軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37.

シュバルツが退院してから、十日ほど経った頃だった。

天導協会デッドエンド支部から、使いが来た。

「正式に話し合いの場を設けたい」という内容だった。

ミリアが封書を読んで、顔を上げた。

「……先生、これ」

「読みました」

「話し合いたい、って。この期に及んで上から目線じゃないですか」

「どのあたりが」

「正式に、ってところです。なんか、こちらが呼びつけられてる感じがして」

「場所はこちらの病院で構わないか、と書いてあります」

「……そうですか。でも先生、行くんですか」

「行きます」

「なんで」

「話を聞かなければ、何もわかりません」

ミリアが、封書をもう一度見た。

「……わかりました。お茶の準備をしておきます」

当日、支部から来たのはエリナと、見覚えのない若い男だった。

エリナが深く頭を下げた。

「先日は、大変お世話になりました。先生に助けていただかなければ、私も……」

「お体の具合はいかがですか」

「おかげさまで。火傷の跡も、先生の処置のおかげできれいに治まっています」

若い男が名乗った。

「新任の支部長代理を務めます、カレンと申します。シュバルツ部長のご指示で、こちらに伺いました」

「シュバルツさんの」

「はい。部長から、先生のところと正式な関係を築くよう、話を持っていけと言われまして」

ミリアが、お茶を持ってきながら小声でトーコに言った。

「シュバルツさんが……指示したんですか」

「そうみたいです」

「ちょっと驚きましたね」

「私もです」

カレンが、書類を取り出した。

「業務提携の提案です。具体的には、支部の治癒師と聖女を、こちらの病院との連携業務に充てる。患者の紹介、治癒補助、往診の分担など。お互いの強みを活かせる形にしたいと考えています」

トーコが書類を受け取り、読んだ。

ミリアが横から覗き込んで、眉を寄せた。

「……先生、ちょっといいですか」

「どうぞ」

「この書類、協会の方が上に来てますよ。連携業務の指示系統が、協会から病院への形になっている。これだと、先生が協会の下につくみたいな」

カレンが、少し顔を赤くした。

「それは……書式の問題で、実態は対等なものを」

「書式の問題ではないと思いますが」

ミリアがはっきり言った。

「先生の病院は、協会より先にここで患者を診ています。なぜ協会が上に来るんですか」

「ミリアさん」

「先生、私は言います。この期に及んで、まだこういうことをするんですか、という話です。先生は先日も協会の方を助けました。それでもまだ、こういう書き方をしてくるんですか」

カレンが黙った。

エリナが、申し訳なさそうにしていた。

「書式を直していただけますか」

トーコが、静かに言った。

「対等な提携として書き直してください。指示系統はどちらが上でもなく、それぞれの専門分野で協力する形で」

「……承知しました」

「それであれば、話を進めましょう」

カレンが、また少し赤い顔で頷いた。

ミリアが、お茶を一口飲みながら小声でガルドに言った。

「ガルドさん、私怒りすぎましたか」

「いや。言うべきことを言った」

「先生は怒らないのに」

「先生は怒るより先に考える人だ。お前は怒る。どちらも必要だ」

ミリアが「そうですかね」と言いながら、少しだけ表情を緩めた。

書類を持ち帰ったカレンが翌日、書き直した書類を持ってきた。

トーコが確認した。

対等な提携として、それぞれの専門分野に応じた連携内容が明記されていた。指示系統の記述は消えていた。

「これで構いません」

「……本当によろしいんですか。協会との提携は、先生にとって不利なこともあるかもしれません」

「スタッフが増えることは、患者にとってプラスです。治癒師の方々の力は本物ですから」

カレンが、少し間を置いた。

「先生は……協会を、恨んでいないんですか」

「恨んでいたら、今日ここに来ていません」

「しかし、あれだけのことを」

「済んだことです。これからどうするかの方が大事です」

カレンが、書類をトーコに差し出した。

「……先生に、敵対したことを、代理の立場ながら申し訳なかったと思っています」

「受け取ります」

「ありがとうございます」

書類に、双方が署名した。

カレンたちが帰った後、セラが来た。

「提携、成立したんですね」

「はい」

「どんな形になりましたか」

「患者の紹介と受け入れの連携、治癒補助の協力体制、往診の分担。それぞれの得意なことを分担する形です」

セラが、少し考えた。

「私たちはどうなりますか。協会を辞めた私たちは」

「ここのスタッフです。それは変わりません」

「協会から、戻ってこいと言われることはないですか」

「それはシュバルツさんが決めることです。戻りたい方は戻ればいいし、ここにいたい方はここにいればいい」

セラが、トーコを見た。

「私は、ここにいます」

「よろしくお願いします」

ミラが後ろで「私もです」と言った。

他の聖女たちも頷いた。

「ありがとうございます」

トーコが言った。

ミリアが「先生がお礼言うの、最近増えましたね」と言った。

「そうですか」

「なんかちょっと、柔らかくなった気がします」

「そうですか」

「ここが居心地いいんじゃないですか」

トーコは少し、病院を見渡した。

処置室から、セラが患者に何かを説明している声が聞こえた。調合室から、ガルドが薬草を刻む音がした。入院室の廊下で、ミラが患者に笑いかけていた。

「……そうかもしれません」

ミリアが、嬉しそうに笑った。

翌朝、シュバルツから短い文が届いた。

——提携、成立したと聞いた。よかった。お前たちの邪魔をしたことを、改めて詫びる。これからは少しでも役に立てるよう、こちらでできることをする。——

トーコが読んで、返事を書いた。

——ありがとうございます。お体に気をつけてください。——

ミリアが「短い返事ですね」と言った。

「十分です」

「シュバルツさん、なんか変わりましたね」

「そうですね」

「先生のおかげですか」

「怪我をしたことと、ガルドさんとセラさんのおかげです」

「先生も入れてください」

「そうですね。少しは」

ミリアが笑った。

シルフィが「きゅ」と鳴いた。

魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。

病院の朝が、静かに始まった。