作品タイトル不明
10.推しとお仕事(2)
いつもの食堂に、レナード様がいる。
なぜか、私の隣の席に。
ランチを食べながら、なぜか、とてもフレンドリーに私に話しかけてくる。
「へえ、エルウッドさんは今年入った新人なんだね。さっきのプレゼン、すごくわかりやすくて良かったよ」
なぜか、憧れの騎士様が、私の仕事を評価してくださっている。
しどろもどろになって答えた。
「あっ、ありがとう、ございます…………」
最後の方はほぼ聞こえなかっただろう。
私も自分の心臓の音にかき消されて聞こえなかった。
レナード様の向かいの席のモード先輩が、グッと身を乗りだした。
「エルウッドさんはレナード様の大ファンだから、照れちゃってしゃべれないんですよ~」
目ざといモード先輩は、私が職場の机の引き出しにこっそりレナード様のサイン色紙を入れているのを知っている。
フォローしてくれるのはありがたいけれど、そんなことを言われたらますます恥ずかしいのですが……。
レナード様はにっこり笑った。
ま、眩しい……!
笑顔の破壊力がすごい。こんな間近で見たら目が潰れてしまう。周囲の女性事務員たちもみんな目がくらんでいるようだった。
「ありがとう。俺のファンだなんてうれしいな」
彼は本当にうれしそうにそう言った。
すぐにモード先輩をはじめ近くの席の女性たちが「私もファンです!」「私も!」とこぞって名乗りをあげだした。
ファンサも素晴らしいレナード様は、みんなに平等に笑顔を向けてお礼を言った。
そのあとも賑やかにランチは続いたが、私は緊張しすぎてほとんど何も食べられなかった。
初めて食堂のご飯を残してしまった私は、心の中で何度も謝りながら、トレーを回収棚に下げた。
△△△
クリーン作戦があるとはいえ通常の業務もなくなるわけではないので、終業は遅くなった。
初夏になり日が長くなってきたが、森の日没は早い。
管理棟を出ると夜だった。
ぐぅ、とお腹が鳴る。
いつも夕食は女子寮の小さな売店でパンを買ってすますのだけど、今日は昼を抜いたも同然だったので、とてもお腹が空いていた。
私は本部棟の食堂へ寄っていくことにした。
夜に来たのは初めてだったが、食堂は割とにぎわっていた。
事務員もいるが、訓練終わりの騎士たちが多い。
やはり体を動かすとお腹がへるのだろう。
そんな中、ほかほかの〈森のシチュー〉が乗ったトレーを持ってテーブルの方へ歩いていたら──
「あれ、こんな時間に珍しいな」
「レイさん」
夏の初めで気候はいいけれど、彼は今日も変わらず深くフードを被り、アッシュブロンドの前髪で目が見えない。
彼はこっくりとしたホワイトソースを絡めたミートボールのプレートを選んでいた。とても美味しそうだ。
いつものように隣に座り、食べはじめる。
「レイさんはいつもこの時間に夕食なんですか?」
「いや、いつもは夜は来ないんだけど、今日はなんか疲れたから……アシュリーは?」
「私は、お昼をあんまり食べられなくて……」
「なんで?」
「実は……」
話しながら食事を口に運ぶ。
今日のシチューも絶品だった。
鳥のお肉は柔らかく口の中で 解(ほど) け、ちょうどよく煮込まれた根菜はミルク仕立てのルーの味が染みて甘くほろほろだ。
取り放題のパンコーナーから三つもパンを取ってしまったけれど、ほどよく噛み応えのある香ばしい木の実入りのパンはシチューとよく合い、全部ぺろりと食べられそうだ。
ああ、空腹が満たされる。
美味しくて幸せだ。
レイさんが隣にいるからよけいにそう感じるのかもしれない。
ご飯友達で命の恩人だからというだけでなく、レイさんは強くて優しいから、一緒にいてとても安心するし居心地がいい。
少し前に、敬語と「さん」付け禁止と言われたときは焦ったけれど、私が困っていたら、それ以上は無理強いせずに流してくれた。
男性に不慣れな私には、そんなさりげない気遣いがとてもありがたい。
シチューをぱくぱく食べながら、私は身振りをまじえてレイさんに今日のランチのことを話した。
「……そのあと、企画メンバーとレナード様とでランチをすることになってんですが、なんとレナード様が私の隣の席だったんです! 去年、騎士団本部の夏至祭のトーナメントを見て以来、大ファンになったあの騎士様がですよ? もう私はランチを食べるどころじゃなくって……」
「ふうん。あいつのどこがいいの?」
「すっごく強くて、誰にでも優しいところです!!」
私は拳をぎゅっと握って力説した。
「細身なのに、トーナメントでは彼よりもずっと体格のいい騎士をバッタバッタと華麗に倒していて、その姿が誰よりもかっこよくて勇気をもらえました。それなのにファンには老若男女問わずに優しく接してくださって……レナード様は私の理想の騎士像そのものなんです! 同じ騎士団に所属しているというだけで、すごく誇らしくて元気が出ます!」
なぜかレイさんは顔を片手で覆い、横を向いてしまった。
こころなしか耳や首が赤い。
「レイさん? どうかしたんですか?」
「いや、別に……それより、腹へってるんだろ? これも食べていいよ」
彼は、まだ口をつけていないミートボールを一個、私の皿にころんと乗せた。
メニューを選ぶとき、最後までシチューと迷ったのがこのミートボールだった。
私は目をぱちぱちと瞬かせた。
「…………いいんですか? ありがとうございます」
一口でぱくりと食べてしまうと、なぜかレイさんはちょっと不満そうだった。
「うまそうに食べるな」
「はい、美味しかったですよ?」
「ふーん……」
今日は一体どうしたのかしら?
それからも彼は口数が少なかったけれど、食堂を出ると、いつも通り私を女子寮まで送ってくれた。
レイさんに「おやすみなさい」を言って寮に入り、自分の部屋の扉を閉めたとたん、私はその場にへたり込んだ。
「なんだか濃い一日だったわ……」
レナード様と一緒にランチをしたのはもちろん強烈に幸福な体験だった。
だけど……それ以上に、どうしてかレイさんの顔が頭から離れない。
もらったミートボールを食べるとき、私はなんでもないふりをして食べたけれど、本当は「なんだか恋人同士みたいだわ」と思い、ちょっとどぎまぎしてしまったのは内緒だ。
ただの友人なのだから、変なことを考えたらいけない。失礼になってしまう。
それなのに、また彼の横顔が脳裏に浮かんだ。
あわてて首をブンブン振ってふりはらう。
「……あれ? レイさんの横顔って、誰かに似てるような……?」
ちらりと、彼の顔が、最近見た誰かの面影と重なったような気がした、
けれどそれが誰なのかはわからなかった。
△△△
それから数週間後。
「緑陰の騎士」レナード様をゲストに迎えて総務部主催で開催されたクリーンアップウォークには、多数の参加者が訪れた。
レナード様を筆頭に、全員でゴミ拾いをしながら爽やかな森の道を歩くというこのイベントは、大盛況のうちに幕を閉じた。
そして新緑の騎士団本部は、ゴミ一つ落ちていない、すっきりと綺麗な環境になったのだった。