軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

平凡

五月のお茶会。

エリカのために用意した数々の茶葉と高級お菓子を前に、俺は両手を広げる。

「エリカ、おかわりはどうだ?」

カップに紅茶を注ごうとすると、エリカが首を横に振ってくる。

「――もういいです」

「あんまり食べていないじゃないか」

「もうお腹いっぱいだよ」

困り果てているエリカを見て肩を落とす。

「そ、そうか」

お茶会には婚約者の三人と、エリカを誘ったのだが――アンジェが忙しいと拒否してきた。

リビアも同様だ。

ノエルに関してだが、二人に何やら話をされて、今回は遠慮すると言って来た。

何だか凄く寂しいので、代わりに呼んだのが――。

「おい、このお菓子の山は何だ?」

「うわ~、お菓子がいっぱいで食べきれません」

呆れているフィンと、小さな体でお菓子をいっぱい食べているミアちゃんだった。

俺はフィンを無視する。

「ミアちゃんは可愛いな。もっと食べて良いんだよ」

「ありがとうございます! え~と、侯爵様?」

可愛いミアちゃんと話をしていると、フィンが苛立っている。

「俺を無視するな! それから、ミア。こいつは呼び捨てで問題ないぞ」

フィンが紅茶を飲むと「意外とうまいな」とか失礼なことを言い出す。

うまくて当たり前だ。

この日のために、忙しい師匠に時間を作ってもらい、指導してもらったのだから。

「ところで、留学はどうだ?」

楽しいかと聞いてみると、フィンは右手で額を押さえていた。

「お茶会を開いて欲しいと女子が五月蠅くて困る。俺はミアの護衛騎士だと言っても、王国の女子が理解してくれないんだ」

――何こいつ。

いきなりイケメン自慢をしてきた。

エリカが微笑んでいる。

「王国には、帝国の護衛騎士制度は馴染みがありませんからね。でも、女子としては、自分を守る騎士がいるなんて憧れますよ」

ミアちゃんが、頬にチョコを付けて首をかしげている。

「え? でも、エリカ様には護衛の方がいますよね?」

フィンは「まったく、ジッとしていろ」と言って、ミアちゃんの頬を拭いていた。

エリカはその様子を見て、品良くクスクスと笑っている。

「貴方を守りたいと名乗り出た騎士と、命令された騎士では意味が違ってきますよ。ミアさんは、いい護衛騎士を得ましたね」

ミアちゃんが照れていた。

「わ、私にはもったいない騎士様です。騎士様は凄いんですよ! 帝国でも凄く強くて、凄い勲章をもらっているんです! そ、そんな人が、どうして私の護衛騎士になってくれたのか分からないですけど」

俺はフィンを見る。

「しっかり説明してやれよ」

「か、簡単に言うな!」

フィンが困り、そしてミアちゃんに言うのだ。

「前にも言ったが、俺がお前を守りたいと思ったからだ。それ以上でも以下でもない。だから、お前は卑屈になる必要はないぞ」

妹に似ているから守りたいと思った。

その気持ちだけで、チートアイテムを回収してミアちゃんの護衛騎士に立候補するために騎士になったこいつは突き抜けた馬鹿だな。

俺なら、マリエを守るためにルクシオンを得ようと考えただろうか?

――ないな。

そこまではしないはずだ。

「でも、騎士様を護衛騎士にしたいってお姫様たちは沢山いましたよ。どうして私なんでしょうか?」

ミアちゃんの話を聞いて、俺はフィンを睨む。

「ラブコールが多くて良かったな。俺はブーイングの方が多かったのに」

「それ、お前の自業自得だろうが。煽りすぎなんだよ。話を聞いただけでもドン引きしたぞ」

俺は悪くない。

少しやり過ぎてしまっただけだ。

すると、ミアちゃんが俺を見て笑顔になった。

「どうしたの?」

「いえ、あの――お二人とも凄く楽しそうで安心しました」

お茶会が終わり、片付けをしているとエリカが手伝ってくれた。

「わざわざ手伝わなくてもいいのに」

先に二人を帰し、残ったエリカは俺に話があるようだ。

「伯父さんとお話がしたかったんです」

「お、何かな? なんでも聞いてよ」

可愛い姪っ子が俺と話がしたいそうだ。

喜んでいると、エリカが俺に言う。

「あの――伯父さん、正直に答えてくださいね。伯父さんの目的って何ですか?」

「え?」

何を聞いてくるのかと思えば、エリカは俺の目的を気にしているようだ。

割と真剣な顔をしている。

「俺の目的? 田舎で平凡な人生を歩むことかな」

「ほ、本気ですか? あの、どう考えても、平凡な人生なんて歩めませんよ」

「何で?」

既にラスボスはいないのだ。

今後の問題など、いかに王国を安定させるかだ。

俺は田舎に引きこもり、その様子を眺めていればいいと思っていた。

――思いたかった。

「今の伯父さんの立場は、王国ばかりか外国も注目しています。母上が言うには、私との結婚はもっとも血が流れない方法だと言っていました」

母上はミレーヌさん。

母さんはマリエの呼び方だ。

「もう関わらないよ。俺は距離を置くつもりだ。というか、ハッキリ言えば面倒事に巻き込むなと言いたいね。なんで俺に頼るのか理解できない」

理由は分かるが、俺に問題を押しつけないで欲しい。

いや、関わるなと言いたい。

「で、でも! それなら、どうしてここまで関わったんですか?」

「いや、これには事情があってさ」

「伯父さん、本当に平凡に暮らすつもりがあります?」

「あ、あるよ」

「だったら、普通はもっと慎重に行動しますよね? 兄上との決闘は仕方がないにしても、その内容が酷すぎます。公国との戦いも同じですよ。散々煽りましたよね?」

「あははは! ――はい。ごめんなさい」

エリカに叱られてしまった。

「私は体も弱くて、ベッドの上で話を聞くことが多かったんです。いったいどんな破天荒な人だろうと思っていました。それが、まさか伯父さんだったなんて思いもしませんでしたよ」

平凡にはほど遠いと呆れられてしまった。

「いや、ルクシオンの性能頼りだからさ。俺個人は平凡な男だよ」

「――平凡な人は、力があっても伯父さんみたいに活躍できませんよ。私がそうでしたから」

「え?」

「伯父さんは、本当に英雄だと思います」

「いや、俺自身はたいした男じゃないから」

エリカは首を横に振る。

「母さんや、アンジェリカさんに、オリヴィアさんからも話を聞きました。伯父さん、普通の人は、大きな力を手に入れちゃうと身を滅ぼすんだよ」

「ルクシオンたちが便利すぎて、簡単には滅べないんだが?」

「そういう意味じゃないです。伯父さんが、ルクシオンさんたちを使えているというのが、そもそも凄いことなんだよ。私なら、きっと怖くて何も出来ないから」

「怖い?」

エリカは俺に今の気持ちを吐露するのだ。

「私、今は凄く幸せなの。母さんにも再会できて、お姫様にもなれた。でも、私が選んだのはこの世界に介入しないという道でした。自分が世界を変えてしまうのが怖かったんです。自分の選択が何かを壊してしまいそうで怖かったから。何か出来る地位にいたのに、何も出来なかった」

「壊すってそんな」

エリカは俺を見て呆れたような、ただ羨ましそうにもしていた。

「それなのに、母さんも伯父さんもやりたい放題じゃないですか。私、何のために色々と考えていたのか馬鹿らしくなっちゃいましたよ」

「ごめんなさい」

「いいですよ。そもそも、私が怒るのは筋違いですから」

エリカはいつも楽しそうにしていた。

だが、時々寂しそうにも見える。

「何かやりたいことはないのか? 今なら伯父さんがルクシオンに命令して全力で叶えてやるよ」

あいつら、エリカを調べてから何やらご機嫌だからな。

遺伝子的に旧人類に近いとか何とか言っていた。

エリカは洗ったカップを置いた。

笑顔だが、少し悲しそうにしている。

「伯父さん、私はお姫様だよ。もう、夢なんてほとんど叶ったわ」

「本当か? 心残りくらいあるだろ」

「あのね、伯父さん。私は確かに伯父さんの姪っ子だけど、定年まで真面目に働いて年金をもらうくらいまでは生きたんだよ。伯父さんよりも年上ですからね」

年上アピールをするのが、外見十六歳の女の子だ。

可愛いじゃないか。

それよりも凄く驚いたのは、もう一つの真実だ。

「年金――もらえたのか」

「あ、あの、驚くのはそっちなの?」

「別に中身がお婆ちゃんでも、今のお前は俺の可愛い姪っ子だ。――両親を。祖父母の面倒を見てくれた子だからな。恩返しくらいさせろよ」

両親の面倒見てくれた姪っ子だ。

何かしてやらないと俺の気持ちが納得できない。

転生してから、前世の家族のことが気になっていた。

もう、知ることは出来ないと思っていた家族の話を聞けて、本当に安堵できたのはエリカのおかげだ。

「伯父さんは口が悪いって聞いていたけど、やっぱり優しいね。お爺ちゃんやお婆ちゃんも、よく伯父さんがいれば姪の私を可愛がったのに、って言っていたよ。それに、母さんが頼りにした気持ちも分かる気がする」

「あいつが俺を頼るのは、性格が悪いからだぞ。さて、片付けも終わったな」

皿を洗い終わると、俺は荷物をまとめて鞄に詰め込む。

「マリエの奴、遅いな。エリカを迎えに来るって言っていたのに」

「どうしたんだろうね」

「気になるな。こっちから会いに行くか」

確か、あいつはユリウスたちのお茶会に参加していたはずだ。

その頃。

ノエルはアンジェとリビアの三人で、話し合いをしていた。

場所はアンジェの自室だ。

「―― 簒奪(さんだつ) って本気なの!?」

ノエルは、アンジェの話に驚きを隠せない様子だった。

「父上は本気だ。兄上も反対していない」

レッドグレイブ公爵家を担ぎ上げようとしている勢力がおり、それをヴィンスもギルバートも利用するつもりでいるようだ。

リビアがノエルに説明する。

「もう、本格的に動いている人たちもいるそうです」

アンジェはリオンがその中心にいることをノエルに教えるのだった。

「王国も父上もリオンを頼りにしている。そうなると、リオンは嫌でも戦争の矢面に立たされる」

リビアもそれを不安視していた。

「リオンさん、留学から戻ったのにお薬の量が減っていないんです。本当は辛いのに、周りに見せないから」

リオンは、ルクシオンが処方した薬を使用している。

睡眠導入剤だ。

「このままだと、リオンさんが壊れちゃいます」

リオンの性格を知っているアンジェもリビアも、あまり戦いに巻き込みたくない様子だった。

ノエルは共和国での出来事を思い出す。

「無理をさせたくない気持ちは分かるよ。なら、どうするの? やっぱり、王国側に付くの?」

「それで父上たちが黙ってくれるならありがたいが、状況はもっと悪い」

アンジェは厄介な連中について話をする。

「各地で反乱の動きがある」

「は? いや、反乱をしようとしているのは公爵よね?」

ノエルが困っていると、リビアがゆっくり説明するのだった。

「えっと、まず公爵派閥とは違う集まりです。リオンさんが王宮や貴族の立場から追い出した人たちがいまして、その人たちが外国の力を借りたんです」

周辺国もかなり焦っていた。

リオンという英雄が短期間で誕生してしまい、各国は大慌てである。

アンジェがノエルに伝えるのは、共和国にとっての幸運な事実だ。

「喜べ、各国はお前の故郷に構っている余裕がない。いや、リオンを知らないために、共和国に手が出せないのさ」

リオンは共和国を滅ぼしかけ、その後は手を引いてしまった。

その対応に各国は困っている。

つまり「これって手を出していいの? 手を出したら怒らない? どっちなのさ!?」という状態だ。

下手をすれば、あの共和国を倒した男が乗り込んでくる。

各国からすれば、単艦で暴れ回るリオンは攻撃側に回すと厄介すぎるのだ。

乗り込んでこられると悪夢である。

周辺国は恐怖以外の何物でもなく、特にミレーヌの故郷と争っている国は必死である。

何しろ、リオンはミレーヌと親しい。

リオンにすり寄ろうとする国。

手を出さずに静観する国。

積極的に王国を疲弊させようとする国。

ホルファート王国は、まさに厳しい状況に追い込まれていた。

「そ、それは嬉しいけどさ。なら、どうするのよ?」

アンジェは俯いていた。

「リオンもエリカ様を気に入っているようだ。なら、このまま結婚してもいいと考えている。それでリオンの精神が安定するなら安いものだ」

王国側に付き、反乱を防ぐ道がもっとも血が流れない。

アンジェはそう考えていた。

「それ、実家と敵対するってことよね?」

「それがどうした? 私はリオンの妻だ。実家の傀儡になどさせるつもりはないよ」

ノエルはリビアを見る。

「あんたもそれでいいの?」

「私はリオンさんが一番好きです。でも、リオンさんの一番になれなくてもいいんです。それで、リオンさんが幸せなら、私は構いません」

ノエルはそれ以上、何も言えなくなるのだった。

(本当の貴族って、大変なのね)

リオンの重荷を知り、そしてそれを支えようとしている二人を見て思う。

(二人とも、リオンの事をこんなに考えていたんだ)

「何これ?」

中庭で開かれたユリウスたちのお茶会――という名のバーベキューだった。

エリカも少し驚いている。

「あ、兄上、何をしているのですか?」

エプロンを着用して串に刺した肉を焼いているのはユリウスだ。

随分と楽しそうにしている。

「二人も食べるか」

一本受け取るエリカは、困惑を隠せずにいた。

マリエの方を見れば、ガツガツと串を食べている。

カーラとカイルも同様だ。

「マリエ様、今日のお昼は豪華ですね」

「今の内に野菜とお肉を補給しておかないと」

俺は両手で顔を覆う。

「――お前ら、不憫すぎるだろ」

これまでの貧しい暮らしにより、食べられる時に食べるという習慣がついてしまっているようだ。

だから、贅沢な食事に興奮しているのだろう。

マリエが酒を飲んでいる。

「みんな、今日は騒ぐわよぉぉぉ!」

ジルクやブラッドがジョッキを持ち、グレッグとクリスはふんどし姿で串を持っていた。

「おー!」

みんなの声が重なり、これはこれで楽しいお茶会なのだろうと思っておく。

皆が楽しんでいるのに、ユリウスは一人で串を焼いていた。

「お前は参加しなくていいのか?」

「俺か? ここを他の者には任せられないからな」

楽しそうに串を焼いているユリウスを見て、エリカが何か言いたそうにしているが口を閉じる。

エリカは、あまり自分の意見を主張しないな。

それが少しだけ気になった。

「――これがお茶会とは、兄上も随分と落ちぶれましたね」

不穏な台詞と共に中庭に現れるのは、ユリウスの弟であるジェイク殿下だった。

その後ろには一年生にしては体の大きなオスカルもいる。

ユリウスはジェイク殿下に顔を向けた。

「――ジェイク」

「お久しぶりですね、兄上」