作品タイトル不明
第十五話 人生の主役
リベルタは、一度深呼吸すると、視線をボニートに向けて言葉を発する。
「全ての人間にとって、その人の人生の主役は、自分です。貴女にとって私は脇役なのかもしれませんが、私は、私の人生の主役なのです。指図をされる筋合いはありません」
ボンキュッボンな肢体で胸を張り高らかに宣言する姿は、卑猥さよりも凛々しさを感じた。
最初は、リベルタの十六歳らしからぬ『けしからん体』に下半身をモジモジさせていた副裁判長も、己の至らなさを恥じて下を向く。
『そこの若造、反省なさい』
リベルタは、裁判長の横に座る年若い彼をチラリと睨んだ後、
「では、先ず、何に答えたら宜しいのかしら?」
と華やかに微笑んだ。
この場が、リベルタに掌握された感すらある。
裁判長は軽く頷いた後、
「では、先ず、事実確認から始めましょう」
といい、映写魔導具を使って壁にフレルトとボニートの逢瀬の現場を投影させた。
決して肌身を見せているわけではないのに、いやらしさが隠しきれない二人の動き。
傍聴席に座る母親達からは、小さな悲鳴が聞こえた。
親世代の女性から見れば、野外で男性と不用意にボディータッチをするだけでも、娼婦にも勝る破廉恥行為に見える。
無論フレルトの母チャルラも同じ考えだが、率先して女性に手を回しているのは自分の息子だ。
一方ボニートの母親は顔を真っ赤にして娘を睨んでいる。
その目は、娘を諌めるものではなく、下手を踏んだ奴に向ける怒りの色を含んでいた。
『もっと、上手く出来たでしょ!』
口に出さずとも、そう思っているのが手に取るように分かる表情だ。
母親と名乗る資格すらない。
そこに更に音声が流れ出すと、皆の意識は再び映像へと引き戻される。
『今、フレルト様と男女の契りをしてしまえば、私は、再び町娘に戻るしかありません』
そうフレルトに言いながらも、彼の勢いに押されて服を乱されるボニート。
野外でなければ、本当に最後まで押し切られていただろう。
フレルトが抱きしめるだけでなく、自分のスカートをまくり上げようとしているのを客観的に見せつけられたボニートは、
「こ、こんなの、個人情報の漏洩だわ!止めて!止めてよ!」
と叫んだ。
捲れ上がったスカートの下から見える白いふくらはぎ。
膝より上が見えそうになって、絶叫は更に大きくなる。
しかし裁判長は冷静に、
「これは、裁判資料です。貴女が無実を訴える以上、その反論材料として必要不可欠な情報です」
と取り合わない。
それならと、
「人の私生活を勝手に撮影するなんて!撮影者を名誉棄損で訴えるわ!」
と矛先を代えれば、
「残念ながら、これは、学園から提供された録画映像です」
と一蹴された。
ボニートは、自分に付けられていた諜報部員が撮影していたのだとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。
「どういう意味ですか?」
「学園に監視システムが設置されていることは、入学時に全ての生徒に対して説明がなされているはずです」
きっぱりと言い切られ、反論する余地も与えてもらえない。
訴える側が無許可で取った映像に証拠能力がないことを知っていたシャイネンが学園側と交渉し、防犯用魔導録画機による動画を借り受けてきたのだ。
貴族が通う学園だけに、不法侵入等を未然に防ぐための手立てが万全に整えられているのは周知の事実。
高い塀には結界石が組み込まれ、校内を監視できる映像システムも構築されている。
それら全てが魔導具で管理され、緊急事態には国の軍隊すら動くのだ。
「まずは人目のある場所で、このような行為をすること自体に問題があります。学園内での調査で君達の密会を見ていた生徒は、両手では数えきれないほどいましたからね」
物語の主人公として華々しい学園生活の始まりに浮かれていたボニートは、途中入学での事務的な説明など全く聞いていなかった。
でも、フレルトは違うだろうと思い彼を睨みつけると、愕然とした表情で裁判長を見つめていた。
「ちょっと!貴方、知らなかったの!」
「し、知らない……俺は、新入生挨拶をしなきゃいけなかったから、そんな話聞いている間もなかった……」
結局、自分が目立つ場面を直前に控え、フレルトも浮かれていたのだ。
「ばっかじゃない!」
「お前こそ、俺を唆したくせに、被害者面するな!」
自分達の淫らな映像が流れる中で、罵倒し合う姿のなんと滑稽なことか。
「お二人は、恋人ではなかったのですか?」
何十回とこの二人のラブストーリーを周回していた元廃ゲーマーは、見たこともない修羅場に思わず言葉が漏れた。
「リベルタ、聞いてくれ!俺は、騙されたんだ!アイツと結婚したら、公爵になれるって言うから」
「私、そんなこと言ってないわ!私と結婚する人は公爵になれるとは言ったけど、貴方と結婚するなんて一言も言ってない!」
「嘘をつくな!俺だけって言ったじゃないか!」
「『私を救ってくれるのは、貴方だけ』って言ったけど、アンタみたいなクズと結婚なんてしない!」
女性を所有物のように扱い、隙あらば体を狙う。
何処に男性としての魅力があるのか、教えて欲しいとボニートは思っていた。
「言葉って難しいですね。シャイネン先生」
「良い子は真似しちゃ駄目だよ、リベルタさん」
他人事のように傍観する二人に、ボニートはカッとなった。
「なによ偉そうに!そういうアンタだって、そのヤラシイ体でフレルトを陥落させたんでしょ?」
リベルタを睨みつけ、髪を振り乱しながら絶叫するも全くのお門違い。
確かに、原作ならそうかも知れないが、
「いえ、もう、何年も会っていませんし」
とあっさりリベルタに否定されて、ハッと我に返る。
ここは、ボニートが思っていた世界と何もかも違うのだ。
「じゃ、じゃあ、その王弟を、体で懐柔したのね!」
何か言わなければと咄嗟に口をついたのは、禁句である『王弟』だった。
口走ってしまったボニートは、一人だけ気づいていない。
思わぬ所で国家機密に触れてしまった人々は、今後国の強い監視下に置かれる。
先んじて事実を知らされていたのは、裁判官二人。
ベリッシモ伯爵家の三人は、前日にリベルタがすべてを話した際、シャイネンが自ら身分を明かしていた。
既に他言した場合死をもって報いると魔法契約を結んでいる。
しかし、ポルポ公爵家とボニータの家族、そして、ボニータを警護してきた神父は別だ。
ざわつく彼らを前に『王弟』を肯定するようにニヤリと笑ったシャイネンの、なんとドSなことだろう。
その横顔に、
「シャイネン先生、どこまでもついていきます!好きです!」
とリベルタは、歓声を上げる。
その言葉尻を取って、
「ほ、ほら!この二人、教師と生徒なのに男女の関係なのよ!コイツらこそ罰してよ!」
と鬼の首を取ったような自慢げな顔で、リベルタ達を指差した。
一方で、まさかシャイネンが王弟だとは知らなかったフレルトとポルポ公爵夫妻は虫の息だ。
これ以上騒ぎを大きくすれば、自分たちの命すら危うくなってくる。
『もう、なにも喋るな』
フレルトのボニートへの気持ちは、彼女に伝わることはない。
「学校でも噂が出てるのよ!マジックバッグ研究会の担任教員をシャイネンが引き受けたのも、アンタの体に目がくらんだからだってね!」
自分で広めた虚言を自慢気に説くボニートに、リベルタのこめかみがピクリと動く。
「今、なんて言いました?」
「何度でも言ってやるわ!アンタ、学園では『売女』って呼ばれてるのよ!シャイネンも引っかかったって馬鹿にされてるわ」
普段、何事もアバウトで自分にも極甘なリベルタは、ほとんど怒ることがない。
しかし、シャイネンを侮辱されては、話は違う。
「ちょっと、裁判長、宜しいかしら?」
リベルタは、このまま放っておいても裁判に片がつくのは分かっていたが、どうしてもシャイネンへの疑念を晴らしたかった。