軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12.

偵察から戻った騎士が、地図の上に指を置いた。

「巣は洞窟です。入り口が二つ。内部は奥行きがあり、枝分かれしている。魔物の数は……百は下らないかと」

執務室に、重い沈黙が落ちた。

ライナルトが腕を組んだ。

「入り口が狭い。正面から突入すれば、一度に入れる人数が限られる。数で押し負ける」

「火を使えないか、という意見もありましたが」

「洞窟の奥まで届かない。入り口を塞いで燻す手もあるが、逃げ出した魔物が周囲の村を襲う危険がある」

騎士たちが黙っている。

ライナルトがトーコを見た。

「何か、あるか」

トーコは地図を見た。

「通気はありますか。洞窟の中に、空気の流れが」

「偵察兵によれば、奥に亀裂がある。風が抜けているらしい」

「奥行きはどのくらいですか」

「二十間ほど、と見ている」

「魔物は……植物系ですか、動物系ですか」

騎士が首を傾げた。

「動物系です。爪と牙を持つ四足の魔物で」

トーコは少し考えた。

「粉塵爆発が使えるかもしれません」

部屋が、静まり返った。

「……ふんじん?」

「細かい粉が空気中に舞うと、火花一つで爆発します。閉じた空間なら、より威力が出ます」

「粉は、表面積が大きい」

トーコが説明した。

「塊のままでは燃えにくいものでも、細かく砕いて空気中に広げると、酸素と触れる面が一気に増える。そこに火花が入ると、瞬間的に全体が燃える。それが爆発です」

「何の粉を使う」

「小麦粉、木炭の粉、金属の粉。いずれも使えます。今手に入るもので十分です」

ライナルトが騎士を見た。

「砦の在庫を確認しろ」

騎士が出て行く。

「洞窟の奥に粉を撒き、火をつける。入り口から撒けば、奥まで届かない。どうやって中に入れる」

「袋に詰めて、奥まで投げ込みます。袋が破れて粉が舞ったところで点火する。遠くから火を飛ばせる魔道具があれば、人間が中に入る必要はありません」

ライナルトが少し間を置いた。

「八宝斎に頼めるか」

「聞いてみます」

八宝斎への文を書いた後、トーコは砦の外壁に出た。

日が傾いていた。遠くに山が見える。あの山の奥に、巣がある。

シルフィが肩の上で、静かにしていた。

トーコは壁に背を預け、夕空を見た。

——これは、正しいのか。

医師として、この十七年を生きてきた。前世でも、医師として生きた。命を救うことが仕事だ。それだけを考えてきた。

しかし今、自分は爆発の設計をしている。

洞窟の中に粉を撒いて、火をつける。魔物は逃げ場を失う。爆風と熱で、洞窟の中のものは全滅する。

それは、殺すことだ。

命を救うための知識を、命を奪うために使っている。

それでいいのか。

トーコは目を閉じた。

砦の中から、声が聞こえてくる。兵士たちが夕食の準備をしている声だ。笑い声も混じっている。大柄な男の声が、一際大きい。

あの男は、正面から突っ込めば死ぬかもしれない。

他の兵士も。ライナルトも。

放置すれば、巣からまた魔物の大群が来る。デッドエンドが、辺境の村が、また被害を受ける。次は砦では抑えられないかもしれないとライナルトは言った。

より多くが、死ぬことになる。

選択しなければならない。

医師は、命に優先順位をつける。トリアージがそうだ。全員を同時に救えないとき、順番を決める。それと、何が違う。

——違わない。

トーコは目を開けた。

シルフィが「きゅ」と小さく鳴いた。

魔力視に映るのは、静かな翠の光だ。責めてもいない。急かしてもいない。ただ、傍にいる。

——悩んだ。それでいい。悩まなくなったら、おしまいだ。

トーコは壁から離れた。

「行きます」

シルフィの光が、穏やかに揺れた。

翌日、八宝斎から器具が届いた。

粉を詰めて遠くへ投げる袋と、離れた場所から火花を飛ばす小さな魔道具だ。

「点火の距離は十間取れる。粉が舞った瞬間を見計らって使って」

文にそう書いてあった。最後に「気をつけて」と一言添えてあった。

トーコは器具を確認し、ライナルトに手渡した。

「袋を洞窟の奥に投げ込んでください。袋が破れて粉が舞ったら、この魔道具で点火します。点火する人間は、入り口から十間以上離れてください」

「爆発の範囲は」

「洞窟の形状にもよりますが、内部は全域に届くはずです。入り口付近まで爆風が来る可能性があります。入り口の正面には誰も置かないでください」

「逃げ出した魔物は」

「両脇に騎士を配置して仕留める。爆発後、中に残った魔物が逃げ出すはずです。その数は大きく減っているはずですから、対処できます」

ライナルトが図を見ながら、配置を確認した。

「失敗した場合は」

「粉が十分に舞わなければ、爆発の威力が落ちます。その場合は撤退して、仕切り直します」

「わかった」

ライナルトがトーコを見た。

「あなたは後方の高台で待機してくれ。前には出るな」

「わかりました」

「……本当にわかったか」

「わかりました」

ライナルトが少し眉を上げた。それから頷いた。

「行くぞ」

騎士団が洞窟の前に展開した。

トーコは高台に立ち、全体を見渡していた。シルフィが肩の上にいる。

魔力視を開くと、洞窟の入り口付近に魔物の魔力が密集しているのが見えた。濁った、不安定な光が蠢いている。

ライナルトが前方で指揮を取っている。騎士たちが配置につく。静かだ。風が止んでいる。

粉が舞うには、ちょうどいい。

合図が出た。

袋を持った二人の騎士が、素早く洞窟に近づいた。入り口から中へ、力いっぱい投げ込む。もう一つ。また一つ。

撤退する。

間があった。

白い粉が、洞窟の入り口から漏れ出してきた。中で袋が破れて、舞い上がっている。

点火の騎士が魔道具を構えた。

トーコは息を止めた。

火花が飛んだ。

一瞬、何も起きなかった。

それから。

地面が揺れた。

洞窟の入り口から、炎と爆風が噴き出した。土煙が上がる。岩が散る。遠くにいても、空気が押してくるのがわかった。

シルフィが翼を広げ、トーコの周囲に風の結界を張った。土煙がそこで止まる。

轟音が、山に響いた。

それから静寂が来た。

騎士たちが、誰も動かなかった。

やがて、洞窟の入り口から、魔物が飛び出してきた。

しかし数が違った。最初の偵察で見積もった数の、半分にも満たない。爆発で大半は仕留められたのだろう。

騎士団が動いた。

剣が閃く。逃げ出した魔物が、次々と倒れていく。

大柄な男が、咆哮のような声を上げながら剣を振るっていた。

制圧が終わったのは、それから半刻ほど後だった。

洞窟は入り口付近が崩れ、内部への道が塞がれていた。

騎士の一人が腕に裂傷を負った。魔物の爪だ。トーコが高台を下り、即座に処置に入る。縫合して、感染防止の処置を施す。

その間にもう一人、足に噛み傷を負った騎士が運ばれてきた。こちらも処置する。

どちらも、命に別状はない。

ライナルトが近づいてきた。鎧に土埃がついている。

「作戦は成功だ」

「そうですね」

「負傷者は二名か」

「はい。どちらも処置済みです」

ライナルトが、トーコを見た。

「昨日、外壁に一人でいたな」

トーコは手を止めなかった。

「ええ」

「何を考えていた」

「いろいろと」

「……そうか」

ライナルトは何も続けなかった。ただ、静かに傍に立っていた。

トーコは縫合を終え、包帯を巻いた。

「これで、デッドエンドに戻れます」

「ああ」

ライナルトが空を見た。煙がまだ、山の方へ流れていた。

「礼を言う」

「仕事です」

「……あなたにとっては、そうだろうな」

静かな声だった。否定でも、皮肉でもなく。ただ、そういうものだと受け取っている声だった。

トーコは道具を片付けながら、言った。

「正しかったかどうかは、まだわかりません」

「何が」

「今日やったことが」

ライナルトが、少し間を置いた。

「あなたが悩んだことは、無駄ではない」

「……そうでしょうか」

「悩まずに決めた者より、ずっといい」

トーコは道具箱を閉めた。

シルフィが肩の上で「きゅ」と鳴いた。

魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。

——それでいい、と言っている気がした。

遠くで、大柄な男の声がした。

「先生——! やったぞ——!!」

トーコは少し、目を細めた。

「……よかったです」

夕暮れの光が、砦の石畳を橙色に染めていた。