軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20.ここにいていいんだ(1)

夏至祭が来週に迫り、王都の森に降りそそぐ太陽の光も日に日に強さを増している。

そんな中でも、寮の部屋のプランターで育てているマルトの木は元気そうで頼もしかった。

枝はぐんぐんと背を伸ばし、緑の葉っぱも大きく茂っている。

根元の土に水をあげ、私も元気に仕事へ向かった。

ただでさえ夏至祭直前で準備に追われているのだが、夏は魔物の活動が活発化するシーズンでもあった。

街道に出没する魔物への討伐隊の派遣、王都上空の結界の隙間から入りこんでくる飛行タイプの魔物の対策、魔物から被害を受けた負傷者の対応や救護部隊の派遣要請やアフターケアの件数も急増し、普段は比較的のどかな総務部も大忙しだ。

もちろん騎士たちはもっと忙しいはずで、レイさんとは夏至祭の約束をしてから十日ほど、一度も会えていなかった。

周囲の人たち、とくに華やかなことが大好きなモード先輩たちのあいだでは夏至祭の話題が飛び交い、ドレスやアクセサリーの話で盛り上がっている。

私はひそかにレイさんの瞳の色を知りたいと思っていた。

けれど、そもそも会えないので確認するすべがない。

いや、そもそもただのご飯友達でしかない私との約束のことなど、もうとっくに忘れられているかもしれない。

それなのにあまりに気合いの入ったドレスや、彼の瞳の色のアクセサリーなどを用意したら、びっくりされてレイさんに距離を置かれてしまうかもしれない。

そんなことになったらとても困る。

日ごとに夏至祭が近づいてくるというのに、私はまだドレスも用意できずにいた。

午前中は次から次へと舞い込む業務に追われながらもどうにかミスなく仕事を進め、ライラと二人でぐったりとしながらランチを食べて、それからまた午後の仕事に戻った。

彼(・) がやってきたのは、そんな時間帯だった。

「アシュリー・エルウッドさんに会いたいのですが」

うっすらと聞き覚えのある声が、総務部の居室の入り口に響く。

自分の席で書類仕事をしていた私が、なんだろう、と顔をそちらへ向けると──

入り口に立っていたのは、私の元婚約者、ロバート・キャヴェンディッシュだった。

羽飾り付きの帽子を被った彼は明らかに「貴族」といった華美な服装をしていて、総務部の事務的で飾り気のない風景からはかなり浮いている。

子爵家の次男である彼は、準貴族だった騎士家のわが家よりもずっと裕福できらびやかな生活を送っていた。

彼個人は穏やかで物腰柔らかだったが、考え方は完全に貴族のそれで、高貴で優美なものこそ至上、労働のことなど考えたくもないという人だった。

そんなロバート様が、なぜ騎士団の事務仕事の場に?

しかも、彼は私に婚約破棄を突きつけたというのに……いまさら何の用なの?

応対していた総務部長のスミスさんが「エルウッドくん」と私を呼ぶ。

ライラの心配そうな視線を感じながら、私は立ち上がり、入り口の方へ歩いていった。

「……お久しぶりです、ロバート様」

「アシュリー」

彼は、やや目尻の垂れた青い瞳を、同情するように私に向けた。

「かわいそうに、こんなところで働かされて……ぼくの屋敷へ連れて帰ってあげるからね」

「えっ? どういうことでしょうか? 今、仕事中なのですが……」

かわいそう、という彼の言葉の意味がわからず、問い返す。

ロバート様がにっこりと笑った。

「仕事はもうしなくていいんだ。きみが父上を亡くしたから、騎士団長の後ろ盾を望んでいたぼくの両親は婚約を破棄させた。でもぼくはきみを嫌いになったわけじゃないから、迎えに来たんだよ」

「迎えに……?」

目が点になる。

迎えに来たということは、ふたたび婚約を希望するということだろうか?

でも、彼のご両親がそんなことを希望するとは思えないけれど……。

それに、なぜ今さら?

婚約破棄をされてからもう二か月以上が経っている。

ようやく総務部の仕事に慣れてきたところだし、私は彼とまた婚約したいとはちっとも思っていない。

だって……。

急にレイさんの顔が浮かび、あわててその面影を振り払った。

「あの、とにかく場所を移しましょう」

さっきから総務部の人たちが私とロバート様の会話に聞き耳を立てているのがひしひしと伝わる。

みんな噂好きだから、明日にはこの話は管理棟中の事務職員の知るところとなるだろう。

そう考えるといたたまれなかった。

だがロバート様がガシッと私の手を掴んだ。

「ああ、アシュリー、騎士令嬢だったきみがこんなところで働かされて……セリーナが教えてくれなかったらと思うとゾッとするよ」

「セ、セリーナ姉様が、ロバート様に私がここで働いていることを言ったのですか?」

「そうだ。彼女のおかげできみの窮状に気づくことができた。本当によかったよ。男として、元婚約者のきみを放っておくわけにはいかないからね」

「ええと……」

「大丈夫、心配しなくていいよ。王都に別邸があるんだ。そこへ行こう」

……別邸?

私は目をぱちくりさせた。

それは「正妻はきみとは別に迎えるけど」という意味かしら?

どう考えてもそういうことだろう。

ますますいたたまれなくなりながら彼を見上げた。

「あの、すみません、一度場所を移してからお話を……」

彼の穏やかな目つきが、急に険しくなった。

「話ならもう済んだだろう? ぼくだって忙しいのに、こんなところへ迎えに来てやったんだ。早く荷物をまとめてくれないか」

きっと彼は、私が喜んでついていくと思いこんでいたのだろう。

穏やかさが消え、傲慢そうな苛立った表情が浮かぶ。

もしかしたらこれがロバート様の素で、今までの私は気がつかなかっただけなのかもしれない。

場所を移すことはできなそうなので、仕方がなく、はっきりと告げた。

「……ロバート様、せっかく来ていただいたのですが、私はこの仕事が好きなので辞めるつもりはありません。お引き取り願えますか?」

すると、面子を傷つけられた彼は怒りだした。

「なんだと? 駆け引きでもしているつもりか?」

「違います。私は本当に……」

ロバート様は私の腕を強く引っ張った。

「いいから来い」

「や、やめてください」

華やかな外見からは意外なほど彼の力は強かった。

怖さと情けなさに襲われながら、その手をふりほどこうとする。

こんなことで総務部の人たちに迷惑をかけてしまっていると思うと耐えられなかった。

多くの人が仕事の手を止め、眉をひそめてこちらを見ている。

いつも飄々としている総務部長のスミスさんだけは、そ知らぬ顔で仕事を続けているが、きっとこの騒ぎを苦々しく思っていることだろう。

やっと仕事にも慣れてきて、周囲の人たちからも、仲間として認められてきたと思っていた矢先に……。

うつむいていた私の耳に、毅然とした声が聞こえた。

「アシュリーから手を放してください」