軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

学園祭

リビアは学園祭を回っていた。

喫茶店の手伝いをするつもりだったのだが、リオンが手伝いは後からで良いから楽しんでくるように言ってくれたのだ。

一人で回るつもりだったのだが、隣にはカーラが並んで歩いている。

「へぇ~噂通りね。パルトナーっていう巨大飛行船を持っているんだ」

「リオンさんは大きさならもっと上があるって言っていましたけど」

巨大飛行船パルトナーに感心しているカーラは、あり得ないと言い出した。

「浮遊島を要塞にした物は存在するわよ。けど、純粋な飛行船。それも、飛行船艦ではあまり聞かない大きさよ。聞いている限り、性能も凄く高そうね」

「そ、そうなんですか? カーラさん、詳しいんですね」

「……まぁ、調べたからね」

学園祭の屋台を二人で回り、そしてお昼頃に喫茶店へと向かう予定だった。

リビアはそこでカーラを紹介するつもりだ。

それがカーラの頼みでもある。

「あ、そろそろ時間ですね」

リビアが喫茶店に向かおうというと、カーラは少し緊張した様子だった。

「大丈夫ですか、カーラさん?」

「えぇ、大丈夫よ」

「緊張しなくてもリオンさんは優しいですよ。そ、その、少しアレですけど」

アレ、というのは突飛な行動のことだ。

そもそもリオンを優しいと思っているのは、学園にも数人しかいないだろう。

(やっぱり、リオンさん相手だと緊張するのかな? わ、私がしっかり紹介しないと)

意気込むリビアは、上手くカーラのことを紹介しようと考え――そして、喫茶店の前に来ると立ち止まってしまった。

(……え?)

どうやってリオンにカーラを紹介しようか悩んでいたリビアに、最初の難関が待ち受けていた。

「ミスタリオン! いけません。茶の道を進む者が、ご婦人に迷惑をかけるなどあってはならないことですよ! それは紳士ではありませんよ!」

「……すみません、師匠。でも、俺……俺は!」

男性教師――リオンのお茶の師匠だ。

その師匠が、リオンを前に説教をしていた。普段、太々しい態度をしているリオンだが、この師匠にだけは素直になる。

立ち止まったリビアは、喫茶店には入れずにいた。

カーラも困惑している。

「え? な、何?」

喫茶店内。

師匠が泣いているリオンの肩に手を置く。

「辛かったでしょう。しかし、そこで諦めてはいけません。その先にこそ、真の紳士としての道――そして、茶の道が続いているのです」

「――は、はい、師匠!」

感動の場面らしいが、その周囲ではダニエルとレイモンドが専属使用人らしい亜人たちを縛り上げて蹴り続けていた。

「王妃様に手を出すとは最低だな」

「処刑できないなら私刑かな? 僕、みんなを集めてくるよ!」

普段、専属使用人たちに見下されている男子たちは、亜人種に対して強い反感を持っている。そのため、大義名分があれば攻撃的になるのだ。

ノリノリの二人の横では、疲れた顔の女性が二人……リビアは、その内の一人を見て部屋には入れずにいた。

(アンジェ……)

アンジェも入り口に立つリビアに気が付き、顔を俯かせていた。

この場から逃げようとするリビアだったが――。

「あ、リビアが戻ってきた」

リオンが気付いて手招きをしたので、そのまま気まずそうに部屋に入るのだった。

さて、喫茶店内の片付けを済ませた俺は、騒いだカス共――もとい、女子とその専属使用人たちをダニエルとレイモンドに任せて外に追い出した。

喫茶店は休憩のため看板を下げ、クローズとドアに貼り付けている。

着替えとシャワーを済ませ、準備が整ったところで王妃様――ミレーヌ様との顔合わせとなった。

少々、疲れた顔をしているのが気になる。

「……リオン君。私は怒っています」

そんな王妃様の言葉に、俺はその場で両膝をついて両手も床に付ける。

「やはりそうでしたか。分かっていました……どうか、家族だけは許してください! 俺は……俺はどうなっても構いませんから!」

そんな俺の態度にミレーヌ様がまた慌てていた。

「え? いや。ち、違うのよ。そういう話じゃなくて……アンジェ助けて!」

隣に座るアンジェに助けを求めたミレーヌ様を見て、どうやら俺に本気で怒っている様子ではないのを察した。

いや、元々分かっていたが、からかってやるつもりで土下座したのだ。

本気で王妃様が怒っていたら、俺は今頃王国から脱走している。

ただ、アンジェには気付かれたらしい。

「……ミレーヌ様、からかわれていますよ。リオンはミレーヌ様が本当に怒っていないと分かっている顔をしています」

「え?」

ミレーヌ様が俺を見るので、テヘペロをする。

もの凄く冷たい目を向けてくるので、どうやら許してはくれないらしい。

「最低ね。見損なったわ」

「申し訳ありませんでした!」

今度こそ本気で謝罪をしたところで、師匠がミレーヌ様の用件を伺う。師匠がお茶を用意してくれており、何だか得した気分だ。

飲むと衝撃を受けた。

――っ! 同じ茶葉を使っているはずなのに、どうしてここまで味に差が出る。香りまで別物みたいだ。

流石は師匠だ。

「王妃様、今回のお忍びの件ですが――」

「……もう良いわ。下手なことを言うと誰かさんがいじめるから、ハッキリ言います。リオン君。私は貴方に文句を言いに来ました。処罰云々ではなく、個人的な話です」

……だろうな。

理由はどうあれ、俺はユリウス殿下をボコボコにしたのだ。

母親としては文句の一つも言いたくなるだろう。

さて、この王妃様――ミレーヌ様だが、ゲームではいわゆる敵側の人間だ。アンジェと親しい様子からも分かるように、主人公がアンジェと敵対すればそのまま一緒に敵になる人物でもある。

流石は女性向けのゲームだ。姑は嫌いらしい。

まぁ、ユリウス殿下が主人公を好きになると、そんな事は許さないと言う立場の人だからね。当たり前のことを言っているだけなのに、乙女ゲーでは二人の仲を引き裂く敵になる。

理不尽だよね。

そんなミレーヌ様も、最後は主人公を認めざるを得ない訳で……さて、俺に何を言いに来たのか。

「お伺いしますよ」

「よろしい。では……ユリウスの事を先に詫びます。あの子のわがままに付き合わせて申し訳なかったわ」

謝罪から始まるとは思わなかった。

悪の親玉なのに礼儀正しいな。

「どうしてこうなってしまったのか、母親でも理解に苦しむわね。言い方は悪いけれど、子爵家の娘なら愛人でも良かったのよ。あの子は王宮では女性に対して素っ気なかったから、ここまで執着するとは思わなかったわ」

俺が頷きつつ聞いていると、ミレーヌ様が俺の瞳を見つめてくる。

透き通った青い瞳に吸い込まれそうになった。

……この人、めっちゃ美人だ。

「ただし、決闘内容には納得が出来ません。戦いぶりが酷すぎます。貴方ならもっと穏便に事を収められたのではなくて?」

出来たとは思うが、そもそもストレスの発散に気を使いたくない。

俺が神妙な顔をしつつ助けを求めるようにリビアやアンジェをチラチラ見ると、二人とも体育祭から微妙な関係が続いているようだ。

お互いに俯いていて俺のアイコンタクトに気付いてくれない。

ここはルクシオンに助けを求めるため、強く念じると電子音の声が聞こえてきた。

『マスターが穏便に事を収める? 無理ですね。この人はマスターに何を期待しているのでしょうか?』

……相棒が酷い。

この役立たずの人工知能が! もっと俺に優しくしろよ。

ただ、黙っているとミレーヌ様が勘違いをしてくれた。リビアやアンジェたちへの視線で何か思ったのだろう。

「あら、もしかしてそういう事? 若いわね~」

笑顔で俺をからかってくるが、何を勘違いしたのか?

まぁ、都合が良いので黙っておこう。

「……リオン君、分かっていると思うけど、王宮にも貴方の敵は多いわよ。ユリウスに期待していた人たちも多いの。貴方、この先のことをしっかり考えている?」

「もちろんです」

……アンジェパパに頼ります。そもそも、王宮とか俺は顔を出さないし、ノンビリ出来れば良いので出世にも興味がない。

何だったら、降格してくれてもいいのよ。

ユリウス殿下に期待していた人たち? 見る目がなかったと諦めて貰おう。実際、見る目がないって。だって、アンジェを捨ててマリエを選んでいる時点で駄目だもの。

王太子として失格だったね。

「そう。強い子ね。ユリウスの側に貴方みたいな子がいれば、あの子も道を間違えなかったのかしら?」

それはどうだろう? まぁ、俺が側にいればマリエを遠ざけてリビアを勧めたかも知れない。……そうなるとアンジェは敵になってしまうか。

困ったな。近くにいたらいたで面倒そうだ。

「俺がいたところで結果は変わりませんよ」

「そうかしら? まぁ、良いわ。今日はもう一つだけ別の目的があるの。それを手伝って貰いましょう」

「別の目的?」

「私、他国から嫁いできたから、学園に通ったことがないのよ。だから、学園での思い出が欲しいな~。リオン君は手伝ってくれるわよね? 私ね。学園が凄く気になっていたのよ。知り合いの女性たちみんなが楽しそうに話をするから、羨ましくて」

悪戯っ子のような笑みを向けてくる三十代のご婦人……学園の思い出が欲しいと?

前世の俺なら婆自重しろとか笑っていたかも知れない。

だが――今は違う。

俺は立ち上がってミレーヌ様の手を取って両手で握った。

「え?」

驚くミレーヌ様――いや、ミレーヌさんに言うのだ。

「良いでしょう。学園での思い出を作って貰います。ミレーヌさん……俺と結婚してください!」

顔を真っ赤にして狼狽えているミレーヌさん。

椅子から立ち上がったのは、リビアとアンジェだった。

「リオンさん! 何を言っているんですか!」

「お、おま――お前は! 相手は王妃様だぞ!」

師匠も流石に驚いている。完璧紳士の師匠を驚かせた俺って凄くない?

「ミスタリオン……流石にその冗談は笑えませんぞ!」

分かっている。分かっているが、ここでよく考えて欲しい。

学園に通う目的は何か? 勉学? 違います!

ここは乙女ゲーの学園だ。……目的はただ一つ! それは結婚することだ! つまり、そういう思い出が欲しいのだ。ならば、俺がここで行うのは求婚である!

そして、結婚相手と見た際にミレーヌさんは超優良だ。経産婦? 子供を産める証拠だろうが! 貴族は跡取りが欲しいから、むしろ大歓迎である! 処女じゃない? 学園にいる女子なんてほとんど非処女だ!

処女なんて幻想上の生き物は存在しないから目を覚ませ!

年齢? 別に良いね。躾の出来ていない猿みたいな十代よりも、お淑やかで可愛い三十代の方が最高だ! 俺は人間と結婚したいんだ!

学園に通って分かった事がある。女子に幻想を持つのはもう止めよう、って。

学園の女子とミレーヌさんなら、迷わずミレーヌさんを選ぶね!

……あれ、待って。マジでこの人、身分以外はパーフェクトじゃない?

「好きです!」

「こ、困ります。わ、私は夫も子供も……そ、それにおばさんだし」

「関係ありません。貴方は美しい。例え家族がいても俺は好きなんで――ぶっ!」

頬を染めて目を潤ませる可愛いミレーヌさんの照れ顔を見ていたら、急に後頭部を叩かれた。

いったい誰だ! ぶっ飛ばしてやる!

そう思って振り返ったら、そこには怒気をまとったユリウス殿下の姿があった。

乱れたスーツ姿は胸元が大きく開けていた。髪型も乱れている。

「あ、殿下」

俺がそう言うと、ユリウス殿下は持っていたお盆を振り上げていた。

「人の母上を口説くとは良い度胸だな、バルトファルト。貴様をここで斬ることが出来ないのが残念で仕方がないよ」

……結構本気で怒っていた。

目の前で母親を口説かれていたら当然か?

ミレーヌさんが戸惑っていた。

「ち、違うのよ、ユリウス。こ、これはその――」

「母上もいい加減にその手を離してください! バルトファルト、お前もさっさと離せ!」

「え~ヤだ」

嫌がるとユリウス殿下が殴ってきた。

喫茶店プリンセス。

休憩時間になったことで、部屋に客はいなかった。

先程まで札束を数えていたマリエは上機嫌だったが、今はカーテンで仕切った奥でユリウスが連れてきた人物から隠れている。

(なんで悪の親玉がいるのよ!)

悪の親玉ではないが、ゲームでは悪役令嬢の支援をしていたのが王妃である。

マリエから言えば当然敵だ。

しかも、今のマリエでは太刀打ちできない相手だった。

隠れながら様子をうかがっていると、カイルがマリエのスカートを引っ張る。

「ご主人様、もう嫌ですよ。女子の人たち、サービス料は払っていると言って僕の体をなで回すんですよ。次はお手伝いしませんからね」

そんな文句を言う自分の専属使用人に対して、マリエは腹立たしかった。

(何を言っているのよ! あんたたちの生活費とか、必要経費を稼ぐためにこっちは大変だって言うのに! 少しは手伝いなさいよ)

マリエがお金にこだわっているのは、ユリウスたちの生活費が必要だからだ。

ユリウスは見限られていないが、大幅に仕送りを減らされている。

他の四人に至っては仕送りなどない。

「三日間だけ頑張りなさい。そうすれば、後は楽になるから」

「本当ですか? 怪しいな~」

文句の多い使用人だと思いながら、マリエはミレーヌの様子をうかがう。

ソファーに座り、ユリウスとローテーブルを挟んで向かい合っていた。

「母上、バルトファルトに近付かれては困ります。あいつは油断できません」

「……」

「知らないでしょうが、あいつはとにかく汚い奴です。金のために何でもします。おまけに卑怯者です。王妃である母上に告白するなど異常ですよ」

ユリウスはいかにリオンが駄目なのかを説明しているのだが、ミレーヌは店内を見渡して目つきが段々と険しくなっていた。

マリエは青ざめる。

「ねぇ、ユリウス? 貴方たちの出し物は喫茶店だと聞いていたのだけれど?」

「えぇ、喫茶店ですよ。多少、マリエがアレンジしてくれました。どうです? 似合いますか?」

自分のスーツ姿を自慢してくるユリウスと、その後ろにはジルクが同じような格好で控えていた。

サービス料を貰い、女子に接待をしていたため服装と髪が若干乱れている。

ミレーヌが酷く冷たい声を出す。

「その女をここに呼びなさい。今すぐ問い詰めてあげるわ」

ただ、ユリウスは少し呆れた顔になる。

「母上も他と同じですね。そんな態度ではマリエと会わせられません」

ユリウスの返答にマリエは喜ぶ。

(ありがとうユリウス! 流石は私の王子様!)

しかし、ミレーヌがローテーブルに手を振り下ろし、大きな音を立てるとユリウスを睨んでいた。

その顔にユリウスもジルクも若干怯えている。

「……連れてきなさい」

「い、嫌です! 俺たちの関係を認めてくれるのなら――」

「貴方は決闘騒ぎまで起こして何を言っているの? ジルク、貴方が付いていながらどういう事ですか! ユリウスも目を覚ましなさい。貴方、さっきはリオン君に金に汚いと言いましたね? なら、この喫茶店は何ですか!」

メニュー表には喫茶店とは思えない金額が並んでいた。

「この価格設定は何ですか? 質の悪いお茶とお菓子で百ディア? おまけにサービス料? 名門の元跡取りたちが、なんて格好をしているのか……」

簡単に言えば喫茶店の名前を借りたホストクラブのようなものだ。だが、学園の女子には高い人気を得ていた。

「ユリウス、リオン君が卑怯者と言いましたね?」

「ひ、卑怯者かと」

「では、決闘で負け、マリエという女に近付かないと約束しながら、どうしてこの場に貴方がいるのですか? 約束を平気で破る卑怯者はどちらですか!」

見ていられなかったジルクが割って入った。

「王妃様、これは殿下が私たちを手伝っているだけで――」

「無様な言い訳をするとは何事ですか! 恥を知りなさい! おまけに異常? ユリウス、答えなさい。婚約者を捨てて他の女を選び王太子の地位を失った貴方は正常なのですか? 貴方はリオン君に何か言える立場ですか?」

「いえ、あの、それはその……」

「ハッキリしなさい!」

説教が始まり、部屋の空気は最悪だった。

いつの間にか雰囲気を察したグレッグは逃げており、クリスとブラッドは買い出しに出かけて不在。

マリエは部屋の奥で祈るような気持ちで時間が過ぎるのを待っていた。

(なんなのよ、あのおばさん! あのモブ野郎の肩を持って!)

ユリウス殿下に頬を殴られた俺は、膝を抱え椅子に座っていた。

「……めっちゃ好みだったのに」

悔しがっていると、呆れたアンジェが俺を責める。

「この阿呆が。どこの国に自国の王妃を口説く騎士がいるのか」

そう。王妃様でなければ……悔しくて仕方がない。

師匠は既に仕事でこの場にはいなかった。

後はリビアがいるのだが、俯いていて会話に入ってこない。

ただ、ドアをノックする音が聞こえてくる。

「あの~、もう良いですか?」

ドアを開けて顔を出した女子は知らない人だった。

「今日は俺の心が折れたので閉店です」

「え、えっと、それだと困るんですけど。オリヴィアさん、お願いできない?」

女子がリビアに助けを求めた。

知り合いなのかと思っていると、リビアが顔を上げて俺にお願いしてくる。

「そ、その……新しいお友達です。カーラさんです。リオンさんを紹介して欲しいと言われて」

それを聞いてアンジェの目つきが険しくなった。

カーラさんはそんなアンジェの視線に怯えながらも室内に入ってくる。

「カーラ・フォウ・ウェインです。男爵、お見知りおきください」

カーラ? ウェイン?

俺が「あ、はい」と返事をしている横で、アンジェはカーラさんを睨み付けていた。だが、リビアがオロオロしながら話をするので黙って聞いている。

「え、えっと、普通クラスの生徒さんで、学園祭を一緒に回って貰って」

……これも因果なのだろうか?

俺は抱えていた膝を下ろし、そしてカーラさんに座るように言うのだった。

「わざわざリビアに紹介させた理由を聞いても良いかな?」

リビアが俺の雰囲気が違うと察したのか困惑している。

俺は先程までの冗談という雰囲気を脱ぎ払い、割と本気でカーラさんと対面していた。

「あ、分かりますか? 流石は出世頭ですね。他の男子とは大違いですよ」

「それはどうも」

リビアがアンジェに助けを求めるように視線を向けるが、すぐに視線を落としていた。アンジェも何か言いたそうにしているが、口を閉じて俯く。

リビアは俺にたずねることにしたらしい。

「リオンさん、いったいどうしたんですか? なんか雰囲気が――」

カーラさんが本性を現す。

「ちょっと黙っていてね。これから割と大事な話をしたいから」

リビアがカーラさんの態度にショックを受けている。

……お前、俺の前でそんな態度に出たら印象は最悪だと分かっているのか? まぁ、学園の女子に期待した俺が悪いか。

それにしても困ったことになった。

「男爵……私を、ウェイン家を、いえ――私たちをどうかお救いください」

アンジェがカーラさんを睨む理由……それは、俺にすがってきたと分かったからだ。

俺も知っていた。

名前で思い出したのだが……こういうイベントもあったと懐かしい気分になった。

学園祭の初日が終わり、俺は自室でベッドに座っていた。

打ち上げはダニエルとレイモンドの三人で行った。

リビアとアンジェはすぐに帰ってしまったからだ。

俺が考え込んでいると、ルクシオンが俺の目の前を横切る。

「……何だ?」

『浮気をする奴は最低だ』

「何が言いたいのかな?」

『これ、実はマスターのお言葉です。さて、そして今日の行動を思い返してみましょうか。王妃様を口説いたマスターにお聞きします。浮気は最低ではなかったのですか?』

「……違うんだ。この気持ちを抑えられなかったんだ」

『本当に自分の発言が次々に突き刺さっていますね。あまりの見事さに感動すら覚えますよ。鏡を持ち歩いたらいかがですか?』

「いや、だってあの人ならありかなしなら、ありだろ!」

『王妃様ですよ。ありかなしなら、なしです』

正論ばかり言う人工知能には、きっと俺の気持ちなど理解できないのだ。

『そもそも、王妃様が言っていた学園の思い出とは、きっと学園祭を回ることだったと思いますよ。それを急に口説きはじめて……正気を失ったかと思いました。あ、失礼しました。元から正気ではありませんでしたね』

「お前は馬鹿だな。学園の存在理由なんて結婚以外にないだろうが。思い出が欲しいって事は口説いて欲しい、って意味だろ」

『それは男子だけです。学園は勉強するところですよ』

「マジで!? 初めて知ったよ!」

『それは良かったですね。これから勉学に励んでください』

「悪いな。婚活からは逃げられないんだ」

『婚活を諦めていなかったのですか? 諦めが悪いですね』

「嫌われても諦めない不屈の闘志を持つ男だからな」

諦められるものなら諦めたいが、どんなに強がっても世間体というものは付きまとう。これが俺だけの問題ではないから厄介だ。俺だけではなく、家族も笑われることになる。それはきつい。両親や次兄に弟……俺のせいで笑われるというか、困らせたくなかった。

他? 誰かいたかな?

『ものは言いようですね』

ルクシオンと馬鹿みたいな会話を続けていたが、急に本題を切り出してきた。

『マスター、あの女子……ウェイン家に力を貸すのは本当ですか?』

俺は天井を見上げた。

「学園祭が終われば連休に入る。そこで助けに向かうさ」

『マスターが助ける理由はないはずです』

俺もないと思っている。

だが、正式に依頼されてしまったのだ。

それも、リビアが紹介したという形になっていた。やり方は騙し討ちだが、結果的に周囲からはそうは見られないのがこの世界らしい。

リビアがアンジェに最初に挨拶をしたときと同じだ。ウェインさんが、リビアを通して俺に面会した形……。

別に学生同士の関係で、正式な依頼でもない。

突っぱねても良いのは知っているし、こんな騙し討ちをする奴は助けたくない。

助けたくないのだが……助けなければいけない理由もある。

空賊退治というのは貴族の仕事みたいなものだが、それ以外にも俺にとって無視できない理由がある。

『空賊に苦しめられている領地、ですか。マスターよりも王宮に依頼するべきでは?』

「そうだな。泣きつく相手は王宮が正しいよ。けど、その空賊がさぁ……主人公の必須アイテムを持っているんだよね」

『ゲーム的な理由で参加しなければならないと?』

「主人公が聖女としての能力を発揮するためには、三つのアイテムが必要だ。その内の二つは自分で回収することになる。その一つを空賊が持っているから、退治しないと回収できない」

一つは王都にあるダンジョンに隠された【聖なる腕輪】。

そして、ウェインさんに討伐を依頼された空賊が持っているのは【聖なる首飾り】。

最後の杖はこの国で一番大きな宗教――神殿が管理している【聖女の杖】だ。

女尊男卑の社会であるため、神様も女神が基本となっている。

神殿が主人公を聖女認定するのだ。

そのためには、能力を底上げしてくれるこの二つのアイテムが必要だった。

「はぁ……空賊のイベントなんて二年生になってからなのに」

本来なら中盤の山場である空賊イベントは、二年生の時に起きるはずだった。

ある伯爵家の領地というか領空に出現した空賊を、討伐するために主人公がユリウス殿下たちの力を借りるのだ。

因みにここは大きな分岐になっており、誰が助けてくれるかでルートが固定される。

『王国の正規軍は頼れないのですか? ウェイン家は準男爵でも、寄親は伯爵だったはずですが?』

「あ、それは色々とあってね。実はブラッドの元婚約者の実家なの」

『これまでのパターンでは、その方もまともそうですね』

「いや、屑だと思うよ」

それがまったく違う。

これまでが異例だったかのように、俺でもドン引きしてしまう屑である。

成り上がりの家で、ブラッドの持つ名門のブランドを欲しがっている――という家で、その空賊を招き入れたのは伯爵家だ。

これは終盤に起こる戦争の布石となっている。

賊とつるんで悪いことをしているのだ。

『……よろしいのですか? オリヴィアはウェインと友人のような関係でしたが?』

「大丈夫……だと思う」

主人公に近付いた悪い奴というのがカーラだ。

……それを伝えるのが酷に思え、俺は言い出せなかった。

リビアは強いので大丈夫だと思うのだが……だって主人公だし。

『……マスターは、ゲーム的な利益を優先していますね。現実的なメリットは少ないと思うのですが、その辺りはどうお考えで?』

「ユリウス殿下たちが頼りにならないなら、俺が回収するしかないだろ。このまま戦争になると困るんだよ」

そう、本当に困る。

リビアが聖女にならないと、ルクシオンを所持している俺でも……大陸から逃げるしかなくなるのだから。

勝てる、勝てないといった話じゃないのだ。

『どうしてウェイン……伯爵家はマスターに討伐依頼を?』

「罠だよ、罠。いっただろ、俺でもドン引きする屑だぞ。会ったことはないけど、ゲームでは屑過ぎて笑ったよ」

ブラッドが主人公と親しいとか、とにかく腹が立ったから空賊退治に誘い出すという流れだ。まさか、俺に話が来るとは思わなかった。

『マスター、このままではオリヴィアの相手はマスターという事になりますが?』

「俺? ないって。だってモブだよ」

俺の言葉にルクシオンは『そうですか』と言うだけだった。

リビアの自室にノック音がした。

「は、はい」

部屋で落ち込んでいたリビアがドアを開けると、そこにはカーラ――そして後ろには二人の女子の姿があった。

「ちょっといい?」

笑顔のカーラにリビアはオドオドするだけだった。

「え、あ……」

「実はあんたも空賊退治に参加して欲しいのよ。上級クラスで成績優秀らしいじゃない。手伝いくらい出来るでしょう」

「あ、あの……今日のことでお話が!」

カーラがドアの縁を強く叩く。

その音にリビアが黙ってしまうと、後ろの女子たちがクスクスと笑っていた。

「手伝ってくれるわよね? だって、私たち――“友達”だから」

カーラの笑顔にリビアが俯いて涙を流した。

友達という強調したカーラの言葉は、そのままの意味には聞こえない。

騙された事にリビアも気が付くが、それが余計に悲しくて惨めだった。近くにリオンやアンジェがいただけに、こうした悪意にリビアは弱かった。

それを見て後ろの女子二人が笑っている。

「泣いちゃったよ」

「平民なんてちょっと脅せばすぐに言うことを聞くわよ」

カーラがドアから離れる。

「それじゃあね」

三人でリビアをあざ笑いながら去って行く。リビアはドアを閉めると、頭を抱えてその場に座り込んでしまった。

「……リオンさん、私……どうしたら良いんですか」

泣いているリビア――リオンと親しくなったことで彼女にメリットがあるとすれば、その庇護下で守られていたことだ。

デメリットは――本来なら強く成長する機会を、リオンに守られているためにほとんど奪われてしまったこと。

自分よりも強い立場の貴族に半ば脅され、リビアも空賊退治に参加することになった。