軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エリヤ

「リオン、お前はフレーザー家のエリヤと本気で決闘するのか?」

翌日。

男子寮に乗り込んできたアンジェに問われた俺は、寝癖を手櫛で整えながら答える。

「向こうが白い手袋を投げ付けてきたんだよ」

「それは聞いている。だが、フレーザー家は国境を預かる身だ。その後継者であるエリヤと戦い、恨みを残せば面倒になる。今でさえ、王国をいつ裏切ってもおかしくない状況だぞ」

フレーザー家は、王家との婚約を破棄されている。

それだけでも憤慨ものなのに、今度は決闘で虚仮にされれば何をするか分からない。

「今は国内で不穏な動きも多い。落ち目ではあるが、フレーザー家を敵に回すと厄介だ」

「分かっているけど、今更取り繕っても遅くない?」

「そ、それはそうだが」

アンジェはかなり焦っているように見える。

それだけ、王国内は危ういのだろう。

それにしても、最近はルクシオンとクレアーレも忙しそうに動いている。

あいつら、また何か企んでいるのだろうか?

アンジェが悲しそうに俯いていた。

「リオン、私はエリヤの気持ちが少し理解できるのだ」

「だろうね」

「だから、面目の立つようにしてやってくれ。私からの願いだ」

アンジェに頼まれたなら、あの五人のように徹底的に叩くことも出来ない。

「分かったよ」

学園に登校し、休憩時間になるとマリエに呼び出された。

「何だよ」

「兄貴、エリヤのことなんだけど」

「またその話か」

朝から皆がエリヤの話をしてくる。

学園中に、エリヤが俺に決闘を申し込んだ噂が広がっていた。

既に賭けをはじめようとしている馬鹿もいたが、俺とエリヤでは勝負にならないと賭けが成立していないようだ。

エリヤは特別優秀な生徒ではないからね。

「面目の立つような決闘にはしてやるつもりだ。角が立たないように終わらせるさ」

「兄貴が言っても信用できないわよ。あ、そうじゃないの!」

マリエは俺に、エリカとエリヤの関係について話をする。

「エリカだけど、実はエリヤのことを嫌っていないのよ」

「え? 何であいつなの? もっといい男は沢山いるだろうに」

「婚約が決まって、エリカは何度かエリヤの領地に向かったらしいの。エリヤ、甘やかされて育っていたから、最初は酷かったらしいわ」

あの乙女ゲーでは、エリカは性格の悪い女で、エリヤはその子分みたいな婚約者だったと聞いている。

だから、エリカはエリヤのことを好きだとか思ってもいなかった。

え? あいつがいいの? どこがいいの?

「でも、エリヤってエリカに一目惚れをしたらしいの。だから、エリカは――」

エリヤにいい領主になってもらうように、色々とアドバイスをしていたようだ。

エリヤの奴は、エリカにいいところを見せようと頑張ったとか。

それを聞いた俺は、いったいどうしたらいい?

「つまり?」

「たぶん、エリカってエリヤと結婚したかったんじゃないかな? 凄く嬉しそうにエリヤのことを話すのよ。あの子、自分の気持ちを口にするのは苦手なの。だから、エリヤと結婚したいとは絶対に言わないわ。でも、そう思っているのは分かるし」

我慢しすぎるところはあると思っていた。

だが、前世の母親であるマリエも気が付いていたのは意外だ。

こいつは気が付かないと思っていた。

「よく見ているな」

「だって、あの子って私が駄目だったから我慢強くなったところがあるのよ。こ、これでも責任を感じているわけでして」

やっぱりお前のせいか。

「それで? お前は俺にどうして欲しいんだ?」

マリエが俺に土下座をしてくる。

「エリカとエリヤを結婚させてください!」

「……えぇぇぇ」

――また、面倒な願いをしてくる。

それってつまり、俺にミレーヌさんの顔に泥を塗れと言っているのと同じなのだが?

いや、いずれはそうなると思っていたけどさ。

俺、気付けば全方位に喧嘩を売ってない?

ローランドになら喧嘩を売ってもいいが、恩のあるヴィンスさんとかミレーヌさんに喧嘩を売るのはちょっと気が引けるんだけど。

放課後。

屋上に一人でいると、俺の側にクレアーレが近付いてくる。

『あら、珍しく悩んでいるわね』

「馬鹿。俺はいつも悩んでいるんだぞ」

『知っているわよ。けど、そんなに悩む姿も珍しいわよ』

俺はクレアーレに、本音を吐露する。

「エリカがエリヤのことを好きなのは分かった。だが、それであの子は幸せになれると思うか?」

『さぁ? だって、私やルクシオンからすれば、マスターとの間に子作りをして欲しいからね。エリカちゃん、旧人類の遺伝子が色濃く出ているの。マスターとの間に子供が出来れば、私たち的には嬉しいし。ま、そのせいでしばらく体調不良だったみたいだけどね』

「そうなのか?」

エリカが表に出てこなかった理由は、本人がこの世界に関わっていいものかと悩んでいたのもある。

だが、一番は体調だった。

『常に安静にしていなきゃいけない状態じゃないの。けど、あまり無理は出来なかったみたい』

「いや、それと旧人類云々はどんな関係があるんだ?」

『大気中の魔素よ。これが今までよりも薄くなったの。ほら、共和国の聖樹が暴れたじゃない? あの時、かなりの魔素を吸い込んだみたいなのよ。今まで微妙なバランスだったのに、そのせいで魔素が薄くなったのよね』

共和国の聖樹が暴れ、魔素が大気中より少しだけ減ってしまった。

おかげでエリカは元気になったようだ。

それを聞いて、少しだけ心が軽くなった。

「元気になったならいいか」

『だから、エリカちゃんとマスターは子作りしましょうよ』

「駄目だ。姪っ子はそういう対象じゃない。見守りたい親心を理解できない人工知能だな」

『今は他人じゃない! 手を出せよ、ヘタレ!』

「てめぇのせいでアーロンがアーレちゃんになったのを忘れてないからな! そもそも、お前のせいでジェイクがアーロン狙いになったんだよ!」

お茶会の後のことだ。

ジェイクがアーレちゃんによく声をかけるようになったらしい。

――もう、ジェイクは攻略対象ではなくなった。

王族の男にろくな奴はいない。

『――で、マスターはどうしたいの? エリカちゃんとは結婚したくない。けど、エリヤも認めない。もしかして、結婚させないつもり? それって酷くない? ずっと側に置いて可愛がるとか、おぞましいことでも考えているの?』

「――それはない。だから悩んでいるんだろうが。エリヤ以上にいい男を捜すか?」

『エリカちゃんが納得するかしら? あ、別件を思い出したわ。実はね、攻略対象の下級生男子だけど、学園入学前に婚約が決まっていたわよ』

「は?」

『だって、今って女性の方が余っているもの。マスターのお兄さんも毎日のようにお見合いをしているわよ。学園入学前に婚約者がいるなんて、珍しくないみたいね』

俺が入学した頃とは状況が違ってきているようだ。

「今の一年が羨ましいな」

この事実を、フィンの奴にどうやって説明しようか?

それが問題だ。

『でも、今は逆に女子に対して横暴な男子も増えているわよ』

「そうなのか?」

『立場が変わったし、今までの鬱憤もあるからじゃない? 婚約を餌に手を出して、そのまま遊んで捨てている男子もいるわね』

うらやまし――くないな。

女の次は、今度は男が増長するのか。

まるでシーソーゲームだ。

誰かバランス取れよ。

「――そいつらがエリカたちに近付いたら、お前の好きなように処分しろ」

『いいの! やったー! マスター、大好き』

こいつに大好きと言われても嬉しくないな。

しかし、本当にどうしよう?

喜んでいたクレアーレが、急に周囲の景色に溶け込み消えてしまった。

誰かが来たようだ。

屋上に来たのはノエルだった。

「リオン、お客さんだよ」

連れてきたのは、学園の関係者ではなく軍人のようだ。

俺に頭を下げてくる。

「え、誰?」

ノエルが笑いながら教えてくれたのは、俺としては困る人物だった。

「フレーザー家の騎士さん。エリヤ君の教育係だって」

三十代の髭を生やした真面目そうな軍人が、背筋を伸ばして俺の前に立っている。

「侯爵にお話があってまいりました」

――ノエル、何て人を連れてきたんだ。

「決闘の話か?」

「はい」

「それなら、ユリウスたちみたいに虚仮にすることはない。安心しろよ」

「いえ、そうではないのです」

「何だ?」

「侯爵、エリヤ様のお気持ちを受け止めていただきたいのです」

――こいつは何を言っているのだろう?

「気持ちだ?」

「はい。エリヤ様は、これまではお世辞にも立派とは言えない方でした。ですが、エリカ様と出会い、そして変わられたのです。領主になる自覚を持ち、領内のことに関心も持たれるようになりました。――今が大事な時なのです」

立派な領主となってもらうために、こいつら家臣としてはエリヤに心が折れてもらっては困るようだ。

「お前ら、エリカとの婚約破棄はどう思っているんだ?」

「――腹立たしいというのが素直な感想ですが、だからと言って王国を裏切るわけにもいかないのが本音です」

俺の側で、周囲からは見えないクレアーレが耳打ちしてくる。

『嘘じゃないわよ』

俺はエリヤの教育係を見ながら、気持ちを受け止めるという意味を確認する。

「それは、俺に本気で相手をしろという意味か? それとも、手加減をして欲しいのか? そもそも、エリヤは強いのか?」

「エリヤ様の実力は、並の騎士以下でございます」

ハッキリ言う家臣だな。

「ただ、最近は気合を入れて訓練もしており、鎧の操縦技術も上達しております。なので、怪我をしない程度に、本気で相手をしていただきたいのです」

「それ、難しくない?」

困っている俺に、ノエルが話しかけてくる。

「どうするの? 別に殺したいと思っているわけじゃないんでしょう?」

「当たり前だ」

何が悲しくて、学園の決闘で命を賭けなければいけないのか。

そういうの、もう流行らない。

ノエルが俺を見る目は、真剣そのものだった。

何かを心配しているような目をしている。

「――別に殺すつもりも、怪我をさせて後遺症を残す戦い方もしない。これでいいんだろ?」

教育係の騎士が、俺にお礼を言って屋上から去って行く。

すると、クレアーレが姿を見せた。

『また面倒よね』

「クレアーレ、あんたもいたんだ。最近見かけないから心配したわよ」

ノエルがそう言うと、クレアーレも軽口を叩く。

『これでも忙しいのよ。マスターみたいに、イジイジと悩んでいる暇もないの』

こいつ、どうして俺を引き合いに出した?

ノエルが笑いながら、俺の隣に来る。

「リオンは、エリカ様と結婚しないの?」

「しないよ」

「好きならすればいいのに。アンジェリカもオリヴィアも怒らないと思うわよ」

「エリカは好きだけど、どちらかと言えば親愛というか親戚みたいな関係? だから、結婚となると違うんだよね」

「そうなの?」

「そうなの。だから、エリカには幸せになって欲しいんだけど、どうしたらいいか分からないんだよね」

「そっか。なら――」

俺はノエルの提案を聞いて、エリカを試すことにした。

学園の闘技場。

久しぶりに顔を出したニックスは、ポップコーンを片手に決闘を観戦することにしていた。

連日お見合いが続いており、今日はリオンを理由に逃げ出してきたのだ。

弟が決闘するので見にいきます、と強引にお見合いから逃げ出してきた。

(上は四十代から下は一桁――こんなの間違っている)

疲れた顔をしているニックスの隣には、ジェナが座っていた。

「あ~、嫌なことを思い出すわ」

「お前、リオンの鎧に爆弾仕掛けたよな。家族としてドン引きだよ」

「五月蠅いわね! 私にそれ以外の選択肢があったと思うの?」

苛々しているジェナだが、王都で随分と息抜きを楽しんでいた。

買い物やら、友人たちとの再会。

だが、婚活だけはうまくいっていなかった。

「ちくしょう! リオンの伝が使えれば、すぐにでも王都の貴族と結婚できるのに!」

ニックスは呆れていた。

「そんな調子だから、親父たちもお前の結婚に反対するんだよ。心を入れ替えれば考えるのに、お前が態度を変えないからだ」

「女を奴隷みたいに扱うなんて間違っているわ!」

「だから男を奴隷にするのか? お前はまったく成長しないな」

今のジェナが、リオンに近付きたい貴族と結婚すれば問題しか起こさない。

そのため、ジェナの結婚にリオンの伝は使わせていなかった。

「もう、王都で観光を楽しんだなら、帰って寄子の誰かと結婚しろよ」

「嫌よ。私は絶対に諦めないわ」

ニックスのポップコーンを奪い、ジェナはやけ食いする。

そんな二人の隣に来たのは、フィンリーだった。

「あ、二人も見に来たの?」

そんなフィンリーの後ろには、お菓子などを大量に持っているオスカルがいた。

「バルトファルトさんのお知り合いですか?」

「うん。うちの兄と姉よ」

少し厳つい顔をしているが、オスカルは美形だ。

高身長で筋肉質の体。

ジェナがポップコーンを落とすのを見て、ニックスは顔に手を当てた。

(あ、こいつジェナが好きなタイプだ)

「フィンリーがいつもお世話になっています。姉のジェナです」

「オスカルです。バルトファルトさんにはいつもお世話になっています」

急に猫なで声を出すジェナを、ニックスもフィンリーも呆れてみている。

「ジェナ、がっつくなよ」

「姉さん、最低」

フィンリーは、どうやらそこまでオスカルのことを好きではないようだ。

だが、姉が狙っているのは許せないらしい。

「年下の男子を狙わないでよ」

「フィンリー、そう怒らないでよ。いくら私の方が女性として魅力的だからって、自分を卑下することはないわ」

「はぁ!? 私がいつそんなことを言ったのよ!」

二人の間で火花が散る幻覚が、ニックスには確かに見えていた。

オスカルが困り果てている。

「二人ともお美しいですよ」

「もう、オスカル様ったら正直ですね」

ジェナがなりふり構わず、オスカルの腕に抱きついていた。

それを見て、フィンリーが目を見開き睨んでいる。

(面倒にならないといいけどな。――ん?)

誰かに見られている気がして、振り返るとそこには清掃作業をしている学園の職員がいた。

若い男は帽子を深くかぶっている。

(あれ? 誰かに似ているような)

ニックスが顔を向けると、逃げるようにその男は去って行く。