作品タイトル不明
11.星と王子様
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五階建ての本部棟の最上階には、王族の間というものが存在する。
見晴らしも調度品も最高で、常に四名の近衛騎士が控え、食堂の料理長が直々に作った極上のスイーツが出される特別室だ。
その部屋に、「緑陰の騎士」レナードが入ってきた。
侵入者に近衛騎士たちがさっと視線を向けるが、すぐに警戒を解き、直立不動の姿勢に戻る。
よくここへ呼び出されているレナードは、とっくに顔パスだった。
「公開訓練が終わったのか」
先ほどからこの部屋にいた人物が、 天鵞絨(ビロード) 張りのソファでくつろぎ真っ黒な 苦豆茶(カファ) を飲みながら、親しげに声をかける。
レナードは向かいのソファにどさっと腰を下ろし、真ん中で綺麗に分けた前髪を自分でぐしゃぐしゃとくずして本来の「レイ」に戻った。
それから皮肉めいた調子で友人に答えた。
「ああ、今日も盛況だった。お前のアイデアは大成功だよ」
「当然だ。私は優秀だからな」
銀髪をさらりとかき上げ、皮肉などものともせずに銀色の瞳を得意げにきらめかせたのは、このルゼリア王国の第二王子だった。
ルシアン・デル・ララヴィア、十九歳。
「ルゼリア王国第二王子」に加え、「騎士団本部参謀アドバイザー」という肩書も持っている。
小柄で細身、そして並の美女以上に美しい王子なのだが、頭脳明晰であり、まだ学生だった去年の時分から、主に騎士団の運営面において騎士団長をはじめとする幹部に様々な助言を与えるという仕事に就いていた。
第二王子のルシアンと侯爵家の次男のレイは、王都の貴族学院の同級生で、昔から仲の良い友人だった。
貴族学院の中等部を出たあと、そのまま高等部に進学したルシアンと、騎士になるために士官学校へ進学したレイとは一度離れたのだが、こうしてまた騎士団で再会を果たし、旧交を温めている。
レイにとっては、旧友から無理難題をふっかけられ続けている、というありがたくない状況ではあったが。
長い前髪の下から、レイは友人を恨めしげに見やった。
「なあ……俺はいつまで『レナード』を続ければいいんだ?」
発端はルシアンによる騎士団本部の財政見直しだった。
王国の歴史は、すなわち魔物との戦いの歴史だ。
凶悪な魔物は古来より人々を襲い、苦しめてきた。
建国以来、力を合わせて魔物たちから民を守ってきた騎士団は、ルゼリア王国にとって必要不可欠な存在だ。
だがここ数年、騎士団の財政状況が悪化してきている。
物価や人件費の上昇のためか、比較的平和な時代となり危機意識が薄れて寄付金が減ったためか、はたまた──
原因の調査と並行して、参謀アドバイザーのルシアンは、糊口をしのぐための一計を案じた。
平和な時代なら平和な時代らしく、平和的に寄付金を集めればいいじゃないか、と。
そして昨年、ルシアンによって「緑陰の騎士」レナードがプロデュースされたのだ。
剣技は抜群で顔もいいレナードは、王都の森の騎士団を代表する看板騎士として、たちまち大人気を博した。
裕福な貴族のご婦人やご令嬢たちからの寄付金も跳ね上がり、一般向けのグッズや握手会のチケットの売れ行きも絶好調で、騎士団の財政を順調に潤している。
だが、目論見が当たってほくそ笑むルシアンとは裏腹に、レイは「レナード」として活動することに後ろ向きだった。
恵まれた容姿を持っているにもかかわらず、レイは貴族学院の中等部の頃から前髪とフードで顔を隠し、できるだけ目立たないように生きてきた。
だが同時に、侯爵家の次男で幼い頃から騎士を目指してきたレイは、騎士団のために頼むとルシアンから頭を下げられれば頷くしかなかった。
ルシアンの厳しい指導により、レナードは笑顔や姿勢や言葉遣い、ファンサに至るまで、完璧に磨き上げられた。
そして出番のたびに専属ヘアメイク係と衣装係が腕によりをかけ、レイの伸ばしっぱなしのアッシュブロンドはサラサラの美しいハニーブロンドに、フードをすっぽりと被った冴えない服装はきらびやかで洗練された騎士服に変貌を遂げるのだ。
結果、レナードは王都じゅうの女性たちから熱いまなざしを浴びることになったのだが、泡沫のような人気になど、レイはまったく興味がなかった。
「緑陰の騎士」の爽やかな笑顔の下は、「早く他の騎士にこの役を譲りたい」という思いでいっぱいだったのだ。
王族の間で、ルシアンは前髪で目を隠した友人を楽しそうに眺めた。
「おまえ最近女の子を追いかけてるんだって? 今まで『レナード』を 演(や) るのに文句は言っても弱音を吐いたことなんてなかったのに、そんなことを言うのはその子のせいか?」
レイは、ぐっと言葉に詰まった。
「……そういうんじゃない」
「アシュリー・エルウッド、十八歳。アレン・エルウッド前団長の一人娘。ベルフェア貴族学院卒、今年度騎士団本部総務部に途中入団」
「やめろ! なんでおまえの方が詳しいんだ!」
「私は参謀アドバイザーだからな。さすがに人柄までは知らないが。彼女はレナードのファンなんだろう? なぜ正体を明かさないんだ?」
「………………」
「……へえ、なるほどなるほど。彼女にレナードの正体を明かして幻滅されないか心配だと」
「勝手に解釈するな」
「私も会いに行ってみようかな」
前髪の下から、レイは鋭い目つきをルシアンに向けた。
「よけいなことをするな。アレンさんの忘れ形見だぞ」
一瞬、重い空気が漂う。
それを払うように、ルシアンは穏やかに言った。
「わかってるさ。アレンさんは、私にとっても恩人だ」
「……ああ」
前騎士団長アレン・エルウッドは大きな存在だった。
レイにとっては、士官学校時代からずっと背中を追いかけてきた、憧れの騎士団長。
ルシアンにとっては、大切な弟である第三王子キースを、文字通り命懸けで守ってくれた恩人。
アシュリー・エルウッドは、その男の娘なのだ。
ルシアンは、ちらりと友人を見た。
「もしおまえが降りるつもりなら、次の夏至祭で別の看板騎士を立てても構わない。まあ、誰を祭り上げたところで寄付金は今よりグッと減るだろうが」
「……いいのか?」
虚を突かれたようにレイが顔を上げる。
「私はおまえが顔を出したがらない理由を知ってるからな。無理強いはしない」
ルシアンは計算高いが、同時に情に厚い人間でもあった。
学生時代から、レイは何度もルシアンが困っている友人を助ける場面を見てきた。
もしもレイが本気で「緑陰の騎士」を辞めることを望むなら、ルシアンは間違いなくその選択を尊重してくれるだろう──代わりに何らかの見返りを求められることも間違いないだろうが。
黙考の末に、レイはやわらかな表情を浮かべた。
「……いや、もうしばらくこのままでもいいかな。多少なりとも、誰かの役には立てているようだし」
その言葉を聞くと、ルシアンは意外そうに片方の眉を上げた。
「一体どうしたんだ? おまえが前向きになるなんて……ああそうか、彼女に何か言われたんだな? 『レナード様に元気をもらってる』とかそういう類のことを。それでやる気を出したと」
「だから勝手に解釈するな!」
レイはため息をついて立ち上がると、ルシアンに念を押した。
「いいか、よけいなことはするなよ?」
「わかってるさ」
ルシアンはほほえみながら、王族の間を出ていく友人を見送った。
ぱたん、と扉が閉まると同時に、そのほほえみが深まる。
とても楽しそうに。
「…… 騎士団本部(うち) の大事なスター騎士の交友関係を把握するのは『よけいなこと』じゃなく、参謀アドバイザーとして当然のことだからな?」