軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

友達を作ろう

「……身分が違いすぎますよね」

図書館で本を読むリビアがポツリと呟いた。

そのまま少し間を空けてから、俺は同意するのだ。

「そうだね。公爵令嬢とか俺でも雲の上の人だからね。アンジェ自身は良い子だと思うけど、住む世界が違うからね」

同意する俺が読んでいるのは「茶会の歴史」という非常にためになる本だ。体育祭が終われば学園祭が待っており、次のアピールタイムが待っている。

学園祭での出し物は、クラス単位ではなく個人やグループ単位で行われる。

俺はダニエルとレイモンドを引き込み、喫茶店を行うつもりだ。

俺が勝負を賭けるには……女子にアピールするにはお茶しかないのだ。

「やっぱり基本の王道が良いのか? しかし、ここは工夫を凝らした方が女子へのアピールに……」

「リオンさん、私の話を聞いていますか?」

「え? あ、うん。アンジェのことでしょう?」

「そ、それもありますけど、もっと違うことです。全体と言いますか、学園の人たちは私から見ると貴族や騎士様で……」

まぁ、貴族もピンキリだからね。俺みたいな田舎貴族で畑仕事をしている貧乏な家もあれば、アンジェのような皆が想像する貴族という人もいる。

「俺とは話せているし、田舎貴族の野郎なんて畑仕事もやるから仲良く出来るんじゃない? 卒業したら就職しても割と質素な暮らしだから気にしなくても良いのに」

みんなが将来的に貴族らしい暮らしをするわけじゃない。

家を出て王宮や、他家で仕事を貰う。多くは実家で仕事をしつつ、慎ましく暮らしていくしかない。

次兄なんかも将来は王宮でしばらく働いて、実家に戻って家の手伝いという予定だ。

「で、でも、皆さん凄い人たちなので」

俺はリビアが読んでいる本を見る。

魔法に関するとにかく難しく分厚い本を、リビアはすらすら読んでいた。そんな難しい本を読める奴がいったいこの学園に何人いるのだろうか?

君の方が凄いから。君、この世界の主人公様だよ。

「他の人にも聞いてみれば良いよ。俺と答えが違う奴はそうはいないよ。気にしすぎだって」

俺の言葉にリビアが戸惑っていた。

「どうしたの?」

「え、えっと……他の人に聞くのがちょっと」

「知り合いとかいないの?」

「……いません」

俺はここで気付いた。気付いてしまった。

リビア、学園で友達が少なすぎる。

……やべぇ、この子、普段から俺かアンジェと一緒でそれ以外に友達や知り合いがいなかった、と。

俺とアンジェがいるために、他の友人を作る機会を潰してしまっていた。

アンジェは皆が簡単には近づけない公爵令嬢で、俺は学園で嫌われているため人が近づいてこない。

そんな俺たちと一緒にいれば、リビアにも誰も近付かない。

盲点だった。主人公なら上手くやっているだろ、みたいな感じで放置していたら、とんでもない状況になっていた。

俺は本を閉じて机に置く。

「リオンさん?」

「リビア……勉強は一旦中止だ。まずは友達から作ろうか」

「へ?」

リビアを連れて乗り込んだ先は、普通クラスの男子寮。

普通クラスは基本的に二人部屋だ。普通クラスには次兄【ニックス】がいるので、俺は頼るために足を運んだ。

「兄ちゃん助けて」

忌々しそうな顔を向けてくる次兄は、学園の三年生だ。

卒業学年の普通クラスの生徒は忙しい。

文官職に進みたい次兄は、試験を受けるために勉強していた。

リビアが頭を下げている。

「よ、よろしくお願いします、ニックス先輩」

同室の男子が気を利かせて出て行くと、次兄は俺を睨む。

「お前さ……馬鹿だろ」

「何で?」

事情を話すと、次兄は俺の行動にダメ出しをしてくる。

「そういうのは最低でも新学期が始まったくらいに考えておけよ。二学期はもう一ヶ月以上も過ぎて、これから学園祭だぞ。新しい人間関係とか難易度高いだろうが」

「だから相談したんだろうが!」

「逆ギレ? ねぇ、なんでお前が怒るの? 怒りたいのはこっちだよ!」

次兄が俺ではなくリビアを見る。

「……オリヴィアさんは知らない人でもないから真面目に相談には乗るけどさ。俺たち普通クラスには上級クラスとは違うルールがあるのは知っているかな?」

「え、えっと……知らないです」

俯くリビアに、次兄は淡々と説明する。

「上級クラスみたいに女子が極端に酷いことはないよ。みんな騎士家――騎士爵とか、準男爵ね。それから、宮廷での階位が低い家の生徒たちばかりさ。俺みたいに男爵家の出自でも家を継げない立場の奴もいるから、意地を張っていられないの」

普通クラスは割とまともなのは、女子は奴隷を購入できるほどに裕福ではないからだ。

そうだな……簡単に言えば、奴隷を購入するのは前世で言えば車を買うのと同じ事だ。

購入しても、次に発生するのは維持費だ。

優秀な奴隷は相応の対価を求めてくるし、優秀でなければ側に置く意味がない。上級クラスの女子たちは、側に高級車や外車を置いているようなものだな。

「普通クラスの女子は愛人だとか、奴隷だとかそんなことを言っていられないから割とまともだよ」

その割と、というのも上級クラスと比べたら、だ。

やはり女性の方が立場は強い傾向にある。もっとも、許容範囲内だ。上級クラスを見てきた後なら、普通クラスの女子は天女か天使に見えるだろう。

女神? リビアとアンジェかな? 少し下がってクラリス先輩も捨てがたい。

そんな女神たちを捨てたあの五人は何も分かっていないと思う。

はぁ……でも、そんな女神に俺は手を出せないけどね。

「学園祭前で友達を作りたいなら……そうだな。そこに馬鹿がいるだろ? そいつ、学園祭で喫茶店を開くらしいから、そいつから無料のチケットを貰って配るとか? 顔合わせになるし、話すきっかけにはなるよ。普通クラスの女子も学園祭は楽しむし、上級クラスの男子がやっている出し物を楽しみにしているからね。身分違いの恋に憧れるんだと。あり得ないのに期待して馬鹿みたいだよな」

もしかしたら学園祭で出会いが、などと考えるらしい。

普通クラスの女子も夢見がちなのだろうか?

可愛いじゃないか。上級クラスの女子は是非とも彼女たちを見習って欲しい。

リビアが俺を見てくるので、無料チケットは用意するとしよう。金ならあるからね。

「お茶とお菓子のセットの無料券を用意するから」

「あ、ありがとうございます!」

次兄が首を回していた。勉強に疲れているようだ。真面目な次兄らしい。

「チケットを配ったら、そこから顔見知りになって挨拶する感じで良いんじゃない? 流石にこれ以上はアイデアが浮かばないかな。急に話しかけるよりも自然だと思うけど」

俺は首をかしげた。

「なんだ。学園祭当日に一緒に回らないの?」

「いきなり距離感を間違えたら面倒だろうが。少しずつ縮めていく方が確実だろ。あと、近付いたらいけない女子を教えておくから」

「な、なら、当日はリオンさんのお手伝いをします!」

近付いてはいけないというのは、まぁ……不良と呼ばれる女子らしい。

学園の外にあるホストクラブのような場所に通い、朝帰りをしてくる女子たちがいるそうなのだ……それ、上級クラスの女子と同じ?

え、普通クラスでは不良扱いなの?

「朝帰りしてくる女子とか駄目だろ。授業も出てこないとか、何を考えているのか分からない。はぁ、それでも結婚は俺たち男子より楽なのが羨ましいよな」

俺がボソリと。

「それ、上級クラスだと普通の女子になるけど」

次兄が俺から目をそらした。

リビアも困ったように笑っている。

……どうして俺は上級クラスなんかにいるんだろう?

俺が悲しい目をしていると、リビアが服を掴む。

「リオンさん、喫茶店は私もお手伝いします。その、いつも迷惑をかけてばかりですから」

心の清涼剤――リビアの頑張りますという顔に、俺は荒んだ心が癒やされていく。

……この子が平民で、しかも未来は聖女様でなければこの場で求婚していたかも知れない。

世の中って理不尽だよな。

学園祭の数日前。

俺たちの出し物は喫茶店と有り触れている訳だが、学園祭の出し物は非常に多い。

数日に渡って開催されるため、喫茶店は休憩場所として大人気だ。

そのため数も多いのだが……。

「師匠にお茶を習った俺を舐めるなよ。本格的な喫茶店を用意してやったぜ!」

俺の友人であるダニエルが、まるで別物になった部屋を見ていた。

「ここ、前は空き教室だったよな?」

眼鏡をかけているレイモンドが頷く。

「リオン、いくらなんでもお金をかけすぎだよ。採算が取れないよ」

二人が心配しているが、何の問題もなかった。

「はじめから黒字は期待していない。それに、この内装にかかった費用は賭け事でみんなから巻き上げたお金だ。少しは還元しないと駄目だろ」

内装は業者を呼んだ。

学生の行ういかにも学園祭の喫茶店とはクオリティーが違うのだ!

俺が高笑いをしていると、リビアが涙目でやってくる。

「リオンさん! お、お隣が――」

四人で隣の教室に向かうと、そこにはユリウス殿下の姿があった。

見物に来た生徒たちにチラシを配っている。

「暇があれば来てくれ。歓迎するよ」

ユリウス殿下の笑顔に、女子たちが頬を染めていた。

「は、はい!」

「通います。私、学園祭の三日間、全力で通います!」

「わ、私も沢山お金を使います!」

何かの洗脳ではないだろうか?

そんな女子たちに、ユリウス殿下は爽やかな笑顔を向けていた。

「喫茶店、プリンセスをよろしくね」

……喫茶店プリンセスだとぉぉぉ!

ダニエルが肩を落としていた。

「マジかよ。喫茶店を隣同士に並べるなんてあり得ないだろ」

レイモンドが俺をチラチラ見ている。

「リオンへの当てつけかな? 実行委員にも、決闘やエアバイクのレースで負けた人がいるだろうし。でも、流石にこれは酷いよね」

ユリウス殿下が俺を見つけると、意味ありげな笑みを向けてきた。

こいつも俺のことがそんなに嫌いなのか? 悪いが俺も大嫌いだ。奇遇だな。

「バルトファルト、お前も喫茶店を出すらしいな。俺たちも喫茶店を開くつもりだ。良かったら来てくれ」

チラシを受け取ると、リビアが驚く。

「お、お茶とお菓子のセットで百ディア!」

目を回したリビアを支えてやる。

強気の価格設定。いや、強気というか、ぼったくりではないだろうか?

前世感覚で言えば、安いお茶とお菓子で一万円を払う感じだぞ。おまけに追加オプションで金額は膨れ上がって……数十分で一人二万や三万は簡単に消えて行きそうだ。

キャバクラだってそこまで酷くねーよ!

ダニエルとレイモンドも唖然としている。

俺は客単価で十ディアから二十ディアもいけば良い方だと思ったが……忘れていた。ここは貴族のボンボンたちが通う学園だった。

価格設定はもっと強気でも良かったのだ。

ユリウス殿下はリビアを見て首をかしげている。

「安すぎたか? だが、これくらいが良いとマリエが言うからな。本当ならもっと稼ぎたいんだが」

リビアが金銭感覚の違いにくじけそうになっている。

「……リオンさんが言っていた意味が分かりました。確かにこの感覚の違いは埋められないと思います」

「諦めるな。君はやれば出来る子だ。まぁ、ユリウス殿下のことは放っておいていいや」

どう考えてもリビアの相手にユリウス殿下とジルクは相応しくない。

出来れば残り三人に期待したいところだが……駄目だろうな。五人の代わりを探した方が早いか?

ユリウス殿下がムッとした表情になる。

「俺を無視するか。良いだろう。いつか貴様に俺を認めさせてやる。バルトファルト、今度は負けないぞ」

そう言って去って行くユリウス殿下だが、俺たちは敵情視察のためについて行く。

ついでに学園祭で負けないとか何を言っているんだ、こいつ?

面白い奴だな。

俺たちがゾロゾロとついて来ると、ユリウス殿下が驚く。

「お、おい、なんで来るんだ!」

「いや、偵察でもしようかな、って」

「図々しいぞ!」

「俺、自分に正直なんで。ほら、見せてみろ……よ?」

中に入って最初に気が付いたのは……これ、喫茶店じゃねーよ。

ローテーブルに豪華そうなソファーが並び、部屋の雰囲気は少し薄暗かった。

教室の中では【クリス・フィア・アークライト】と【ブラッド・フォウ・フィールド】が衣装合わせをしていた。

どうみてもスーツ姿。しかも、胸元が開いている……。黒系統のスーツに色つきのシャツ。

俺は叫ばずにはいられなかった。

「ホストクラブじゃねーか!」

青い髪に眼鏡という姿のクリスが、俺に気が付き普段から鋭い視線を更に鋭くしてきた。

「バルトファルトか」

紫色の長い髪をまとめた、チャラいスーツ姿のブラッドも俺を見てくる。

「敵情視察か? 相変わらずコソコソと汚い男だな」

……汚いのはお前らだよ。

喫茶店と言いつつ、実際はホストクラブじゃないか。

「お前ら卑怯だぞ!」

俺がそう言うと、クリスがとても嬉しそうに笑っていた。

「お前からその言葉を聞けるとは思わなかった。やはり、マリエの提案に乗って正解だったな。お前の悔しがる顔を見られただけでも価値がある」

またあいつか! あいつは本当にろくな事をしない!

ユリウス殿下が俺たちを前に宣言する。

「今度の学園祭、勝つのは俺たちだ。バルトファルト、負けそうだからって逃げるんじゃないぞ」

俺を煽ってくるユリウス殿下が本当に嬉しそうにしている。

……お前ら馬鹿か? 喫茶店とホストクラブで何を勝負しろと? そもそも戦う土俵が違うじゃねーか!

リビアが首をかしげている。

「あの、これも喫茶店なのでしょうか? どう見てもその……酒場に雰囲気が近いような気がします」

リビアに近付くのはブラッドだ。

「特待生まで文句を付けるのか? マリエの提案に文句を言わないで欲しいね。それに、提供するのはお酒じゃない。あくまでもお菓子とお茶だ。僕たちがサービスはするけどね。マリエの考えは君には分からないよ」

「え、えっと……でも、何か違うような」

俺はリビアとブラッドの間に割り込む。

「触るな。リビアが汚れるだろうが。あっちに行け」

「……本当に腹が立つ奴だね」

お前ら、元は名門貴族の跡取りとして恥ずかしくないのか? 学園祭でホストクラブとか正気じゃないって。

部屋の中を珍しそうに見ていたダニエルが、メニュー表を発見して驚く。

「サービス料十分で百ディア!」

レイモンドも驚いていた。

「こ、こんなに高額な喫茶店って……」

俺たちが更に驚いていると、衣装合わせをしていたらしいマリエがこの場に現れた。カイルが側に控えている。……こいつはキャバ嬢として参加するつもりなのか?

「当然よ。言っておくけど、ユリウスをはじめ、みんな元は付くけど名門の跡取りだったのよ。そんな彼らにサービスして貰えるなら、それくらい払って当然ね」

ドレス姿のマリエを見て、俺は舌打ちをした。

「看板のプリンセス、ってお前のことか? お前、子爵家の末っ子だろ?」

「こ、心はいつでもお姫様よ」

すると、ブラッドがマリエをフォローしていた。

「マリエ、君はいつでも僕たちのプリンセス。お姫様だよ」

「ありがとう、ブラッド。それに引き換え、脇役もどきのモブのあんたときたら本当に失礼よね」

「俺、嘘が言えないんだ。ピュアだから」

「あんたがピュアならならず者も聖人君子じゃない。冗談は止めて」

この女にローキックを入れてやりたい。

マリエがふわりとした髪をかき上げ、そして俺たちに言うのだ。

「学園祭当日が楽しみね。まぁ、あんたたちの喫茶店は暇そうだから、私たちの休憩場所に使ってあげるわ。あ、ちゃんと代金は払うわよ。だから、ちゃんとしたお茶を出してね」

……言われなくても俺はお茶で嘘は吐かない。

だって師匠に申し訳ないから。

それにしても、思いがけない強敵が隣に出てくるとは……。

学園祭前日。

リビアは普通クラスの女子たちに、喫茶店の無料チケットを配っていた。

場所を教え、そして来て貰うためにお茶一杯とお菓子を少し無料に出来るチケットを配っている。

「え、えっと、私たちの喫茶店をよろしくお願いします」

チケットを受け取った女子たちが、リビアを見て少し戸惑っていた。

受け取りはしたが歩き去って行く。

「誰?」

「特待生よ」

「上級クラスじゃない。羨ましいわ」

「馬鹿ね。あの子は専属奴隷もいないでしょ。そういう扱いよ」

校舎の通路でリビアは肩を落としていた。

チケットは受け取って貰えるが、まともに挨拶も会話も出来ない。

落ち込んでいると一人の女子が話しかけてきた。

「チケットはまだあるかしら?」

「は、はい!」

リビアが渡すと、女子は紺色の長い髪でとても綺麗だった。リビアが羨むようなスレンダー体型に、立ち姿がとても綺麗だ。

「貴方は特待生よね?」

「はい。オリヴィアです」

「そう。私はカーラ【カーラ・フォウ・ウェイン】よ。準男爵家の次女で普通クラスに在籍しているわ。お互い、顔を合わせる機会なんてないけどね」

上級クラスと普通クラスは授業内容がそもそも違う。

行事で一緒に行動することはあっても、普段は別々に行動していた。

相手が名乗ってくれたのが嬉しく、リビアは喫茶店の場所を丁寧に説明した。

すると――。

「そこ、確かユリウス殿下たちの喫茶店もあるわよね?」

「そうなんです。リオンさんも困っていました」

「ふ~ん、バルトファルト男爵と親しいのね」

リオンをバルトファルト男爵と呼ばれ、リビアはハッとした。

(そ、そうだ。リオンさんも雲の上の貴族様だから、私と親しいと問題が……)

しかし、カーラは嬉しそうにしていた。

「噂は色々と聞くけど優しい人なのかもね」

「え?」

「だって、特待生と一緒にいて男爵にはメリットがないもの。あぁ、別に貴方が悪いって意味じゃないわよ。ただ、思っていたより優しい人なんだろうな、ってね」

リビアは嬉しくなった。

「は、はい! リオンさんは優しい人です。優しくて、強くて本当に頼りになる人なんです。時々やり過ぎてしまいますけど、皆さん誤解しているだけなんです」

本当に誤解しているだけか怪しいが、リビアにとってリオンは憧れの騎士で貴族様だ。

優しく、強く、誰かを守る理想の騎士である。

「そ、そう。良かったわね」

若干引き気味のカーラに、リビアは満足げに微笑んだ。

「はい。私、この学園に来て良かったと本当に思えたのは、リオンさんと――リオンさんのおかげなんです」

もう一人……友達と思っていたアンジェの名前は出せなかった。

(私がここで名前を出したら迷惑になるだろうから)

カーラはそんなリビアに――。

「ねぇ、男爵とお話しは出来るかしら?」

「はい。出来ますけど」

「そう、良かった。必ず行くわね」

――そう言って去って行くのだった。

リビアは深く考えずに手を振った。

学園祭当日。

アンジェは突然の訪問者の対応に困り果てていた。

ストレートの長い髪に帽子をかぶり、そして白を基調とした服装。

隣を歩く女性を他人が見れば、まるで姉妹のように見えたかも知れない。

アンジェは隣で珍しそうに周囲を見ている女性【ミレーヌ・ラファ・ホルファート】に声をかけた。

青い瞳は輝き、まるで無邪気な子供のようだった。

「王妃様、あまり無茶を言われても困ります」

そんなアンジェに、ミレーヌは「ごめんね」と謝罪するのだが。

「でも、普段は貴方たちの無茶を許しているのだから、今日くらいは私のわがままに付き合って貰います」

王妃――ミレーヌはホルファート王国の王妃である。

周囲には学園祭に溶け込むように客として護衛が配置されていた。

「それにしても学園というのは凄いわね。私の祖国にはなかったわ」

「そうですか」

ミレーヌは他国から嫁いできた王妃だ。

そのため、立場はあまり強くなく、特別な権力を持っているわけでもない。

立場が強すぎても面倒になる。

アンジェは、ユリウスと婚約していたのでミレーヌともよく顔を合わせていた。ユリウスよりもミレーヌとよく面会していたくらいだ。

ミレーヌが言う。

「叙勲式よりもやつれているわね。何かあった? あの時は、まだ元気があったように見えたのだけど?」

アンジェは敵わないと思いつつ答えた。

(天真爛漫に見えてよく見ている。怖い人だな)

「……殿下の件とは別ですけどね」

ミレーヌは少し考えてから。

「もしかして、これから会うリオン君?」

「違いますよ。それよりも、本当にリオンとお忍びで会うつもりですか?」

ミレーヌは少し怒った顔をする。

「当然じゃない。ユリウスが廃嫡になったのは本人の責任だけど、親として少しは文句も言ってやりたいわ。決闘は流石にどうかと思うけど……それより、内容よ。本当に酷すぎて声も出なかったわよ」

「……私の代理人が申し訳ありませんでした」

アンジェが謝罪するほどに、リオンの決闘内容は酷かった。

圧倒的な力でねじ伏せ、おまけにユリウスたちに説教までしたのだ。

当時のユリウスは王太子。そんな立場の人間に、上から目線で説教に加えて煽りまくっていた。普通はあり得ない。

「王国の騎士に任命したのだから、これからは私たちにも彼の行動の責任が発生するのよ。ここはガツンと言ってやるわ」

ミレーヌの言葉にアンジェは庇うのだった。

「あまり厳しい言葉は勘弁してあげてください。その……リオンが可哀想です」

「アンジェは優しくなったわね。少し前の貴方なら私が言って聞かせます! くらい言ったのに。……それとも、ユリウスの件がまだ堪えているのかしら?」

「……いいえ、とは言い切れません」

「母親として謝罪するわ。あの子、どうして騙されちゃったのかしら。王宮ではそんなそぶりもなかったのに」

王宮ではむしろ、近付いてくる女性に警戒しているくらいだった。

「殿下曰く、学生――普通の雰囲気が良かったそうです」

それを聞いてミレーヌは首をかしげる。

「学生の雰囲気が分からないのよね。私、学園に通ったことがないから。それにしても……ちょっと酷いわね。聞いてはいたけど想像以上よ」

ミレーヌが見て酷いと言ったのは、女子の態度だった。

出店前の女子を見る。

「ちょっと、こんな物でお金を取るつもり? タダにしなさいよ」

「こ、困ります」

男子が店員で、女子は客……金を払わずに出店から去って行く。

おまけに多くの女子が亜人種の奴隷を連れ回していた。

ミレーヌから見て、その光景は異常に見えた。

「本当に酷いわね」

「……お恥ずかしい限りです」

そんな学園祭を見て回りながら、二人はリオンが行っている喫茶店へと向かった。

ミレーヌは喫茶店が見えると表情を引き締める。

「ここね――って、お隣は大盛況ね」

長蛇の列が出来ている隣の喫茶店。

対して、リオンの喫茶店にはお客はいても列など出来ていなかった。

アンジェは少し考える。

(殿下の出し物を見せるのは後でも……いや、流石にお忍びだから避けた方が良いのか? 私と一緒にいるところを見ては、殿下も落ち着かないだろうし)

ミレーヌがアンジェの手を握る。

「さぁ、リオン君を困らせに行くわよ。アンジェも協力してね」

「いえ、あの、協力は流石に――」

「良いから。良いから! 紅茶が温いとか、そうやって文句を付けるだけだから」

十分に迷惑な客だと思いながら、二人が喫茶店に入ると――。

「紅茶が温いわ! 煎れ直してきて!」

カップごと投げつけられ、紅茶まみれになるリオン。

制服はボロボロで、他にも何かされた跡があった。とにかく酷い状態で立っている。

俯いていて表情は見えない。

「……申し訳ございません。すぐに煎れ直して参ります」

そう言って落ちたカップを拾おうとリオンが屈むと、女子は立ち上がってニヤニヤしながらリオンの後頭部を踏みつけた。

「やっぱりいいわ。どうせたいした茶葉でもないのだし、このまま帰らせて貰うわ。こんな不味いお茶とお菓子を出したのだから、お金なんて取らないわよね?」

グリグリと革靴のかかと部分でリオンの頭部を踏みつける女子を見て、友人らしき女子とその専属奴隷たちが笑っていた。

リオンは踏みつけられ、まるで土下座をしているような体勢になっている。

「お、お代はいただきたいと……」

「はぁ? あんた、私たちからどれだけお金を巻き上げたと思っているの? 借金をして専属使用人を売った子もいるのよ! それが分かっているの!」

巻き上げたというか、絶対に勝てると思って借金までして賭けをしたのだ。リオンの責任ではないし、そもそも奴隷を売ったのはその女子の都合である。

ミレーヌがドン引きしていた。

「え? ……え?」

何度もリオンとアンジェを交互に見て、何が起きているのか説明を求めていた。

アンジェは怒りがこみ上げてくる。

ミレーヌがまずいと思ったのか前に出た。

「いい加減にしなさい!」

喫茶店内の視線がミレーヌに集まると、リオンを踏みつけていた女子がこちらを見てくる。その顔は王妃に向ける顔ではなかった。

「何よ、おばさん」

「お、おばっ!」

アンジェは頭を抱えたくなる。

(自国の王妃の顔も知らないとは……まぁ、こんな場所に王妃様がいるとは思いもしないだろうが)

アンジェが注意しようとすると、頬を引きつらせながらミレーヌが耐えていた。

「……今の発言は聞かなかったことにします。貴方たち、すぐに支払いを済ませたら出て行きなさい。それでも学園の生徒ですか!」

それでも相手は止まらない。

「はぁ? 調子に乗らないでよ。私を誰だと思っているの? この婆を摘まみ出して」

女子が専属使用人に命令すると、亜人たちがミレーヌを囲む。

アンジェが激怒する。

「貴様ら。誰に向かって――」

すると、視界にはこちらを見ているリオンの顔が見えた。

ミレーヌとアンジェの顔を見て、その顔は……笑っていた。最初は驚いていたが、その顔は大義を得たと言わんばかりに笑っていたのだ。口が三日月のように広がり、目も弧を描いていた。

(ま、まずい。なんとかこの場は――)

アンジェが気付いたときには、リオンは立ち上がってミレーヌを囲んでいた専属使用人の一人を蹴り飛ばしていた。

魔法で強化した肉体が、全力で攻撃を行えば強靭な体を持つ亜人たちも吹き飛ばされる。

普段……男子たちが専属使用人を攻撃しない理由は、女子に嫌われるから。この一点である。この一点で専属使用人たちは守られていたのだ。

ただ、この状況……リオンにしてみれば言い訳が出来るのだ。

リオンは王妃の顔を知っている。

叙勲式で王妃であるミレーヌの顔を見ているのだ。そして、アンジェが側にいるため王妃だと確信したようだ。

「くたばれぇぇぇ!」

もう一人は両手を組んでハンマーのように振り下ろし、硬い床に叩き付けていた。

容赦など微塵も感じられない。

リオンを取り押さえようと覆い被さった専属使用人は、そのまま投げられ同じように床に叩き付けられる。

三人を一瞬で叩きのめし、リオンはミレーヌを庇うように前に出て――。

「控えろ、下郎共! このお方をどなたと心得る! ホルファート王国王妃――ミレーヌ様だぞ! 頭が高いんだよ、ひれ伏せ!」

自分を踏みつけて笑っていた女子たちを見て笑い、そしてミレーヌの正体まで暴いてしまった。

ミレーヌが戸惑っている。

「え? あれ? 何で?」

困っているミレーヌを見ながら、アンジェは両手で顔を隠した。

「リオン……お前という奴は」

お忍びが台無しである。王妃を理由に専属使用人たちを叩きのめし、女子たちをひれ伏せさせようとしていた。

リオンは女子たちを威圧する。

「貴様ら覚悟しろよ! 王妃様に手を出した報いを受けてもらう!」

王妃であるミレーヌの威光を笠に着て、リオンは高笑いをしていた。女子たちは動けないのか立ち尽くし、口をパクパクさせていた。血の気が引いて顔が青ざめている。

ミレーヌがリオンの腕を掴んでいた。

「リオン君待って。お忍びなの。こんな所で騒ぎなんて起こせないの! だから落ち着こう。良い子だから。ね?」

「お任せください、王妃様。このリオン……こいつらを成敗する際は先陣を切るつもりです。さぁ、ご命令を! 族滅でも根切りでも実行してみせますよ! ご命令を! 王妃様の敵は全てこのリオンが倒しましょう!」

「駄目って言ってるでしょう!」

涙目のミレーヌ。アンジェは溜息を吐く。

(興奮しているな。これまで何をされたのか想像はつくが……)

喫茶店内には、リオンに嫌がらせを行おうとしていた女子たちが多く、俯いて震えていた。

アンジェは興奮したリオンを止めるため、ある人物を呼ぶことにした。