軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.初デート大作戦!?-03-

セシリアが準備を終えて部屋を出ると、玄関でそわそわと落ち着きなく歩き回っているアルフォンスが見えた。

いつもの騎士団の真っ黒な軍服ではない。

深緑のベストに黒のロングコートを羽織っている。胸元には黒のボウタイが結ばれており、可愛らしさも忘れていない。

アルフォンスのおしゃれした私服を見るのは初めてかもしれない。

(……どっ、どうしよう!)

セシリアは思わず柱の陰に隠れてしまった。アルフォンスの私服は、ずっと白いシャツに黒いズボンという、何も代わり映えしない恰好だったのに。

眩しすぎて、直視できない。

(……ああ、カッコいい、無理。隣、歩けない)

抱えている白いローブで顔を覆った。やっぱり、一度部屋に帰ろうか。体調不良だと言って引きこもろうか。

実際、心臓がおかしいくらいの鼓動を刻んでいるのだから、体調不良も嘘じゃないのだ。

「……何をやっている」

「びゃ……っ」

顔を上げれば、そこにはアルフォンスがいた。

よく見れば、片側の髪を耳にかけて編み込んでいるではないか。耳が出ており、いつもより艶っぽく見える。

セシリアは、もう気絶してしまいそうなくらい顔が熱かった。

慌ててローブで顔を隠す。しかしながら、それはあっさりと彼に取り上げられた。

「……なんで隠れてるってわかったんですか」

「あまり騎士団長を舐めるなよ」

アルフォンスは、セシリアの手を引いて玄関まで歩いていく。そして、なぜか目をガン開きして食い入るようにこちらを見つめていたクルトに、セシリアのローブを押し付けた。

「今日はローブはいらないだろ」

「いや、アルフォンス様、目立ちますよ?」

「……必要ない」

アルフォンスはふいとそっぽを向いて、扉に向かっていく。

慌ててセシリアはクルトからローブを奪い返そうそうと引っ張る……ものの、クルトは全く離してくれない。

「返してください!」

「いってらしゃいませ」

「ちょっと、力強すぎませんか……っ」

「いって! らっしゃい! ませ!」

クルトは、何をそんなに必死なのか。ビクともしないため、セシリアは諦めて、クルトの前でぜーぜーと息を整える。

「奥様の可愛らしさを見せつけたいですものね。旦那様」

「……クルト、帰ったら覚えておけよ」

「 報告(レポ) 、待ってますからね!」

アルフォンスは、頬を赤くして、ぶんぶんと手を振るクルトを睨みつけた。

歩く芸術品であるアルフォンスは当然目立つ。そして、水色の髪のセシリアもなんだかんだ目立つ。

すれ違う人々は、伝説の生き物でも見るかのようにして、彼らに視線を向けていた。まあ、アルフォンスをじっくりと見たい気持ちは痛いほどわかる。

(すごい、視線感じるなあ……)

セシリアは居心地が悪かった。

だが、それよりも、セシリアは隣の男の挙動の方が気になっていた。

先ほどから、アルフォンスが腕を上げたり下げたり、そわそわとしているのだ。準備体操でもしているのかと、セシリアは首を傾げた。

「アルフォンス様、さっきから腕がうるさいんですが」

「……腕の組み方が、分からないんだが」

「…………」

その言葉にセシリアは、気が抜ける。とともに、ぼっと顔が赤くなった。

(えぇ、可愛い……!)

セシリアは、思わず口元を押さえる。そして、荒ぶる自身の呼吸を整えた。これは、お姉さんとしての威厳を見せつける時である。

「良いですか、腕を組むっているのはですね……!」

意気込んだセシリアだったが、ふと組もうとしていた左腕を止めた。

果たして世の中の恋人や夫婦はどうやって腕を組んでいただろうか。残念ながら、セシリアは男性と腕を組んだ経験が無かった。

答えは無いかと、街ゆく人たちを眺めてみるが、なぜか目線を逸らされる。

「たぶん、アルフォンス様は腕を動かさないでよくて……そうですそのまま下げておいて」

そこに、自分の腕を絡めるのだったろうか。

1年前の夜会の時にベタベタしていたカップルたちを引っ張り出そうとする。しかしながら、あの時は傷心中だったため、薄ぼんやりとした記憶しか浮かんでこない。

(えっ、手を入れる隙間なくない? どこに引っ付くんだっけ?)

腕を下ろしているアルフォンスの横で、もたもたと手を上下させるセシリア。周囲の人間は、何をしているのだろうか疑問に思っているはずである。

「……はあ、もういい」

アルフォンスは、少々乱暴にセシリアの手をとった。

ウィンターズ領での遠慮がちな繋ぎ方ではない。ぎゅっと手が握りこまれている。

その瞬間、彼からふわりとチェリーのような甘い香りが漂ってきた。爽やかな中に、甘さがある、中性的な香りである。

(……香水!? アルフォンス様が!)

駄目だ。

手を繋がれたことと、甘い香りでアルフォンスの方を向けなくなってしまった。どっどっ、と脈打つ胸が苦しい。このままだと、心臓が止まってしまう。

「……どうした。こっち見ろ」

「無理、無理です」

「…………」

顔を逸らしたまま、無言で歩みを進めていく。

しばらく歩いたところで、呆れられたかと目線だけで横を見れば、威嚇するように周囲を睨みつけているアルフォンスの姿が目に入った。

さながら、猛獣である。

「アルフォンス様、あの、怖いんですけど……」

「お前は、自分の可愛らしさにもう少し自覚的になるべきだ。そっち側の人間を見るな」

「えぇ……?」

セシリアの手をぐっと引いて、ずんずんと大通りを進んでいく。

(その言葉、そっくりそのままお返しします……)

だが、アルフォンスに怯んだセシリアは、その言葉を言うことができなかった。

路地裏にひっそりと佇む宝石店は、きっと店を知っている人間ではなければ、たどり着くことすら難しいだろう。クルトに貰った地図を頼りにやってきた場所は、カーテンがしまっており営業しているかどうかも怪しい店構えだった。

アルフォンスとセシリアは疑いながらも、扉を開く。

「ようこそいらっしゃいました、グレイブ公爵閣下。奥様」

クルトが事前に連絡をしてくれたのだろう。待っていた、という様子で、貴婦人が頭を下げた。

店の中は、アンティーク調であり、所々ガラスでできたランプが灯っている。まるで、異国に来たかのような気分だった。

店の中央にあるソファに腰掛けると、貴婦人はサンプルの指輪がいくつか入った箱を、テーブルに置いた。

「さて、指輪のデザインはいかがいたしましょうか」

特に前置きも無しに貴婦人は切り出した。見かけによらずサバサバとした性格であるらしい。宝石店であるのに、媚びを売るようなことがないのはセシリア個人としては好感を持った。

(職人というのは得てして、その職にしか興味が無い……)

ふと、料理人のシュミットに感じたことと同じことを思う。

「一生付けるものなので、なるべくシンプルなものが良い。お前は何かこだわりはあるか」

「いえ、特には……」

「それでは、こちらで良きデザインを作らせていただきます」

貴婦人は、淡々と話を進めていく。そして、重ねた箱を上下入れ替えると、今度は指輪ではなく宝石が出てきた。

「石はいかがいたしましょうか」

宝石の中で一番に目が付いたのは、エメラルドである。

だが、セシリアは、お気に入りの人工エメラルドのブローチを思い出して、さっと血の気が引いた。

ブローチだけなら、『デザインが綺麗だったから』という言い訳ができるけれども、さすがに指輪もエメラルドだなんて。

(いや、絶対にアルフォンス様に重いって思われる)

さっとエメラルドから目を逸らし、別の宝石に目線を移す。ルビー、サファイア、ダイヤモンド。もちろんどれも綺麗ではあるけれど。

「俺は、このアクアマリンが良い」

「……えっ」

アルフォンスが指さしたのは、薄く透けるような水色のアクアマリンだった。自惚れるのも良くないと思うが、どこからどう見てもセシリアの髪と目の色である。

「なんだ。何か文句があるのか」

「あ、ありませんが……」

アルフォンスの顔は少し照れたように赤い。

「それでは、アクアマリンとエメラルドを交互にお付けするデザインはどうでしょうか」

「……エメッ、エメラルドって。それじゃあ、まるで俺がセシリアの瞳の色から選んだみたいじゃないか」

「……おや、違いましたか」

「…………」

貴婦人の言葉に、アルフォンスは黙り込んだ。弟であるからなのか、アルフォンスは年上の人間に弱いところがある。

貴婦人も、無言で目を逸らしたアルフォンスを追撃することは無かったが、これは無言の肯定である。

「先代と同じですね。お互いの瞳の色を指輪にするとは」

「そうなのか」

貴婦人も、アルフォンスも昔話に花を咲かせるようなことはなかった。しかしながら、彼らは確かに亡き2人を思い出していたのだろう。目を伏せて、しばらく沈黙の時間が続いた。

セシリアは、ぐるりと店内を見渡す。

(ここに、いたんだな。アルフォンス様のご両親も)

不思議な気持ちだった。時を超えて、アルフォンスの両親と交わることができた気がする。

「では、それでお願いする」

「かしこまりました。誠心誠意、作成させていただきます」

貴婦人は立ち上がって礼をした。サンプルが入っていた箱を積み上げると、彼女は店の奥に消えていく。

「すまない」

アルフォンスは、その背中を慌てて追いかけるようにソファを立った。

「ちょっといいだろうか」

アルフォンスが、店主に声をかけ、一緒に店奥に消えていく。彼はしばらく帰ってこなかった。

セシリアは出されたお茶を飲みながら一息ついた。

(お金の話かなぁ……)

そんなことを思いながら、セシリアはこの後のデートのことを考えていた。