軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22.

王妃の往診は、週に二度と決めた。

薬を届け、血液検査で数値を確認し、食事の改善具合を聞く。治癒魔法では手が届かない部分を、地道に積み重ねていく仕事だ。

三週間が経った頃、王妃が言った。

「頭痛が、少し楽になった気がします」

トーコが答えた。

「数値にも出ています。少しずつ、体から出ていっています」

「手足のしびれは、まだあります」

「それは時間がかかります。ただ、確実に良くなっています」

王妃が、窓の外を見た。

「今日は庭を歩けました。先週は起き上がるのも辛かったのに」

「それが本来の回復です」

王妃が、静かにトーコを見た。

「あなたの治療は、不思議ですね。魔法を使わないのに」

「使えませんので」

「でも、治る」

「治ります」

四週目の往診の日、居室に入ると、見慣れない顔が二つあった。

白い法衣に金の刺繍。天導協会の役人だ。一人は見覚えがある。以前デッドエンドに来た、ハルデンだ。もう一人は初めて見る、年配の男だった。

侍女が申し訳なさそうに言った。

「先生、こちらの方々が、先ほどいらっしゃって、王妃陛下の診察について確認したいと」

「そうですか」

トーコは道具を置き、二人に向いた。

年配の男が、口を開いた。

「天導協会、医術審議部のシュバルツと申します。王妃陛下の体調が芳しくないと伺い、参りました」

「往診の許可は王子殿下から得ています」

「存じております。しかし我々としては、協会の認可を受けていない者が宮廷で医療行為を行うことについて、確認する義務がありまして」

「どうぞ」

「王妃陛下のご症状について、あなたはどのような診断を」

「鉛中毒です」

シュバルツが、少し間を置いた。

それから、鼻で笑うような声を出した。

「……鉛中毒。聞いたことがありませんな。王妃陛下は頭痛、しびれ、倦怠感をお持ちです。それは魔力の乱れによるもの、あるいは体質的な問題。いずれにせよ、治癒魔法で対応すべき案件です」

「治癒魔法で対応していた結果が、一年間の悪化です。症状が出るたびに魔法をかけて、一時的に良くなってまた戻る。その繰り返しだったはずです。原因を取り除いていないからです」

「鉛中毒などという概念は、協会の知識体系には存在しません」

「存在しなければ、診断できない。だから一年間、わからなかった」

シュバルツの目が、細くなった。

「嘘八百を並べているのではありませんか」

「証拠があります」

トーコは道具を取り出し、白粉の容器を持ってきた。

「王妃陛下がお使いだった白粉に含まれる成分が、体内に蓄積しています。この試薬で確認できます。見ますか」

「……そのような手品で」

「手品ではありません。同じ試薬を、血液検査に使っています。数値が変化しているのは記録に残っています。三週間前と今の数値を比べれば、体内の有害成分が減っていることがわかります」

シュバルツが、ハルデンに目を向けた。

ハルデンが、静かに視線を外した。

シュバルツが続けた。

「いずれにせよ、協会として王妃陛下の治療は我々が担うべきです。無免許の者が宮廷で」

「シュバルツさん」

静かな声がした。

王妃だった。

寝台の上で、王妃がシュバルツを見ていた。

「あなた方の治療で、私は一年間、良くなりませんでした。毎週来ていただいて、魔法をかけていただいて、そのたびに少し楽になって。でも翌週には戻っていた。それが一年続きました」

シュバルツが言った。

「陛下、それは体質の問題がありまして」

「先生が来てから三週間で、頭痛が減りました。今日は庭を歩けました。あなた方に治療していただいていた一年間で、一度もできなかったことです」

「それはたまたま体調が」

「シュバルツさん」

王妃が、もう一度名前を呼んだ。

「私は、先生を信じます。先生の治療を続けます。それに異論があるなら、先生と同じ方法で私の病を診断し、同じ結果を出してみてください。それができれば、話を聞きます」

部屋が静まり返った。

シュバルツが、何か言いかけた。

王妃が続けた。

「あなた方が治せなかった間、私は毎日辛かった。頭が痛くて、手足がしびれて、起き上がれない日もあった。その間、あなた方は何と仰いましたか。体質の問題、魔力の乱れ、様子を見ましょう。それだけでした」

「陛下……」

「先生は、なぜそうなっているかを教えてくれました。何をすれば良くなるかを教えてくれました。そして実際に、良くなっています」

王妃が、トーコに目を向けた。

「先生、引き続きよろしくお願いします」

「はい」

「あなた方は、もう結構です」

シュバルツが、顔を赤くして立ち上がった。

ハルデンが、静かにその後に続いた。

扉が閉まる前に、ハルデンが一度だけ振り返り、トーコと目が合った。

ハルデンが、小さく頭を下げた。

扉が閉まった。

往診が終わり、廊下に出ると、ライナルトが壁に寄りかかって待っていた。

「聞こえていましたか」

「少し」

「王妃が、庇ってくれました」

「王妃は正直な方だ。良くなっていることが、わかるから言える」

ライナルトが静かに言った。

「あなたの仕事が、そう言わせた」

「患者を診ただけです」

「それが全てだ」

廊下を歩きながら、ライナルトが続けた。

「ハルデンが頭を下げたのを見た」

「見ていたんですか」

「ああ。あの男も、少し変わってきている」

「そうだといいですね」

トーコは道具箱を持ち直した。

今日の数値は、また少し改善していた。

「あと二ヶ月もすれば、ほとんどの症状が取れると思います」

「その頃には、デッドエンドに戻れるな」

「そうですね」

ライナルトが、少し歩調を落とした。

「戻ったら、また定期検診を頼む」

「もちろんです」

「それと」

少し間があった。

「また、話をしたい」

トーコは少し、ライナルトを見た。

「いつでも」

ライナルトが頷いた。

廊下の窓から、外の光が入っていた。

シルフィが肩の上で「きゅ」と鳴いた。

魔力視に映るのは、温かくて少し意地悪な翠の光だ。

——今日も聞かないことにした。

廊下の先に、出口の光が見えていた。