軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.街へおでかけ(2)

「レイ、今日はデートか? かわいい彼女じゃないか」

武器屋のおじさんの言葉に、私の心臓がどっきんと跳ねあがった。

「そっ、そそそ、そんな……!」

彼女だなんてとんでもない誤解だ。

でもきっとレイさんはすぐ否定するだろう、と思ったのに。

「まあね」

「!?」

彼はそのまま武器屋を出た。

きっと武器屋のおじさんとは、いつも冗談を言い合う仲なのだろう。

ささいな軽口にどぎまぎしてしまって恥ずかしいが、あまり心臓に悪い冗談を言わないでほしい。

店を出ると、レイさんは当然のように私に言った。

「じゃあ、次は本屋だな」

「……はい!」

馬車の中で私が「本を買いたい」と言ったのを憶えていてくれたようで、本屋にも付き合ってくれるようだ。

ここでお別れかと思ったのに、まだ一緒にいられるようでうれしくなる。

レイさんの案内で大型書店へ行くと、魔物の本がいくつも置いてあった。

吟味した結果、私は二冊の本を買うことにした。入門書と、少々高価な図鑑だ。

会計を済ませると、私は嫌な顔一つせず待っていてくれたレイさんのもとへ急いだ。

「ありがとうございます、レイさん。おかげでいい本が買えました」

「よかった。ところで腹へってない?」

「……へってます」

もうお昼時だったので、次はランチをすることになった。

休日なのにこんなに一緒にいられるなんて、いいのかしら?

なんだかまるで本当にデートのようで、一人でドキドキしてしまった。

レイさんに連れられて、騎士団本部にある食堂の料理長のお姉さんが営んでいるというパブの前へ来た。

「へえ、あの料理長のお姉さんがやっているんですね。それは絶対に美味しいですね」

「だろう? ……あ、」

パブの隣には小綺麗なカフェがあり、女性客やカップルで賑わっていた。

それを見た彼は、しまった、という顔をした。

「……ごめん、俺、気が利かなくて……お洒落なカフェとかの方がよかった?」

私は一瞬ぽかんとしてから、にっこり笑った。

「いいえ、全然。このパブがいいです」

「そっか」

レイさんはほっとしたように言い、パブの扉を開けた。

店内はまさに街の大衆居酒屋といった趣で、お客さんがわいわいとテーブルを囲み、昼食をとっていた。

ほとんどが男性客なので、やはり女性は隣のカフェのようなお洒落なお店に行くのかもしれない。

けれど、こぢんまりとした席に向かい合って座り、周囲の喧騒に負けないようにレイさんと額をくっつけ合うようにしてしゃべったり、騎士団の食堂の味とちょっと似ているけれどより庶民的な味わいのランチプレートを一緒に食べるのは、とても楽しかった。

私が頼んだのは白身魚とキノコのパイ包みだ。

騎士家という準貴族の家に生まれ育った私がこういった家庭料理を食べるのは初めてだった。

パイの中には、濃厚なクリームソースがとろりと絡んだほくほくの白身魚と小ぶりのきのこがたっぷり入っていた。

さっくりと焼かれたパイ生地と一緒に食べると香ばしさと甘みが口の中に広がって、最高の組み合わせだ。

レイさんが頼んだのは鳥のマルト煮込みだ。

こちらも家庭料理らしく、真っ赤なマルトの彩りと豪快な盛りつけが食欲をそそる。

「食べる?」

物欲しそうな顔をしてしまっていたのかもしれない。

ちょっと恥ずかしいが、せっかくなのでもらうことにした。

「ありがとうございます。レイさんも一口どうぞ」

互いに相手の皿から一口ずつもらって食べる。

鳥の煮込みもとても美味しかった。

マルトの酸味がソースの甘みと互いに引きたて合い、素材を味わい深く包みこんでいる。

でも、なんだか本当に恋人同士みたいで、スパイスが利いてるわけでもないのに顔が熱くなった。

食べ終わると、割り勘してパブを出た。

ご飯も食べたし、いよいよこれでもうレイさんと一緒にいる理由はなくなってしまった。

でもまだ名残惜しくて、私は目の前にあった公園をとっさに指さした。

「少し、散歩をしませんか?」

レイさんはすぐに答えた。

「もちろん」

今は叔父のものとなった王都の屋敷に住んでいた頃、私は乳母に連れられて、この公園によく来ていた。

ここはその頃と何も変わっていない。

違うのは、今日はレイさんと一緒にいるということだ。

私たちは小高い丘の上まで行くと、大きな木の下のベンチに座り、公園の小径を行き交う人々を眺めた。

空は穏やかな水色で、木の枝では小鳥が囀り、のんびりと歩く人たちは幸せそうだ。

「昔から、ここに座って、公園を歩いている人たちを見るのが好きだったんです」

そう言うと、なぜかレイさんは面白そうに笑った。

「やっぱりアレンさんと親子だな。アレンさんも、騎士たちをただ眺めてるのが好きだった」

彼の言葉は、思いがけず私の心に深く突き刺さった。

父様がそんなことをしている場面を私は見たことがないけれど、そうする理由は想像がついたからだ。

バッグの中の魔物の本が、膝の上でずしりと重く感じる。

私は地面を見つめて呟いた。

「……きっと楽しかったと思います。優秀な騎士様たちを眺めるのは」

「アシュリー?」

レイさんが首を傾げる。

胸の中に黒いもやが渦巻いている。

彼にこんなことを言うべきではないのはわかっている。

それでも口から出るのを止められなかった。

私の知らない父様を知っているレイさんが、優秀な騎士だから父様の近くにいることを許されたレイさんが、少しだけ妬ましかった。

騎士になれず、なんのとりえもなかった私は、父様の近くにいることさえ許されなかったのに。

彼の顔を見ずに言った。

「父は騎士であることに誇りを持っていました。でも私は出来が悪くて騎士にはなれなかったから、父は私を遠くの貴族学院へ入れて……清々していたと思います」

「そうじゃない」

強い口調でレイさんが言った。

「アレンさんはあんたのことをずっと心配してた。俺、アレンさんからあんたの話を何度も聞いたよ。俺と同じ年の娘がいるから、もしも娘が貴族学院を卒業して騎士団に入ったらよろしく頼むって、頭を下げられた。ただの士官候補生だった俺に、騎士団長が」

「…………え?」

すぐには信じられなかった。

「そ……そんなはずは……だって、父は私を見限っていて…………なにしろ娘の私に、金貨十枚しか遺さなかったんですよ?」

笑い話のように軽く言ったつもりだったのに、あまりに自分がみじめすぎて、声が震えてしまった。

泣きそうになり、歯を食いしばる。

レイさんの声が険しくなった。

「は? そんなわけないだろ。あの人が娘にそれだけしか遺さないはずが…………」

彼は言葉を切り、考えこむように口元に手を当てた。

「……アシュリー、アレンさんの遺産と屋敷は、あんたが受け取ったんだよな?」

「あ……いいえ。父が遺言で、すべて叔父様に遺したと……」

「はあっ!? どういうことだよ!!」

叫びながら勢いよく立ち上がる。

通行人が何事かとこちらを見た。

「あの……ええと……すみません……」

しょんぼりとする私に、レイさんはあわてたように言った。

「いや、ごめん。あんたに怒ってるわけじゃ…………とにかく、騎士団に戻ろう」

「騎士団に? もう買い物はいいのですか?」

彼の顔を見上げたが、何かを考えこんでいる様子で、私の声も届いていないようだ。

私はその手を取って立ち上がった。

すると彼は、手をつないで考えごとをしたまま、歩きだした。

「………………」

傍から見たら完全に恋人同士だろう。

私の顔はさぞ赤くなっていただろうが、きっと前を行くレイさんは気づいていない。

それから馬車乗り場まで歩くあいだも、馬車に乗っているあいだも、真剣に何かを考えている様子のレイさんは一言もしゃべらなかった。

そして、ずっと手はつないだままだった。