軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24.

ハルト家は、王都でも指折りの治癒師一家だ。

代々、金紋の治癒師を輩出してきた名家として知られ、王族や上位貴族の専属治癒師を務める者も多い。その名声は、長年の実績に裏付けられたものだった。

はずだった。

次女シィナが成人の儀で金紋を授かったとき、一族はこれで安泰だと思った。長女のトーコは無紋で魔力ゼロ、早々に追放した。しかしシィナの金紋があれば、ハルト家の名声は揺るがないと信じていた。

一年が経った今、その自信は少しずつ、静かに崩れ始めていた。

最初に異変が起きたのは、半年ほど前だった。

上位貴族の令息が、鍛錬中に足首を骨折した。シィナが治癒魔法をかけた。金紋の力は確かで、骨はすぐに繋がった。

しかし翌週、令息が屋敷に戻ってきた。

「足が、変な方向に曲がっている。歩くと痛い」

シィナが改めて確認すると、骨が繋がってはいた。しかし正しい位置に戻す前に治癒魔法をかけたため、ずれたまま固定されていた。

「もう一度かければ、治ります」

シィナは自信を持って言った。

もう一度魔力を流した。骨が再生し、また繋がった。

だが今度は、繋がりすぎた。骨が余分に増殖し、関節の動きを阻害した。令息は以前より足が動かなくなった。

ハルト家の当主は、令息の家に謝罪に向かった。

シィナには、悪意がなかった。

ただ、知識がなかった。

骨を正しい位置に戻してから治癒魔法をかけなければならないことを、誰も教えていなかった。治癒魔法を使えれば治せる、それだけを信じて育った。どの程度の魔力を流せばいいか、どこまで再生を促せばいいか、そういった加減は誰も教えなかった。

治癒師の訓練では、魔力の扱い方を教わる。強い魔力を持つほど、治癒の力は上がる。シィナの金紋は本物で、魔力の量は申し分なかった。

しかし魔力が多いということは、使い方を誤ったときの影響も大きいということだった。

その後も、似たようなことが続いた。

深い裂傷を持った患者に治癒魔法をかけたところ、傷は塞がったが内部で異常な癒着が起き、腕が思うように動かなくなった。高熱の患者に治癒魔法を流したところ、熱は下がったが原因の感染が残り、一週間後に再発した。

どれも、シィナが手を抜いたわけではない。全力で治癒魔法をかけた結果だった。

それが問題だった。

噂は、静かに広まった。

「ハルト家の治癒は、後遺症が残る」

「金紋の聖女がいるのに、なぜか悪化した」

「以前は違ったのに」

以前。それはトーコがいた頃のことだ。

ハルト家の当主は、その名前を出すことを好まなかった。無紋の、追放した長女の話など、今更する必要がない。しかし古い患者の一人が、ぽつりと言った言葉が耳に残っていた。

「長女のお嬢さんが補助についてくださっていた頃は、こういうことがなかった」

当主は、その言葉を飲み込んだ。

トーコは補助係だった。魔法が使えないから、記録をつけ、患者の話を聞き、薬草を管理し、傷の状態を確認していた。それが今思えば、診察だったのかもしれない。骨のずれを確認し、傷の深さを見極め、どこまで治癒魔法を使えばいいかを判断していたのは、トーコだったのかもしれない。

しかし今更、そんなことを認めるつもりはなかった。

シィナは、自分が何をしているのかわからなかった。

魔法をかけると、患者は最初、楽になると言う。しかしそのあとで、別の問題が出ることが多い。なぜそうなるのか、シィナには理解できなかった。

ある日、患者の家族が言った。

「デッドエンドに、凄い医師がいると聞きました。そちらに行くことにします」

シィナは、その言葉を黙って聞いた。

デッドエンド。辺境の、小さな街だ。そこに凄い医師がいるという。

「どんな方なんですか」

「魔法を使わないのに、ちゃんと治るそうです。しかも理由を教えてくれると。魔法じゃなくて、糸で縫うとか、血を調べるとか、変わったことをするそうで」

糸で縫う。血を調べる。

シィナには、ぴんとこなかった。

「魔法の方が、早いのでは」

「早いけど、後遺症が出るんです。うちの主人、前に治癒魔法で治してもらったのに、今でも腕が痛くて……デッドエンドの先生に診てもらったら、魔法で変に癒着してるって言われて。そこを直してもらったら、やっと動くようになって」

シィナは、しばらく何も言えなかった。

魔法で変に癒着している。

それは、シィナがやったことだったかもしれない。あるいは、他の治癒師がやったことかもしれない。でも、そういうことが起きているのだということを、シィナは初めて知った。

患者の家族が帰った後、シィナは窓の外を見た。

デッドエンドの医師が、何者なのかは知らない。しかしその人は、自分たちの治癒魔法が生み出した後遺症を、直しているのだ。

その事実が、シィナの胸に重く残った。

ハルト家の評判は、その後も少しずつ落ち続けた。

当主は優秀な治癒師を新たに招き入れようとしたが、条件のいい仕事を求める治癒師は、王都の別の家に流れた。古くからハルト家を頼っていた貴族が、別の治癒師に鞍替えした。

かつてあった名声の輪郭が、少しずつぼやけていった。

その変化に気づきながら、誰も口にしなかった。

原因については、誰も語らなかった。

ただ、静かに、確実に、何かが変わっていた。