作品タイトル不明
第十九話 最後の足掻き
罪状も確定し、全てが片付いたと思われた時、ボニートがリベルタに向かって叫んだ。
「このままじゃ魔王が復活して皆死んじゃうのよ!アンタ、それでもいいの?私、知ってるわ、魔王復活の原因を!だから助けなさいよ!」
突然の意味不明な妄言に皆が眉を顰める中、リベルタだけが真っ青な顔でボニートを見た。
二人の少女の視線が絡み、そしてボニートが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「あんた、全ルート攻略した?私は、したわ。勿論、隠れキャラのシャイネンもね」
「い、言ってる意味が分からないわ」
「ふふ、しらばっくれちゃって。私、その時原因調査を担当させられたシャイネンから聞いたのよ。どうして魔王の封印が解けたのか」
目を細め、口の端をキューッと上げたボニートの顔は、聖女と言うより悪魔に見える。
リベルタは、崩れ落ちそうになる足を必死に踏ん張って、彼女を睨んだ。
確かに、この乙女ゲームは『魔王討伐』というメインイベントが軸となり話が進んでいく。
フレイルルートしかしていないリベルタは、その原因となる事柄などは全く心当たりがない。
どうすべきか迷うリベルタの心を読むように、
「確かに、神聖魔法を失った私にはもう、病気を治す力も、魔王を封印する力もない。でも、私だったら、魔王復活の芽自体を摘むことが出来るわ。ほら、助けてくださいって言ってみなさいよ」
形勢逆転とばかりにリベルタをひれ伏させようとする。
しかし、ボニートの言葉が真実と思えない裁判長が、
「裁判は終わりました。退廷を」
と再び促し、パドレが彼女の腕を取った。
このままでは力付くで連れ出されると気付いたボニートは、余裕を引っ込めてリベルタに手を伸ばす。
「ちょっと待って!言うから!えっと、えっと……」
ゲームの内容を必死に思い出しながら、
「伝染病よ!学園の校医だった……確か、ネロ!彼が、貴族に対する恨みで絶対に治らない病を流行らせるの。死が蔓延した国で怨嗟の声が上がり、長く封印されていた魔王に負のエネルギーを与えて……」
と早口でまくし立てると、ボニートのあまりにも迫力のある語り口と突拍子もない内容に、つい皆が話に聞き入りそうになった。
リベルタは、一気に形勢逆転しそうな空気感に、思わずゴクリと唾を飲む。
しかし、その時、
「ネロとは、私のことかな?」
と老医師が徐に手を挙げた。
張りのある声はボニートの声を打ち消し、その場に居た全ての人間の目を惹きつける。
それはボニートも例外ではなく、思わず語る口を閉じた。
「人の名前を、勝手に使って作り話をするのはやめて欲しいものだ」
ネロは両手を腰の後ろで組み、ボニートに向かってゆっくり歩み寄った。
そして細めた目で彼女を見つめ、
フッ
と鼻で笑う。
その仕草一つで、彼が、どれ程ボニートを馬鹿にしているのか分かる。
確かに、彼にも憎しみの炎をメラメラと燃やしている時期もあった。
だが、ひっそりとリベルタとトワレを応援するようになってから、彼は自分が長年研究してきた『治すことのできない伝染病』に関する書物を全て焼却処分とした。
『この娘、ワシの研究内容を知っているのは、やはり何処かの国のスパイだったと言うことか……。この事を暴露することで恩赦でも狙っているのだろうが、ワシも証拠を残すようなヘマをする男ではないわ』
内心ヒヤリとしながらも、ネロは平然とした顔を貫く。
「まったく、バカバカしい言い掛かりだ」
一笑に付すネロに、ボニートの目が血走る。
「うっさいわよ、ジジイ!」
「お前こそ黙れ、小娘」
睨み合う二人だが、実は、原作の中でネロは、確かに犯行に及んでいた。
そのきっかけは、リベルタ。
特に交流があった生徒ではなかったが、嫌な思いをさせられた記憶もなかった。
しかし、聖女が誕生した事で、その伴侶となることを求める男達の間で争奪戦が始まった。
そして、騒動の中で、殆ど罪を犯していないにも関わらず、リベルタは聖女を害したとして断頭台に上げられた。
『助けて!フレルト様、助けて!』
最後まで自分を虐げた男に救いを求め続ける少女の哀れな姿。
何が事実かも分からないくせに、殺せ、殺せと叫ぶ人々。
自分の画策で死んでいこうとする幼馴染を、平然と見つめる男。
貴族だとか平民だとか、そんなレベルではなく、ネロは人間に絶望したのだ。
泣きながら首を切り落とされる少女を見ながら、ネロは、そっと病原体となる細菌の入った瓶の蓋を開けた。
自分も含め、全員死んでしまえばいいと思っていた。
じわじわと広がり、ゆっくりと進行する病に、嘆き、恐怖し、理不尽に踏みにじられる怒りを感じればいいのだと……。
そんな悲劇的な状況が、あの入学式の日の出会いで全て変わった。
リベルタは、フレルトから逃げ切り、そして一代男爵の娘と寮で共に暮らし始めた。
それこそ身分の差など屁とも思わない少女が、周りを巻き込んで全てをなぎ倒す勢いで突き進んでいく。
今のネロは少なくとも、共に力を合わせて前に進む若人の邪魔だけはすまいと心に誓っていた。
こうして、皆が知らぬところで、ゲーム序盤で起きるはずだった2つの悲劇が、綺麗さっぱり消えていた。
これを原作改悪と言うのなら、原作なんて無くて良い。
「調べたければ、いくらでも調べてくれ。ワシに疚しいことはない」
ネロは、掌を上に向け胸元あたりまで左右に広げ、
「まったく、バカバカしい」
と肩をすぼめた。
そんな彼に、法廷内の空気が緩む。
そしてネロは、心配げに自分を見てくるリベルタにウィンクをしてやった。
『大丈夫。そんなこと、おこりゃせんよ』
声を出さずに動くネロの唇は、確かにそう動いていた。
まだ不安が拭いきれないリベルタだが、老医師の温かな雰囲気にホッと息を吐いた。
「待って、いやよ、いや~~~!」
こうして一人納得のいかないボニートを残し、この裁判は幕を閉じた。
その後、リベルタの思いを尊重し、彼女が『白い審判』を受けたことは公に知らしめられることとなった。
幼馴染のポルポ公爵子息に家を襲撃されたベリッシモ伯爵令嬢は、辛うじて難を逃れたが、身の潔白を証明する為に『白い審判』を受けた。
この一大ニュースは、社交界だけでなく新聞にも大きく掲載された。
そして立会人が、女傑として有名な王太后ルーチェであることも記されていた。
そこで人々は、
『あぁ、年若い学生が驚くような発明を連発した裏には、王太后ルーチェがパトロンとしてついていたのか』
と納得することになる。
このことで、冗談でもリベルタを貶めるような言動をとれば国が許さないと暗に示すことも出来た。
そんな華々しい記事の裏で、ひっそりと聖女は姿を消した。