軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エリカの気持ち

学園の闘技場は大盛り上がりだ。

公国の黒騎士を倒し英雄となったリオンが乗る、アロガンツという機体が見られると大勢の観客たちが押し寄せている。

それから、エリヤの勝利に大金を賭けた者が出た。

おかげで賭けが成立している。

そのため、リオンが絶対に勝つと大金を賭ける生徒たちが出ている。

「今度こそ儲けるぞ」

「一年の時は酷い目に遭ったからな」

「あの時の負け分を取り戻してやるぜ」

周囲はリオンが勝つと疑っていなかった。

実際に、エリヤの実力はリオンに及ばない。

機体性能もアロガンツに及ばず、おまけにリオンは実戦経験者だ。

エリヤとは全てが違っていた。

周囲の評価も仕方がないが、エリカが俯いている。

そんなエリカに、マリエは声をかけるのだった。

「エリカ、見たくないならここを離れる?」

「大丈夫。エリヤのことをちゃんと見てあげないと。私にはそれくらいしか出来ないから」

マリエは、そんなエリカに言うのだ。

「エリカ、欲しいものは欲しいと言わないと手に入らないのよ。わがままになってもいいんじゃない? 好きなら好きって伝えた方がいいわよ」

「――それは、私の立場じゃ許されないから」

「やっぱり、好きなんじゃない」

マリエはエリカの答えに、目を伏せるのだった。

「エリカはそれでいいの? 兄貴はあんたの伯父さんだよ。結婚なんておかしいわ。兄貴だって姪っ子に手なんか出したくないのよ」

「母さん、王族に結婚の自由はないんだよ。たとえ、前世の伯父さんでも、今は血の繋がらない男性なの。結婚には何の問題もないわ」

血縁関係が近くない。

そして、リオンは王国の英雄だ。

取り込む価値がある。

逆に、拒否をするというのがあり得ない。

前世の伯父なので、などというのは結婚を拒否する理由にもならなかった。

「あんたの幸せはどうするの!」

「――私は今でも十分に幸せだよ」

「あんた、何にも分かっていないわね。幸せは、自分でつかみ取るものなのよ!」

「今ある幸せを感じられないのは、不幸だよ――母さん」

「そんなの知らないわよ! 望んで何が悪いの? 兄貴に言えば、あんたの願いは何だって叶うわよ!」

エリカは手すりに置いた手を握りしめていた。

「私が求めた幸せの代償に、どれだけの血が流れると思っているの? 私には、そんな決断は出来ないよ」

休日の闘技場は観客でいっぱいだった。

アロガンツの前に立つエリヤの鎧は、侯爵家らしい特注品だ。

だが、それでもアロガンツとの性能差は絶望的である。

「エリヤ君。逃げずに俺の前に出てきたことは褒めてやる」

『――逃げるもんか』

エリヤには悪いが、全てにおいて俺の方が勝っている。

このままではエリヤが勝つなど不可能だ。

「気持ちだけは褒めてやる。だけど、世の中には無理なこともあるんだよ」

世の中というのは理不尽だ。

本当に理不尽だ。

コックピットの中で、ルクシオンが一つ目を俺に向ける。

『こんなことをするくらいなら、あの黒いのを消滅させた方が有意義ではありませんか?』

「お前はしつこいぞ」

『あれは敵ですから』

「人工知能ならもっと割り切れよ」

『優先事項ですので無理です』

「そうかい」

決闘の開始が告げられると、エリヤが突っ込んでくる。

その動きは拙い。

だが、恐怖でためらうことはなかった。

「いい踏み込みだ」

アロガンツを一歩だけ下がらせ避けると、エリヤの鎧が持っていた剣が地面に突き刺さった。

「おら、どうした!」

蹴り飛ばすと、エリヤはすぐに起き上がって俺に向かってくる。

自分の乗る鎧よりも大きなアロガンツに、立ち向かう勇気だけは褒めてやる。

「そんなことでエリカが手に入ると思うなよ!」

殴り飛ばし、そしてアロガンツの背負うコンテナからブレードを取り出すのだった。

フィンはミアを隣に座らせ、リオンの決闘を見ていた。

右手で顔を押さえる。

「あいつ、よく平気でこんなことが出来るな」

決闘と言うよりも、一方的にアロガンツがエリヤの鎧をいたぶっているだけだった。

ミアが両手を胸の前で握りしめ、不安そうにしている。

「騎士様、リオン様が怖いです。こんなことをする人じゃないと思ったのに」

フィンのポケットから姿を見せるブレイブが、苛々しながらアロガンツを見ていた。

『ムカつくぜ! あの鎧、俺たちのデータを使ったパチ物じゃないか』

フィンが納得した。

「あぁ、そうか。何となくお前の鎧の姿と似ているな」

『あの鉄屑、パクりやがった!』

ミアが不安そうにしているのを見て、フィンは頭に手を乗せて安心させる。

「心配するな。リオンはちゃんと考えているよ」

「本当ですか?」

「あぁ、だから大丈夫だ。――多分な」

ブレイブまでもがフィンを疑っていた。

『どうかな。あの鉄屑は旧人類の兵器だぞ。人の心を平気で踏みにじれる連中だ』

すると、ミアが口元を押さえて笑いはじめる。

「ブー君、兵器と平気をかけたんだね」

そんなミアの笑いのツボに、フィンもブレイブも何と声をかければいいのか分からなかった。

「ミアにとっては面白かったんだよな。まぁ、別にいいけどさ」

『相棒、ハッキリ言ってやった方がいいぜ。お前の笑いのセンスはおかしい、ってよ。というか、まるで俺様が笑わせようとしたみたいにするのを止めてくれないか? 俺様が悲しくなってくる。おいミア、もう笑うな』

「だって。ブー君が笑わせるから」

『――お前、本当にセンスおかしいわ』

フィンは決闘を観客席から眺める。

一方的な戦いは、決闘とは呼べなかった。

周囲では早くも「ちょっとやりすぎじゃない?」という声が出ている。

(リオン、お前は何を考えている?)

エリヤをどうしたいのか?

フィンはリオンを見ながら考えるのだった。

一方的な戦いに、エリカは胸を押さえていた。

目を閉じる。

「伯父さん、もう止めてよ。こんなの酷いよ。エリヤの面子を潰さないって言ってくれたのに、これだと逆だよ」

リオンの声が闘技場に響き渡った。

『弱いぞ、一年! 上級生を舐めすぎじゃないか? 決闘を挑んでおいて、一撃も入れられないなんて情けないぞ!』

『ま、まだまだぁ!』

『どうしたよ! そんなゴミ屑みたいな実力で、本当に俺に勝てると思っていたのか!』

マリエがエリカに声をかける。

「エリカ、ちゃんと見なさい。あんたのために、エリヤ君は兄貴に何度だって立ち向かっているのよ。あんた、これでいいの?」

エリカが首を横に振ると、黒髪も揺れた。

「嫌だよ。エリヤをいじめないでよ」

泣いているエリカは、エリヤのことをマリエに話すのだ。

「エリヤは、本当はいい子なの。私を好きだって言ってくれて、私のために色々と頑張ってくれたの」

優秀ではなかった。

あの乙女ゲーでは、エリカのわがままに逆らわない子分のような婚約者だった。

その理由も悪役王女のエリカに惚れていたからだ。

「婚約破棄の時も、私は会うことが許されなかったの」

ミレーヌの判断だ。

これ以上、エリカと会わせては未練が残ると考えた結果である。

「あんた、あの王妃に文句を言ったの? 私はエリヤの方がいいって言ったの?」

「言えないよ。母上は、その方が私のためになるって思っているから」

国のため、そしてエリカのため。

ミレーヌは本気でそう思って決断していた。

これが当初の通り、エリヤとの婚約話を進めていたらどうなるか?

国内は内乱になり、その中でエリカも命を落とすかもしれない。

国益や娘のことを考え、ミレーヌなりに出した結論だった。

それが分かってしまうから、エリカは何も言えないのだ。

エリヤは、アロガンツに乗るリオンに向かって叫ぶ。

『勝てなくても! ――勝てなくても、僕は挑むしかないんだ。どうしようもないって分かっているんだ。分かっていても、我慢できないから!』

王国の状況を考えれば、エリヤがリオンに決闘を申し込むのは悪手だ。

それくらい分かっているが、自分でも止められなかったのだろう。

リオンは笑っている。

『勝てないけど挑みます? そういうのは馬鹿って言うんだよ!』

エリヤがアロガンツに殴り飛ばされ、地面を転がった。

その姿を見て、エリカは強く目をつむる。

「――あんたが自分の気持ちを言わないから、王妃だって自分の考えが正しいって思うのよ! 嫌なら嫌だって言いなさいよ! 分からないのよ! 言わないと、分からないじゃない! 言ったら、どうにかなるかもしれないじゃない!」

マリエが泣きながら気持ちを吐露する。

闘技場の観客たちは、決闘の様子を見ており二人を気にしていなかった。

「あんたを手放した時、それがあんたのためになると思ったわよ! 私が育てるよりもそれがいいって思ったわよ! けど、あんた言ったじゃない。『お母さんと一緒が良かった』って! 言ってよ。言わないと分からないわよ!」

前世、エリカを両親に預けたマリエは、そこから更に自堕落な生活が続いた。

結果、駄目な男に引っかかってしまった。

エリカが目を開くと、涙目になりながらマリエに言う。

「言ったところで、結果なんか変わらないじゃない! 私がわがままを言ったら、どうにかなったの? ねぇ、どうなのよ!」

初めてマリエに抵抗するエリカだった。

マリエはそれに驚くも、どこか嬉しそうにしていた。

痛いところを突かれたマリエだが、今は一人ではないのだ。

闘技場内では、エリヤをいたぶっているリオンがいる。

「なるから言っているのよ! あんた、兄貴がどれだけ性格が悪くて、卑怯で、腹立たしくて、苛々するか分かっているの? 酷い兄貴よ。酷いけど――凄く頼りになるのよ! あんた程度の悩みくらい、いつでも解決してくれるわよ!」

「そんなの無理だよ。これは国の問題なのよ。人が自分のためにいっぱい死ぬなんて、私には耐えられないよ」

泣いているエリカを見て、マリエは闘技場に視線を向けてリオンに向かって叫ぶ。

手すりに乗って大声を出すのだ。

騒がしい闘技場で、マリエの声などかき消えるのだが――。

「兄貴! 可愛い姪のために何とかしてよ!」

――アロガンツの動きが止まり、ボロボロになったエリヤの鎧の頭部を掴み上げた。

エリカに見せつけるのだった。

『エリカ様、元婚約者は情けない男でしたね』

自分に向かって煽ってくるリオンを前にして、エリカは震える。

観客たちがエリカに視線を向け、口を閉じたので静寂が広がった。

『こんな元婚約者と縁が切れて良かったでしょう?』

問いかけてくるリオンに、エリカは眉間に皺を寄せる。

「――ない」

『はい?』

「エリヤは情けなくない!」

『どこが? 落ち目のフレーザー家の跡取りです。エリカ様も結婚せずにすんで良かったのでは? 実は安堵していませんか?』

額から血を流すエリヤは、エリカの声を聞いていた。

『関係ありません。私は側でエリヤを見てきて、この方に嫁げるのを幸運だと思っていました。情けないという言葉を取り消してください!』

エリヤは顔を上げる。

堂々と、リオンに向かって声を張るその姿を見て、エリヤは操縦桿を握りしめた。

「――エリカ」

『口だけなら何とでも言えますよ』

『えぇ、そうです。私は――エリヤを愛していました。今の貴方よりも、エリヤは立派な男性です』

『言うじゃないか! ――その言葉、忘れるなよ』

リオンの低い声が闘技場に響く。

妙に迫力のある声は、数々の実戦を経験してきた凄味のようなものがあった。

「くっ!」

エリヤが鎧を操縦して、アロガンツの腕から離れる。

鎧の状態は酷く、もうまともに動けなかった。

片腕は動かず、武器を持つ手もグラグラしている。

――勝てないのは最初から分かっていた。

「それでも――僕は!」

最初は政略結婚だった。

だが、エリカと面会し、すぐに好きになってしまった。

自分のことをしっかり見てくれて、時に厳しく叱ってくれる大切な人だ。

「僕はエリカにちゃんと――」

――愛していると言いたかった。

愛していると示したかった。

鎧の脚が、関節部から分解して倒れ込む。

そのまま倒れると同時にアロガンツに剣を振り下ろすと、リオンは避けなかった。

はじめて一撃がアロガンツに当たるのだが、傷一つつかない。

「――僕も愛しています。ずっと、愛し続けますから! だから、幸せになってください。あの子を幸せにしてください。お願いします。お願い――します」

泣きながらそう言うと、負けを認めて審判に告げようとした。

だが、先に声を出したのはリオンだ。

『審判。俺の負けだ』

コックピットから出た俺に、ルクシオンが声をかけてくる。

『悪役がとてもお似合いでしたね』

「あぁ、心が痛むよ。可愛い姪っ子に恨まれるなんて涙が出てくる」

『今までは痛まなかったのですか?』

「え? 痛んだんじゃないかな?」

『――私の見立てでは、もうマスターの心はボロボロですよ』

「俺は結構図太いぞ」

『エリヤを勝たせる意味を理解されていますよね? その後の面倒な処理も引き受けるつもりですか? 私は――マスターが壊れてしまうと判断すれば、無理矢理にでも拘束し、その後にこの国を制圧しますよ』

「お~、怖い。精々、気を付けるとするさ」

闘技場の観客席は唖然としていた。

何しろ、俺の勝利にかけている馬鹿が多かったからな。

だから俺は声を張り上げる。

「え~、俺に賭けて見事に負けた皆さん。二人の新しい門出のご祝儀ゴチになります~!」

俺は持っていたチケットの束を見せる。

それは、エリヤが勝つことに賭けた証拠だ。

エリヤが勝つことに――俺は自分の負けに大金を賭けていた。

青いチケットの束を見て、俺に賭けた学生たちが赤いチケットを闘技場に投げてくる。

「ふざけんなー!」

「金を返せ!」

「こんなの無効だ!」

別に最初から騙すつもりはなかった。

結果的にそうなっただけだ。

というか、払い戻しにも応じるつもりだ。

「これに懲りたら賭け事からは手を引くんだな! 負けたお前らは賭け事に才能がないよ!」

笑ってやると、闘技場内にゴミが投げ付けられる。

「卑怯者!」

「やっぱり、リオンはリオンじゃないか!」

「このインチキ野郎!」

そんな声に俺は言い返すのだった。

「今頃気付いたのか馬鹿共が!」

笑ってやると、あちらこちらから声が上がる。

「あんな奴にエリカ様が嫁がなくて良かった!」

「まったくだ!」

「エリカ様に相応しいのは、バルトファルトじゃない!」

聞き慣れた五馬鹿の声が聞こえてくる。

それに同調するように、観客たちも同じことを言い出すから笑える。

『予定通りですか?』

「ま、そうだな」

アロガンツを下りて、エリヤをコックピットから引きずり出した。

「あ、あの」

何か言いたそうにしていたので、エリヤに耳打ちしてやる。

「エリカを泣かせたら、次は本気で相手をしてやる。忘れるなよ」

「は、はい!」

怯えるエリヤに肩を貸して、俺はエリカたちのもとへと向かうのだった。