軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32.初デート大作戦!?-04-

「目的も果たしたことですし、どこか寄りたいところはありますか」

宝石店から出たセシリアは軽やかに背伸びをした。秋風が頬を撫で、ひんやりと心地よい。

アルフォンスは、セシリアのそんな仕草をじっと見つめていた。

そして、ふと目を細めて口を開く。

「……お前は、あの男とどこに行ったんだ」

突然の質問に、セシリアは一瞬言葉を失いそうになったが、なるべく冷静に淡々と事実だけを並べていく。

「ええと、当時、 王都(エリオプス) で流行っていたカフェに行きましたね。あとは、舞台も何回か見に行った覚えがあります。あとは……」

「…………待て。デートは1回じゃなかったのか」

アルフォンスの声が低く響く。まずい、とセシリアは思った。

完全に失言である。すぐに顔を伏せ、奥歯をぎりっと噛む。

失敗した。

アルフォンスは、ユリウスとのデートを1回だと思い込んでいたのだ。

「い、一応、婚約者ではあったので……」

「ふうん」

短く、しかし、冷たく返事を返すアルフォンス。その一言に隠された不機嫌さを感じ取るのは難しくなかった。

「そのカフェはどこにある」

「ここから歩いて5分くらいだと思いますが……」

まさか、そのカフェに行くつもりなのだろうか、とセシリアは驚いて彼を見た。赤とピンクが基調になっている『キュート』なカフェである。

流行り物好きだったユリウスならまだしも、アルフォンスには、あまりに似合わない。

「アルフォンス様って甘い物も召し上がるんですか」

「まあ、好き好んで食べるわけじゃないが」

「じゃあ、別のところにしましょうよ。そう言えば、マリーが言ってたんですよ、最近できた美味しいカフェがあるって──」

セシリアが言いかけた瞬間、アルフォンスは急に足を止め、彼女の前に回り込んだ。青空を背にした彼の顔は真剣そのものである。

セシリアは、まっすぐと見つめてくるそのエメラルドの瞳に息を飲んだ。

「いやだ」

彼の手が、セシリアの手をギュッと握りしめた。彼女の身体はぐい、とアルフォンスの胸元へと引き寄せられる。温かさが伝わり、アルフォンスの心臓の音が自分の耳にも響いてくる。

「全部塗り替える。お前の思い出の中のデートは……俺とのデート一色にしてほしいから」

彼の低い声が耳元で囁かれる。

その瞬間、セシリアは鼻先に甘酸っぱいベリーの香りが掠めた。アルフォンスの髪や服にしっかりとその香りが染みついており、彼の体温で甘く香りが変化している。

その香りが、自分の纏ったバニラの香りと混ざり、まるでケーキのような甘さになっていく。

香りなのか、それとも、彼の体温なのか、はたまた、彼のセリフなのか。

セシリアは甘さで頭がくらくらと溶けていきそうだった。

「じゃあ、そのカフェに行くぞ。案内してくれ」

ぱっとセシリアを離して、手を繋ぎ直すアルフォンスの顔をセシリアはまともに見ることができなかった。

(全部塗り替えるって、さすがに冗談、だよねぇ…………)

彼がこんなにも直球で自分に感情をぶつけてくるなんて思えない。

なんだか、ずっとセシリアだけがどきどきしているようで、少しだけ悔しい気持ちのままアルフォンスと一緒に歩いていった。

「ミルフィーユとコーヒーの、い、いちごスペシャルセットで」

アルフォンスが低く淡々とした声で店員に注文する姿を見ながら、セシリアは心の中でくすっと笑った。

(……絶望的に似合わない)

アルフォンスが、可愛らしいミルフィーユを注文する姿は、あまりに不釣り合いである。店員も戸惑った様子で、足早に店奥に消えていった。

店内の雰囲気は可愛らしい。薄ピンク色のテーブルに、天井から吊るされたイチゴを象ったガラスのランプが淡い光を落としている。

丸いテーブルに座る彼らの周りには、カップルや友人同士が楽しそうに談笑していた。アルフォンスただ1人が、その空間から浮いていた。

(うん、やっぱり似合わない)

アルフォンスはメニューを閉じると、無言で窓の外に目をやった。セシリアも、自然と彼の視線を追いかける。

「あ、あの舞台、まだ続いているんですね」

窓越しに、彼女は大通りの向こうにある劇場を見つけた。貼ってあるポスターには、『アレン恋愛物語』と書かれてある。とある青年が身分の違うお姫様に恋をする話だ。

昔、ユリウスと見た劇である。セシリアはその思い出が頭をよぎり、口をつぐむ。また、うっかり失言をしてしまったかもしれない。

「今度、舞台も見に行こう」

「えぇ、アルフォンス様、絶対に興味ないですよね。あの舞台、恋愛のお話ですよ」

そう言うと、アルフォンスが視線を戻し、鋭い目で彼女を見た。

「さっき言ったよな。全部塗り替えるって」

「はは……」

セシリアは柔らかく笑い返しながら、彼の表情を伺う。どうやら、先ほどの発言は冗談では無かったらしい。そもそも、よく考えればアルフォンスは、冗談を言うようなタイプではなかった。

(わ、私って、そんなにアルフォンス様に好かれてる……ってこと? 自惚れすぎかな……)

そのとき、カフェの店員がミルフィーユとコーヒーを運んできた。皿の上には、パリッとしたパイ生地に挟まれたふわふわのクリームが、まるで芸術作品のように積み重なっている。

それを見た、セシリアの動揺はどこかに飛んで行ってしまった。

「わぁ、美味しそう……!」

目を輝かせたセシリアを、アルフォンスはじっと見つめている。

視線が気になったものの、「いただきます」と言ってセシリアはフォークを手に取り、一口食べた。

「……美味しい! 軽いのにしっかりとした味で、甘さもちょうどいいです」

アルフォンスは無言で一口だけミルフィーユを口に運んだ。その表情にはほとんど変化はないが、セシリアは彼の反応を窺った。

「どうですか?」彼女が問いかけると、彼は少し間を置いて答えた。

「まあ……悪くないな」

「ふふっ」

相変わらずのそっけない返事だが、セシリアは、それだけで満足だった。デートしている、という感じがする。

「アルフォンス様、ミルフィーユを上手に食べられますか?」

「……?」

「ミルフィーユって、私、最後まで上手に食べられないんです。崩れやすくて、なかなか難しいんですよね」

セシリアが2口目を食べるために、フォークを刺せば、こてん、と細長いミルフィーユは横に転げてしまった。

アルフォンスはしばらく黙っていたが、コーヒーを一口飲み、フォークに手を伸ばした。

「じゃあ、綺麗に食べてやろう」

セシリアは、じっとアルフォンスを見守った。

彼はゆっくりとフォークを運び、慎重にミルフィーユを切り分けようとする。だが、予想通り、パイ生地が崩れ、クリームがはみ出した。

「……難しいな」

彼の不機嫌そうな声に、セシリアは耐えきれずに吹き出してしまった。

「ふふっ、アルフォンス様にもできないことがあって安心しました」

アルフォンスは軽くため息をつきながらも、再びミルフィーユに挑む。アルフォンスは、意外にも負けず嫌いな性格らしい。

セシリアは彼のそんな姿を、微笑ましく見続けるのだった。

通行人たちは、カフェから出てくるアルフォンスとセシリアに目を奪われた。街ゆく人々の会話が一瞬途切れ、二度見してしまう。

当たり前のことである。『キュートなカフェ』からアルフォンス・グレイブとお飾りと噂の妻が出てきたのだから。

「あっ、クリームついてますよ」

セシリアが笑いながら指摘すると、アルフォンスは困惑したような顔をして、彼女をじっと見つめた。

「どこだ」

不機嫌そうな声を上げながらも、彼は頬についたクリームを取ろうとするが、思うように取れない。セシリアは思わず、手を伸ばして彼の顔を拭った。

その拍子に、セシリアは態勢を崩し、アルフォンスになだれ込むようにぶつかった。彼女を支えるため、するり、とアルフォンスの腕が絡められる。

腕を絡めた状態のまま、セシリアは思いついたように言った。

「……あっ、わかりました! こうですよ、腕の組み方!」

「…………」

黙ったままのアルフォンスを見つめ、セシリアは困惑する。しかし、彼はすぐに顔を逸らし、無言で歩き出した。

だが、通行人たちはアルフォンスの赤らんだ顔をはっきりと目にしていた。

(グレイブ公爵、俺らに赤面晒してどうすんだ! 下向けよ、下!)

思わず誰かが心の中でそう叫ぶほどに、彼の普段の印象とは対照的な反応だった。

(てか、2人して恋人用の香水付けてんの、仲良すぎないか……?)

たまたま近くを通った人間が振り返る。

王都で流行っている、恋人同士が付けると香りが混ざって別の香りになる香水である。薄い香りではあるため、普通なら気にもかけないが、グレイブ公爵とその妻が付けているとなると話が変わってくる。

当然ながら、グレイブ公爵夫人が「お飾りの妻だ」という噂は、それから数日のうちに完全に消え去ることとなった。