軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

八つ当たり

良かれと思っての行動が、全て裏目に出てしまった。

パルトナーの甲板。

風が冷たかったが、部屋にいると色々と考えてしまいそうなので外に出た。しかし、寒かろうが考えるのはリビアのことだった。

ルクシオンが俺の側で浮いている。

『ペットですか。確かに、マスターのかわいがり方はペットを相手にしているようでしたね。お気に入りのゲームキャラを可愛がっていたマスターは、言い返すことも出来なかった、と』

「……そうだよ」

忌々しい人工知能は、俺を慰めることをしない。

こいつの言葉は俺の心によく刺さる。

『学園で本格的な悪意を向けられ弱っていたのでしょう。精神状態が不安定になっています。気にされる必要はないかと』

「お前は俺をなんだと思っているの? 俺だって傷つくぞ」

『マスターの心は防弾ガラスで出来た特別製です。ちょっとのことでは傷一つ入りませんから大丈夫です』

「そうかい」

前世の経験もあるのだ。俺なりの処世術だってある。

だが……リビアの言葉が妙に心に突き刺さっていた。

首を横に振る。

「これで良かったのさ。モブが調子に乗って主人公や悪役令嬢に手を伸ばしたのは分不相応だったって事だな。良い勉強になったよ」

『……ここで手を引くのはどうかと思いますが?』

「最後まで面倒を見ろ、って? 冗談は止めろ。ペット扱いを拒否したのは主人公様だ。今後の活躍に期待するさ」

『拗ねていますね』

「……五月蠅い」

拗ねていると言われ、俺は苛立った。苛立ったという事は、自身で自覚があると認めているのだろう。

しばらくしてから、俺はルクシオンに話しかけた。

「俺の何が駄目だった?」

『方針を早期に放棄したのが最大の失敗です。おかげでマスターの言うストーリーに関わることになりました。ただ、今回の場合……オリヴィアの成長をマスターが阻害したのが原因かと』

「成長を阻害? おい、ふざけるなよ。俺はそれこそ手伝ってきたぞ。学園でダンジョンとか、他にも色々と――」

ルクシオンはあくまでも自分の答えを曲げなかった。

『本来ならそれらを彼女は一人で解決していたはずです。短い目で見ればマスターの助力は成功です。しかし、長い目で見ればオリヴィアの精神的な成長の妨げになっています。彼女の言うとおりです。マスターは、オリヴィアをペットだと思っていたのですか? さぞ、可愛らしいお気に入りのペットだったのでしょうね。この世界では貴重なマスターにとって都合の良い女子ですから』

「てめぇっ!」

ルクシオンを殴りつけると、そのまま甲板に打ち付けられ跳ね返り……ゆっくりと俺の所に戻ってきた。

『……気は済みましたか?』

「もう一発殴りたいけど、拳が痛い」

顔が怒りで火照っていた。それを外の冷気が覚ましてくれるのを待つ。

『私は言い続けます。マスターにとって、これは必要なことです。前世を持ちながら、子供のようなマスターには、精神的な成長が必要です』

「精神的な成長? なら必要ない。大人と子供の違いを知っているか?」

『この場合、肉体的な意味でないのなら……自制心などですか?』

「違うな。大人と子供の違いは社会に適応するかしないかだ。この世界の常識を、お前という力を持っているのに破壊せずに生きている俺は十分に大人だよ」

良くも悪くも適応してしまえば大人だ。

『……聞きようによっては感動しそうな話も、マスターが言うと冗談のように聞こえますね』

「そうかよ」

ふて腐れてその場に座り込むと、ブラッドが甲板に出てくる。その手には剣を持っており、俺の顔を見ると酷く嫌そうな顔をした。

ルクシオンは俺の上着に隠れる。

「剣の練習か?」

ブラッドは短く「甲板を借りるぞ」と言うと寒い中で素振りを開始した。その腕前は、お世辞にも素晴らしいとは言えない。

俺の方がまだマシである。

「魔法の練習でもすれば? お前の特技は魔法だろ」

すると、ブラッドは汗が滲んできていた。

随分と真剣に振っている。

「そんなのは知っているんだよ!」

「逆ギレかよ」

再び剣を振り始めたブラッドが、見ている俺が気になるのか集中できていなかった。

「お前、毎日振っているの?」

「当然だ。騎士になるための必須条件だ」

「別に必須じゃないだろ」

「ぶ、武芸は必須だろうが!」

剣だけ出来ても騎士にはなれない。ずば抜けて剣聖と言われるくらいになれば別だが、その他大勢は何でも出来ないと騎士になれない。

まぁ、貴族は自動的に騎士になれるが。

「そんな事をしなくても騎士にはなれるだろうが」

ブラッドはキザっぽく前髪を手ではね除け、そして俺に言うのだ。

「いつかお前に勝つためだ! その日まで、僕たちは頑張ると決めた」

頑張る? 笑うわ。

え、お前ら俺がまた勝負すると思っていたの?

「馬鹿じゃねーの。俺、もうお前らとは戦わないから。お前ら一生負け犬だな」

すると、ブラッドが悔しそうな顔をしてまた素振りを再開した。

「……言い返さないのか?」

「そんな暇があるなら一回でも多く振るだけだ。僕は……五人の中で一番弱いから」

……俺は髪をかく。

ブラッドは魔法が得意なキャラだった。

魔法以外の才能がないと言っても良い。そのために、ゲームでは苦労させられてきた。弱いのに前に出るし、おまけにすぐに沈む。頼むから前に出るなと何度思ったか。

「得意分野で頑張れば良いだろうが」

「そっちはもう頑張っている! だけど……僕は負けたくないんだ」

ブラッドが胸の内を明かした。

「……マリエに僕を見て欲しい」

「お前ら、あいつの何が良いの? ちびっ子でペッタンだぞ」

「外見じゃない! 中身だ!」

その中身も最低だと教えてあげたい。まぁ、言ったところで聞きはしないだろう。

すると、船内からフワフワと浮かんだロボットがやってくる。その手には木刀を二つ持っていて、俺とブラッドに渡して去って行った。

ブラッドが気味悪がっていた。

「な、な、なんだ、あの鉄の塊は」

腰が引けて足が震えている。そう言えば、こいつ臆病だった。船内でロボットたちをまだ見ていなかったのか、怖がっている様子だったが……。

しかし、丁度木刀は二本。

ブラッドは俺に木刀の切っ先を向けてくる。

「勝負だ、バルトファルト!」

「嫌だよ。寒いし」

ブラッドが悔しそうに地団駄を踏んでいた。

だが、チラチラ俺を見ながら素振りをするので、負けないと思って一回だけ試合をすることにした。

ブラッドが喜ぶ。

「さぁ、来い!」

「何で苦手な分野で戦って喜ぶんだよ。馬鹿なの?」

「お前より座学の成績は良いからな! とにかく、お前に挑めれば良いんだ」

そう言って構えるブラッドだが、練習しているだけあって構えはまともだった。

踏み込んで打ち付けると、簡単に下がって体勢を崩している。とても才能を感じるとは言えない。

「ほら、どうした」

何度も打ち付け、そしてフラフラになるブラッド。

しかし、一度だけ――大きく踏み込んだブラッドの左斬り上げ。下から斜め上に向かう剣が、思いのほか力強く体勢を崩された。

「――っ!」

単純な油断だったと思う。

ブラッドが調子に乗って踏み込んでくる。

「このまま畳みかけ――あうっ!」

不用意に踏み込んだので距離を詰め、柄の部分で頭を叩いてやるとその場に蹲った。

「……やっぱりお前、馬鹿だろ」

「く、くそ……いけると思ったのに」

これならまだ槍の方が才能はあると思う。決闘の時は鋭い突きを放ってきた。

ブラッドは立ち上がると、そのまま素振りは終わったのか船内に戻っていく。

「つ、次こそは必ず」

頭を押さえ、戻っていくブラッドを見送りながら俺は木刀を見る。

振ってみると、久しぶりだった。

「うわ、振れなくなったな。そう言えば、授業以外で触らなくなったな」

実家を出る前は練習させられた素振りも、学園に来てからサボり気味だった。

隠れていたルクシオンが再び現れる。

『楽しそうですね』

「わざわざ面倒なことを……ロボットに木刀を持ってこさせたの、お前だろ」

『はい』

夜空に木刀の先を向けると、星が随分と綺麗に輝いていた。

「……あいつらも色々と考えているんだな」

翌日。

答えが出ないまま迎えた朝は最悪だった。

テーブルの上に並んだ料理をガツガツ食べるグレッグと、優雅に食べるブラッド……。

「朝から男臭い」

リビアは部屋に引きこもっているので、ルクシオンが食事だけは届けていた。

グレッグが口元を拭う。

「俺だって朝からお前の顔なんか見たくないぞ。それより、これからどうするつもりだ? 空賊の本隊はまだ残っているんだろ?」

空賊たちはまだ残っており、このまま討伐するのか逃げるのか聞かれている。

別にゲーム的なら二年まで待っても良いが、下手に関わったのでこのまま潰しておきたい。戦争時に凄く邪魔なのだ。

叩けるときに叩くのが俺のやり方だ。

「場所は特定している。ただ、乗り込むのはもう少しだけ待ってから――」

すると、ルクシオンから報告があった。

『マスター、どうやら空賊の方から攻めてきたようです』

立ち上がって窓の外を見れば、二人も緊張した様子で俺を見ていた。

「意外と早く動いたな」

そんな俺に、二人が申し出てくる。

グレッグが俺に、

「バルトファルト、壊れかけの鎧でも良い。貸してくれ」

ブラッドも真剣な顔つきだ。

「昨日の内に使えそうな鎧を見つけている」

壊れた鎧で何をしようというのか。

「駄目だ。あんな不良品に乗せられるか。お前ら、もっと立場を考えて――」

グレッグが頭を下げてきた。

「頼む! お前の足手まといになるのも分かっている。けど、このまま見ているなんて出来ない」

ブラッドも俺に頭を下げてきた。

「虫のいい話だ。分かっている。壊れた鎧もお前の――君の物だ。だが、少しで良い。貸して欲しい」

断ろうと思ったが、二人の真っ直ぐな視線や態度に俺は顔を背けた。

「こっちで一度チェックする。その後なら好きにしろ」

「恩に着る!」

「今度こそ役に立ってみせる!」

ルクシオンは俺の言葉を待たずに、

『では、補給と整備を開始します』

そう言ってくれた。

……本当に嫌な奴だ。文句が多いのに有能で腹が立つ。

これではなじれないではないか。

外が騒がしくなった。

床に座り込んでいたリビアは、立ち上がると窓の外を見る。

「パルトナーが動き出して……」

ボンヤリしていたリビアが、船の揺れを感じて意識が徐々に覚醒してきた。

泣き腫らした目が見た光景は、空の上でリオンがアロガンツに乗って戦っている姿だった。

「リオンさん?」

窓の外、見れば昨日の空賊たちと同じような飛行船が押し寄せてきていた。

その数は五隻。

一際大きな飛行船は、三百メートルくらいの大きさもある。

側面に並べた大砲が火を噴くと、パルトナーに砲弾が次々に襲いかかってきた。

「きゃっ!」

頭を抱え座り込んでしまうと、淡い光に守られパルトナーは傷つきもしなかった。

「す、凄い」

リビアが外の光景を見ていると、リオンが敵の旗艦に向かって突撃する。

船型の帆を張った飛行船のマストを破壊していた。

リビアはその姿に安堵して――そして落ち込む。

(私、リオンさんに何てことを……でも、私は)

ウジウジと悩むリビアだったが、敵の飛行船から出てきた鎧にリオンが吹き飛ばされる姿を見て慌てて外に駆け出した。

部屋を飛び出し、そして甲板に出るための通路を走る。

大きなパルトナーの船内は広く、外に出るのも結構な距離があった。

途中で見かけた浮遊するロボットたちが、リビアを行かせまいとするが――。

「ごめん、通して!」

――リビアがそう言うと、ロボットたちは一瞬動きが止まってしまった。

再起動すると慌てて追いかけるが、結局リビアを捕まえることが出来なかった。

いても立ってもいられずに甲板に出ると、船内にいるときには聞こえなかった激しい戦闘音に耳が痛くなった。

火薬の爆発する音。

魔法が発生し、ぶつかった音。

とにかく、激しい揺れと爆発音や火薬で発生した煙が支配する戦場。

リビアがドアから離れてリオンを探す。役に立つか立たないかではなく、リオンの無事を確認したかったのだ。

「リオンさん。リオンさん!」

すると、目の前に大きな鎧が降り立った。

見上げると、それは灰色のアロガンツではなく、ドクロマークが描かれていた。

「――え?」

その鎧はアロガンツと同じ重装甲だが、刺々しくいかにも空賊という感じの鎧だった。

大鉈のような武器を担ぎ、鎧はリビアへ手を伸ばした。

リビアの頭部を包むほどの大きな手が迫ると、恐怖で動けないリビアと鎧の間に円柱に手が付いたようなロボットたちが割り込む。

鎧の中からくぐもった声が聞こえてきた。

『ちっ、何だこのゴミは』

野太い男の声。

拳でロボットたちを吹き飛ばし、リビアを捕まえようと再び手を伸ばすと――。

『させるかぁぁぁ!』

空賊から奪った鎧に乗り込むブラッドが、敵に体当たりをする。

しかし、相手は甲板に踏ん張りその場から少し後退するだけだった。

まるで子供が大人を押しのけようとしている姿は、とてもどうにかなるようには見えない。

次々に目の前で起こる出来事に、リビアが呼吸するのも忘れて驚いていると空賊はブラットを投げ飛ばした。

『ガキが調子に乗るな!』

甲板の上を転がるブラッドの鎧。

すぐに立ち上がって立ち向かおうとすると、今度はグレッグの乗る鎧が突っ込んでくる。槍を振り回し、空賊の鎧を破壊して突撃してきた。

『おらぁ、退けぇぇぇ!!』

グレッグの槍が空賊に突き刺さるも、分厚い装甲に阻まれ貫けなかった。

『硬ぇ』

グレッグの槍が掴まれ、そのまま空賊は槍を抜く。今度は槍を持ってグレッグを甲板に叩き付けた。

リビアが動けずにいると、ブラッドが前に立つ。

『何をしているんだ、下がれ!』

「え……あ……」

鎧同士の戦いを目の前にして、リビアは恐怖で動けなくなる。

空の上。

吹き飛ばされた俺は苛立ちを近くにいた空賊にぶつける。

「邪魔だ、退け!」

掴んだ空賊の鎧を、そのまま飛行船に叩き付けてやった。

周囲を見ると、俺を取り囲むように空賊たちが囲んでいた。

呼吸が乱れていた。

狭い鎧の中、周囲を見るとドローンが俺の周りに展開されていた。

「殺すなよ。全員捕まえろ」

ルクシオンは俺の命令に愚痴をこぼしていた。

『無茶を言います。そのせいで苦労しているというのに』

ライフルを構えた空賊たちが何か叫んでいた。『化け物!』『なんだ、なんなんだよ、こいつ!』『弾丸を全部弾いて――来るなぁぁぁ!』そうした会話を聞き流しながら、先程のことを思い出していた。

……空賊の頭。

賞金首の男が乗る大型の鎧。

一般的に鎧はスマートな物が主流だ。空賊たちも多くはそのような鎧を駆って俺に襲いかかってくる。

それなのに賊の頭は、アロガンツと同等に大きな重装甲の鎧に乗っていた。

「早くあいつを捕まえたいのに」

俺が焦っていると、ルクシオンが忠告してきた。

『マスター、反応速度が通常よりも遅れています。操縦技術、その他諸々が前回よりも悪くなっていますよ』

……そうですね。練習不足ですね。

「悪かったな。忙しかったんだよ」

『いえ、精神的な問題かと』

灰色の鎧――重装甲のアロガンツが空を飛ぶ。

空賊たちが撃つ弾丸を装甲が弾き、そしてスピードもパワーも他を圧倒する俺の鎧は間違いなく最強だろう。

そんな最強の鎧に乗っているのに、俺は苦戦している。

……完全に相手を舐めていた。

賊の頭は、部下たちに俺の相手をさせ俺との戦いを避けている。

近付いた敵を捕まえ、頭部を握り潰した。鎧の隙間から、操縦者である空賊が怯えた顔で俺を見ている。

「さっさと潰すぞ。いつまでも関わっていられるか」

『マスター、空賊の頭領と思われる男が、パルトナー甲板に降り立ちました。それと、オリヴィアが甲板に出ています』

「なっ!」

驚いていると、空賊の飛行船がこちらに大砲を向け次々に砲弾を撃ち込んでくる。

ぶつかり、爆発に巻き込まれるアロガンツ。

鎧の中でルクシオンを責めた。

「なんで外に出した!」

『申し訳ありません。作業ロボットたちが一時的にダウンしていました。何かしら原因があるとしか――』

「もう良い! すぐに助けに――」

目の前に出現する映像には、空賊の頭に挑むブラッドとグレッグの姿が映し出されている。

『彼らを出撃させて正解でした。今は、オリヴィアを守るために戦ってくれています』

その姿は――まるでリビアを守る二人の姿は――それが当たり前の光景だと言わんばかりに俺の目に焼き付いた。

ゲームで散々見てきただろうその光景は、主人公を攻略対象の男子たちが守る光景そのものだった。

小さく笑う。

「……これで良いんだよ。そうだよ、最初からこれで良かったんだ」

『マスター?』

一度深呼吸をした俺は、操縦桿を握りしめて周囲の映像を消すと目の前のことに意識を向けた。余計なことは考えなくて良いのだ。

そう、俺には俺の役割がある。

――だって俺はモブじゃないか。

主人公の――リビアの側に立つなんておこがましいと思わないか?

「出力を上げろ。四番コンテナのアレを使う」

『……了解しました』

ルクシオンが俺の雰囲気を察してか、余計なことを口にしなくなる。おいどうした? 何か言えよ……お前の文句が聞けないのは寂しいじゃないか。

アロガンツの両手にそれぞれ、コンテナから出てきた二振りの斧が握られる。

随分と大きな斧を片手に握りしめ、俺は一度俯いてから顔をゆっくりと上げた。

「――潰す」

リビアがその場に座り込む。

目の前では、ブラッドもグレッグも空賊頭の鎧を前に倒れていた。

『く、くそ』

『何で大型なのにそこまでの出力が出るんだよ』

二人とも生きてはいる。だが、もう立ち上がれそうにもなかった。

空賊頭が大鉈を肩に担ぎ、左手をリビアに伸ばす。

『手間取らせやがって。女、お前はあいつへの人質だ』

リオンに対しての人質にするつもりであるのを察し、リビアが逃げようとすると空賊頭は大鉈をブラッドの鎧に突き立てた。

『がっ!』

ブラッドが声にならない声を上げ、そして苦しんでいる。

「ブラッドさん!」

空賊頭は鎧の中からくぐもった声で告げる。

『逃げればこいつらを殺す。ほら、さっさとこっちに来い』

手を伸ばしてくる空賊頭の鎧を前に、泣いているリビアは震える足で前に出た。ブラッドを見ると苦しんでいるが生きている。

(私、足手まといだ。みんなに迷惑をかけている)

悔しさに涙を流すと、先程まで目の前にいた空賊頭の鎧が吹き飛んだ。

突風にリビアの髪や服が乱れると、目の前を通り過ぎた灰色の鎧を見た。

「リオンさん!」

リビアは嬉しそうに叫ぶが、すぐに表情が曇った。

「――え?」

両手にそれぞれ大斧を――戦斧を持ったリオンのアロガンツは、相手の鎧の両腕を切断していた。

以前、ユリウスとの決闘の時には、スコップを持ってどこか間の抜けた愛嬌すらあったアロガンツだったが、今目の前にいる鎧は禍々しく見えた。

戦うために作られ、本来の目的を果たそうとするアロガンツの迫力を前にリビアの笑顔は驚愕に変わる。

「駄目。リオンさん、駄目です!」

リオンは両腕を交互に振り回して、空賊頭の鎧を弄んでいた。徐々に削り、空賊頭が恐怖に叫んでいる。

『た、助けてくれ! 降伏だ。降伏するから!』

リオンは笑っていた。

『降伏? おいおい、名のある空賊がそれじゃあつまらないだろうが。最後まで抵抗して見せてくれよ。なぁ? 誰に喧嘩を売ったか教えてやるよ!』

踏みつける。何度も踏みつけ、空賊頭は泣いて命乞いをしていた。

『助けてください! お願いです。助けて!』

『散々暴れておいて、虫が良すぎるんじゃないの? まずは部下たちに降伏するように言うのが先だよね? ほら、早くしないと死んじゃうぞ』

先程までブラッドとグレッグの二人を相手に戦っていた空賊頭を、リオンはまるで雑魚のように扱っていた。

空賊頭の命令で、空賊たちが降伏を宣言する。しかし、リオンは空賊頭の鎧を破壊していく。アロガンツが装甲を剥がし、大事な骨組みとなるフレームを引きちぎっていく。

その姿を見たリビアは、素直に怖いと思うのだった。

そして敵の鎧の腹部に手を入れたアロガンツが、何かを抜き取る。

リオンはそれを見て笑っていた。

『み~つ~け~た』

空賊頭が悲痛な声を出す。

『か、返せ! そいつは大事な――』

『知るかよ。お前の物じゃない。今日からは俺の物だ』

アロガンツは、もう空賊頭の鎧に興味もないのか蹴り飛ばして甲板の上で転がした。

周囲を見れば、リオンがやったのか空賊たちの飛行船が黒い煙を噴いていた。何とか浮いているという感じで、中には小型のボートに乗り込んで逃げようとしている空賊たちもいる。

鎧のほとんどは落とされ、海の上に浮かんでいた。落ちたときのため、鎧には浮き輪のような物が付いている。それが展開し、海上に浮かんでいるのだ。

空賊たちが鎧から出て、これからの事を考え絶望した顔で項垂れるか空を見上げている姿……。

リビアはブラッドが怪我をしているのを思い出し、鎧に駆け寄ると怪我の具合を確認する。

「す、すぐに治療します」

鎧の中から顔を出したブラッドは、脂汗をかいていて苦しそうだった。

だが、リビアを前に無理して笑顔を作る。

「あ、ありがとう」

「いえ、私のせいで怪我を――」

「それは違うよ」

「え?」

「僕も、グレッグも納得している。君を守るために戦った。何しろ、僕たちは騎士を目指しているからね。騎士は女性に優しくないと……あ、そこ痛い!」

腕に怪我をしているブラッドを治療し、自分を恨んでいないという言葉に安堵した。同時に、酷く情けなくなる。

ブラッドの傷に手をやると、魔法の淡い光が発生して傷を癒やしていく。傷口が綺麗に消えるのを見て、ブラッドは安堵した。

「マリエと同じで治療魔法が得意みたいだね。助かったよ」

その言葉に、リビアは聞き返す。

「マリエさんも治療魔法を扱えるんですか?」

治療魔法を扱える魔法使いは少なく、更に腕の良い治療魔法を使える人間はもっと少ない。貴重な人材だと言える。

ブラッドは微笑みながら自慢をする。

「あぁ、僕たちの女神だよ。どんな傷もマリエがいれば大丈夫……」

そう言って意識を失うブラッドだった。

リビアがそんなブラッドの傷口を持っていたハンカチで拭うと、アロガンツから出てきたリオンがその姿を見下ろしていた。

「――リオンさん。あ、あの!」

リビアが何かを言う前に、リオンは微笑んでいた。

ただ、リビアには悲しそうに見えるのだった。

「お似合いだよ。やっぱり、何事も正しいところに戻るように出来ているわけだ」

何を言っているのだろう?

リビアが立ち上がろうとすると、リオンはグレッグの所に向かう。そして鎧から出してやると、怪我のないことを確認して声をかけていた。

「ご苦労さん。なんだ、強いじゃないか」

「嫌味かよ。……悪い、借り物の鎧を壊しちまった」

「いいさ。それ以上の働きだったから。それより、ブラッドを運ぶから手伝ってくれる」

「あいつ無事なのか?」

「平気。もう怪我は“オリヴィアさん”が治療してくれたから」

リビアは自身の胸に当てた手を握りしめる。

――凄く心が痛かった。

心臓が握りしめられたように痛む。

立ち上がって何かを叫ぼうとするが、声が出なかった。そんなリビアの横を通り過ぎたリオンは、目も合わせてくれなかった。

グレッグと二人でブラッドを鎧から出してやると、そのままロボットたちが担架を持ってきたので乗せてやる。

三人が船内に戻ると、リビアは泣くのだった。

「どうしてですか。……リビアって呼んでくださいよ」

崩れるように座り込み、泣き続けるのだった。

空賊たちの宝を前に興味も出てこない。

パルトナーにある倉庫の一つには、空賊たちから奪った宝を放り込んだ。

金銀財宝に加えて、何やら懐かしいアイテムも見つけたが手に取ってすぐに手放した。

「よくこれだけ貯め込んだな」

俺の側で浮かんでいるルクシオンは、俺の態度を見ていた。

『ウェイン家の報酬は期待できませんが、空賊団の壊滅と、空賊頭の懸賞金もありますので結構な金額が手に入ります。ちょっとした財産ですよ』

今更興味もない。

それだけの大金を持って何をするというのか?

……全部馬鹿らしい。

「ティーセットを買おうかな。残りはどうするか……」

思い浮かんだのはリビア――オリヴィアを守るグレッグとブラッドの姿だった。本来あるべき姿はあちらなのだ。妙に心がざわつく。

俺はルクシオンを見た。

「おい、伯爵家と空賊の繋がっていた証拠は見つけたか?」

『はい。やり取りのある書類などを数点発見しました。証拠としては不十分かも知れません』

「王宮に告げ口してやるか。後はレッドグレイブ公爵家だな。敵対派閥のスキャンダルは良い手土産になる」

『醜聞というか、明らかな弱みですからね。伯爵家が空賊たちを取り返しに来るかも知れません』

「――そんなの、叩き潰せばいいだけだろ」

今まで俺は一体何をしてきたのか。

これだけの力があるのに使わないなんて馬鹿か?

そうだな。馬鹿だったな。

俺は馬鹿だった。

「ゴミみたいな奴らが消えれば、王国も少しはまともになるかもな。いや、駄目だわ。王国自体ゴミ、っていうか……乙女ゲー自体ゴミじゃね?」

ヘラヘラしている俺の様子を見ているルクシオンは、いつもの憎まれ口が少なかった。

『本当によろしいのですか? 私は王国を――この世界を破壊するのにためらいはありません。ご命令ならすぐにでも実行しますよ。その後、マスターにとって都合の良い世界を作ることも可能です』

……俺に都合の良い世界?

最高だね!

「良いな。女を侍らせて、ハーレムを作ろうか? エルフとか猫耳の獣人も良いな。今度は逆に女なんてゴミだ、みたいな世界にするか!」

……そこまで口にして気が付いた。

あ、これただ男女の立場が逆になっただけだ、と。

「……なんだ、俺も学園の女子と同じか」

『自分の中で答えが出たようで何よりです。空賊相手に八つ当たりをして、気は晴れましたか?』

……まったく晴れなかった。

モヤモヤとした感情が腹の中で蠢いている。

すぐにでも吐き出したいのに、その方法が分からないのだ。

ルクシオンが俺に言う。

『彼女。オリヴィアは、マスターを嫌いになった訳ではありません。ただ、精神的に不安定になっており――』

「知っているよ。自分の言うとおりにしなかったから。迷惑をかけたから。そんな理由で怒ると思ったか?」

『はい』

「……お前、俺のことをなんだと思っているの?」

外に出てきたときは流石に「何してんだ、馬鹿!」って思った。だが、逆にそのおかげでブラッドやグレッグの男気を見ることが出来た。

主人公と攻略対象の本来あるべき姿も見られた。

大きな収穫だったと思う。そうだ……これで良かったのだ。彼らの代行ももう終わり。モブに戻るときが来ただけだ。

ポケットに入れた聖なる首飾りを取り出す。

「そうなると、これはどうやって渡そうかな?」

俺がプレゼントするのではなく、どちらかが――ブラッドかグレッグが目を覚まし、オリヴィアとくっつけば話は楽なのだ。

プレゼントするように言って渡せれば、俺としては最高の結果になる。

二人には頑張って貰いたい。

「……財宝の使い道は決まったな」

俺は一人で結論を出すと、首飾りをポケットに押し込む。

ルクシオンが告げてくる。

『マスター、どうやら伯爵家の艦隊が向かってきています。同時に――レッドグレイブ公爵家の飛行船もこちらに向かっています』

……騒がしい限りだ。