作品タイトル不明
第十八話 一矢報いる
2回目の裁判で、法廷まできた老医師ネロが、
「リベルタ・ベリッシモ伯爵令嬢は、処女であると証明されました」
と宣誓すると、
「そんなの嘘よ!」
とボニータ一人だけが叫んだ。
フレルトはたった数日しか経っていないのに、食事が喉を通らなかったのか一気に痩せ細っている。
今もガタガタと震えているのは、『王弟』であるシャイネンに睨まれているからだけではない。
リベルタの検査に王太后が立ち会ったと聞いた時、全ての未来が閉ざされたと知った。
ポルポ公爵家は、逃亡できないよう窓を外側から塞がれて室内は真っ暗闇。
ロウソクの明かりだけで過ごすと、時間が普段の何倍にも長く感じた。
自分は関係ないと泣き叫ぶ兄。
しかし、敵に回してはいけない人間を相手に、もう打てる手など一つも残っていないのだ。
「嘘かどうか決めるのは、貴女ではありませんよ」
裁判長は、冷静な声でボニートを諭すと判決文を読み上げた。
フレルト・ポルポは、無関係な女性の家に不法侵入しようとした罪で退学。
ポルポ公爵家も、爵位を準男爵に落とされた上で領地替えとなる。
領地と言えば聞こえが良いが、ただただ広がる荒れ地の中に、ポツンと一軒家状態。
こうなると、もう平民と変わらない。
フレルト一人の罪に比しては余りにも重すぎる判決だが、これは今回の裁判がきっかけで今までの行いをすべて洗い出された結果だった。
稼ぐよりも使う方が多かったポルポ公爵家は、なんと税収を誤魔化して私物化していたのだ。
領地経営も上手くいっておらず、現在進行形で治安も悪化の一途を辿っている。
「公爵家の責務を果たせぬのなら、領地など要らぬだろう」
とは、国王の判断だ。
別の見方をすれば、『王弟』の秘密を知った人間を、監視しやすいよう田舎に閉じ込めるつもりなのだ。
弟大好きな国王としては、気持ち的には舌を切らせて話せなくしてやりたいくらいだった。
そこを他言無用の命を懸けた魔法契約と辺境暮らしで許してやるのだから、ありがたいと思ったほうがいい。
次に判決を言い渡されたのは、ボニート。
平民のくせに公爵子息を唆し、伯爵令嬢を襲わせた罪は万死に値する。
しかも、未だにリベルタを売女呼ばわりしている姿に、反省の色など全く見えなかった。
更に、どう知ったのか調べはつかなかったが、シャイネンが王弟であることを学生の前で口走っている。
たまたま相手が聞き損ねたお陰で話が広がらなかっただけ。
国家転覆罪に処せられても文句は言えない状況だ。
「聖女ボニートを、『北の教会』預かりで幽閉の刑に処する。外部との通信交流は禁止。二度と王都の地を踏むことは許されない」
『北の教会』とは名の通り、王都から北に向かって十日ほど馬車に乗った場所にある。
主に重い罪を犯した受刑者が送られる場所で、流刑地的な役割を果たしていた。
日々神に祈り罪を悔い、厳しい極寒の地を耐え抜くことが罰。
一度入ったら二度と出てこれないと言われていた。
無慈悲な判決に、ボニートは、
「嘘よ!なんで、そんなことになるの!ねぇ、貴方も、なんとか言ってよ!」
と付き添いの神官にしがみついた。
「私が王都から居なくなったら、教会だって困るでしょ?次の無料治療日から、誰が治癒魔法を患者に掛けるの?」
身体欠損すら治せる神聖魔法を使い、錬金術のように金を生み出していたボニート。
その甘い汁を吸っていたファット神父が、自分を見捨てるなど考えられない。
しかし、護衛の男は首を横に振る。
「貴女は、既に聖女としての力は失われました。今の貴女より、私の方が治癒能力は高いでしょう」
この裁判の付添人として来たせいで知りたくもない王家の秘密を知ってしまった彼は、本人の意志とは関係なく王室預かりとなってしまった。
今後は、神父としてではなく、恵まれた体格を生かして近衛隊の一人として王の傍で侍ることとなる。
神父としてエリート街道を歩み、若手の中では有望株と言われていた彼の名はパドレ。
ボニートに運命を捻じ曲げられてしまった哀れな被害者である。
そのため、ボニートがどんなに哀れを装って必死に助けを求めようが、一ミリたりとも心は動かない。
「ボニート様、貴女はご存知ですか?ご自身の力が衰えた理由を」
冷ややかなパドレの声にボニートは、わざとらしい嘘泣きを止めて彼の顔を見上げた。
「貴女は、『処女』じゃなくなれば、神聖魔法が使えなくなると考えていらっしゃいますか?」
「そうよ。それの、何が間違いなの?」
「歴代の聖女の中には、結婚し、ご自身のお子を育てられた方もいらっしゃいました。死ぬまで国民の為に尽力され、無辜の命を救われた大聖女様です」
パドレは、幼い頃から彼女の絵本を読むのが大好きだった。
神父を目指したきっかけとも言える。
その大聖女は、ちゃんと愛する人と結ばれて三人の娘を生み育て、最後は大勢の孫に囲まれて人生を終えた。
現在も石碑が残っており、子孫もいる。
「聖女とは、その両手を広げ救いを求める者を抱きしめる人の事。決して金品を求め利のないことには見向きもしない女のことではないのです」
若いパドレは、まだ、ファット神父のように心根を腐らせてはいない。
信念を持って人々に愛される神父になろうと、日々努力を続けていた。
その道を絶たれたことに対する恨みで、パドレは、どうしてもボニートを許すことができない。
掴まれた腕を振り払うと、
「心が穢れた者を、神は許しません!貴女はもう、聖女ではない!」
と叫んだ。
「なんですって!」
ボニートは、反論しようとパドレを睨みつけた。
「そんな言い掛かり信じないわ!私は、聖女なのよ!違うというなら、証拠を見せなさいよ!」
怒りで顔を真っ赤にしたボニートを、パドレは鼻で笑った。
「では……貴女は、コレを治せますか?」
パドレがボニートの小指を掴んだと思うと、
ポキリ
と折った。
「いっだぁーーーーー(痛い)」
ボニートは、左指に右手を翳すと治癒魔法を発動させた。
しかし、手から発せられる光は蛍の光よりも弱々しく、一向に指は真っ直ぐに戻らない。
「いだぃいだぃ、だれがだずけで(痛い痛い、誰か助けて)」
鼻水まで流しながら泣き叫ぶボニートの指は、パドレが手を翳すと一瞬にしてもとに戻った。
「このようなことをしでかした私も、もう、治癒魔法は使えなくなることでしょう。それでも、最後に貴女に一矢報いることができて私は満足です」
そう言いながらも表情を無くしてしまったパドレは、きっと納得などいっていない。
それでも、これ以上やれば尊敬した大聖女に背くことになると矛を収めた。
「シャイネン先生」
「なんですか?リベルタさん」
「あの方………うちで引き取れないかしら……」
パドレを見つめるリベルタの慈愛のこもった瞳は、まるで聖母のように見えた。
「後で、話を通しておこう」
シャイネンの言葉に、リベルタはホッと息を吐く。
リベルタは、自分たちに巻き込まれ大切な夢を絶たれた人を、放っておくなどできなかった。