軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第32話 社会的抹殺の完了

探索者ギルド日本本部の地下深く。分厚い魔力遮断壁と何重もの物理セキュリティで覆われた隔離用転移ルームに、低い機械音が鳴り響いた。

空間の歪みが収束し、紫色のゲートの光が消滅すると同時に、硬いコンクリートの床に幾つもの重い足音が響く。

「歩きなさい。立ち止まらないで」

背後から促す武装職員の冷ややかな声に従い、ゲートからよろめくようにして歩み出てきたのは、Aランクパーティー「赫き剣」の3人だった。

彼らの両腕には、魔力を強制的に遮断する重厚な拘束具がはめられている。最深部でギルドの職員たちに捕縛され、一切の抵抗を許されないまま強制転移ゲートへと引きずり込まれてきたのだ。転移酔いと、神獣やSランク探索者たちから受けた絶対的な死の恐怖による極度の疲労が、彼らの足取りをひどく重くしていた。泥と魔物の血で汚れた装備は惨めなほどに薄汚れ、魔法使いの女はしゃくりあげて泣き、盾役の男は血の気の引いた顔で落ち着きなく周囲を見回している。先頭を歩くレオンはうつむいたまま、焦点の定まらない目で足元を見つめていた。

隔離ルームを出た先の広い通路では、数名の武装職員を従えたギルド幹部が腕を組んで待ち構えていた。

「回収部隊の諸君、ご苦労だった。……Aランクパーティー『赫き剣』。君たちには故意によるパーティーメンバーの殺害未遂、ならびに虚偽報告、重大なギルド規約違反の容疑がかかっている」

幹部の言葉に、レオンの隣を歩いていた盾役の男が、手錠を鳴らしながら引き攣った声で反論を試みようとした。

「ち、違う! 俺たちは見捨ててない! あいつが勝手に罠を……殺害未遂の証拠なんてどこにあるんだよ!」

幹部は男の言葉を最後まで聞かず、ため息を1つ吐くと、無言のまま手にしていたタブレットを突きつけた。画面の中で再生されていたのは、見覚えのない短い検証動画だった。

第60階層でトラップが発動した瞬間。レオンがヒロトを強引に罠の陣へ引きずり込み、魔法の奔流を放って叩き落とした際の魔力残滓が完全に可視化され、明確なテロップと共に流れている。

「君たちの行いは、魔力残滓の解析という形で完全に証明され、すでに世界中に拡散されている」

幹部が画面をスワイプすると、SNSのタイムラインとニュースサイトのトップページが表示された。そこに並んでいるのは、世界中から集まった彼らへの非難、罵倒、そして『永久追放』を求める何十万という声だった。画面のスクロールが追いつかないほどの速度で、彼らへの敵意が増殖し続けている。

言い逃れができない確たる証拠と、自身に向けられた膨大な悪意の数々。レオンは乾いた唇を震わせ、足から糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。膝をコンクリートに打ち付ける鈍い音が響くが、彼に立ち上がる力は残っていない。

「あ、ちが……俺は、俺たちは……」

周囲を取り囲む武装職員たちの冷徹な視線の中、レオンはただ意味のないうわ言をこぼし、過呼吸のように浅い息を繰り返すことしかできなかった。

★★★★★★★★★★★

カチャカチャカチャッ、ターン!

薄暗いワンルームアパートに、メカニカルキーボードをリズミカルに叩く音が響き渡り、最後にひときわ強くエンターキーが押された。デスクの上に並べられたデュアルモニターの光に照らされ、村田琴美は深く息を吐き出し、背もたれに体重を預けた。

「ふぅ……。これで、あの不快な連中の社会的抹殺は完了ですね」

彼女は冷めきったコーヒーを1口すすり、モニターの右半分に表示されているSNSのトレンド欄を眺めた。『赫き剣逮捕』『殺害未遂の証拠』『永久追放確定』といったワードが上位を独占している。彼女が自身の『真眼』スキルで解析し、徹夜で編集して放った魔力残滓の検証動画は、すでに数百万再生を突破し、大手ニュースメディアにまで引用されていた。

琴美はマウスを操作し、即座にモニターの左半分――ヒロトの生配信画面を全画面表示に切り替えた。

画面の中では、忌々しい連中が職員に連行されて去った後の平和な最深部で、ヒロトが手慣れた様子で食材の仕込みをしている。その足元では、ハクが何事もなかったかのようにヘソ天で熟睡していた。

「あぁ……今日もハクちゃんのお腹がタプタプで可愛い……おじさんの包丁捌き、お肉を切り分ける速度と正確さが尋常じゃないです……。あの手際の良さ、ただの探索者じゃないですよね……ああ、ハクちゃんのお腹に顔を埋めたい……」

先ほどまでの冷徹な情報操作の顔はどこへやら、琴美はモニターに張り付くようにして、限界オタクとして推しの日常を摂取し始めた。

★★★★★★★★★★★

疑似太陽がゆっくりと光を落とし、青白い発光苔が周囲の木々を照らし始める時間帯。

俺は石造りのかまどの前で、夕飯の仕込みをしていた。

アイテムボックスから取り出したのは、エミリアが先日狩ってきた新鮮な猪肉のブロックだ。分厚くスライスし、食べやすい大きさに切り分けていく。猪肉は火を通しすぎると固くなるため、筋切りを丁寧に行っておくのがコツだ。ボウルにたっぷりのすりおろしニンニク、醤油、酒、みりん、そして肉を柔らかく保つためのすりおろしリンゴを混ぜ合わせ、特製のスタミナだれを作る。そこに猪肉を放り込み、手でしっかりと揉み込んで味を馴染ませておく。付け合わせのキャベツもざく切りにして冷水にさらし、パリッとさせておく。これを分厚い鉄板で一気に焼き上げれば、脂の甘みとニンニクの香ばしさが爆発するはずだ。

少し離れた場所では、昼間に巨大なハンバーグを平らげたハクが仰向けになってゴロンと転がり、完全に熟睡モードに入って穏やかな寝息を立てていた。

「おじさん、ちょっといい?」

背後から声がかかり、振り返るとチェ・ユジンが立っていた。いつもの漆黒のダンジョンウェアではなく、少しゆったりとした黒いパーカーに、細身のストレッチパンツというラフな出で立ちだ。長い黒髪は後ろで無造作に束ねられており、彼女が普段放っている刺すような緊張感は綺麗に消え去っている。

「どうした。腹でも減ったか」

「違うわよ。……ねえ、これ見て」

ユジンは片手に持った通信端末の画面を俺に向けた。そこには、昼間の元パーティーの連中の顔写真と、『赫き剣、永久追放および逮捕確定』という太い見出しが躍っていた。

「昼間のあいつら、しょっ引かれていったけど、今頃ギルド本部の地下で泣き喚いてるでしょうね。私の端末のニュース速報も、あいつらの永久追放で持ちきりよ」

「そうか。まあ、これで静かになるなら何でもいいさ」

俺が火加減を調整しながら答えると、ユジンは軽く肩をすくめた。

「本当におじさんって、自分のことなのにマイペースね。……ねえ、少し歩かない?」

「歩くって、散歩か?」

「そう。テントの中でゴロゴロしてるのも飽きたし」

エミリアや籐子たちは自分のテントで昼寝をしており、仕込みもちょうど猪肉をたれに漬け込む段階まで終わったところだ。

「わかった。少し待ってろ」

俺はかまどの火を弱め、アイテムボックスから先ほど作っておいた小さな包みを取り出し、麻袋に入れた。さらに保温ボトルと紙コップも忘れずに準備する。

キャンプサイトから少し離れると、最深部の森は静寂に包まれていた。巨木が立ち並び、足元には淡い発光苔が絨毯のように広がっている。シダのような古代の植物が鬱蒼と茂り、時折、青く光る小さな虫が空を舞っている。ユジンは無意識のうちに周囲の気配を探りながらも、足の遅い俺のペースに合わせて並んで歩いていた。発光苔の光が、彼女の横顔を淡く照らしている。トップD-Tuberとしての張り詰めたオーラを脱ぎ捨てた彼女は、どこかあどけなさすら感じさせた。

しばらく歩くと、森が開け、青く澄んだ湖の別の入り江に出た。水面には発光苔の光が反射し、波の音だけが静かに響いている。手頃な高さの平らな岩を見つけ、俺たちはそこに腰を下ろした。

「ほら、これ」

俺は持ってきた麻袋から、紙に包まれたサンドイッチを取り出してユジンに渡した。

「なにこれ?」

「小腹が空くかと思ってな。今日の昼に作った特大ハンバーグ、少しだけ残ってただろ。あれを崩してミートソース風にして、パンに挟んで焼いておいたんだ」

ユジンは目を丸くした後、少し嬉しそうに包みを開けた。こんがりと焼き色のついたパンをかじると、サクッという音が響く。中には濃厚なミートソースがたっぷりと詰まっていた。

「ん……あ、本当だ。昼のハンバーグの味」

ユジンは2口目をかじりながら、中身を確かめるように視線を落とした。

「美味しい……冷めてるのにお肉の脂が全然重くないわ。マスタードか何か、酸味が少し効いてるから?」

「ああ。冷めて脂が固まると重くなるからな。ピクルスを細かく刻んでソースに混ぜて、酸味でごまかしてるんだ」

「なるほどね」

ユジンは納得したように頷き、サンドイッチを口に運んだ。俺も自分の分のサンドイッチを食べ、アイテムボックスから保温ボトルを取り出して、温かいブラックコーヒーを2つの紙コップに注いだ。

コーヒーのほろ苦い香りが、冷たい湖畔の空気に溶けていく。ユジンはコーヒーを受け取ると、両手で包み込むようにして1口すすった。

「地上にいると、常に周りの目を気にしなきゃいけないし、うるさい連中も多いけど……ここだと、そういうのがなくていいわね」

「ダンジョンの底で言うセリフじゃないな。一番危険な場所のはずなんだが」

「だから変なのよ」

ユジンは小さく笑い、残りのサンドイッチを平らげた。

「ごちそうさま。美味しかったわ」

ユジンは紙コップのコーヒーを飲み干し、岩から立ち上がった。パーカーの裾を軽く払い、俺の方を振り返る。

「そろそろ戻ろっか。あんまり遅くなると、エミリアが起き出してご飯探して騒ぎそうだし」

「そうだな。かまどの火もそろそろ足さないといけない」

俺は空になった紙コップを麻袋にしまい、立ち上がったユジンの後に続く。

「今日の夕飯、どうするつもり?」

「猪肉のニンニクスタミナ焼きだ」

「へえ、いいじゃない。楽しみにしてるわ」

前を歩くユジンの軽い足取りに合わせ、俺も自分の歩調を少しだけ速めた。