軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

91 潜伏

「 吹毛成兵(すいもうせいへい) !」

髪の毛を噛み砕き、吹きつける。

砂埃となって〝先生〟と『黄風大王』マルガルフに襲いかかる。

如意棒を消し、新たに現れた敵対者に向かって筋斗雲で飛んでいく。

状況観察したくなる気持ちを振り払い、私は相手が動くより先に襲いかかると決めた。

「 呼風喚雨(こふうかんう) !」

追撃で霧を呼び、彼らの姿を霧で覆いながら、すれ違うように飛び、位置を変える。

「 幌金縄(こうきんじょう) 」

筋斗雲で飛びながら幌金縄を出しておき、腰に差しておく。

「 紫金紅葫蘆(しきんこうころ) !」

先手必勝! 新たな脅威が現れたけど敵対的な相手なら、まずはこれ!

「やい、マルガルフ!」

「……!?」

ひょうたんの蓋をキュポンと開き、霧の向こうへと声をかける。

「どうした、怯えて返事もできないか! マルガルフ!」

ひょうたんを構えつつ、さらに発生した霧の中に幌金縄を投げつける。

相手を自動追跡し、捕縛する黄金の縄!

「……答えてはいけませんよ、マルガルフ」

「……? はい、先生」

チッ! なんか警戒されているわね!

速攻で一人を潰せたら話が早かったのに!

警戒して黙っているのか、それともこちらの能力を把握しているのか。

西遊記に詳しい敵がとうとう出てきたのか。

「命令! 相手の〝眼〟を徹底的に集中攻撃!」

「「「ウキーッ!」」」

霧の中を黄金の縄が追ってきて、さらに小さな分身たちによる奇襲攻撃。

これはもう俗にいうグミ撃ち……『やったか!?』というフラグ攻撃だ。

こちらの攻撃を一通り試してみて効果がないことを前提に組み立てる。

「身外身法!」

一本の毛から、さらに分身を作り、その分身に大きくなれと念じる。

「七十二変化、変われ!」

相手の目を眩ませ、視界を奪ってから等身大の分身を用意し、私自身は小さな〝トカゲ〟へと変じて、その場の草むらへと身を隠した。

がしゃどくろは、ほぼ行動不能になるまで叩きのめしてやった。

そこまで目撃していたのだろう彼らが、隙を突いたつもりで襲ってきたのだ。

等身大の私の姿をした分身が、筋斗雲に乗り、空から彼らを見下ろす。

今の内にトカゲの状態で背後に回り込む!

大変だけど、孫悟空の身体能力のおかげか素早く動けるわ!

貴族令嬢としては終わっている動きだと思うけどね!

「「「ウキーッ!」」」

「うっとうしいな。……『黄風大王』」

こいつ、ギフトの名前を把握しているのね。西遊記の知識があるのか。

あるいは鑑定系のギフト持ちを抱えているのか。

私は草むらで息を潜めながら、様子を窺う。

「風よ!」

立ち込めた霧が、風によって霧散していく。

はたして現れた姿は、先程までの姿とは異なっていた。

三(みつ) またの 刺叉(さすまた) を手にし、さらにはその姿も変わっている。

相棒の『黒風大王』ルドロフが黒熊の姿になっているのに対し、『黄風大王』マルガルフの姿は、イタチのような……いや、〝テン〟の獣人か。

テンとはイタチ科テン属の動物の名で、別に西遊記固有のものではない。

『黄風大王』の正体はテンの妖怪であり、また天界に棲んでいた〝悟りを開いたネズミ〟だ。

元が神仏というわけではないが、 霊吉菩薩(れいきつぼさつ) の協力によって調伏し、天界へと連れていかれた。

西遊記系ギフトの、とくに目立った法術を持たないタイプがどうなるかと思ったけど。

ああいう風に、妖怪というより獣人の姿へと変わるギフトなのか。

身体能力はどう考えても上がっているわよねぇ……?

紅孩児との戦いと違って、孫悟空が死ぬことはないものの、 三昧真風(さんまいしんぷう) によって眼をやられ、退却することになる。

目薬で治療したエピソードはあるけど、孫悟空のギフトに含まれているとは思えない。

また退治に使用された道具も孫悟空が使ったものではない。

西遊記系が相手としても、弱点を突いた攻撃とかはできないらしい。

「ウキャー!」

「ウキッ!」

「ウッキー!」

飛びかかるミニたちを軽くあしらうように戦うマルガルフ。

そちらも気になるが、視界が晴れた状態でヴィルヘルムの戦いにも目を向けた。

幸い、ヴィルヘルムはルドロフと渡り合っている。

すごくない? ギフトないのに。

明らかに相手は人知を超えたパワー系って感じなのに。

どうやら力勝負は分が悪いと見ているのか、ヴィルヘルムは流れるような動きで立ち回っている。

……さすが、一人でキメラの相手をしていた騎士。

実力者なのはわかるけど、なぜそこまでして彼らはヴィルヘルムを殺したいのか。

想像はできるが、どれも正しいと思える根拠がない。

そばに控えさせたミニたちが、その戦いを見守っている。

戦闘の邪魔にならないようには命じているが……。

ルドロフの方もミニたちを警戒はしていない?

ミニたちなんて軽くあしらえるからどうでもいいのか。

それとも、こちらを信頼している……とか。

奇襲ではなく指名からの決闘だった。

少なくとも〝先生〟やマルガルフより、あのルドロフという男の方が信用できそうだ。

「ハァアッ!」

「ウキャーッ!」

ミニがやられた!

西遊記ネームド・ギフトの相手には厳しいかぁ。

しかも、まだ〝先生〟が控えている。

それぞれ一対一ならまだどうにかできそうなのに、三人も同時に来られては……。

本家・孫悟空ならこのまま身を潜めて逃げてから、助っ人を呼ぶなりしてくるのが定番だ。

しかし、相手はヴィルヘルムを殺しに来ている。

私がここで逃げたらギフト持ちの圧倒的な力で騎士たちもろとも壊滅させられるだろう。

どうにかしたいけど……どうしたものかしら。

ここに来て、どうにもならない現実を感じてくる。

孫悟空の力なら最強と思っていたが、どうにもこれは……。

〝仲間〟が必要だ。

なにせ敵が徒党を組んでやってくる。こちらがギフト持ち一人では厳しい。

そういう点では『聖女』を中心にギフト持ちだちが集まる構図は悪くないのかもしれない。

「…………」

ミニたちを蹴散らすマルガルフ。

〝先生〟は、その状況でも冷静に上空に控える等身大の分身を見据えていた。

「……ほう?」

なんだろう? 相手も見抜く眼を持っているのか。

どうにも分身を出したと気づかれている気がする。

それより何より、あの男からする気配。

初めて顔を見た時と同じような感覚を覚え、私の中の孫悟空が荒れている気がする。

心を支配されるほどではないけれど、孫悟空は怒っている。

怒っている理由は、あのピンク髪の男だ。

この時点でどうにも嫌な予感がして仕方ない。

私は既に答えに辿り着いているような、そんな気がする。

「ずいぶんな大立ち回りでした。見事でしたよ、名もなき貴方。いえ、『曇りの聖女』でしたか」

うわぁ、私に話しかけられたぁ……気持ち悪ぅい。

私はトカゲ状態で背後に回りつつ、慎重に様子を窺う。

一瞬でもおかしな動きをしたら即、元の姿に戻るわよ。

「聖女を名乗るとはなんとも強気なことです。しかし貴方の力は素晴らしい。どうでしょうか? 私たちに、その力を貸してくださいませんか?」

うん。ないない。

悪役からの勧誘イベントだわ。

断ったら『なら力尽くだぁ! ケヒャアア!』とか言い出すのよ。

そのタイプの会話パターンなら、その瞬間に背後から如意棒を一棒食らわせてやろう。

「…………」

当然、無言の分身に空から見下ろされながら、〝先生〟は動じない。

「返事はなし、ですか。しかし、私にはわかります。貴方は私の〝仲間〟だと」

なまか! なんでそうなる。

「貴方の力も強いですが……私には敵いません」

私には、か。『私たちには』ではない。

つまり、強力なギフト持ちの二人を従えているが、それとは別の力があると?

「……ふ。こんな機会は滅多にない。どの道、目撃者は全員、始末する予定ですが……」

うわ、悪党台詞ね。

「ここは貴方の力を見せてくれたことに免じて、こちらも手の内を見せましょう」

頼んでませんけどぉ?

出しゃばりかしら? 承認欲求が強そう。

手に入れた力を見せつけないと我慢ならないタイプ。

「貴方が一生懸命に壊してくれた、この〝体〟、これは、ただのできそこないです」

〝先生〟がスタスタと、湖から出たところで倒れているがしゃどくろへ近付いていく。

ちなみに彼らにけしかけたミニたちは、マルガルフにやられてしまった。

「ですが、力の一端を引き出すには 十分(じゅうぶん) 」

「…………」

当然、等身大の分身はノーコメント。

私もどうにか口を挟みたいのを黙って、トカゲ姿でチャンスを窺う。

「これは〝神の器〟です。できそこないですがね?」

はぃい? なんですと?

神の器とは。教えて、お師匠様! 私、宗教勧誘はNGでぇ……。

「── 異界神(・・・) 、 顕現(けんげん) 」

…… 異界神(いかいしん) ?

ピンク髪の男が取り出したのは杖だった。

杖の先には宝石……いや、黒水晶が嵌められている。

何度か見てきた物と同じ、それから、男の声に応えるように黒い煙と熱風が吹き荒れる。

きゃあ! 今の私、トカゲ! 熱い気がする!

たぶん金剛不壊で平気だけど!

黒い煙は、手足の崩れたがしゃどくろに纏わりついたかと思うと、泥が溢れ出すように〝肉〟へと変じていく。

がしゃどくろは本当に〝骨格〟だった……?

やがて、その姿は巨大な……。

「…………あれは」

嫌な予感はしていた。そうではないか、という気持ち。

私の内側から発せられる怒りと 懐かしさ(・・・・) 。

それが孫悟空の気持ちだとすれば、いったい何を意味しているのか。

その答えが、今まさに顕現する。

「──神名、『 天蓬元帥猪八戒(てんぽうげんすいちょはっかい) 』」

がしゃどくろの大きさを引き継いだ巨体。

長く大きな耳に、突き出た豚の鼻。

横に大きく太っていて、黒い法衣を着崩している。

手には 九歯(きゅうし) の まぐわ(・・・) を持っていて……。

「八戒……」

西遊記における三蔵法師一行の一人。

まぎれもなく孫悟空の仲間。兄弟弟子たるキャラクター。

仏に至らず、『 浄壇使者(じょうだんししゃ) 』の天職を授けられた存在。

薄々と嫌な予感はしていた。

ヒロインっぽいフィナさんが『聖女』で三蔵法師じゃなくて。

悪役令嬢っぽい私が『孫悟空』だったから。

つまり、この世界において三蔵法師一行は…… 悪の側(・・・) 。

それも、きっと、とてつもなく危険な存在へと成り果てているのだ。