軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21.

夜会の翌日、使いが来た。

王子の紋章が入った封書だった。

ミリアが「また何かですか」と眉を寄せた。トーコが開けると、短い文が書いてあった。

——王妃陛下が、先生の診察を希望されています。ご都合をお聞かせください。——

トーコはしばらく、その文を見ていた。

「……王妃様、ですか」

「どうしますか、先生」

「診ます」

「断ってもいいんですよ。昨日のこともあるし」

「患者が診察を希望しています。断る理由がありません」

翌日、出張宮廷に出向いた。

ライナルトが同行を申し出た。トーコは「医師として伺うだけですが」と言ったが、ライナルトは「念のため」と言って聞かなかった。

王妃の居室は、建物の奥まった場所にあった。

扉の前で、侍女が出迎えた。

「先生、お待ちしておりました。王妃陛下は……最近、めっきり体の具合が芳しくなくて」

「どのような症状ですか」

「頭が痛い、手足がしびれる、気分が悪い、と。治癒魔法をかけていただいているのですが、すぐに戻ってしまって」

「いつ頃からですか」

「一年ほど前から、少しずつ。最近は特にひどくて」

トーコは頷いた。

「拝見します」

王妃は、寝台に横たわっていた。

三十代後半だろうか。整った顔立ちをしているが、顔色が悪い。青みがかった白さだ。目の下に影がある。手が、薄い布の上に置かれていた。

「トーコ先生とおっしゃる方ですね」

「はい。診察させていただきます」

トーコは傍に近づき、まず顔を確認した。

肌が、妙に白い。白粉を使っているのは貴族女性として当然だが、それにしても白さが均一すぎる。塗り重ねている、というより、何か馴染んでいるような。

手を取った。指先が、少し冷たい。爪の色が、薄い。

「手足のしびれは、どのくらいからですか」

「半年ほど前から。最初は少しだったのですが、今は常にあります」

「頭痛は」

「朝が一番ひどい。起き上がるのが辛い日もあります」

「食欲は」

「あまりありません。食べると気分が悪くなることがあって」

トーコは魔力視を開いた。

体内の魔力の流れが見える。血液に対応する光が、くすんでいた。臓器の色も鈍い。全体的に、何かに侵されている色だ。

血液検査を行った。指先に針を刺し、試薬と混ぜる。

色が出た。

——やはりそうか。

「少し確認させてください」

トーコは侍女に向いた。

「王妃陛下がお使いの白粉を、見せていただけますか」

侍女が怪訝な顔をしたが、化粧台から小さな器を持ってきた。

白粉だ。細かく、均一な粉だ。トーコはそれを指先に取り、試薬を一滴垂らした。

色が変わった。

「……これは」

トーコは血液検査の結果と、白粉の反応を見比べた。

鉛だ。

白粉に鉛が含まれている。それを毎日肌に塗り続け、じわじわと体内に蓄積していった。鉛中毒だ。治癒魔法は症状を一時的に抑えるが、蓄積した鉛そのものは取り除けない。だから何度魔法をかけても、また戻ってくる。

「王妃陛下」

「……何かわかりましたか」

「はい。お使いの白粉に、体に有害な成分が含まれています。それが長期間にわたって体内に蓄積したことが、今の症状の原因です」

王妃が、静かに聞いていた。

「治りますか」

「治ります。ただし時間がかかります」

「教えていただけますか」

「まず、この白粉の使用をやめてください。これが最初の一歩で、一番大事なことです」

侍女が「でも、他の白粉でも」と言いかけた。

「成分を確認してから使うようにしてください。私が確認できます。また、ガルドという薬師と私で、代わりになる安全な白粉を作ることもできます」

「次は」

「体内に蓄積した有害成分を、少しずつ排出します。特定の薬草を組み合わせた薬を、定期的に服用していただく必要があります。それと食事の改善。レバーや緑の野菜を積極的に取っていただくと、体の回復が早まります」

「魔法では治らないのですか」

「魔法は症状を和らげることはできます。しかし体内に蓄積したものを取り除く力は、治癒魔法にはありません。時間をかけて、体から出していくしかありません」

王妃が、しばらく手元を見ていた。

「……どのくらいかかりますか」

「半年から一年、見ていただく必要があります。ただし、適切に対処すれば、しびれは三ヶ月ほどで改善し始めます。頭痛も、一ヶ月もすれば楽になるはずです」

「先生に、診ていただけますか。定期的に」

「往診いたします」

王妃が、初めて少し、表情を和らげた。

「よろしくお願いします」

帰り道、ライナルトが静かに言った。

「白粉が原因だったのか」

「鉛が含まれていました。貴族の間で使われる白粉には、そういうものが多い。肌を白く見せる効果があるので、長年使われてきた素材ですが、体には害があります」

「治癒師たちは、気づかなかったのか」

「症状しか見ていなかったからです。頭痛、しびれ、倦怠感。それぞれに魔法をかけて、一時的に良くなる。でも原因を取り除いていないから、また戻る。その繰り返しだったんだと思います」

「……あなたはどうして気づいた」

「白粉の色が、少し気になりました。肌への馴染み方が、普通の白粉と違った。それで確認しました」

「魔力視で」

「それと血液検査で。数値に特徴的な反応が出ました」

ライナルトが少し間を置いた。

「王妃が回復すれば、王子への影響も変わるかもしれない。王妃は王子を溺愛している。体調が戻れば、王子の行動にも変化が出る可能性がある」

「それは政治の話ですので、私にはわかりません」

「わかっている。ただ、あなたの仕事が巡り巡って、様々なところに届くという話だ」

トーコは少し、前を向いた。

「患者を治す。それだけを考えています」

「それでいい」

ライナルトが言った。

「それがあなたの強さだ」

トーコは答えなかった。

デッドエンドの街が、見えてきた。

シルフィが肩の上で「きゅ」と鳴いた。

魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。

治療院の灯りが、夕暮れの中に見えていた。