作品タイトル不明
第二十話 罪と罰
寒い冬でも暖炉に火が入らない北の教会は、死亡率が高いことでも有名な場所だ。
元々流刑地としての役割が強いため、監視員として屈強な女性看守が配置されている。
男性でないのは、色仕掛けで篭絡されないためだ。
そのため、ボニータのせっかくの可愛い顔も、ここでは宝の持ち腐れだった。
逃亡しないよう魔法で眠らされ、起きた時には冷たい石造りの部屋の中だった。
まだ本格的な冬も到来していないのに、体の芯まで冷え込んでいる。
ここに来てから、彼女は暴れることも騒ぐこともなく、毎日真摯に神に向かって祈りをささげている。
『どうか、私を、元の世界に戻してください』
あちらの世界での最後が思い出せない彼女は、自分が死んでこちらに来たとはどうしても信じられなかった。
ずっとゲームの中に入り込んだような不思議な感覚で、地に足がついてなかったといえる。
しかし、ここでの寒さは本物だし、殴られれば痛い。
両親と引き離されたが、二人が最後に言った言葉がずっと頭の中でこだましている。
「この、疫病神が!」
ボニートが教会での治癒活動でもらった金を使い、二人も大盤振る舞いで楽しい生活を送っていたはずだ。
自分たちは何もせず、子供の稼ぎで楽をしたくせに、今更それはないだろうと思う。
現在は、使い込んだお布施を人々に返却するために、犯罪者奴隷が働く鉱山に連れていかれているらしい。
ざまぁみろと心の中で思っているが、口には出さない。
どこで、神様が見ているか分からないからだ。
『今日も良い子でしたよね?だから、元の世界に返してください』
ある日、彼女の祈りが神に届いたのか、ふっと意識を失うと次に目を覚ました時には近代的な病院のベッドで寝ていた。
見上げる天井は真っ白で、消毒液のにおいが鼻を突く。
「やった。戻れたのね!」
嬉しさに体を起こそうとするも、体に激痛が走る。
どうやら両足、両手共に骨折をしているようだ。
「まぁ、目を覚ましたのね。先生を呼ぶから待ってて」
看護婦らしき女性が、頭もとから気配を消した。
しばらく待っていると、一人の医師がやってきて瞳にライトを当てて瞳孔の収縮加減などを確認し始める。
「ふむ、脳には問題なさそうだ」
眩しさに目がくらんだボニートだが、のぞき込む医師の眼鏡に映っている自分を見て愕然とした。
そこには、右頬に大きく切り裂かれた自分の顔があったからだ。
『あぁ…そうだった』
そこで全てを思い出した。
彼女は、下校中クラスメイトの女子に声を掛けられた。
「貴女のせいで〇〇君が退学になったのよ」
ボニートに惑わされた男子が彼女を取り合って喧嘩をし、その様子がSNSに流されたことで退学処分となった。
動画を撮り、面白半分で流したのは、勿論ボニートだ。
『やっだ、笑える』
そんな声が、ワーワーと騒ぐ声の中で確かに聞こえた。
退学させられた生徒は、サッカー部で将来を有望視されていた選手だっただけに、一時テレビでも連日放送されてしまう。
それなのに、その原因となった少女は、特に罰せられることもなく変わらない生活をしていた。
それをどうしても許せなかったのは、サッカー部の彼に片思いしていた少女だった。
手に持ったカッターは、単に脅しだったのだろう。
しかし、
「ブスが何言ってんの?」
と煽られたことで、つい振り下ろしてしまった。
ボニートの頬に赤い筋と激痛が走る。
そして、体を反らせたことで階段の方へとふらつき、そのまま真っ逆さまに落ちて行ってしまった。
救急車で運ばれ、目を覚ましたのは、一か月も経ってからのことだ。
両手足の骨折は、いつか繋がるだろう。
しかし、顔の傷は思いのほか深く、傷口が盛り上がりミミズ腫れのように一本の赤黒い線となっていた。
自分にとって唯一の武器を失い、絶望の闇に落とされる。
「いやよ……いやよ……いやーーーーーーー!」
目を固く閉じ、絶叫し た彼女が、
ハッ
と息を吸い込んだのと同時に、ボニートは、目が覚めた。
目の前には、北の教会で毎日お祈りしていた女神像。
罪を犯しても認めないボニートに、前世の夢を見せたのか?
涙とよだれでグショグショになった顔を両手で覆い、ボニートは、
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
と呟き続けた。
すると、涙を拭う指先に、何かが触れた。
それは、肉が盛り上がって出来た傷痕。
「え……うそっ」
鏡の無い部屋で、ボニートは、何度も何度も何度も何度も傷痕を触る。
そうすれば消えるのではないかと信じているかのように。
しかし、触るほどに痛みは増し、傷跡は盛り上がっていく。
これが、神罰というものなのだろうか?
最も大切にしていたものが、自らの手で壊されていく。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!だから、許して!」
声が枯れるまで神に訴え続けても、それは本当の意味での謝罪ではない。
早く許され、元の美しい顔を取り戻したいという自分勝手な欲。
都合の悪いことに目を背け、逃げ続けることに救いがないということを、彼女が気づく日は来るのだろうか?
一方、フレルトとポルポ公爵家の面々は、荒れ果てた農地しかない田舎へと領地替えされ、地位も準男爵となった。
公爵時代の資産は持ち出し禁止で、文字通り身一つで小さな家に四人の人間が放り込まれることとなる。
日々罵倒し合い、それでも農地を耕さなければ食べるものが手に入らない生活。
逃亡を図ろうにも荷馬車もなく、延々と広がる荒野に絶望するしかない。
辛うじて、井戸が干上がっていないことが救いだ。
どんなに不平不満を口にしても、結局彼らは、ここで生きていくしかない。
「なんで、こんなことに」
目が痛くなるような青空を見上げて、フレルトはため息をつく。
無駄に体力と体格があるだけに、彼一人が畑仕事をさせられている。
長男は、部屋に引きこもって出てこない。
母親は、毎日、飽きもせず周りが悪いと罵っている。
父親は、渋々薪割りなどを日陰でやっているが、直ぐに疲れたと座り込む。
今まで公爵として人々に傅かれ、自分で料理すら作ったことのない彼ら。
煮炊きをするのに薪がいると知ったのは、ここに来てからだ。
魔石コンロもなければ、火魔法も使えない。
彼らの一族が歴代騎士科卒業なのは、魔力量が少ないからだ。
代わりに与えられた体格と運動神経。
それがなければ、ここに連れて来られて三日で死んでいただろう。
弓で鳥を射るのにもコツがいる。
そして、矢も無尽蔵にあるわけではない。
それでも、フレルトは、ここに来て自分の資質を余すことなく発揮していると言っていい。
本人が望んではいないが、意外と合っているのかもしれない。
ただ、残念なのは、ここには女性が母親しかいないことだ。
ムッツリスケベのかまってちゃんは、有り余る性欲を発揮することもなく、ここで一生童貞として生きていくこととなる。
もしかしたら、それが一番の罰だったのかもしれない。