軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17.敵は生意気な弟(中編の続きはここから)

アルフォンスとセシリアの思いが通じ合ってから、しばらくして。

セシリアは、一度荷物を纏めるために、ウィンターズ領に帰ってきていた。なにせ、ビーフシチューを言い訳にして飛び出してった日は、最低限の着替えしか持ってきていなかったのだ。

セシリアは、 居間(パーラー) のソファに座って、小説を読む。しかし、内容なんてどうでも良かった。現に、本の上下は逆さまである。

「んふっ、ふふふ」

「気持ち悪ぃな、さっきからよ」

じっとりとした目で睨んできたのは、セシリアの1歳下の弟、ヴィルヘルムである。次期当主である彼は、母譲りの綺麗な顔立ちをしており、頭も良い。そのため、夜会に出たら、モテること間違いなしである。

ただ、セシリアとは昔から折り合いが悪かった。

「この前まで、死んだ魚みてぇな目してたくせに」

「ヴィル、言葉遣いは直しなさいってお父様からも言われてるでしょ」

「なーにが、『お父様』だよ。気色悪」

べえっと舌を出したヴィルヘルムにセシリアは、溜息をついた。

しかしながら、セシリアが気持ち悪いと言われることは仕方がないことでもあった。アルフォンスと思いが通じ合ってからというもの、セシリアの心はふわふわと浮いているようだったのだ。

ご飯を食べても、お風呂に入っても、弟から嫌味を言われても、何をしても楽しかった。

叶わないとふさぎ込んでいた恋が叶ったのだ。浮かれてしまっても仕方がないだろう。

「……破談になればいいのに」

「さっきから、いい加減にしなさいよ!」

セシリアがヴィルヘルムに言い返した、その時だった。

窓の外から、ガタンガタン、というウィンターズ領に響き渡るくらいの大きな音が聞こえる。

馬車である。

その音を聞いたセシリアは、飛び跳ねるようにして窓に張り付いた。

「あっ、来た!」

セシリアは、手に持っていた小説を放り投げて部屋を飛び出していく。そろそろアルフォンスが迎えに来てくれる頃だろうと思っていたのだ。

(ああ、私、とっても幸せ!)

セシリアは、廊下をスキップで駆けながら、愛しの人を迎えに行った。

主人が帰ってきたときの犬のように駆けていく姉に対して、ヴィルヘルムはそっぽを向いた。そして、なおさら機嫌を悪くする。

窓から見える、家の前に止まっている黒塗りの馬車をちらりと見た後、舌打ちをした。

「マジで、馬鹿姉貴だな……」

ヴィルヘルムは唇を噛んだ。

「何なんだよ、今更。契約結婚だったくせに……」

セシリアは、靴もちゃんと履かずにぱたぱたと駆けていく。ブーツが脱げかけているが関係ない。

アルフォンスと顔を合わせるのは、1か月ぶりなのだ。

「アルフォンス様!」

セシリアは、前髪を手櫛で整える。

うきうきしながら、馬車の外で待っていると、がちゃりと扉が開いた。そして、中から出てきたのは──今にも死にそうな、青白い顔をしたアルフォンスだった。

「……気持ち悪」

足元がおぼつかないまま、アルフォンスは立ち上がって大きく息を吐く。両ひざに手をついて、がっくりと項垂れている。

「えっ、どうしたんですか、大丈夫ですか?」

「どうしたもこうしたもあるか……! なんなんだ、このふざけた道は!」

アルフォンスが指さしたのは、継ぎ接ぎ補修した石畳の道だった。補修が間に合っておらず、所々、土がむき出しになっているところもある。

当然のことだが、馬車で来れば、この世の終わりか、というくらい揺れる。

「補修するお金がなくって……」

「遠征で通った砂利道の方がマシってどういうことなんだよ、全く……」

それに関しては、申し訳ないとセシリアも思う。だが、なにせ馬車でウィンターズ領を訪れるような奇特な人間など存在しないのである。

予算の都合上、補修は後に回されてしまっていた。

「……最悪な目に遭った。というか、屋敷はどこだ。セシリアの話じゃ、この道を真っすぐ行けばつくんじゃなかったのか」

アルフォンスは地図を持って、きょろきょろと周囲を見渡した。見渡す限りの、畑、畑、山、そして、小さな民家。

「ここですけど」

「…………?」

「だから、屋敷。ここですけど」

セシリアは、自分の後ろの家を指さした。

年月とともに風化の進んだ石造りのこぢんまりとした家だった。所々、ひび割れが目立ち、窓枠の木材は古びて、ペンキが剥がれ落ちている。元が白かった壁は、灰色にくすんでしまっていた。

「俺が払った報酬金、どこに消えたんだ」

「……さあ、どこに消えたんでしょう?」

それは、セシリアも謎だった。

少なくとも、伯爵家の屋敷にアルフォンスから貰ったはずの報酬金が使われた形跡はない。ただ、聞いたところで財務を握っている母は、ニコニコして教えてくれないだろう。

セシリアが知っている範囲で言えば、馬車を新調したことくらいではないか。

「でも、ご安心を! 一応、屋敷の補修は頼んでいるので。マドリーさんに」

「マドリーさん?」

「近くに住んでる、領民のおじいさんです! 仲いいんですよ!」

「伯爵家の屋敷の、補修を、領民の高齢者に……」

アルフォンスは、額に手を当てて深い溜息をついた。公爵の彼にとっては、信じられないことだらけなのだろう。

だが、申し訳ないことに、アルフォンスには、本日この屋敷に滞在してもらわなければならない。

「はぁー……良くわかった。ウィンターズ家が没落寸前だった理由が」

彼は、屋敷に近付いていく。

少し話したからか、顔色の良くなったアルフォンスは、言った。

「とりあえず。ご家族に挨拶をさせてくれ」

見てくれは あんな感じ(ボロボロ) だが、屋敷の中はこざっぱりとして綺麗にしている。室内まであばら家だと思っていたのか、アルフォンスは玄関に入るなり、「おお……」と声を上げた。失礼な。

セシリアとアルフォンスが向かったのは、 居間(パーラー) だった。

いつの間にか 居間(パーラー) に家族全員が集合しており、二人が入ってきた瞬間、一斉に注目を浴びた。さすがに、9人からの視線を一気に浴びたアルフォンスも少し面食らっていた。

その中でひときわ背が高く、恰幅の良い壮年の男──セシリアの父が、一歩前に出る。

「これはこれは、公爵閣下。遠路はるばるありがとうございます」

「こちらこそ、お世話になります。お出迎えありがとうございます」

「道が悪かったでしょう。なにせ、舗装を全く補修しておらず! ははは!」

「……………………いえ、とても快適な旅でした」

長い沈黙を経て、アルフォンスは答える。気まずそうに目を逸らしながら、口元を曲げた。

(あのアルフォンス様が、気を遣っている……!?)

セシリアが驚いたのも束の間だった。

アルフォンスは、すっと、セシリアの父の前に跪いた。騎士が忠誠を誓うように、彼は頭を下げる。美しい金髪が、さらりと耳から落ちていく。

「ウィンターズ伯爵。遅くなって申し訳ありません。今更ではありますが、セシリア嬢とのご結婚をお許しください」

「!」

セシリアは驚いた。

彼は公爵家当主であり、騎士団長である。ウィンターズ家とは、ぎりぎり家柄が釣り合っているかどうか、判断が難しいほどだ。アルフォンスが頭を下げる必要なんて全くないのに、彼の目線は、床に向けられていた。

「顔を上げてくれ、公爵閣下。……もちろんだとも」

慌てたように、父ルドルフがそう言えば、アルフォンスが顔を上げる。

「ありがとうございます」

アルフォンスは、決して愛想が良いわけではないけれども、彼に接している人間は全員彼の心の綺麗さに気が付くはずだ。

それは、セシリアの家族とて例外ではない。

「みんな、歓迎しているはずだよ」

セシリアは、家族を見渡した。

優しいけれど少し抜けている父ルドルフ、美人でたまに何を考えているのか分からない母エルゼ、おっとりとした次女マルガレーテ、家族内のムードメーカーである三女のクララ、冷静で頭のいい次男フリードリヒ、勇敢で騎士を目指している三男のレオンハルト、素直で可愛い四男のテオドール、そしてウィンターズ家のお姫様な四女ヨハンナ。

全員が、笑顔でセシリアとアルフォンスを祝福して、温かい笑顔を向けて──

「……俺は、許さない」

──いなかった人物が1名いた。

そう言ったのは、1個下の弟、長男のヴィルヘルムだった。しかめ面をしたまま、彼はそっぽを向いた。

「契約結婚しといて、今更ご挨拶とかいいご身分だな」

鼻で笑ったヴィルヘルムに、かちん、ときたセシリアは、思わず言い返す。

「なんでそんなこと言うの!」

「……そんな奴と結婚しても、幸せになれるわけねぇよ」

「撤回しなさい!」

「事実だろ!」

お互いが言い返すたびに、お互いのイライラは募っていく。火花を散らすようにお互いの視線をぶつければ、セシリアの怒りの感情は頂点に達した。

「貴方が私の何を知ってるの!」

「知ってるよ、弟なんだから!」

「私のことを全部知った気にならないでよ! 貴方なんかね……!」

頭に血が上ったセシリアは、思わずヴィルヘルムに掴みかかろうとしてしまう。

その瞬間、セシリアの袖がそっと引っ張られる。

「……セシリア、落ち着け」

セシリアを止めたのは、アルフォンスだった。困ったような彼の表情を見て、セシリアはハッと我に返る。

なんと、子どもっぽい喧嘩をしているのだろうか、と我ながら恥ずかしくなってくる。

(ヴィルヘルムとは、いつもこうだ。……いつも、喧嘩してばかり)

1歳差だから、お互いの不満がよく見える。幼い頃から、ヴィルヘルムとは毎日喧嘩していて、よく両親に怒られていた。

きっと、ヴィルヘルムは自分のことがうっすら嫌いなのだろうとセシリアも察していた。

「ヴィル、自分の立場をわきまえて発言しなさい。義理の兄とはいえ、相手は、公爵。貴方だって、もう19歳でしょう? 次期当主なんだから……」

「はっ、こんなことで不敬罪になんのかよ」

「ならないけど……って! 不敬とかそういう話はしてないのよ、私は常識的な話をね……」

「常識とやらに振り回されて貴族様は大変だな!」

吐き捨てるようにして、ヴィルヘルムは 居間(パーラー) をあとにする。セシリアは、その背中に向かって怒号を飛ばした。

「ヴィルヘルム!」

「……とにかく俺は、認めないからな!」

バン、と大きな音を立てて扉が閉まった。

セシリアも大人げなかったと反省しながら、熱くなった頬を両手で覆った。

「申し訳ございません、公爵殿。お見苦しいところをお見せしました」

父、ルドルフがアルフォンスに頭を下げる。

アルフォンスに対して、セシリアは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

せっかく、ウィンターズ領まで来てくれたというのに、歓迎の言葉もなく姉弟喧嘩なんて見せられて呆れているに違いない。

だが、アルフォンスは意外にも機嫌が良さそうだった。

「いや……彼の気持ちは、良くわかるので」

アルフォンスは、ふ、と笑みを浮かべた。

(え、今、笑うところ、あった?)

自分を蔑ろにしたことに怒るなら分かるけれども、笑顔になる理由は分からない。セシリアは、頭にクエスチョンマークを浮かべた。

「……よろしければ、ぜひ領地を見て回ってくださいな。セシリアちゃん、案内してあげるのよ」

母の言葉に、セシリアは頷いた。きっと、外に出て頭を冷やしてこいということなのだろう。

少しだけ憂鬱な気持ちで、セシリアは 居間(パーラー) を後にした。