軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07.

お礼を持っていこう、とトーコが言い出したのは、義手が完成した翌々日のことだった。

ミリアが午前の診察の記録をまとめながら、顔を上げた。

「八宝斎さんへですか」

「義手の件でお世話になりました。それ以前も、ずっと器具を作ってもらっているので」

「一緒に行っていいですか」

「どうぞ」

ミリアが嬉しそうに立ち上がった。ガルドが薬棚から振り返る。

「午後の診察は?」

「今日は予約が少ないので、早めに戻ります」

「……まあ、たまには出かけてこい」

ガルドがぽつりと言った。

トーコは少し、口元を緩めた。

路地の奥の工房は、今日も看板が出ていた。

【魔道具工房・八宝斎】

扉を開けると、相変わらず部品と道具が所狭しと並んでいる。今日は作業台の上に、見たことのない形の魔石が広げられていた。

「あ、トーコちゃん」

奥から緋色の髪が現れた。エプロンが今日も汚れている。手に小さな工具を持っていた。

「お礼に来ました」

トーコが包みを差し出す。デッドエンドで評判の菓子屋の焼き菓子だ。

「わあ」

八宝斎が目を輝かせた。

「ありがとう。食べてもいい?」

「どうぞ」

「やった」

包みを開けながら、八宝斎がミリアに気づいた。

「あれ、新しい子?」

「ミリアといいます。治療院でお手伝いをしています」

「ミリアちゃんか。私は八宝斎。よろしくね」

「よろしくお願いします……あの、八宝斎さんって、変わったお名前ですね」

「そう? まあ、本名じゃないからね」

八宝斎がにこにこしながら焼き菓子を一つ口に入れた。

作業台の端に腰かけながら、ミリアがおずおずと聞いた。

「あの……先生と八宝斎さんって、どうやって知り合ったんですか」

「街で偶然」

トーコが答えた。

「デッドエンドに来てすぐの頃、市場を歩いていたら声をかけられました」

「私がね、トーコちゃんを見つけたの」

八宝斎が補足した。

「なんか、ぼーっと市場を歩いてる子がいて。あ、この子前世あるな、って思って」

ミリアが首を傾げた。

「前世……?」

「うん。同じ匂いがするんだよね。なんとなく」

「匂いって、どういう」

「説明が難しいんだけど」

八宝斎が少し考えた。

「この世界の人じゃない感じ、かな。見るものの目線が、ちょっとずれてるというか。市場の品物を見るとき、別の何かと比べてる目をしてる」

トーコが静かに頷いた。

「私も、八宝斎を見てそう思いました。この人は前世がある、と」

「で、話しかけたら当たりだった」

八宝斎がにこっと笑った。

「日本人同士だったし、時代もそんなに離れてないし。話が合いすぎて、二人でちょっと笑った」

「日本……?」

「ミリアちゃんには、わからないかな」

八宝斎が言った。

「遠い遠い、別の世界の話。私たち、そこから来たの」

ミリアが、トーコと八宝斎を交互に見た。

「……ふたりとも、ですか」

「うん」

「だから、あんなに気が合うんですね」

八宝斎がまた焼き菓子を一つ口に入れた。

「そういうこと。トーコちゃんと話してると、説明しなくていいことが多くて楽なんだよね。前提が同じだから」

「そういえば」

八宝斎が立ち上がり、棚の方へ向かった。

「ちょうどよかった。見せたいものがあったんだ」

棚の奥から、小さな箱を取り出した。開けると、中に細い針が並んでいる。透明な管のついた器具も入っていた。

「じゃーん」

トーコが箱を覗き込んだ。

一瞬、目が止まった。

「……これ」

「縫合針とシリンジ。使い捨てタイプ」

「作れたの」

「作れた。素材に悩んだんだけどね。プラスチックは無いから、代わりにダルタ草の繊維から取った樹脂を使ってる。固めると透明になるし、ある程度の強度も出る。使い終わったら燃やせる」

トーコが針を一本取り出し、光に透かして見た。

細い。薄い。断面が整っている。これだけの精度を、この世界の素材で出すのは並大抵のことではない。

「すごい」

「そう? えへへ」

「いくらですか」

「お代はいいよ。試作品だし、使ってみてフィードバックが欲しいだけ」

「対価は必要です」

「トーコちゃんは相変わらずだなあ」

八宝斎が苦笑いした。

「じゃあ、使い心地を教えてくれたら。それで十分」

「わかりました」

ミリアが、針とシリンジを交互に見ていた。

「あの……これ、使い捨てなんですよね」

「そう」

「なぜ使い捨てにするんですか。もったいなくないですか」

トーコが振り返った。

「衛生の問題です」

「衛生……?」

「一度使った針には、患者の血液や体液が付着します。どれだけ洗っても、目に見えない汚れが残る。その針を別の患者に使えば、病気が移ることがあります」

ミリアが少し、顔を顰めた。

「目に見えない、汚れ……」

「菌といいます。非常に小さな生き物で、傷口や体内に入ると感染症を引き起こします。一度使った器具には、その菌が残りやすい」

「で、それを防ぐために使い捨てにする」

「そうです。シルフィの結界も同じ理由で使っています。処置中に周囲の菌が入ってこないようにするために」

ミリアが、しばらく黙って考えた。

「……この世界の治癒師は、そういうことを考えないんですか」

「治癒魔法で大抵の感染は抑えられるので、考える必要がなかったんだと思います。でも私は魔法が使えないので」

「だから、別の方法で考えた」

「そういうことです」

八宝斎が、お茶を二人分入れながら言った。

「トーコちゃんの考え方って、根本が違うんだよね。魔法でなんとかする、じゃなくて、なんとかなる仕組みを作る」

「八宝斎の作り方も同じでしょう」

「そうかな」

「魔道具に頼るんじゃなくて、使いやすい仕組みを設計している。義手もそう」

八宝斎がちょっと照れた顔をした。

「……そう言ってもらえると、嬉しいな」

お茶を飲みながら、ミリアがふと聞いた。

「八宝斎さんって、引退してるって聞いたんですが」

「うん。昔はあちこち旅してたんだけど、今はここに落ち着いてる」

「なぜデッドエンドに?」

「ダーリンが、ここに住んでるから」

八宝斎がふわりと笑った。

「ダーリン?」

「旦那さん。ここを離れたくないって言うから」

「じゃあ、八宝斎さんが合わせたんですか」

「うん。私はどこでも作れるし、ここにいる理由もできたし。ちょうどよかった」

ミリアが、少し目を丸くした。

「……すごいですね。それ、全然迷わなかったんですか」

「全然」

八宝斎があっさりと言った。

「前世でいろいろあって、この世界に来て、やっと好きな人ができたんだもん。手放す理由がない」

ミリアが少し、考えるような顔をした。

トーコはお茶を一口飲んだ。

「……ラブラブだもんね、ふたり」

「トーコちゃん、それ言うとき絶対顔が引いてる」

「引いていません」

「引いてるって。ダーリンに会わせたいな、今度」

「今度にします」

「えー」

八宝斎がぷっと笑った。

工房を出たのは、昼過ぎだった。

路地を歩きながら、ミリアがぽつりと言った。

「八宝斎さん、なんか……幸せそうですね」

「そうですね」

「先生とも、仲いいし。ああいう友達って、いいなあ」

トーコは少し、八宝斎の工房を振り返った。

この世界に来て、最初に見つけた同じ匂いの人間。説明しなくていい前提が同じ人間。話が合いすぎて、二人で笑ったあの日のことを、今でもよく覚えている。

「いい友人です」

「先生が、そんなふうに言うの、珍しい」

「そうですか」

「なんか、嬉しいです。先生にも、そういう人がいるんだなって」

トーコは何も言わなかった。

肩の上でシルフィが「きゅ」と鳴いた。

魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。

——温かい、と思った。

治療院への道を、二人で歩いた。