作品タイトル不明
第十七話 耳の痛い話
シャイネンが、実母である王太后ルーチェから招集を受けたのは、1回目の裁判の後だった。
息子も関わりを持ってしまった事件なだけに、母として気が気でなかったのだろう。
逐一もたらされた報告書によると、たった十六歳の少女が、何の不幸か身の潔白を証明する為に『白い審判』を受けるという。
何故そうなったのか理解に苦しむルーチェは、息子の口から状況を聞きたかったのだ。
そして、そこに少なからずシャイネンへの思いがあったことを理解した。
「なんて一途な子なのかしら」
政略結婚ではあったが、ルーチェは夫との間に愛を育んだ。
だからこそ、現王とシャイネンという歳の離れた兄弟が生まれたのだ。
しかし、恋人ですらない想い人のために、自ら辛い検査を受けるなど普通なら考えられない。
「それで………貴方は、これからどうするつもりなの?」
この無償の愛に、どう報いるのか?
そう問いただしたつもりのルーチェだったが、普段温和な息子が、
「逃がすつもりはありません」
と強い言葉で言い切ったのを見て、彼の気持ちに気づいた。
出会った日に告白され、それから毎日愛を伝えてきたリベルタ。
しかし、シャイネンは、心のどこかで思春期にありがちな熱病のような恋愛感情だと思っていた。
要は、容姿が好みだったと言うだけのこと。
それが、この数年で少しずつ形を変え、シャイネンも、リベルタのことを心地の良い相手だとは思うようになっていた。
例えるなら、愛とか恋といった特別さよりは、家族の情に近い気持ちだった。
それが、先日、
「私、先生が思うより、ずっとずっと貪欲なんです。身も心も、全部欲しいんです。だから、覚悟してください。いつか、『君しかいない!どうか、結婚させてくれ!』って跪いてお願いして頂きますから」
と魂の叫びのような啖呵とともに涙目で微笑まれれば、もう降参するしかなかった。
ただ、今更好きになりましたと取ってつけたように伝えても信じてなど貰えないだろう。
リベルタが、もう十分わかりましたから許してと言うまで思いを伝え続けるしかないのだ。
「馬鹿な子ね。気づくのが遅いのよ」
「耳が痛いです」
苦笑いをする息子に対し、ルーチェは少なからず罪悪感を抱く。
彼を生んだ当時、既に正妃だけでなく側妃達も多くの王子を生んでいた。
王が好色で后を沢山娶ったというのではない。
大国であるにもかかわらず、先王の急死で若くして王にならざるを得なかったシャイネンの父は、各勢力との均衡を図るため、それぞれの派閥から推された后を受け入れるしか無かった。
子供達の中には他国から嫁いできた姫の子供も混ざっており、様々な思惑が宮廷内に渦巻いていた。
今更王子が新たに誕生しても、椅子取りゲームの参加者が増えるだけで歓迎などされない。
だからこそ、死産だったと報告をし、実兄に頼んで我が子としてもらった。
母乳が出るのに飲んでもらえず乳が痛みを伴うほどに張り、悲しみに涙にくれた記憶は忘れられない。
その後、幾多の攻防の末王妃の長子であるヴィッセンが王位を継ぐまでに、幾人もの王子が謎の死を遂げた。
あの時の判断を間違いだとは思わないが、そのせいでシャイネンを恋愛に消極的な青年にしてしまったと心を痛める。
なにせ、シャイネンには、直系の『王族の血』が入っている。
他人が知るか知らないかは関係なく、彼の子は生まれながらに『王位継承』を持つ存在だ。
今後何者かに狙われたり、利用されたりする可能性を消し去ることは出来ない。
故に『子供を作らない』という発想に陥り、『結婚しない』という結論を生み出した。
そんな彼が、どうしても手に入れたいと熱く乞い願う少女を見つけた。
それを喜ばずして、親と言えようか。
「シャイネン、無事にベリッシモ伯爵家に婿入りできたら祝の品を贈るわ」
「では、王家所有の牝馬をお願いします。彼女は、乗馬が好きなので」
思わぬ品を所望され、ルーチェは、目を丸くした。
他国から献上された野生馬を王家お抱えの調教師が完璧に躾けた牝馬は、どれだけお金を積もうとも普通の貴族が持てるものではない。
「随分と、強気なおねだりをするようになったのね」
「彼女に贈るなら、それくらいの価値はないと……」
そう答えるシャイネンは、宝剣を彼に捧げようとしたリベルタとどこが違うというのだろうか?
もしかしたら、2人は似た者同士なのかもしれない。
ルーチェは息子の豹変ぶりにクスクスと笑い、思い立ったように、
「また、熱烈なことね。そんな未来の可愛い娘の為に、私も一肌脱ぎましょう」
とシャイネンに告げた。
実は、『白の審判』の立会に現在名乗りを上げているのは、ファット神父だという。
彼はボニートを庇ったせいで、現在教会内でかなり危うい立場に陥ってしまった。
己を守るためにも自分が立会人となり、リベルタの身は穢れていたと証明することで、ボニートが嘘を言っていなかったとしなければならない。
偽証をした者を、神は許さないからだ。
そして、それに加担した彼も又、同罪と見なされる。
なりふり構わなくなっているファット神父は、ベリッシモ伯爵夫人が不服申立てを繰り返しているにも関わらず、逆に人数を増やせないかと言ってきているらしい。
少しでも、自分を有利にするために、手勢を送り込みたいのだろう。
しかし、そんな横暴をルーチェが許すはずもない。
「私が立ち会いましょう」
この時彼女は、政治の世界から完全に身を引き夫と二人で園芸を楽しんでいた。
側妃達は、ヴィッセンが王位に就いた時点で皆様実家にお帰り頂いている。
他人と関わらずに生きる気軽さに、もう、離宮から一歩も出なくても良いかもとすら思っていた。
そんな彼女が立会人となれば、教会側も王太后の手前配慮をする必要があり、女性神官を派遣することになるはずだ。
「何故そこまで……」
「この国が居づらくなったら、あっという間に国外逃亡……なんてあり得そうな話ではなくて?」
共同開発者のトワレもクルーガーも、貴族社会に未練のあるタイプではない。
リベルタが逃げると言えば、これ幸いと付いていくだろう。
そうなれば、マジックバッグも『リベトワ』も、拠点を移され他国のものになってしまう。
王太后がパトロンだと勘違いしてくれたら、彼女らの大躍進にも納得がいき下手に手出ししたら国を敵に回すと思い込むはずだ。
「事実は、どうでも良いのです。人がどう思うかが、大事なのです」
百戦錬磨の王太后は、人心掌握に秀でた人物だと言われてきた。
何をどうやったのか、敵対していたはずの側妃の母国が、今最大の友好国となっている。
その裏には、ルーチェの計り知れない謀略と人の心掴む求心力があったのだろう。
そんな彼女にとれば、世間の評価を変えることも、教会を手だまにとることも造作もないことなのだろう。
『この人だけは、敵にすまい』
この日シャイネンは、心に固く違った。