軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

空賊討伐

王都にある飛行船の港。

そこは王都から少し離れた場所に浮かんでいる浮島にある。飛行船が出入りを繰り返すその場所は、港と言うよりも駅やバスのターミナルのように俺には見えた。

数十人が乗る小さな飛行船で、王都から港にやってくると指定した場所に俺の飛行船【パルトナー】が既に待機していた。

「お、来ているな。時間通りだ」

俺の荷物に隠れているルクシオンが返答してきた。

『これくらいパルトナーには余裕です』

パルトナーは、ルクシオンが偽装した姿をそのまま再現している。

ルクシオンの形は未来的というか、とにかくこの世界の飛行船の形として不自然なのだ。そもそも宇宙船だし。

そのため偽装させたが、中に入りたいという人たちが非常に多い。

ルクシオンの秘密が知られると俺を殺してでも奪い取ろうとする奴らが出てくるので、新たに一隻建造したのがパルトナーである。

ルクシオンの奴、実はパルトナーをちょいちょい自慢してくる。

親馬鹿という奴か?

『……マスター、気付いていますか』

「見えているよ」

そんなパルトナーの近くにいるウェインさんと……リビアの姿が見えていた。ウェインさんの荷物をリビアが持っている。

俺が近付いてくるのを見つけると、荷物を受け取って何事もなかったかのように手を振ってきた。

俺が気付いていないと思っているらしい。

リビアはここにいるなんて聞いていなかった。なにより、リビアの態度がどうにも……簡単に言って元気がない。

「男爵、こっちですよ~」

ウェインさんを見て、俺は改めて女は怖いと思うのだった。

「女って怖いな」

『マスターはそんな彼女たちに恐れられているので安心してください』

「嫌われている、の間違いじゃね?」

そうして二人のところに到着すると、何やら見知った顔が近付いてくる。

赤と紫……槍を担いだグレッグと、とても嫌そうな顔をしたブラッドだった。

「げっ!」

「……何でバルトファルトがいるんだよ」

二人のあまりの態度に俺のガラス細工のような心が傷つく。

「文句があるのか、負け犬共が」

ガンを飛ばしていると、グレッグもブラッドも俺に近付きメンチを切ってきた。

やっぱりこいつら柄が悪い。髪色もあってチンピラみたいだ。

「やんのかごらぁ」

「いつまでも調子に乗れると思うなよ」

二人が俺を威嚇してくるので、俺は素直にリビアの後ろに回った。

「俺はこれからリビアたちと予定がある。さっさとどこかに行けよ」

ただ、二人ともこの場を離れない。

グレッグは髪をかき、そしてブラッドはジト目をウェインさんに向けるのだった。

「これ、どういうことかな?」

困ったように俺たちから視線をそらすウェインさんは、どうにも何か隠しているようにしか見えなかった。まぁ、隠しているからね。

「あは、あははは……えっと、私の実家までの足は男爵の飛行船でして」

それを聞いて、俺たちは顔を見合わせた。

「はぁ!? 俺の大事な飛行船にチンピラを乗せろと!」

俺の言葉にグレッグもブラッドも切れる。

「誰がチンピラだ!」

「お前、本当に嫌な奴だよな!」

二人とリビアを挟んで睨み合っていると、ウェインさんが謝罪してきた。

「ご、ごめんなさい! 実はブラッド様にもお声をかけていたんです」

全員の視線がブラッドに集まると、本人も渋々と説明をする。

「……元婚約者の寄子でね。助けを求められたから手を貸すことにしたのさ。報酬も出るし、その空賊は賞金首だ。マリエの助けになればと思って賊討伐を決意した」

何だかまともなことを言っているようで、実はかなり頭がおかしいことを言っている。

学生が賊討伐なんて間違っている? 違う。そこじゃない。

そもそもここは乙女ゲーの世界だ。男子は女子に好かれるために、賊討伐という目に見えた結果を求めるような世界である。

……よく考えると、元からこの世界は狂っているな。

グレッグが自慢の槍の石突きで、床を叩いた。槍を持った立ち姿は立派だな。

「その話を聞いて俺も参加を決めた」

槍一本で何が出来ると?

本当に乙女ゲーの登場人物って頭がおかしいよね。

「他の三人は? ほら、黒と緑に、青い奴だよ」

ブラッドが怒鳴ってきた。

「色で俺たちを呼ぶのを止めろよ! 三人とも実家に呼び出されたよ。マリエは用事があるから来ない。まぁ、用事がなくても危険だから来させないけどね。だから僕たちだけさ」

……こいつら頭がおかしい。たった二人で何をするつもりだ?

おまけにほとんど武器を持っていない。

空賊なんて飛行船を持っているのが当たり前なのに、いったいどうやって戦うつもりだったのか。

ウェインさんが俺たちを急かす。

「と、とにかく、この面子で頑張りましょう。ほら、オリヴィアさんからもお願いして」

リビアが俯いていた。

何も言わないでいると、ウェインさんが俺たちに聞き取れないような小さな舌打ちをしていた。

俺は髪をかく。

「……取りあえず乗れよ。お前ら、悪戯するなよ」

グレッグが舌打ちをする。

「ガキみたいな真似はしねーよ」

俺は鼻で笑ってやった。

「ガキだから注意したんだよ」

「やんのかてめぇ!」

「そうやって怒りっぽいのがガキの証拠だ、馬鹿が!」

俺はリビアの手を引いてパルトナーに逃げ込むと、その後ろをグレッグとブラッド――そして笑みを浮かべたウェインさんがついてくるのだった。

学生寮。

普通クラスの女子が使用している寮に足を運んだのは、アンジェだった。

手には土産を持っており、少し緊張した様子だった。

「こ、これで良いのだろうか?」

リビアのために買ってはみたが、普段自分で買い物をしないアンジェは困っていた。

リオンに相談しようにも、既にウェイン家の領地に向かったのか学園にはいなかったのだ。

「あの馬鹿者が。利用しようとしている輩のために船まで出して」

止めたのに行くと言ったリオンを心配していた。

実家に知らせてはいるが、そもそもアンジェには自由に扱える飛行船がない。リオンのように思い立ったらすぐに行動、とはいかない。

追いかける前にリビアに声をかけておきたかった。

どんな声をかけるべきか悩む。

リビアの部屋の前まで行くと、アンジェは驚いた。

「な、なんだ、これは?」

学園の女子たちが使用するような部屋ではなかった。

物置となっている場所にリビアの部屋が用意されていたのだ。おまけに落書きもされており、扱いの悪さが際立っていた。

アンジェはノックをするが返事はない。

「リ、リビア、私だ……」

声をかけるが返事がなく、いないのかと思ったとき――。

「あら、アンジェリカ様じゃない」

振り返るとそこにいたのは三年生の女子と、その取り巻きたちだった。

「……お前か」

年上相手にお前呼びをするアンジェは、目を細めて見下していた。それを相手も理解しており、忌々しそうにする。互いに険悪な雰囲気を出している。

「成り上がりの伯爵家はお嫌いみたいね」

「随分と自分の家を良く言うのだな。非道な行いでのし上がった家の娘は本当に図々しい」

アンジェが相手を嫌っている理由は、そもそも敵対派閥だから。

それと同時に、伯爵家には悪い噂が多かった。

噂だけならまだ良いが、実際に悪事に手を染めているのも知られている。

相手の家は上り詰めるために相当な無理をしてきたのだ。

そして、目の前の女子はブラッドの元婚約者でもあった。

数多くの専属使用人を引き連れ、取り巻きたちも随分と派手に遊んでいるのが外見からでもよく分かる集団。

(成金趣味が可愛く見えるな。どいつもこいつも、亜人種の奴隷を引き連れて……)

まさに学園の女子という感じの一団だった。

相手が舌打ちをする。

公爵令嬢であるアンジェに手を出さないくらいの分別はあるようだ。

「お気に入りの平民のお出迎えなんて、随分と可愛がっているのね」

「……何が言いたい?」

相手が顔を近づけてくる。

香水の強い臭いにアンジェは顔をしかめた。

「アンジェリカ様、大事な取り巻きと可愛いペットはちゃんと繋いでいないと駄目よ。死んじゃったら悲しいわよね?」

下卑た笑みを向けてくる相手に、アンジェは睨み付ける。

「……やはりお前の差し金か」

「分かっていたなら止めてあげれば良かったのに。公爵家の娘さんは冷たいのね」

しかし、アンジェは慌てない。

(馬鹿が。お前たちは何を相手にしているのか分かっているのか? リオンを優秀な番犬程度に考えているのなら、お前たちはおしまいだよ)

カーラの依頼をアンジェは怪しんでいた。

それは、カーラが誰の取り巻きか知っていたからだ。

普通、学園の取り巻きというのは身近な――寄子や陪臣の家の子供たちで固める。カーラが寄親に救援を求めなかった時点で怪しかった。

(リオンの奴、分かっていて何故手を貸した? 相変わらず読めない奴だな)

逆に相手を哀れむアンジェだったが……。

「そうそう、お気に入りの平民のペットだけど出かけているわよ」

「出かけた?」

「えぇ、カーラの領地についていったの。お友達だから連れていくんですって。カーラったら物好きよね。空賊が出る危ない領地に友達を連れて行くなんて」

――瞬間。

アンジェは相手の胸倉を掴んで壁に叩き付けた。

胸元を締め上げ、そのまま壁に押しつけ片腕で持ち上げる。

「おい、リビアをどうしたって?」

「く、苦し――」

足が床から離れ、もがく相手を助けるために取り巻きや専属使用人たちが集まるも、アンジェが一睨みする。

「私に触れるな」

静かに底冷えするような声に、全員が動けなくなると再び顔を相手に戻した。

「私は気が短い。さっさと話せ。お前たちは何を考えている?」

「は、離して――こんなことをして、ただで済むと思っているの?」

相手は手を出してくると思っていなかったのか、多少慌てるが手を出してきたのはアンジェだと思ったのか強気な態度に出る。

「質問しているのはこちらだ。騒ぎたければ後でいくらでも騒ぐといい。決闘騒ぎから、私に舐めた態度をとる馬鹿共が多かったところだ。いい見せしめになる」

その馬鹿共の多くが同性である女子というのが、アンジェにとっては悩みの種でもあった。男子の方がまだまともだった。

相手は笑っていた。

「自分で確かめなさいよ」

アンジェは相手を床に投げつけると、そのまま何事もなかったかのようにその場を歩き去るのだった。

「そうさせて貰う」

アンジェは少し離れ、曲がり角を曲がるとそのまま駆け出した。

(急いでリオンに連絡を。いや、私が向かった方が速いか。しかし、パルトナーで向かったとなれば追いつくのは難しいぞ)

パルトナーの一室。

俺はブラッドとグレッグの三人でトランプをしていた。

もちろん、賭け事だ。

二人が難しい顔をしている。

「ほら、どうしたよ」

グレッグが唸っている。

「待て! もう少し考えさせろ!」

二人から巻き上げたお金は結構な金額になっている。二人とも、学園祭で稼いだのかお金を持っていた。

もちろん、トランプには仕掛けがしてある。

――いかさまで二人から金を巻き上げていた。

まぁ、船賃代わりだ。こいつらはもっと社会勉強をした方が良い。いつか騙されて痛い目を見る前に、俺が社会の厳しさを教えておこう。

暇なので遊んでいるのだが、まさかこいつらとトランプをすることになるとは思いもしなかった。

二人は覚悟を決めた顔で、トランプを置く。

「これでどうだ!」

ブラッドも強気だ。手札を見れば確かに勝てそうにも見える。

「次こそは勝つ!」

そして俺はゆっくりとトランプを見せてやる。そして、俺の役の方が強いため、またしても俺の勝ちになった。

「悪いな。また俺の勝ちだ」

グレッグが頭を抱える。

「嘘だろ! こんなのインチキだろうが!」

ブレッドも蹲っていた。

「何連敗したと思っているんだ! あり得ないだろうが!」

俺はトランプを回収しながら二人に言うのだ。

「お前たちは本当に馬鹿だな」

二人が睨んでくるが、もう財布の中身が寂しいのか勝負は出来ないと言う。

トランプを片付けていると、グレッグがブラッドに聞いていた。

「そう言えば、お前の元婚約者ってどんな奴だ?」

ブラッドは寂しくなった財布を見つつ答える。

「……珍しいタイプの女子かな。伯爵家以上の家柄とは思えない感じだよ」

そう言って話し出すブラッドは、何やら不満そうだった。

「会ったのは学園入学前に数回だ。単純な政略結婚だから、殿下やジルクみたいな揉め事はなかったよ」

グレッグは貴族的な話に疎いため、ブラッドの元婚約者を知らないらしい。

俺はトランプを片付けて話を聞く。

「僕に興味なんてないのさ。欲しいのは血だよ。フィールド家の血が欲しかったのさ。相手の家は商人からの成り上がりだからね」

冒険者が貴族になったホルファート王国では、生まれながらに貴族であれば優秀な冒険者の子孫だ。そして、成り上がったとしても冒険者として成功を収めたのなら立派だと判断される。

成り上がり者扱いを受けるが、それでも貴族として扱われる。

だが、そんな王国にも例外はある。

それがブラッドの元婚約者の家だ。

元は小さな男爵家だったが、商人が強引に家を乗っ取ってから陞爵して伯爵家になった。

王国貴族からすると憤慨ものだが、それでもグレーゾーンというか法の目を掻い潜ってやりたい放題。ただ、そのために敵も多い家だったのだが――。

グレッグが思い出したように少し上を向いて話をする。

「そう言えば、大公国との外交で活躍した家だったな」

「その手柄もあって僕が結婚相手に選ばれたのさ。僕の家は大公国に近いからね。話をまとめたら、結婚の話を考えて欲しいと相手の家に言われたらしいよ。実家も“黒騎士”に怯えないで済むなら、ってさ」

辺境伯であるフィールド家は、大公国と近いために戦争が起きると大変だ。それを防いだとして、ブラッドが相手の家の娘と結婚することになった。

「経緯はともかく優秀な家か」

「だから厄介でね。実際、ウェインさんも婚約破棄の件を臭わせて協力を求めてきたよ。狡いよね。親が親なら、その下の寄子も、って感じだよ」

グレッグも神妙な顔で頷いていた。

「俺の方も同じだな。婚約者とは言っても会ったのは数回だ。情なんてわかないよな」

……こいつらも大変だな。そう言えば、グレッグとクリスの婚約者はゲームに登場していない。いったいどんな人物だったのだろう?

二人の会話を聞いているとルクシオンの通信が耳に届く。二人には聞こえていない。

『マスター、どうやらお出迎えのようです』

目的地への到着まで時間がある。

お出迎えというのは――。

『空賊の飛行船。二隻がこちらに接近してきます』

俺は立ち上がると準備に入るのだった。

「お前ら、仕事の時間だ」

俺を見上げる二人が口を開けて驚いていた。反応が悪いことを見るに、何を言っているのか理解していなかった。

「敵が来たから準備をしろ、って言っているんだよ」

グレッグが立ち上がる。

「そ、そうか」

ブラッドも立ち上がるが、二人とも困惑していた。

「そ、それより、僕たちは何をすれば良いんだ?」

……役に立たないな。大人しくして貰うか。

空賊の飛行船は、黒い布地にドクロマークを掲げていた。

空賊団【ウイングシャーク】の船長の一人が、飛行船から見えるパルトナーの姿に口笛を吹いた。

「これが手に入ればお頭も大喜びだな」

空賊の部下が同意する。

「大物ですね。しかも乗っているのはガキが四人ですか?」

「あぁ、野郎三人の女が一人だ」

「四人とも始末しますか?」

「馬鹿。野郎は三人とも貴族のボンボンだぞ。金持ちの婆に売りつけて小遣い稼ぎだ。女の方は遊んだ後に捨てれば良い。平民で身代金も取れないからな」

周囲がそれを聞いてやる気を見せると、隣を飛ぶ飛行船も降下を開始した。

パルトナーに真上から接近し、そのまま押さえつけようとしているのだ。

船長が首に手を当てて回す。

「一人はとんでもなく強いらしいが、学園のガキだ。空賊の戦い方を教え込んでやれ」

「へい! 全員、準備させています」

飛行船から次々に飛び立つのは、鎧をまとった空賊たちだ。

二隻の飛行船から二十を超える鎧がパルトナー目がけて飛び移ろうとする。

鎧とは言っても、パワードスーツのような物だ。

大地が浮かぶこの世界では、鎧だって空飛ぶ。

「今日は馬鹿なガキたちのおかげで楽が出来そうだな」

「そうですね」

後は自分たちの飛行船で押さえつけ、逃げられないようにして奪う。

いつもの仕事だと思っていた船長だが、パルトナーから何かが飛び出すと空賊たちの鎧へと近付いた。

それは普通の鎧よりも大きな――灰色の重そうな鎧だった。

「たった一人で何が出来る。多少強くてもやっぱりガキだな。おい、囲むように――」

船長が命令を出そうとするよりも早く、パルトナーから出てきた鎧はその空いた両手にそれぞれ空賊たちの粗悪な鎧を掴んでぶつけて破壊した。

鎧を自分の飛行船に投げつけ、そして囲もうとする空賊たちの鎧を次々に素手で破壊していく。

ライフルを構えた空賊の鎧を蹴り飛ばす。

船長が怒鳴り声を上げた。

「なんだアレは……上昇だ! 上昇――」

だが、言い終わる前に飛行船が激しく揺れた。

近くにあった手すりに掴まり、船長は叫んだ。

「何があった!」

「ほ、砲撃です! 獲物が砲撃を!」

「馬鹿を言うな! 俺たちは真上にいるんだぞ!」

この世界の飛行船の戦闘は、基本的に上を取った方が強い。大砲の精度が悪いのもあって、とにかく側面に大砲を並べ、数を撃ち込むのだ。

魔法なんて物があるために、バリアが発生して飛行船を守るのだ。

空賊たちも砲撃を一応警戒して真上から強襲した。

「あれだけ大きな飛行船で、どうやって大砲を撃った? そもそも四人で動かせるわけが――」

パルトナーの規模なら、それこそ何千人と人が揃わなければ動かない大きさだ。

そのため、たった四人……五人しか乗っていないのにまともに動かせるわけがないと思っていた。

それがこの世界の常識だからだ。

船長が叫ぶ。

「降伏だ! 降伏しろ! 早く白旗を――」

逃げられないと判断し、降伏するため白旗を掲げるように言うのだった。

甲板に降り立つアロガンツを、グレッグは見ていた。

ブラッドの方は甲板に叩き付けられた空賊たちを拘束しており、グレッグにも「さっさと手伝え、脳筋!」と言われている。

ただ、グレッグは灰色の巨人――鎧を見て思った。

(……勝てねぇな)

普通の鎧よりも大きなアロガンツは、重装甲でとても重そうだ。しかし、空を飛んだ姿はとても軽やかだった。

空賊たちの粗悪な鎧など相手にもならなかった。

グレッグは、リオンの強さに勝てないと思ったのではない。

(何が実戦重視だ。いざ、一人になったら俺は何も出来ないじゃないか)

今までは家臣たちに支えられて活躍できていたのを、リオンを前に痛感させられたのだ。

敵が来たと思えばすぐに動いたリオンとは違い、自分は誰かのサポートがなければまともに戦えないとグレッグは気付かされた。

「……ガキか。何だ、俺は粋がったガキだったのか」

リオンが自分をガキと言ったのは当然のように思えた。

グレッグは自分がとても情けないと思うのだった。

アロガンツの中。

俺は周囲を見渡す。

「これで全員無力化できたかな?」

答えるのは、アロガンツの中にいるルクシオンだ。

『はい。既に飛行船二隻はエンジンを停止しています。逆らっても問題ありません。撃墜するだけです』

「馬鹿、やめろよ。持ち帰って売るんだから」

粗悪な鎧もそうだが、飛行船も金になる。もちろん、空賊たちも同様だ。

そのため、全て捕らえることにしたのだ。放置するよりはマシだろう。

『撃墜した方が早かったのでは? このまま連れ帰っても面倒になるだけかと』

「いや~、嬉々として人殺しを出来る精神じゃないからね。流石にお前を使って戦うなら自重するわ」

俺の言葉にルクシオンの電子音声は、普段以上に冷たく聞こえた。

『マスターはそれで失敗をすることになってもよろしいのですか?』

「……だから巻き込まれたくないんだよ」

こういう判断を求められることになるから、俺は外から見ている方が良かった。命令されて戦うことになれば、それを言い訳に出来る。ただ、自分から関われば言い訳が出来ない。

……本当にどうしてこうなったのか。

「それより、相手には威嚇射撃で十分だっただろ。なんで撃ち抜いたんだよ」

『……パルトナーに覆い被さろうとするなど認められません』

こいつ、人のことをどうこう言える立場なのか?

人工知能が私情を持ち込みやがった。

これを凄いと思うか、それとも駄目だと思うか……まぁ、乙女ゲー世界の人工知能だ。それに、俺の相棒と思えばこれくらいが良い。

ガチの人工知能とか反乱されたら怖いし。

パルトナーの一室。

カーラは震えていた。

「ふ、ふざけるんじゃないわよ。なんで簡単に負けているのよ」

空賊たちを手引きしたカーラは、あまりの呆気なさに狼狽えていた。

まさか、ここまでリオンが強いとは思わなかったのだ。

おまけにパルトナーだ。

カーラも入れて五人しか乗り込んでいないのに、普通に動いているなど信じられなかった。

通常、一般的な飛行船でもそれなりの人数がいなければ動かない。

「ロストアイテムって言っていたけど、こんなのインチキよ。これじゃあ……私の実家に到着しちゃう」

カーラはブラッドの元婚約者からの命令で、リオンたちをこの場所におびき出した。

後で自分だけは助かる予定だったのだ。

持ち込んだ通信機は、出発前に報告をしてから調子が悪い。

「なんで壊れちゃうのよ!」

電波の状況が悪いのかノイズが酷かった。

普段から通信状況は良くない。

この世界はそれが基本で、相手が近くにいればやり取りが可能である。

カーラは作戦が失敗して焦っていた。

「実家には何の連絡もしていないのに」

空賊たちを捕まえたリオンは、このまま準男爵家の領地を目指すために移動を再開する。そうなれば、家族に知られてしまう。

「そ、そうだ。あの平民の女を利用してやろう。あいつが悪いことにして……そ、そうよ、あのバルトファルトの奴もあの平民には甘いからきっと許してくれるわ。ほ、他の二人は何とか言いくるめて……違うわ。そうよ、もうあいつらなんて気にしなくて良い。どうせ廃嫡されて権力なんかないんだから」

部屋の隅……小さなカメラがカーラの様子をしっかりと監視していた。

パルトナーがウェイン準男爵の領地に到着したのは夕方だった。

「日が落ちるのが早くなったな」

おまけに寒い。

準男爵家の領地には、パルトナーが接岸できそうな港がなかったので小型の飛行船で上陸したのだ。

ただ、ここで問題がある。

ブラッドが俺に文句を言ってきた。

「何でお前は落ち着いているんだよ!」

俺たちは今――準男爵家の兵士たちに囲まれているのだ。

俺は凜々しい姿で両手を挙げている。

「狼狽えるな。……俺も困っている」

グレッグが苛々していた。

「こいつ凄いのか駄目なのか全く分からないな」

兵士たちが俺たちを警戒しているのは、見慣れた空賊の飛行船を連れているからだ。

そうして騒いでいると、準男爵が現れた。

ウェインさん――カーラの父親である【コンラッド・フォウ・ウェイン】だ。

疲れた顔をした少しお腹の目立ってきた中年男性という感じだが、俺たちを見ると驚いていた。

「すぐに武器を下ろせ!」

兵士たちが武器を下ろすと、俺も手を下げる。

そして、俺ではなくブラッドに挨拶をしていた。どうやら、ブラッドが辺境伯の息子であると分かったようだ。

「ブラッド様ですね? お久しぶりです」

「え? あ、あぁ」

だが、準男爵をブラッドは覚えていないのか曖昧な態度になっている。

相手もそれを察したのか自嘲気味に笑っていた。

「伯爵様の屋敷でパーティーをした際にお会いしましたが、随分と大きくなられましたな」

相手が流してくれたので、ブラッドも安堵して話をする。

「それより、どうして僕たちは囲まれているんだい? そっちの娘さんに助けを求められ駆けつけたっていうのに」

コンラッドさんが戸惑っている。

「助けを? 娘が求めたのですか?」

周囲の人たちがカーラに視線を向けると、慌てたように言い訳を始めた。ルクシオンに見張らせていたが、本当に酷いな。

「ち、違うの。私が相談をしたこの子が大きく考えすぎて。そ、それで――」

話を振られたリビアに今度は視線が集まる。

「え? あ、あの、私は頼まれて――」

どこか心ここにあらずといった感じで、リビアは急に話を振られてしどろもどろになっている。ここ最近、どうにも元気がない。

コンラッドさんが問い詰めようとしたので、俺が間に入った。

「お宅の娘が俺に救援を求めるために、リビアに紹介して欲しいと相談したわけよ。だから俺たちは駆けつけたんだけど?」

誰だこいつ、みたいな目で見られたのが悲しいが、ブラッドが俺のことを紹介する。

「リオン・フォウ・バルトファルトだ。噂くらい聞いているだろ?」

それを聞いてコンラッドさんが少し下がって謝罪をしてきた。

「男爵様でしたか。これはとんだご無礼を。し、しかし、我が領地はそこまで困っていません。救援を求めたのは本当なのでしょうか?」

ブラッドは目を細めてカーラを見た。

「どういう事?」

カーラは言い逃れできなくなると、リビアを睨み付けようとしたので俺が間に入る。

すると泣きそうな顔になった。

コンラッドさんが謝罪してくる。

「申し訳ありません。娘も混乱しているようだ。ここは一旦、我が家にご招待しますので――」

そこまで言われ、俺は鼻で笑うのだった。

この世界は乙女ゲー。女に――特に女子に優しい世界だ。有耶無耶にされても困る。

「こいつが俺たちをここに呼んだ。報酬を約束して助けを求めた。準男爵、あんたも分かるよな? 遊びじゃねーんだよ」

威圧的に、そして脅すように俺は詰め寄った。

世の中、立場というのは利用するためにある。欲しくなかった男爵という肩書きを、ここで大いに利用してやろう。

「将来の男爵二人。俺に至っては既に男爵だ。飛行船まで出させて、空賊を二隻も拿捕した。間違いでした、なんて言わないよな?」

「で、ですが、状況がよく分からないのでは――」

「だったらさっさと娘に聞けよ。可愛い娘を庇うのは良いよ。けど、そっちがその気なら、俺は俺のやり方で報酬を貰うから」

ルクシオンが気を利かせて飛行船を動かす。

準男爵がパルトナーの大きさと、動いている姿を見て仲間がいると勘違いしたのかカーラの両肩を掴んだ。

「カーラ、いったいどういう事だ? お前、本当に救援を依頼したのか?」

そこからカーラが泣きながら事情を話すのだった。

準男爵の屋敷ではなく、パルトナーに戻ってきた俺は背伸びをした。

カーラの奴が全て話してくれた。

俺たちを騙すために連れてきたことを、だ。

まぁ、捕らえた空賊から事情は聞いていると言ってやったら諦めてべらべら喋りやがったのだが。

空賊たち? 知らないふりをしていたよ。

嘘? 違うね。相手が勘違いをしただけだ。空賊たちから聞いている、なんて言ったら諦めてカーラが計画を話したのだ。

伯爵令嬢が、俺たちを騙して空賊に襲わせようとした、ってね!

部屋にはリビアと二人だけだった。

「はぁ、疲れた。明日は様子を見るとして、しばらくノンビリしようか。幸い、連休はまだあるし」

初日で随分と片付いた感じがある。

上手くいきすぎて拍子抜けだが、ゲームではないのだ。盛り上がりなんて必要ない。

人生、平穏無事な穏やかな日々が最高だ。

普段なら心配そうに「それでいいんですか?」なんて聞いてきそうなリビアが、俯いて何も話そうとしない。

「大丈夫か?」

顔を向けると、リビアがゆっくりと顔を上げてきた。

「……何なんですか?」

「え?」

「リオンさん、凄いですよね。何でも一人で解決して、何でも知っていて……」

「お、おい」

リビアのいつもと違う雰囲気に、心配して手を伸ばすと振り払われた。

一歩下がられて距離を取られる。

「どうして私にそこまで優しいんですか?」

「い、いや、これは――」

最初に浮かんだ理由は、自分への言い訳にしていた「君が主人公だから」という言葉だった。言葉が詰まって出てこない。

「おかしいですよね。私、平民出身で嫌われ者なのに。何か助ける理由があるんですか? 私、本当に何もありませんよ。リオンさんの期待に応えられないのに、どうして私なんかを助けるんですか?」

答えられずに黙っていると、リビアが暗い笑みを浮かべていた。

「……体が目的ですか?」

「ち、違う。そんな理由じゃ――」

すると、泣きながら笑っていた。

その笑顔が痛々しかった。心が痛かった。

「ですよね。私なんて可愛くないですし、アンジェの方が凄く綺麗でお姫様ですからね。私なんて本当に何もなくて……何も……」

……俺は何を間違った?

泣き出して座り込むリビアにかける言葉が出てこなかった。

本当に……自分が情けない。

「みんな言っていました。私はペットみたいだ、って。リオンさんもアンジェも、私を人として見ていないって」

普通クラスの女子か、もしくはカーラたちに言われたのか。

そんな事はないと言おうとして、また「この世界は乙女ゲー。名門男子は攻略対象」と言っていた自分の言葉が頭を駆け抜ける。……俺とカーラたちの何が違う? そんな疑問が俺の頭に浮かんだ。

リビアが泣きながら叫んだ。

「ば、馬鹿にしないで! 私は……私は人間です! リオンさんたちのペットじゃないんです!」

そのまま泣き出したリビアは座り込む。

俺は何も出来ずに、部屋から逃げるように出て行くのだった。