作品タイトル不明
14.街へおでかけ(1)
今日は休日だ。
私は出窓のカーテンを開け、じょうろでプランターのマルトの木に水をあげた。
気持ちよさそうに水を浴びる葉っぱを見ていると、私ももっと成長したいという気持ちがむくむくと湧いてくる。
「とりあえず、もっと勉強しないとね」
出世するにはまず、半期ごとにある筆記試験をパスしないといけない。
貴族学院でももちろん勉強はしていたが、騎士団事務、その中でも総務部員の試験となるとまた全然方向性が違い、魔物全般、騎士活動全般に関する知識を問われる。
総務は騎士団のジェネラリストとして、騎士団が関わる物事について広く知っておかなければいけないのだ。
私は騎士については詳しいつもりだけれど、入団試験も受けず、父の親友だった騎士団長のバーナードさんを頼って入ってしまったし、魔物についての知識は心配だった。
まずは一冊、魔物に関する本をじっくりと読むべきだろう。
「……お金はあまり使いたくないけれど……」
考えたくなかったが、手持ちのお金は父様が遺してくれた金貨だけ。
最初は十枚あったが、騎士団での新生活をはじめるにあたっての最低限の必需品、それからマルトの栽培セットを買うために、一枚は使ってしまった。
騎士団から支給される毎月のお給金はあまり高くない。
父様も死んでしまい、天涯孤独の身の上である。
人生何があるかわからないし、なるべくお金は貯めておきたい。
「図書棟へ行ったら、参考書があるかもしれないわね」
もしもなかったら、市街へ出て書店で探そう。
そう決めると、制服ではなくシンプルなデイドレスを着て、髪も三つ編みではなくハーフアップのお出かけ仕様にして、寮を出た。
「やっぱりないわ……」
書架を探しても、司書に尋ねても、魔物に関する一般的な本はやはりなかった。
個々の魔物の生態に関する詳しい学術書や、魔物の起源に迫るような本はあるのだが、専門性が高すぎて初心者の私には難しすぎる。
あきらめて、市街へ行き買うことにした。
図書室を出ようとしたら、ふと、奥の文書保管庫に誰かがいることに気づいた。
「セリーナ姉様……」
先日、本部棟で見かけた赤髪の男性が、今日も一緒にいる。
親しい方なのだろうか?
なんとなく気になって目で追っていると、セリーナ姉様が振りむいた。
目が合ってしまった。
「なっ……アシュリー!」
なぜか彼女はひどくうろたえた。
そばにいる男性がこちらを見る。
だが、セリーナ姉様が私の視界から彼を隠すようにして立ち、叫んだ。
「こんなところで何をしているのよ!」
「本を探していたのですが……」
図書室なのだから普通は本を探しにくるだろう。
でも彼女は私がここにいることが気に食わないようだった。
「本なんて持ってないじゃない」
「見つからなかったので……あの、私はもう帰りますので、どうぞごゆっくり」
気を遣ったつもりだったが、私の言葉はセリーナ姉様をさらに怒らせてしまったようだ。
「ちょっと、変な誤解しないでよね! 私だって資料を探しにきただけなんだから」
「あ、はい……それでは」
私はそそくさと図書室をあとにした。
別に噂を広めたりするつもりなどないのに、あのあせりようはなんなのだろう。
それに、あの赤髪の男性。今日も古い袖章のついた上着を着ていた。
トラブル防止のため、古い制服は勤務中は着用禁止のはずなのだけど……事情があって新しい上着が使えなくなり、一時的に古いものを着ているとか?
ぼんやり考えながら建物を出ると、外はよく晴れていた。
梢から差す明るい日差しを浴びると、街へお出かけするのが楽しみになり、セリーナ姉様たちのことは忘れてしまった。
△△△
王都側の二重門の手前にある馬車ロータリーは、馬車と人で混みあっていた。
客車は色分けされているが、行き先の表記はない。御者もまだいないから、行き先を聞くことはできない。
どれが王都の市街地行きの馬車かしら?
一番並んでいる人の多い列に馬車が到着し、待っていた乗客がぞろぞろと客車に乗りこんでいく。
「すみません、あの……」
あわてて馬車の行き先を尋ねようとしたが、みんな急いでいて取り合ってくれない。
人が多いから、きっとこの馬車が王都の市街地へ行くのだろう。
そう当たりをつけ、自分も乗りこもうとしたら、背後から聞き慣れた声がした。
「アシュリー」
振りむくと、レイさんが驚いたようにこちらを見ていた。
彼も今日は私服……のようだが、いつものローブを着てフードを被っているので、下の服の違いがあまりよくわからない。
「どこへ行くつもりだ?」
「街へ買い物に行こうと思って……」
「その馬車はグランデル公爵領行きだぞ」
「えっ!?」
私は急いでその馬車から離れた。
グランデル公爵領はここから馬車で半日かかる。
あやうく小旅行に出発してしまうところだった。
「ありがとうございます。乗客が多いからてっきり街へ行く馬車かと……」
「乗客はたぶん出張の人たちだろう。夏至祭のノベルティを公爵領から一括で仕入れるらしいから、接待ついでに品物を引き取りにでも行くんじゃないか」
「そうだったんですね……」
そういえば狩猟服の人が多かった。
公爵と狩猟という接待に興じながら、仕事の話を進めるのかもしれない。
私は肩を落とし、ズーン、と落ちこんだ。
馬車の乗り方すらわからない自分に、本当に出世なんてできるのかしら……。
レイさんが私の腕を引いた。
「ほら、こっちが市街地行きの馬車」
「す、すみません」
忸怩たる思いで頭を下げると、彼はなんでもないように言った。
「騎士家の令嬢だったんだから、最初はわからなくて当然だろ。すぐ慣れる」
そっけない言い方だったけれど、温かい言葉にふわりと心が軽くなった。
「俺も市街に行こうと思ってたんだ。途中まで一緒に行くよ」
「いいんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
頬がゆるんだ。
レイさんは本当に優しい。
休日も顔を見られるなんて、その上、一緒にお出かけできるなんて思ってもみなかった。
二頭立ての馬車に乗りこみ、隣に座る。
いつもランチを隣で食べているけれど、今日は休日だ。
なんだかいつもと違って、そわそわと落ち着かない。
御者が席に着いて馬を操り、馬車が動きだした。
「レイさんは市街で何をするんですか?」
「俺は武具を磨くオイルを買いに。本部棟の売店でも売ってるけど、馴染みの武器屋の方が質がいいから」
「同じオイルでも質が違うんですね」
武具のオイルのことなんて考えたこともなかったから、新鮮な驚きだった。
私も売店で欲しい本が売ってなかったから街へ行くことにしたけれど、レイさんも同じような状況だったのね。
──ふと、売店でそのオイルが売っていたらみんな喜ぶかしら、と思いついた。
「あの、その武器屋、私も一緒に行ってもいいですか? 本部棟の売店で取り扱えないか、週明けに聞いてみようかと思って。質がいいものなら、他の騎士様たちも使いたいかもしれないですし」
「別にいいけど。休日なのに熱心だな」
「……実は、ちょっとした目標ができたんです」
「へえ、何?」
「出世です」
言ってから恥ずかしくなる。
でもレイさんは馬鹿にしたりせず、ほほえんでくれた。
「いいね。出世したら何かおごるよ」
「楽しみにしてます!」
心から楽しみだった。
森の道を揺られること半刻。
馬車が市街地に着いた。
私はレイさんのあとをついて、繁華街にある武器屋へ入った。
レイさんが顔馴染みらしい店員のおじさんにオイルの小瓶を三つ頼み、支払いをする。
おじさんが私をちらりと見て言った。
「レイ、今日はデートか? かわいい彼女じゃないか」
私の心臓がどっきんと跳ねあがった。