作品タイトル不明
第十六話 思わぬ立会人
「リベルタ・ベリッシモ伯爵令嬢の発言を許します」
「恐れ入ります」
リベルタは、その場にいた全員の視線を一身に受け、
「私、『白の審判』を受けますわ」
と張りのある声で明言した。
法廷内が一気にざわつくが、一番焦っているのはシャイネンだった。
「待ちなさい、リベルタさん。それが、どんなものか分かって言っているのですか?」
婚姻後、3年間子作りを行わなかったことを証明できれば、女性の方から離婚を申し出ることができる。
いわゆる『白い結婚』と呼ばれるもので、処女性を証明するための検査を受けることを『白の審判』と呼ぶ。
しかし、実際には、そのような実例はほとんどない。
初夜で体を繋げてしまえば、その後どれだけ放置されても、この制度を利用できないからだ。
だから、この『白い審判』は、性犯罪に巻き込まれそうになった女性が身の潔白を証明する為に受けることが殆どだった。
それすら羞恥が先立ち、受けることを断念する女性も多い。
しかも、現世なら産婦人科医に頼むのだろうが、この世界には産婆しかおらず、法的な資料を作成するとなれば医師に頼むしかない。
女医の少ない現状において、十六歳の少女が男性医師に検査をしてもらうのは死ぬよりも恥ずかしいことだろう。
それでもリベルタとの肉体関係を疑われ、シャイネンが陰口を叩かれるなど絶対に阻止しなければならない。
「私、有耶無耶って大嫌いなんです!それに、シャイネン先生を婿養子に貰う為にも、身奇麗であることは証明しないといけないと思うんです!」
リベルタを直接には知らない下級生の中には、ボニートが悪い噂を広めたせいで、
『魅惑ボディで不特定多数の男性を味見している』
と未だに信じている者もいる。
男子生徒に多いらしいが、あわよくば自分もその味見に入れて欲しいとで思っているのだろう。
特に、リベルタは次期女伯爵。
噂のせいで婿入り希望者が少なければ、下級貴族の子息でも入り込める余地が出てくる。
その為、この類いの噂話は根強く、本人は登校すらしていないのに消える気配がない。
だからこそシャイネンへの疑念を全て晴らす為には、リベルタ自身の身の潔白を証明するしかないのだ。
「リベルタさん、それはいけません。貴女は、自分を粗末にし過ぎです!」
シャイネンのことさえなければ、リベルタは噂話など鼻で笑って気にもとめない。
そのことをシャイネンも分かっているからこそ、必死に止めた。
多少自分が陰口を叩かれようが、大切な生徒の犠牲の上に成り立つ平和など望んでいない。
しかし、どうしても止めると言わないリベルタに、
「分かった。それならば、検査の前に私と婚約しよう」
と言い出した。
結果の白黒よりも検査を受けたという不名誉が、今後の婿取りに大きな影を落とす可能性もある。
手遅れになる前に、自分が彼女を守らなければ。
そんな使命に燃えての名乗り出だった。
無論、自己犠牲で、ここまでのことは言わない。
ここ数年、リベルタから熱烈な好意を向けられてきたシャイネンとしては、彼女の事を憎からず思っており、結婚しても上手くやっていけると思った。
しかし、リベルタの反応は予想とは全く違った。
両手を挙げて喜ぶかと思ったが、いたって冷静な態度で、
「それは、お断りいたします」
と静かに答えた。
「私、シャイネン先生が大好きです。だからこそ、同情や責任感で婿入りして欲しくないんです」
悲しげなリベルタの視線に、
『貴方は、私を愛していないでしょ?』
と言われた気がした。
そして、守ろうと思うこと自体が、お門違いで上から目線だったと気付かされる。
「私、先生が思うより、ずっとずっと貪欲なんです。身も心も、全部欲しいんです。だから、覚悟してください。いつか、『君しかいない!どうか、結婚させてくれ!』って跪いてお願いして頂きますから!」
薄っすらと涙を浮かべて啖呵を切るリベルタの、なんと美しいことか。
この時、既にシャイネンは彼女に跪く日が、そう遠くないと確信していた。
「まさか、こんな形で、又君と関わりを持つ事になるとは思わなかったよ」
医務室の老医師は、出会った頃より、ずっと白髪が増えていたが、その表情は以前より明るく若々しく見えた。
入学式の日に、トワレに連れられ保健室に行って以来、4年ぶりの再会。
「今更だが、ワシの名前はネロ。今日は、検査を担当させてもらうよ」
シワシワの顔を更にシワシワにさせて、ネロは温かい眼差しをリベルタに向けた。
彼の耳にも、リベルタのここ最近の悪い噂話が流れてきていた。
しかし、初めて会った時の印象と懸け離れた内容に、眉をひそめる事はあっても信じることはなかった。
「こんなジジイで申し訳ないが、安心して検査を受けてくれると嬉しい」
旧友である学園長から検査を担当して欲しいと頼まれた時は、十六歳のうら若き娘になんてことをさせるのだと激怒した。
しかし、彼女の思いと状況を聞き、リベルタが間違いなく処女であると確信して検査を担当することにしたのだ。
「ネロ先生、無理なお願いを聞いていただき、ありがとうございます。このご恩は、いつか必ず」
「そう畏まらずに。ワシは平民。伯爵令嬢が頭を下げられるような存在ではないよ」
「いえ。先生は、何十年も生徒達を見続けてくれた素晴らしいお医者様です」
リベルタの曇りのない瞳に見つめられると、ネロはどうも擽ったい気持ちになる。
その昔彼は、上級貴族の治療を断った。
平民の少女を連れ去っては、味見して捨てるということを繰り返す許しがたい男だったからだ。
結局被害者の親に刺され治癒院に運び込まれてきたが、その日の当直はネロ一人。
どうしても治療したくないと拒否をしたら、代わりの医師が急遽呼び出された。
そして、なんとか治療は行われたが、時間がかかりすぎたせいで貴族には後遺症が残った。
その報復として家を焼かれ、治癒院からも追い出された。
あの時の怒りは、今も、心の奥底に燻っている。
しかし、入学式の日に運び込まれてきた少女が、平民出身の男爵令嬢と力を合わせてマジックバッグ作製という偉業を成し遂げた話は、彼の度肝を抜き笑顔にさせた。
『こんな痛快なことはない!』
それからというもの、ネロはリベルタとトワレのことを陰ながら応援してきたのだ。
そんな相手に認められ、素晴らしいお医者様などと言われれば胸が躍るというものだ。
「さぁ、こんなしょうもない事は、さっさと終わらせよう。お二方も、よろしいですかな?」
ネロは、立会人として選ばれた女性神官と、この場に不釣り合いな威厳を湛える女性を振り返った。
『それにしても………この方が、立会人に名乗りを上げるとは思ってもおらなんだわ』
ネロの視線に気づき片眉をクイッと上げたのは、長く政治から離れていた高貴な女性。
『何か問題でも?』
と語るような瞳の彼女は、シャイネンの実母、王太后ルーチェだった。