作品タイトル不明
19.期待と不安(2)
月の曜日はライラとランチをする日だ。
猛然と午前の仕事を終え、ランチタイムになると、私はすぐに彼女の席へ行った。
「ライラ、食堂へ行きましょう!」
「え、ええ。いいけど……そんなにお腹がへってるの……?」
本部棟の食堂へ行くと、いつも通り混みあっていた。
私たちは隅の方に二つの席を見つけてそこに座った。
私はハーブ入りソーセージのパスタを、ライラは夏野菜のキッシュをつつきながら、声を潜めて話す。
「ライラは前に、治癒石の数が合わない件で、経理部まで行って調べていたわよね?」
「ええ。五百個発注したから備品倉庫にたくさんあるはずなのに、全然なくて…… 回復職(ヒーラー) たちも困惑していたわ。結局、なぜ治癒石がないのかはよくわからなかったのよね……」
少し言いづらそうにライラが教えてくれる。
レイさんはこう言っていた。
『これはルシアンが秘密裏に調査してる案件の一つなんだが、ここ数年、騎士団内で不自然に帳簿の金額が合わない事案が頻発してる。特に、ヒーラーの関わっている部署でよく起こるらしい』
発注したはずのものがないのなら、誰かが意図的にごまかしている可能性がある。
治癒石は魔石に聖魔法をかけて治癒効果を付与した、とても稀少で高価な品物だ。
治癒の聖魔法を使える人間は非常に少ないため、ヒーラーは自身の魔力と治癒石とを併用して、傷病者の治療をする。
怪しい男性と一緒にいたセリーナ姉様はヒーラーで、救護部隊第三治癒班の班長だ。
「ライラ、その件について、もう少し詳しく教えてほしいんだけど……」
「いいけど、どうして?」
私は声をひそめ、叔父と従姉の横領疑惑について話した。
ライラは呆然とした。
「うそ……経理部長とヒーラーの親子が横領? 騎士団のお金だけじゃなく、アシュリーのお父さんの遺産まで?」
「まだはっきりしたわけじゃないけど……ライラにも調査を手伝ってほしいの」
彼女はキッと眉を吊り上げ、私の肩をつかんだ。
「もちろんよ、私にできることはなんでも協力するわ。あなたへの仕打ちも、騎士団への不正も、絶対に許せないもの」
「……ありがとう、ライラ」
私のために怒ってくれる友達がいることに、心が温かくなった。
調べてほしいことを一通り説明し、いくつかの確認を終えると、ライラはにんまりと笑った。
「ところで、夏至祭のドレスはもう用意した?」
「まだだけど……」
「やっぱりランチの彼と行くことになったんでしょう? ドレスは彼の瞳の色にするの? それともアクセサリーだけ?」
「えっ? な、なんのこと?」
戸惑う私に、ライラが不思議そうに首をかしげる。
「そういう場にはパートナーの色を身に着けて行くのが常識でしょう……まさか、知らなかったの?」
「……初めてなのよ」
私が通っていた貴族学院は辺境の女子校で、男性の影すらなかった。
夏至祭にパートナーと参加するなんて生まれて初めてだ。
それに、夏至祭にパートナーの色を身に着けるなんて聞くと、まるで彼は自分のものだと周囲にアピールしているようで……うわぁ、考えるだけで顔が熱くなる。
赤くなってもじもじする私を、ライラは楽しそうに眺めている。
「それで、彼の瞳の色は何色なの?」
「……知らないわ」
「はあっ!? どういうことよ、知らないって?」
ライラはレイさんに会ったことがない。
私は彼の容貌を説明した。
「ええと……いつもフードを被ってるし、前髪が長くて目元がよく見えなくて……」
「何それ、怪しいんだけど……アシュリー、よくそんな人を夏至祭に誘おうなんて思ったわね?」
「いえ、あの、すごくいい人なのよ? 仕事で忙しいみたいなのに、最後の花火は一緒に見ようって言ってくれて」
「……は? 花火だけ!? どんだけ忙しいのよ、ありえないでしょう! たしかに一般客も大勢来るから忙しいでしょうけど、騎士だって夏至祭を楽しめるように、当番は交代で組むはずよ? あなたもしかして、その人から適当に扱われてるんじゃない?」
「そう、かしら……でも……」
烈火のように怒るライラの勢いに、私は力無く答えた。
「……いいの。きっとレイさんは、私の亡くなった父に私のことを頼まれたから、義理で付き合ってくれるだけなのよ…………」
「アシュリーのお父さん? ここの騎士だったの?」
「ええ。前の騎士団長の、アレン・エルウッド」
「…………えええーーーっっ!?」
驚きの叫びをあげるライラの口を、周囲の注目を浴びながら、私はあわてて塞いだ。
▲▲▲
その頃、本部棟最上階の王族の間。
「緑陰の騎士」レナードの格好をしたレイはぐったりとソファにもたれ、第二王子ルシアンがそのそばに立ってグラスの水を飲んでいる。
つかの間の休息時間だった。
ただでさえ夏至祭の準備で忙しい合間に、二人はバイロン・エルウッドとセリーナ・エルウッドの絡んだ横領事件についても秘密裏に調査している。
どちらも少々疲れ気味だったが、ルシアンはグラスの水を呷ると、スター騎士の格好のままの友人に楽しそうに尋ねた。
「そういえば、おまえ、夏至祭に彼女を……アレンさんの娘を誘ったのか?」
「いや、誘われた」
レイは騎士服の首元を緩めながら、そっけなく答えた。
ルシアンがニヤニヤと笑い、レイの肩に肘を乗せ、顔を近づける。
「へえ、意外と大胆だな……さすが騎士団長の娘。でもおまえ、当日は一日中忙しいだろ? 私が彼女をエスコートしておこうか?」
意外なほどの勢いでレイはルシアンの肘を払いのけ、きつくにらみつけた。
「冗談はやめろ」
思わず、肝が冷えるような声音だった。
ルシアンが目を丸くする。
軽口を叩いただけだったのに、この反応。
室内の近衛騎士たちが表情を硬くし、なりゆきを注視している。
レイは我に返った。
いくら昔からの友人とはいえ、一国の王子に取っていい態度ではない。
「……悪い。頭に血が昇って……」
顔を背け、レイは冷ますように額に自分の手の甲を当てた。
その耳朶が赤く染まっているのを見て、ルシアンはふたたび、楽しそうな笑みを浮かべた。
「いいさ。気にするな」