軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38.

病院が大きくなってから、トーコの肩書きが変わった。

院長、という言葉をミリアが使い始めた。最初は気恥ずかしかったが、今では誰もそう呼ぶようになった。

しかし院長になっても、トーコは午前の診察に出た。

ミリアが「先生、院長なんだから、下に任せてもいいんですよ」と言った。

「患者を診るのが仕事です」

「でも他にもやることが」

「午後にやります」

「……先生らしいですね」

その日の午前、ライナルトが来た。

いつもの定期検診だ。受付を通らず直接診察室に入ってくるのが、最近の習慣になっていた。

「失礼する」

「どうぞ」

ライナルトが椅子に座った。

トーコが血液検査の準備をしながら言った。

「今日は、閣下の方から来てくれましたね」

「君に診てもらいたかった」

「……毎回、私が診ています」

「そうだな」

トーコが少し、ライナルトを見た。

ライナルトが、窓の外を見ていた。

何か言いたいことがある顔だったが、トーコは特に聞かなかった。

血液検査を行い、魔力視で確認する。

「数値は問題ありません。ただ」

トーコが、ライナルトの目元を確認しながら言った。

「眼精疲労がありますね」

「そうだな」

「睡眠は取れていますか」

「前よりは取っている」

「目の疲れが抜けていません。書類仕事が多いですか」

「多い」

「灯りの位置を変えてください。目線より少し上から光が当たるようにすると、疲れにくくなります」

「覚えておく」

ライナルトが、少し間を置いてから言った。

「しかし、君もではないか」

「私ですか」

「目の下に、影がある」

トーコが、少し黙った。

「気になるなら、血液検査を」

「そういう話ではない」

ライナルトが、トーコを見た。

「前に倒れたことを、覚えているか」

覚えている。脱水と過労で、夕方に石畳に手をついた。ライナルトの屋敷に運ばれて、目を覚ましたときの天井を、今でも思い出せる。

「覚えています」

「あのときと、今の顔が少し似ている」

「似ていませんよ」

「そうか?」

トーコが少し、ライナルトを見た。

魔力視に映るのは、深い青の光だ。心配している色だ。

「……少し、疲れているかもしれません」

「そうだろう」

「でも、やることがあります」

「たまには休んだ方がいい」

「……そうですね」

「君もそう思うか」

「思います」

「ならよかった」

ライナルトが、少し間を置いた。

「一つ、頼んでいいか」

「どうぞ」

「用事があって、街の外に出る。一人で行くのも、少し……あれだから」

「あれ、とは」

「同行してもらえないか」

トーコが少し考えた。

「私でよければ」

「君がいい」

「……承知しました。いつですか」

「明後日の午前はどうか」

「セラさんたちに診察を任せます。問題ありません」

「そうか」

ライナルトが立ち上がった。

「では、明後日」

「はい」

ライナルトが出て行った。

扉が閉まった。

ミリアが、廊下から出てきた。

「先生」

「なんですか」

「今の、聞こえていました」

「……廊下にいたんですか」

「たまたまです。先生、明後日、閣下と出かけるんですか」

「用事があるそうで、同行することになりました」

「用事」

「はい」

「……先生、それって」

「何ですか」

「デートじゃないですか」

トーコが少し、首を傾げた。

「出かけるだけです」

「でも、先生を指名して、二人で、街の外に」

「用事があると言っていました」

「用事って言いましたっけ……一人で行くのがアレだから、って言ってましたよね。アレって何ですか」

「さあ」

「さあって……先生、もう少し考えてみてください」

「何をですか」

「閣下が、なぜ先生を誘ったか」

「同行が必要だったからではないですか」

「なんで先生じゃなきゃいけないんですか」

「……慣れているからでしょう」

「先生……」

ミリアが、ため息をついた。

「是非、行ってきてください」

「はい。行きます」

「楽しんできてください」

「用事ですから、楽しむかどうかは」

「楽しんできてください」

「……わかりました」

ミリアが、首を振りながら廊下に戻った。

セラがちょうど通りかかって、ミリアに「どうしたんですか」と聞いた。

「先生が、閣下とデートすることになったのに、気づいていないんです」

「デ……」

「出かけるだけだって言うんですよ」

「……先生らしいですね」

「そうなんですよ。はぁ」

二人の声が、廊下の向こうへ消えていった。