作品タイトル不明
17.一緒に行きませんか?(2)
翌日の遅いランチタイム。
レイさんの姿はなかった。
がっかりしながら一人でカウンターへ行き、今週のスペシャルをオーダーする。
レナード様はああ言ってくださったけれど、急な仕事でも入ったのだろう。仕方がない。
うなだれていると、うしろからバタバタと足音が聞こえてきた。
振りかえると、レイさんが食堂へ駆けこんできた。
「レイさん!」
「アシュリー……久しぶり」
ずっと走って来たのだろうか。
いつも飄々としている彼が、珍しく息を乱している。
前髪もあちこちはねていて、隙間から瞳がわずかに見えた。
会わないあいだに、彼も夏服に衣替えをしていた。
相変わらずオーバーサイズのローブを着てフードを被っているけれど、軽やかな素材のものに変わっている。
その下の騎士服も、よく見えないが、どうやら夏仕様のようだった。
久しぶりだからか、服が違うからか……なんだかドキドキしてしまう。
いけない。ただの同期のご飯友達なのだ。頬が赤くなっていたらおかしい。
私はぱっと顔を背け、なんでもないように言った。
「レイさんは何にしますか? 私は今週のスペシャルにします」
「俺も」
せっかく普通にしゃべれたのに、レイさんが私の真横に立つものだから、また心臓がうるさく跳ねはじめた。
料理の載ったトレーを持ち、並んで席に着く。
今週のスペシャルはとても美味しかった。
冷製ハム各種と野菜のマリネ、滋味あふれるもちもちのブラウンパン。それからサービスドリンクの柑橘のシードル。
夏らしい涼しげなメニューで、新鮮な野菜はどれも甘みがあってシャキシャキとしている。シードルも美味しくて、爽やかな香りと刺激がスッと喉を通っていく。
いつもよりもずっと美味しく感じられたのは、レイさんと一緒だからかもしれない。
食べながら、レイさんは私に質問をした。
「あんたの実家に顧問弁護士はいる?」
「え? ……はい、います。祖父の代から、マグワイアさんという王都の弁護士の方にお願いしてます」
「その人に確認した? アレンさんの遺言の内容」
「いいえ」
私は視線をトレーに落とした。
父が私に金貨十枚しか遺さなかったという事実を、改めて顧問弁護士に確認なんてするはずがない。
今さらそんなことを聞いても現実は変わらないし、つらいだけだ。
「……なぜそんなことを聞くのですか?」
「なぜって……明らかにおかしいからだろ。あんた、本当に自分の父親が、娘じゃなく弟に遺産をごっそり渡したと思ってるのか?」
「……だって私は、父に見放されていたから……」
「見放してなんかいない。あんたは毎日、騎士団で真面目に働いてるだろ?」
「…………」
見放してなんかいないという点には疑問が残るが、私が騎士団で真面目に働いているという点だけは、胸を張って同意できる。
私はこくりと頷いた。
レイさんの声がやわらかくなる。
「なら、アレンさんのためにもちゃんと調べようぜ。あんたの叔父──経理部のバイロン・エルウッドが、遺産を横領してる可能性があるんだ。そんなの、アレンさんの本意じゃないだろ?」
「……叔父様が……?」
私は目を見開いた。
『アシュリーか。今さら帰ってきてももう遅い。兄上の葬儀も埋葬も済んでいるし、この屋敷は私たち家族のものだ。お前の部屋はない』
貴族学院から王都の屋敷に戻ってきた私に叔父はそう言い、冷たく追い返した。
父親を亡くしたばかりの姪に向かってあまりにもひどい言い方だとは思っていたが、私は自分ができそこないの娘だからそんな仕打ちも仕方がないのだろうと、心のどこかで折り合いをつけていた。
けれど、もしも叔父がなんらかの不正をして、父様の遺産を私から奪っていたのだとしたら──
叔父は邪魔な私を一刻も早くあの屋敷から追い出したかったのだと説明がつく。
父様は、昔からずっと無口だったが、正義感にあふれた実直な人だった。
たしかに冷静に考えてみれば、いくら私が不出来とはいえ、父様が娘の、しかも当時はまだ貴族学院に通っていて稼ぐ方法もない私に金貨十枚しか遺さないはずがないようにも思う。
それに父様は、弟である叔父とは、そこまで仲が良くなかったはずだ。
考えれば考えるほど叔父が怪しく思えてきた。
レイさんは、ポケットから出したメモに書き込みをしながら言った。
「もし横領だとしたら、そのマグワイアって顧問弁護士もグルか、脅迫されたか、あるいは闇魔法で操られてるって可能性がある。俺が調べた限りじゃバイロン・エルウッドの周囲には怪しいやつはいないようだったけど……アシュリー、何か心当たりは?」
ちらりとそのメモを見ると、文字がびっしりと書き込まれていた。
夏至祭で忙しいのに、レイさんは私のためにこんなに調べてくれていたのかと驚く。
そういえば街へ出かけた帰り、彼は私が父の遺産を受けとっていないことに憤り、ずっと何かを考え込んでいる様子だった。
思いやりにあふれた行動に、じんと胸が熱くなった。
自分を卑下している場合じゃない。
私は必死に叔父のことを思い出そうとした。
「叔父様とは、私が貴族学院から王都の屋敷に戻ったときに一度会ったきりなのですが、そのときは特に不審な点はなかったような気がします。叔父様の娘で、私の従姉のセリーナ姉様には騎士団でよく会うのですが……」
同じ管理棟に勤めているはずなのに、叔父が部長という重役であるためか、騎士団内で会ったことはない。
逆に、なぜか 回復職(ヒーラー) のセリーナ姉様と顔を合わせる機会は多かった。
会うたびに嫌な顔をされるので、こちらとしてもなるべく会いたくはないのだけど。
ふと、最近、本部棟と図書棟でセリーナ姉様を見かけたときのことを思い出した。
二回とも彼女は同じ男性と一緒にいた。
少佐クラスであることを示す肩章のショルダーノッチと、二年前に廃止された袖章を着けた、赤髪の男性。
金色の三本線に赤色を加えた袖章は、以前、騎士団の工務部隊が採用していたものだ。
そして工務部隊は、叔父が昔在籍していたが、任務中に大怪我を負って現場を退いたところ。
黙りこむと、レイさんが問うようなまなざしを向ける。
私は顔を上げた。
「あの……関係ないかもしれないのですが……」
「どんな情報でもいいし、外部には漏らさない」
私は思い切って、セリーナ姉様と一緒にいた男性のことを話した。
「古い袖章の男か……かなり怪しいな。赤髪には古代魔導士の血を引く者が多いから、もしかしたら禁呪を使う闇魔法使いかもしれない」
「で、でも、セリーナ姉様たちがいたのは騎士団の中ですし、父様の遺産との繋がりはないかと……」
レイさんは微妙な沈黙のあと、私に言った。
「これはルシアンが秘密裏に調査してる案件の一つなんだが、ここ数年、騎士団内で不自然に帳簿の金額が合わない事案が頻発している。特に、ヒーラーの関わっている部署でよく起こるらしい」
「へっ……それって…………叔父様とセリーナ姉様が横領に関わっているということですか?」
「もしかすると、もしかするかもな」
それから私たちは黙々とランチを食べたが、頭の中はぐるぐると忙しく動いていた。
ランチを食べ終わると、私たちは連れ立って食堂を出た。
ここの廊下にも、総務部が作った夏至祭のポスターがずらりと貼ってある。
笑顔のレナード様のポスターの前を通ると、ライラの言葉がよみがえった。
『じゃあ自分から誘ってみたら?』
顔がぶわっと熱くなる。
今日はレイさんに会えてうれしかったけれど、夏至祭が近くて騎士である彼が忙しい状況は何も変わらないし、その合間に私の家の遺産のことまで調べてくれているようなのだ。それにおそらく叔父様たちの件についても。
次はいつ会えるかわからない。
だから、もし彼を夏至祭に誘うなら、今しかない。
私はありったけの勇気をかき集めて。
前を行くレイさんのローブの袖を、くいっとつまんだ。
「……あ、あの……レイさん」
「ん?」
レイさんが立ち止まり、振りかえる。
まともに顔が見れない。
私はお腹の底から絞りだすように言った。
「……その……もし、他に何もご予定がなければ、ですけど………………夏至祭に、一緒に行きませんか?」
「……………………」
レイさんは黙りこんでしまった。
うわあ…………恥ずかしい。今すぐ自分の言葉を取り消したい。というか私が消えたい。
もしかしたらもう誰かお相手がいるのかもしれない。
彼はやっぱり私の父様に言われたからランチに付き合ってくれているだけで、遺産のことも義侠心から調べてくれているだけで、なんのとりえもない私がそれ以上を望むなんて分不相応のことだったのだ。
じわ、と涙がこぼれそうになる。
目に力を入れてこらえ、笑顔を作った。
「あはは、忙しいですよね。すみませ……」
「行く」
「え?」
「仕事があって日中は無理だけど、夜だけなら……最後の花火なら見れる。一緒に見よう」
「あっ、いえ、でも、そんなに忙しいなら、無理しなくても……」
レイさんはまっすぐに私と向き合った。
「絶対に行く。だから……夜は空けておいて」
──どうして、懇願するように言うの?
心臓がうるさく鼓動を刻む。
全身の血がまるで沸騰しているように熱い。
私はかすれそうな声で、返事をした。
「はい」