軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06.

夕暮れが石畳を染め始めた頃、治療院の戸が勢いよく開いた。

冒険者風の男が三人、担架を抱えて飛び込んでくる。

「先生! 頼む、助けてくれ……!」

担架の上に、若い男が横たわっていた。右腕が、肘から先でなくなっていた。断端から血が滲んでいる。顔が蒼白だ。意識が薄れかけている。

「診察台に」

トーコは即座に動いた。

魔力視を開く。出血点が見える。断端の血管が、いくつか開いたままだ。このまま時間が経てば、失血で命が危ない。

「ミリア、器具を。ガルド、止血帯」

「はい」

「わかった」

二人が動く。シルフィが肩から飛び立ち、処置室に清潔な結界を張った。

処置は一刻ほどで終わった。

断端を丁寧に整え、開いていた血管を一本ずつ縫合・結紮した。感染を防ぐ処置を施し、清潔な包帯を巻く。

男の顔に、少しずつ血の気が戻った。

翌朝、男が目を開けた。名をカイといった。二十代前半の、日焼けした冒険者だ。

ゆっくりと意識が戻ってくる。天井を見て、自分の右腕を見て——そこで、止まった。

「腕が……」

包帯に巻かれた、短くなった右腕。

長い沈黙があった。

待合室で一晩明かしていた仲間の二人が、診察室に入ってきた。カイの腕を見て、顔が歪む。

「なんで……なんで戻っていないんだ」

「名医だと聞いたのに」

トーコは静かに向き合った。

「命は助かりました。出血を止め、断端を整えました」

「腕は? 腕はなぜ戻さなかった」

「失われた手足は、人の手では戻せません」

「あんたは医師だろう。治せないのか」

「治せません」

断言だった。

仲間の一人が声を荒げた。

「役立たずじゃないか。なんのための名医だ!」

「私は医師です」

トーコは表情を変えなかった。

「神様ではありません。できないことはできない。それが医療です」

仲間たちが舌打ちをして、出て行った。

カイだけが、天井を見たまま、動かなかった。

天導協会は、王都にも支部を持つ大きな機関だ。

神の奇跡を扱う聖女や治癒師が多く所属し、高額ではあるが確かな治癒を行うことで知られている。デッドエンド近郊にも、小さいが、金紋の聖女が一人いた。

カイの仲間たちが駆け込んだのは、その支部だった。

聖女・エリナは白い法衣を纏い、穏やかな笑みで彼らを迎えた。

「ご安心ください。神の力で、必ずお戻しします」

報酬の話が終わり、エリナがカイの断端に両手を当てた。金紋が、鮮やかに輝く。

そして。

にょきりと、肉が動いた。

断端から、腕が伸び始める。骨が形成され、筋肉が覆い、皮膚が閉じていく。

「おお……!」

「すごい……!」

仲間たちが歓声を上げた。

「やっぱり聖女様だ。藪医者なんかとは違う」

「さすが神の奇跡だ」

腕が、肘まで戻った。手首が現れ、指が生まれる。

カイが、震える右手を見つめた。

——しかし、止まらなかった。

指が伸び続けていた。

節が増え、第一関節が不自然に長くなる。爪が伸びる。止まらない。そればかりか、腕が肩から先まで伸び、今度は体毛が伸び始めた。髪が、まつ毛が、手の甲の毛が、どんどん伸びていく。

「な……なんだこれ」

「止まらない……! 止まってくれ……!」

カイが悲鳴を上げた。

エリナが青ざめた顔で魔力を注ぎ続けているが、暴走は止まらない。しばらくして、エリナがよろめいた。魔力切れだ。

それでも、まだ伸び続けている。

仲間たちが天導協会の扉を叩いた。

「なんとかしてくれ……! あんたたちがやったんだろう!」

支部長が、冷静な顔で言った。

「私どもは治癒を行っただけです」

「だからこうなったんじゃないか」

「治癒以外の行為は行っておりません。これが我々のせいだという証拠は?」

「そんな……」

「責任は負いかねます」

扉が閉まった。

仲間たちが、路上に立ち尽くした。

治療院の戸を叩いたのは、日が暮れてからだった。

さっきとは打って変わって、頭を下げている。

「さっきは……申し訳なかった。でも、頼めるのはもうここしかなくて」

ミリアが小声でトーコの袖を引いた。

「さっき罵倒した人たちじゃないですか」

「診ます」

トーコは扉を開けた。

「患者を選びません」

カイの右腕は、肩から先が異様に長く伸び、指が不自然な形で増殖していた。体毛もまだ伸び続けている。

トーコは魔力視を開いた。

——なるほど。

腕全体に、治癒魔法の光が暴走している。細胞を促進する命令が、制御を失って出続けている。正常な組織との境界が、魔力の色でくっきりと見えた。

「原因がわかりました」

トーコは説明した。

「治癒魔法が細胞の促進を命令し続けています。本来なら、腕が元通りになった時点で止まるはずが、制御を失っている。強すぎる魔力が、暴走しています」

治癒魔法は、細胞増殖を促進させる魔法のこと。魔法が過剰にかかれば、当然細胞は増え続け、結果カイのような状態になってしまう。

「治せるか」

「暴走している部分を取り除きます」

カイが、息を呑んだ。

「また……切るのか」

「ここから先は、もう正常な組織ではありません」

トーコは魔力視で境界を確認しながら、正確な位置を指した。

「この境界から先を切断します。ここまでは正常な組織が残っています。魔力視があるから、正確な位置がわかります」

カイが長い間、俯いていた。

仲間の一人が、震える声で言った。

「……カイ」

「わかった」

カイが顔を上げた。目が赤い。それでも、まっすぐトーコを見た。

「頼む」

処置は、丁寧に行った。

魔力視で境界を確認しながら、暴走した組織との境目を正確に見極める。ここから先が異常、ここまでが正常。その線を守りながら、手を動かす。

「ミリア。わかりにくいでしょうが、境界の魔力の色が違います」

トーコはミリアに説明しながら処置を進めた。

「治癒を過剰に受けて暴走した組織は、濁った金色に光っています」

魔法に使われる、魔力には種類が存在する。火の魔法には火の魔力、と。治癒魔法は、光の属性に所属してる。その魔力は濁った金色をしてるのだ。

「正常な組織は落ち着いた色をしている。この差がわかるから、切る場所を間違えません」

「魔力視がなかったら……」

「もっと広く切除するか、あるいは暴走を止められないままになっていたでしょう」

処置が終わった。

暴走は止まった。体毛の伸びも、ゆっくりと収まっていった。

カイが静かに目を閉じた。

翌朝、トーコは設計図を広げた。

ミリアが横から覗き込む。

「何ですか、これ」

「義手の設計図です」

「ぎ……義手?」

「カイさんのために作ります。今日、頼みに行きます」

トーコは設計図を丸め、外套を羽織った。

「ついてきますか」

「行きます!」

デッドエンドの路地を少し入ったところに、看板が出ていた。

【魔道具工房・八宝斎】

扉を開けると、色とりどりの部品と道具が所狭しと並んでいる。棚から棚へ、魔石と金属の部品が積み上げられ、天井からは試作品らしき何かがいくつもぶら下がっていた。

奥から声がした。

「あ、トーコちゃんだ」

緋色の髪をした女性が、作業台から顔を上げた。幼い見た目をしてるが、こないだお酒を飲んでいた。年齢不詳の美女である。

丸い目で、ふわりとした雰囲気をしている。手が油で汚れていて、頬にも少し黒いものがついていた。

「八宝斎。頼みがある」

「うん? なに?」

トーコが設計図を広げた。

八宝斎が覗き込む。一秒、二秒。

目が、ぱっと輝いた。

「……なにこれ」

「義手の設計図。魔道具の力で動かしたい。断端の形状に合わせた接続部と、着脱機構が必要で」

「接続部……こういう形状にするんだ。着脱を前提にしてる、へえ」

八宝斎が設計図に顔を近づけた。

「指が独立して動く仕組みになってる。これ、魔力の細かい制御が要るけど……できる。うん、できる。ていうか」

ぱっと顔を上げた。

「こんな発想、見たことない。これ、どこで考えたの」

「前世の知識です」

「……まあいいや。作る。絶対作る!」

「ありがとう。急いで欲しい」

「任せて。三日ちょうだい」

ミリアが、工房を見回しながらぽつりと言った。

「……すごい人ですね」

「凄腕よ。この人が作ってくれるから、私の器具が使えている」

「えっ、メスとかも?」

「全部」

ミリアが八宝斎を見た。八宝斎はもう設計図に夢中で、何かを呟きながら紙に書き込み始めていた。

「緋色の妖精って呼ばれてるの、なんとなくわかります」

「腕と見た目が、両方そろっているから」

八宝斎がふと顔を上げた。

「トーコちゃん、今褒めてくれた?」

「褒めました」

「えへへ」

八宝斎がまた設計図に戻った。

シルフィが肩の上で、きゅ、と鳴いた。

三日後、義手が完成した。

八宝斎が誇らしげに工房のカウンターに置く。

軽量の金属と魔石で作られた義手は、人の腕に近い形をしていたが、それだけではなかった。断端の形状に合わせた接続部は、着脱が簡単にできる。指の関節には細かい魔道具の機構が入っていて、魔力をわずかに流すことで動かせる。

「使い方を説明するね」

八宝斎がカイに向かって、丁寧に説明した。

「ここを合わせて、こうはめる。外すときはここを押す。指を動かすときは、ここに少し魔力を流す感じで。最初は慣れないけど、一週間もすれば自然にできるようになるよ」

カイが、義手を手に取った。

ゆっくりと断端に当てて、はめる。

少し魔力を流す。

指が、動いた。

「……動く」

声が、掠れていた。

「細かい作業もできます」

トーコが続けた。

「手入れの仕方はこの紙に書きました。自分でできます。壊れたら八宝斎のところへ。冒険者として、また動けます」

カイが義手を見つめた。しばらく、動かなかった。

それから、ゆっくりと指を握った。開いた。また握った。

「……ありがとう」

低い声だった。

工房の前で、カイが深く頭を下げた。

「先生……この間は、本当に申し訳なかった。失礼な態度を取ってしまって……」

「気にしていません」

「気にしてくれ……」

カイが顔を上げた。目が赤い。それでも、少し笑っていた。

「先生が一番、俺のことを考えてくれていた。腕を戻せないって言ったとき、俺、わかってたはずなんだ。でも認めたくなくて……八つ当たりした」

「人間ですから」

「先生は怒らないのか」

「怒っても腕は戻りません」

カイが、また笑った。今度はもう少し、ちゃんと笑った。

「……もう一度、先生に診てもらいに来ていいか」

「どうぞ。患者はいつでも」

夜、治療院で後片付けをしながら、ミリアがぽつりと言った。

「先生、あのとき怒らなかったですよね。罵倒されたのに」

「怒っても腕は戻りません」

「さっきも同じこと言ってた」

「同じことですから」

ミリアが少し考えて、また言った。

「……先生って、すごいですね」

「できることをやるだけです」

「できないことは、できないって言える人も、すごいと思います」

トーコは手を止めた。

ミリアが続けた。

「私だったら、できないって言えなくて、なんとかしようとして、たぶん失敗する。先生はちゃんと言える。それって、かっこいいと思います」

トーコは少しの間、ミリアを見た。

「……ありがとうございます」

「えっ、先生がお礼言った。珍しい」

「珍しくはありません」

「いや珍しいですよ」

ミリアが笑った。

肩の上でシルフィが「きゅ」と鳴いた。魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。

——それで十分だ、とトーコは思った。

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