軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.一緒に行きませんか?(1)

夏至祭が近づいてきた。

銀雨の月の下旬に開かれる夏至祭は、一年で一番太陽の力が強くなる日を祝うお祭りだ。

ルゼリア王国中で祝祭が開かれるし、もちろん騎士団本部でも大々的にお祝いする。

そのため、私たち事務方の人間も通常業務に加えて夏至祭の準備で忙しかったし、当日は一般公開されて王都や他の都市からも多数のお客さんがやってくるので、トーナメントや式典に参加する騎士様たちも多忙を極めていた。

レイさんも、きっと忙しくしているのだろう。

先日の街へのお出かけ以来、私はもう二週間、彼に会えていなかった。

彼が街の武器屋で買っていたオイルを本部棟の売店でも取り扱ってもらうため、私は総務部長のスミスさんの許可を取り、いつも店番をしているおばあさんに交渉した。

全部レイさんからの受け売りなのだけど、武具に使うオイルの重要性を力説したら、おばあさんはニコニコしながら「あら、それじゃあ前向きに検討しましょうね」と言ってくれた。

「……レイさんは、父様に言われたから私に付き合ってくれてるだけなのよね……」

総務部で作成した夏至祭のポスターをペタペタと廊下の壁に貼りながら、私は誰にともなく呟いた。

ポスターには騎士団本部が誇る「緑陰の騎士」レナード様の美しすぎる姿絵が大きく描かれている。

当日のタイムテーブルも記載されており、看板騎士のレナード様は朝から夜まで大忙しで、休む暇もなさそうだ。

午前十時に夏至祭の開始の儀式が挙行されると、騎士団本部内の各所で様々なイベントが催される。

その中でもトーナメントはメインイベントで、レナード様も出場する。

去年、初めて「緑陰の騎士」レナード様がトーナメントに登場し、流麗で息が止まるような剣技を披露したときのことは忘れられない。

あのたった数分で、彼は観客の心を虜にしてしまったのだ。

今年はさらに有名になった彼を一目見ようと、去年よりももっと多くの観客が押し寄せると予想されている。

限定グッズも多数販売される予定で、現実的な話、騎士団の収益もかなりの額に上るだろう。

もちろん私もレナード様の晴れ舞台はとても楽しみだ。

……けれど、ここ最近の悩みに沈む心は、大好きなレナード様が描かれたポスターを見ても浮き立たなかった。

「アシュリー、まだポスター貼ってるの? あたしも手伝うわ」

「ライラ」

私がもたもたと貼っていたせいか、通りかかった同期のライラ・シンクレアが声をかけてくれた。

彼女は残りのポスターを半分受け取り、てきぱきと廊下の壁に貼っていく。

私もあわてて反対側の廊下にポスターを貼っていった。

あっという間に、管理棟の廊下はレナード様一色になった。壮観だ。

「ふう。一気に夏至祭ムードになったわね。」

「ありがとう、ライラ。本当ね」

先日は制服も衣替えをして、騎士団も夏の空気に様変わりした。

事務員も紺のローブを着用する必要がなくなり、ベージュのベストにスカートかトラウザーズ、そして薄手のブラウスという夏服になり、軽やかだ。

夏至祭も近いので「誰と行く?」といった会話もそこここで交わされ、なんだか騎士団全体に浮かれた雰囲気が漂っているような気がする。

ライラも小さな声で私に耳打ちした。

「このあいだ経理部のハリーさんに、一緒に行こうって誘われたの」

「経理部の人に? いつの間に仲良くなったの?」

私はびっくりして尋ねた。

経理部と総務部は管理棟の二階という立地は同じだけれど、そこまで接点はないはずだ。

彼女はフフッと笑った。

「この間、治癒石の計算が合わないってあなたに愚痴ってたでしょう? それで確認のために何度か経理部に行ったら、いつの間にか仲良くなって」

「そうだったのね……」

たしかに最近、ライラがそう言って怒っている場面を見たことがある。

でも猛然と経理部に乗りこんだ結果、夏至祭の相手を見つけてくるなんて……ライラはすごいわ。

尊敬の目で見ていたら、冷やかすように言われた。

「アシュリーは夏至祭、彼と行くんでしょう? いつもランチを一緒に食べてる人」

「っ! ……そ、そんな約束してないわ」

急にレイさんの顔や、街から帰るときにずっとつないでいた手の感触が思い出されて、どぎまぎしてしまう。

だけど、勘違いしてはいけない。

彼は父様に言われて、私の面倒を見てくれているだけなのだから──

ライラは首をこてんと横に倒した。

「そうなの? じゃあ自分から誘ってみたら?」

「っっ!? わ、私はレナード様を遠くから見られればそれで十分よ! ……そろそろ戻りましょう?」

熱くなった頬を隠すように、私は総務部へと踵を返した。

レイさんと街へ行ってからずっと、彼の言葉が頭から離れなかった。

『俺と同じ年の娘がいるから、もしも娘が貴族学院を卒業して騎士団に入ったらよろしく頼むって、頭を下げられた』

アレン・エルウッド、前騎士団長、私の亡き父親。

その父が、去年、まだ士官学校に通っていたレイさんに私のことを頼んだのだという。

出来が悪くて父に見放されていたと自嘲する私に、レイさんは、父が本当は私のことを思いやっていたのだと伝えたかったのだろう。

けれど、その話を聞いた私は、結局自分が父にもレイさんにも迷惑をかけてしまっているようにしか思えなかった。

父は私に、財産も、屋敷も、遺してはくれなかった。

それを受け継いだのは叔父だ。

私は父の遺産を受け継ぐに値しない、できそこないの娘だから。

だから、何もできない娘が他の人の足を引っ張ることを危惧した父は、私と同い年で優秀な士官候補生だったレイさんに、私のことを頼んだのだろう。

情けなくて仕方がない。

こんな私が夏至祭にレイさんを誘うなど、できるわけがない。

優しくて責任感が強い彼は、もし私が頼めば、無理をして頷いてしまうかもしれない。

いくら私が前騎士団長の娘だからといって、そこまで迷惑をかけるだなんて、絶対に嫌だった。

△△△

夏至祭が終わるまではレイさんはランチに来ないだろうな、と諦めていたのに。

木の曜日の、いつもレイさんと食べている遅めのランチの時間に、なぜか「緑陰の騎士」レナード様がやって来た。

「アシュ……エルウッドさん、隣、いいかな?」

「へっ!? あの、は、はいっ……??」

昼間から私は夢でも見ているのだろうか。

なぜ憧れの騎士様が、一度クリーン作戦で仕事をご一緒しただけの私の隣に座ってランチを食べようとしているの?

レナード様は今日も素晴らしく美形で、夏服姿は飛びぬけて爽やかだ。

食堂にまばらにいる女性客も、全員目が釘付けにされたように彼を見ている。

だけど彼はどことなく疲れているようだった。

やはり、夏至祭の準備でものすごく忙しいのだろう。

今年の夏至祭は、レナード様が主役のお祭りと言っても過言ではないのだから。

私は緊張で息が止まりそうになりながら、なんとか話しかけた。

「ご、午前中のお仕事が、長引いたのですか?」

「そう。急いだんだけど、着替える時間がなくて」

「着替え?」

「あ、いや……ちょっと服が汚れてるんだ」

「そうなんですね」

レナード様の騎士服は、他の騎士たちとは違う彼だけの特別仕様になっている。

一見、まっさらでピカピカの騎士服に見えるのだけど……おそらくどこか目立たない場所が汚れているのだろう。

清潔感に溢れたスター騎士の彼は、身だしなみにも人一倍気を遣っているようだ。

さすがレナード様。

彼のランチは、焼きたての森のキノコとベーコンのピザだった。

上品に、だが豪快にピザにかぶりつく様にほれぼれする。

けれど、憧れの騎士様を前にしても、頭から離れないことがあった。

私は躊躇いながらも尋ねた。

「…………あの…………レナード様は、レイさんという騎士をご存知ですか?」

「えっ? あ、ああ……知ってるよ」

レナード様はなぜか少し動揺しながら答えた。

思わず身を乗り出す。

「本当ですか!? 最近お見かけしないのですが、お元気でしょうか?」

「……仕事が忙しいみたいだけど、元気だよ」

「よかったです……!」

安心して、顔がゆるんだ。

二週間も会えなかったので、もしかしたら病気にでもなっているのではと少し心配していたのだ。

そんな私を、レナード様が美しい双眸でじっと見つめている。

急に恥ずかしくなり、私は早口でしゃべった。

「あの、今週のスペシャル、すごく美味しそうなのに明日で終わりなんです。レイさんもきっと好きだと思うんですけど、食堂にも来られないくらい忙しいんですよね。残念です」

「明日必ず行く」

突然レナード様が断言した。

「……えっ?」

「いや、その……レイが、きっと明日は食堂に行くだろうなと思って」

「ほ、本当ですか? レイさんが?」

「ああ。間違いない」

レナード様とレイさんはとても仲が良いのだろうか。

ランチの予定も把握しているほど?

ちょっと不思議だったが、レイさんと同僚のレナード様がはっきりとそう言ってくださったから、明日が楽しみになった。