軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25.

ハルト家の当主、エドガー・ハルトが最初に呼び出されたのは、秋の終わりだった。

呼んだのは、長年の付き合いがある侯爵家の当主だった。執務室に通されると、相手は立ったまま待っていた。座るよう勧めもしなかった。

「エドガー殿」

侯爵が、静かに言った。

「先日の件だが、うちの者の腕は、いまだに本調子ではない。あなたの娘御が治癒をかけてから、三ヶ月が経つのだが」

「それは……誠に申し訳なく。シィナはまだ経験が浅く、今後は」

「経験が浅い、では済まない話だ」

侯爵が、エドガーを見た。

「うちの者は、騎士だ。腕が動かなければ、仕事にならない。あなたのところに頼んだのは、長年の信頼があってのことだ。それが、この結果では」

エドガーは頭を下げた。

侯爵が続けた。

「他にも、似たような話を聞いている。あなたのところで治癒を受けて、後から別の問題が出た、という話を」

「それは……」

「デッドエンドに医師がいるそうだな。魔法を使わない、変わった医師が。うちの者も、最終的にそちらに頼った。腕の癒着を取り除いてもらって、ようやく動くようになった」

エドガーの喉が、鳴った。

「ハルト家の名前は、長年かけて積み上げてきたものだ。しかし名前だけでは、患者は来ない。それを、忘れないでいただきたい」

エドガーは屋敷に戻る馬車の中で、ずっと黙っていた。

それから二週間で、同じような呼び出しが三件続いた。

伯爵家、子爵家、そして王都で商いを営む大商人。いずれもハルト家が長年付き合いのある相手だった。

内容はどれも似ていた。

治癒の結果に問題があった。後遺症が残った。他の治癒師に診てもらった。あるいは、デッドエンドの医師に診てもらった。

デッドエンド。その名前が、何度も出てきた。

大商人が、苦い顔で言った。

「うちの娘が腹痛を訴えて、御宅のお嬢さんに治癒をかけていただいた。一時は楽になったが、また繰り返して。結局、デッドエンドまで連れて行きました」

「それは……」

「デッドエンドの先生に言われたんです。治癒魔法で症状を抑えていただけで、原因が残っていたと。先生に診ていただいて、ようやく根治した。御宅には、その旨を伝えておこうと思いまして」

エドガーは頭を下げた。

頭を下げながら、胸の中で何かが煮えていた。

デッドエンド。あの街の医師とは、誰のことだ。

薄々、気づいていた。しかし認めたくなかった。

家に戻り、シィナを呼んだ。

シィナは素直に来た。金紋の紋章が、相変わらず美しく輝いている。顔立ちも整っている。才能も本物だ。しかしその目には、最近、どこか暗い色が宿っていた。

「シィナ」

「はい、父様」

「デッドエンドの医師について、何か知っているか」

シィナが、少し間を置いた。

「……患者さんから、話を聞いたことがあります」

「どんな話だ」

「魔法を使わずに治す、変わった医師だと。血を調べる、傷を糸で縫う、体の仕組みを説明してくれる……そういうことを、する方らしくて」

「名前は」

「……聞いたことは、あります」

シィナが、視線を落とした。

「トーコという名前だと、聞きました」

部屋が静まり返った。

エドガーは、しばらく何も言わなかった。

シィナも、何も言わなかった。

「そうか」

エドガーが、低く言った。

「それだけか」

「……はい」

「下がれ」

シィナが部屋を出た。

エドガーは一人、椅子に座ったまま、しばらく動かなかった。

トーコ。

追放した、長女の名前だ。魔力ゼロ、無紋、一族の恥として送り出した娘が、辺境の街で、ハルト家の患者を治している。

あちこちから聞こえてくる不満の声。下がり続ける評判。そしてその一方で、高まり続けるデッドエンドの医師への評価。

全部、繋がっていた。

エドガーは机の上の書類に目を向けた。

手が、動かなかった。

認めたくなかった。しかし認めないでいる間にも、ハルト家の名前は少しずつ削られていく。

どうすればいい。

頭の中で、声がした。

侯爵の声だ。

——名前だけでは、患者は来ない。

エドガーは目を閉じた。

翌日、エドガーは一人の使いを呼んだ。

「デッドエンドに行ってもらいたい」

「はい。何をしに」

「……様子を見てきてほしい。あちらの治療院が、どんな場所か。医師がどんな人間か。そして、患者がどう思っているかを」

「かしこまりました。何かを、持参しましょうか」

エドガーは少し考えた。

「何も持っていかなくていい。ただ見てきてくれ」

使いが出て行った後、エドガーは窓の外を見た。

王都の空は、今日も曇っていた。

トーコが何をしているのかを知りたかった。しかしそれは、今の状況を整理するためだと、自分に言い聞かせた。

詫びを入れるつもりは、まだなかった。

しかし、何かをしなければならないという感覚は、確実に育っていた。