軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30.

新しい病院の建設が始まったのは、秋の終わりだった。

治療院の隣の土地を、ライナルトが手配した。商業ギルドが職人を集め、八宝斎が設計に口を出し、ガルドが薬草室の棚の位置にこだわり、ミリアが入院室の窓の向きを確認した。

工事は順調に進んでいた。

天導協会が動いたのは、建設が本格的に始まって間もなくのことだった。

最初に来たのは、書類だった。

建設の許可について、協会として確認が必要だという内容だった。施設の用途、医療行為の内容、担当者の免許状況。細かく列挙された確認事項が、何枚にもわたって書いてあった。

ミリアが書類を読みながら、顔を歪めた。

「これ全部答えるの、大変ですよ……」

「答えます」

「先生、全部記録してあるから答えられるんでしょうけど……嫌がらせですよこれ」

「嫌がらせでも、書類は書類です」

トーコは一日かけて全項目に回答を書き、王妃からもらったブローチを添えて使いに出した。

三日後、協会から返答が来た。

「問題ありません」

それだけだった。

「……早い」

ミリアが目を丸くした。

「王妃陛下のお名前は、効きますね」

「ありがたいことです」

「次は何か来ますかね」

「来るでしょう」

次に来たのは、人の形をした圧力だった。

協会の者が、工事を請け負っている職人の元締めのところへ直接出向いた。この工事から手を引けという話をした、と元締めから知らせが来た。

「理由は」

「協会に認可されていない施設の建設に加担するのは、後々面倒なことになる、と言われたそうです」

元締めが申し訳なさそうに言った。

「私としては、辺境伯閣下からのお仕事ですし、お断りするつもりはないんですが……職人の中には、怖がっている者もいて」

「わかりました。少し待ってください」

その日の夕方、ライナルトに話した。

「工事を続けてもらえるよう、辺境伯として正式に職人たちを保護してほしいのですが」

「わかった」

ライナルトが翌朝、書状を出した。辺境伯の名のもとに工事の職人たちの安全を保証する、という内容だった。

職人たちは、次の朝、何事もなかったように仕事を再開した。

ガルドが「両方から守られてるな」とぼそりと言った。

「ありがたいことです」

「先生は、もう少し実感を持っていいと思うんだが」

「工事が進めば十分です」

それから一週間ほど後、協会から直接、認可申請の取り下げを求める書状が来た。

理由として書かれていたのは、免許のない医師による施設運営は医療秩序を乱す、協会の知識体系に基づかない治療行為を拡大することは患者への危険を招く、という二点だった。

ミリアが書状を読んで、机に置いた。

「……先生、これは」

「同じ答えを返します」

トーコは再びブローチを使い、王妃に状況を伝えた。

今度は王妃から直接、協会宛に書状が出た。

内容は短かった。

——この施設の建設を支持します。これ以上の妨害は、王家への不敬と見なします。——

翌日、協会からの書状は来なくなった。

ミリアが「……終わりましたね」と言った。

「書類の上では」

「書類の上では、ということは」

「直接来るかもしれません」

ミリアが「やっぱり……」と言った。

そして四度目が、直接的だった。

ある昼下がり、天導協会の役人が四人、工事現場にやってきた。

先頭に立っているのは、初めて見る男だった。五十代の、体格のいい男だ。胸元の紋章が、協会の中でも上位の役職を示している。顔に、自信と怒りが混じった色をしている。

ミリアが「また来た……」と小声で言った。

「建設の中止を求めに来た」

男が、よく通る声で言った。

「この施設は、協会の認可を得ていない。王妃陛下の書状があろうと、医療施設の認可権限は協会にある。これ以上の建設は認められない」

「王妃陛下の書状について、異議があるなら王家に申し入れてください」

「医療の話を王家に持ち込ませるつもりはない。これは協会の問題だ」

男が、トーコを真正面から見た。

「あなたのような、免許もなく魔力もない者が大きな医療施設を構えることは、この国の医療秩序を根本から乱します。患者を危険に晒すことになる」

「患者を危険に晒したことは、今まで一度もありません」

「それはあなたの言い分だ」

「記録があります。全患者分、治療前から経過まで。いつでも見ていただけます」

「記録など、どうとでも書ける」

工事の職人たちが手を止めて見ていた。

男が一歩、前に踏み出した。

「今すぐ工事を止めろ。さもなければ——」

そのとき。

足場の上で作業をしていた職人が、声を上げた。

「危ない……!」

基礎工事の足場の端に積まれていた石材が、崩れた。

男が、その崩れた石材の一つを避けようとして、足場の端に踏み込んだ。

足場の板が、その人間の重さを支えきれなかった。

板が割れた。

男が、一段下の地面に落ちた。

ぐしゃ、という鈍い音がした。

男が、地面で呻いた。

「……っ、いたっ……!」

周囲が、静まり返った。

トーコは一秒、男を見た。

それから、道具箱を持って近づいた。

「動かないでください」

「な、なぜ……」

「右足首と、右腕。どちらも骨折しています。このまま動こうとすると、ずれます」

男が、顔を歪めた。

「なぜわかる」

「見えています。今から処置します」

トーコがしゃがんだ。

男が、目を丸くした。

「……なぜお前が私を」

「怪我をしています。患者です」

周囲の役人たちが、口をぽかんと開けていた。

職人たちが、上から見下ろしていた。

処置は三十分ほどかかった。

足首の骨折を固定し、腕の骨折を確認して添え木を当てる。消毒し、包帯を巻く。

男が、処置の間ずっと黙っていた。

終わった頃、ライナルトが現れた。

状況を一通り見渡してから、静かに言った。

「お名前は」

「……天導協会、医療行政部のグレーヴという」

「グレーヴ殿。辺境伯として申し上げます」

ライナルトが続けた。

「この施設の建設は、私の名のもとに行っています。建設中止を求めるなら、私に正式に申し入れてください。今日のような形ではなく」

「……辺境伯が、なぜこのような施設に」

「先生の医療は、この街を支えています。それだけで十分です」

グレーヴが、包帯を巻かれた腕と足を見た。

それから、トーコを見た。

「……あなたは、なぜ私を治した」

「怪我をしていれば治します。それだけです」

「私はあなたの邪魔をしに来た」

「それはそれ、これはこれです」

グレーヴが、長い間トーコを見ていた。

「……ちくしょう」

低い声で言った。

「なぜそういうことができる。私を憎いとは思わないのか」

「憎む暇があれば、患者を診ます」

「…………」

「担架を用意します。宿まで運びます」

グレーヴが、目を閉じた。

「……頼む」

グレーヴが担架で運ばれていくのを見送ってから、ミリアが言った。

「先生って、本当に……」

「次の患者を呼んでください」

「でも……さっきまで建設を止めに来た人ですよ。転んだのも自業自得で」

「骨折していました」

「そうですけど」

「患者を選びません。それはずっとそうです」

ミリアが、少し黙った。

「……かっこいい」

「聞こえています」

「聞こえてもいいです」

工事現場で、職人たちが仕事を再開した。

上から「先生、すごいな……」という声が降ってきた。

ガルドが「先生がいる間は、邪魔も失敗するようだ」とぼそりと言った。

「転んだだけです」

「それが先生の徳というやつだろうよ」

シルフィが肩の上で「きゅ」と鳴いた。

魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。

工事の音が、午後の空に響いていた。