命知らずな人はもういないと思うけど?」

「セシリアに色目を使ってくる令息もあとを絶たないし」

「それは、ルシアンの思い過ごしじゃ……」

「……やっぱり、セシリアを誰の目にも触れないところに閉じ込めたほうが安全だよね……」

かつてないほど真面目な顔で、かつてないほど不穏な企みをつぶやくルシアンに、私は苦笑するしかない。

「そんなこと言うけど、ルシアンは私の嫌がることはしないでしょう?」

「……だって嫌われたくないし、愛想を尽かされても困るしさ……」

「ふふ」

バツが悪そうに目を伏せつつも、強めの執着を暴走させる婚約者がなんだか可愛らしく思えてしまうのだから、私も大概である。

この後、ルシアンはますます精力的に魔術研究に打ち込み、魔法学会の常識を根底から覆すようなとんでもない魔導具を次から次へと世に送り出すこととなる。

それは私たちの生活のみならず、社会全体の仕組みをもより便利に、より豊かに作り変えていく。

そしてゆくゆくは、『数百年に一度の天才魔術師』として歴史書にも名を残すことになるのだけれど。

監禁スレスレの過激な独占欲と過剰に激重な私への愛情は、何年経とうと、何が起ころうとも、生涯変わることはなかったのである。

「……早いとこ、セシリアに色目を使うやつらを秘密裏に始末する魔導具を完成させないとね」