作品タイトル不明
12.雨の日(1)
昼下がり、いつものように仕事が長引いた私は、遅いランチを取るために本部棟の食堂へ向かっていた。
雨の中を、走りながら。
「ついてないわ……!」
朝は晴れて明るかったのに、昼前に突然雲行きが怪しくなり、今は本降りの雨だ。
制服の紺のローブのフードを被り、仕事用のメッセンジャーバッグを守るように抱きながら、管理棟から本部棟までの舗装道路を走る。
たが、風もあったためにフードは途中で外れてしまい、本部棟のエントランスに入る頃にはかなり濡れてしまっていた。
亡き父様の口癖は「準備が九割」。
こんなこともあろうかと、大きめのハンカチを用意してきてよかった。
ちなみに傘は高級品で、この国ではほとんど誰も差さない。雨が降っても濡れるがままで、せいぜいフードを被るくらいだ。
「アシュリー」
名前を呼ばれて振りむくと、レイさんが立っていた。
彼も今来たところらしく、長い前髪からぽたぽたと雫を垂らしていた。
いつも身に纏っているローブも濡れているが、私よりは移動距離が短かったのか、ずぶ濡れというほどではない。
「レイさん。これからランチですか?」
「ああ」
自然に頬がゆるむ。
今日は一週間の終わりの金の曜日だが、今週に入ってから彼は忙しかったのか、いつもの遅い時間でも食堂で会えなくて少し寂しかったのだ。
ちなみに月の曜日と水の曜日はライラと約束をしていて、この食堂で通常の時間にランチを食べている。
その他の曜日は、特にレイさんと約束はしていないけれど、遅い時間にここで顔を合わせたらなんとなく一緒にランチを食べるということになっていた。
私がハンカチを差しだすと、レイさんはぽかんとした。
「これ、使ってください。風邪引きますから」
彼は吹き出した。
「あんたの方が濡れてるだろ」
そう言うと、彼はそのハンカチで、私の頭や顔や肩についた水滴を不器用な手つきで拭いてくれた。
「あ、ありがとうございます……」
私は早くも熱が出たかのような真っ赤な顔でお礼を言った。
レイさんは私にハンカチを返すと、うしろを向いて、濡れた犬のようにぶるっと頭を振って水を落とした。
彼らしくて、思わずクスッと笑ってしまう。
それから私たちは食堂へ向かった。
廊下を歩いていると、前方に銀色の髪と白いローブドレス姿のヒーラーの女性がいた。
セリーナ姉様だ。
私の知らない赤髪の男性と一緒にいる。
「……?」
その男性の騎士服に、私は違和感を覚えた。
肩章(けんしょう) は騎士団の少佐クラスが着けるモール編みのショルダーノッチで、特におかしなところはない。
でも、あの金色の三本線に赤色を加えた工務部隊の 袖章(そでしょう) は、たしか、二年前に廃止されたデザインのはずだけれど……?
彼女たちも私たちと同じく、遅い昼食を取るために食堂へ行くのかしら?
楽しいランチタイムに、なぜか私を見ると嫌味を言ってくるセリーナ姉様と顔を合わせるのは気が重い。
けれど、セリーナ姉様と男性は、食堂とは反対方向へ歩いていった。
あちらには備品倉庫があるだけのはず……工務部隊員とヒーラーが、そんなところへ何をしに行くのだろう?
「アシュリー、どうした?」
「あ、いいえ……今日のスペシャルはなんでしょうね?」
きっと、たいしたことではないだろう。
このときは、そんな風に軽く考えていた。
今日もピークを過ぎた食堂はガランと 空(す) いていた。
レイさんと私はそれぞれのトレーを持って、並んで席に着こうとした。
けれど、そのとたんに、バタバタと一人の騎士見習いが食堂へ駆けこんできた。
「あっ、いた! レイさん、少尉がお呼びです!」
入り口から大声で呼びかける。
レイさんの笑顔がスッと消えた。
今からご飯を食べようというときに上官に呼び出されたのだから当然だろう。
それにしても少尉に呼び出されるなんて、よほど重大なことでもあったのかしら?
レイさんは私の同期で、今年入団した新入り騎士のはず。
新人の上官なら、班長とか、せめて兵長とかではないのかしら……。
そんなことを考えていたら、レイさんが立ち上がった。
「……ちょっと行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい」
応援の気持ちをこめて笑顔で言うと、レイさんが頷いた。
「すぐ戻る」
冷めない内に戻ってこれるといいけど、と思いながら、私は自分のランチを食べはじめた。
今日のメニューは、旬の魚のスパイス煮込み、野菜のピクルス、そしてハーブの利いたカリカリのデニッシュだ。
どれもとても美味しいけれど、一人だとやはり少し味気ない。
もそもそと食べていたら、空いている方の隣の椅子を誰かが引いた。
「失礼。隣、よろしいですか?」
「あ、はい」