作品タイトル不明
第十二話 おかえりただいま
リベルタ、トワレ、そしてトワレに付いてきたクルーガーの三人は、産まれて直ぐに自分の足で立ち上がろうとする子馬に感動していた。
毎年の事だが、見る度に胸が熱くなる。
今年初めてきたクルーガーなど、目に涙を浮かべていた。
子馬を鼻で支える母の愛も、横で見守る厩舎員達の眼差しの温かさも、全てが輝いて見えた。
三者三様、驚きと喜びを口々にしながら摂る昼食は、本当に楽しいものだった。
しかし、そこにもたらされたのは、『リベトワ』への不法侵入者逮捕の知らせ。
しかも、犯人は、フレルトだという。
「え?なんで、今更?」
リベルタにとっては、過去の男。
もう、随分と長い間忘れていた存在だった。
そんな奴の突然の深夜訪問など、在宅中でも受け入れることはない。
しかし、本人は、
「リベルタなら、分かってくれる」
と面会を求めているらしい。
「いや、会っても、許さないし」
困惑を通り越して、薄気味悪さすら感じるフレルトの言動。
しかし、一旦戻らなければ、話は進みそうにない。
「ほんと腹立つ!クルーガー、トワレのことは頼んだわよ!」
恋人同士になったばかりの二人を、自分の因縁に引きずり込むわけにもいかない。
しかも、
「いや!ついて行くわ。私の家でもあるのよ!賠償金せしめてやる!」
と息巻くトワレと
「俺だって、トワレの家に不法侵入した男とか、灰にしてやる!」
と爆炎魔法をぶっ込む気満々のクルーガーなど連れていけば、余計話がややこしくなる。
特に、百年越しで未来の伴侶を手に入れた男は、超が付くほどの過保護&溺愛を爆発させている。
元々、腹黒だ。
どんな手段を使ってフレルトを亡き者にするか分からない。
「トワレ、貴女、子馬ちゃんに名前をつけてあげるんじゃなかったの?まだお腹の大きな母馬もいるんだから、残って私の分も名前を考えてよ」
「んー、それもそうだけど」
「クルーガー、貴方は、トワレの傍に居て守ってあげて」
「当然だろう」
子馬を出しにしてトワレを足止めすれば、彼女の守護神が動くことはない。
リベルタは、不承不承な二人を残して王都へと戻った。
領地から馬車に乗って、丸2日。
正直、一人旅は辛すぎる。
行きの楽しさがあっただけに、リベルタの表情はどんどんと暗くなった。
「なんで、私ばっかり…」
今更、ゲームシナリオの強制力とやらに引き込まれるのか?
そう考えると、心臓が痛いくらいにバクバクと脈打った。
必死に恐怖に耐えようと、爪が掌に食い込むほど強く拳を握る。
怯えた目で王都を囲む城壁を見ていると、関所である大門の前で思ってもいなかった人物が立っているのが見えた。
風に赤髪を靡かせる彼は、イケメンマッチョなくせに、銀縁眼鏡の中の瞳がおじちゃんのように優しい人だ。
「お帰り」
なんの変哲もない迎えの言葉だけで、リベルタの涙腺は崩壊寸前だ。
「た…ただいま帰りました、シャイネン先生」
確かに、最初は見た目で好きになった。
非の打ち所がない、ストライクゾーンど真ん中な彼。
でも、どんな時も優しい笑顔で見守り、常に破天荒過ぎるリベルタを心配してくれていた。
フレルトのように金目の物を強請ることもなく、逆にリベルタが疲れた顔をしていると、お菓子などの消え物をそれとなく手渡してくれる。
そして今日も、不安なリベルタを温かな日差しのような微笑みで待っていてくれた。
「な、なんで、ごごに、いるんでずが?ズズズ……(なんで、ここに居るんですか?)」
鼻をすすりながら挨拶をするリベルタは、いくら前世二十九歳喪女といえども、十六歳相応の不安を抱えていた。
もし、在宅中に侵入されていれば、トワレを守る為に相手の言いなりになっていたかもしれない。
乙女ゲーム内でのフレルトは、リベルタに理不尽な扱いを平然としていたのだ。
無駄に育ってしまった魅惑の肢体は、ムッツリスケベのフレルトには美味しい獲物に見えたかもしれない。
色々並べ立てたが、やはり、フレルトが怖いのだ。
以前、無理矢理引きずっていかれそうになった時、抵抗すらできなかった記憶が蘇る。
「ほら、コレを使いなさい」
シャイネンから手渡されたハンカチは男性用の大判で、リベルタは顔を埋めるようにして涙を拭った。
「話が、思った以上に複雑になってしまってね」
伯爵家へ帰り着くまでの間、シャイネンは事の経緯を話してくれた。
捕縛後、かなり厳しい尋問を受けたフレルトは、
『ボニートを守りたかっただけなんだ!』
と聖女の名を出して自分の正当性を主張し始めた。
そこでボニートにも事情を聞こうと寮に赴くと、激高して騒ぎまくったあげく部屋に立てこもってしまった。
無理矢理引き摺り出すわけにもいかないシャイネンは、後をミスローズにお願いして一旦引いた。
その後、夜の戸締まりを確認しにミスローズが寮の周りを確認していると、
パタパタパタパタ
窓から垂らされ風にたなびく何かを見つけた。
「まぁ!なんてことなの!」
どうやらボニートは、シーツを破いて繋ぎ合わせたものをロープ代わりにして窓から逃げ出したようだ。
その足で教会に駆け込んだらしいが、馬車でもかなりの距離があるというのに相当な体力だ。
仕方なく教会へ問い合わせると、
「話は、教会が聞かせて頂きます」
と、次期教皇候補の一人であるファット神父がしゃしゃり出てきた。
でっぷりと太ったビール腹は、清貧な聖職者にあるまじき肥満体形である。
現在、教皇が他国の教会を回っている為、代理人として自ら名乗りを上げたようだ。
あらましを説明すると、ボニートに確認を取るために裏へ消えた。
そして再び出てくるやいなや、
「フレルト・ポルポなる人物のことを、聖女様は知らないとおっしゃっています」
と言い放った。
本当にきちんと確認してきたのすら怪しい。
兎に角、最初からボニートと会わせるつもりがないのだ。
とは言え、フレルトとボニートが裏庭で抱き合っていたのは一度や二度ではない。
詳細な資料を提示し知人であることは間違いないと迫れば、今度は、
「神聖なる聖女が、男に襲われそうになっているのに助けなかったのか!」
と、こちら側を糾弾し始めた。
これではいくら時間をかけてもボニートへの面会は無理だということで、
「では、法廷できちんと判断してもらいましょう」
という話になったらしい。
「本人いないところで、話が飛躍し過ぎていません?」
フレルトの不法侵入の原因が、会ったこともない聖女。
二人が恋仲なのは、前世で彼らのルートばかり周回していたリベルタとしては、なんら違和感がない。
しかし、聖女が自分を嫌う理由が分からないし、フレルトが深夜に家宅侵入してまで何をしたかったのかも分からなかった。
「ここだけの話だけど、今、聖女には、他国のスパイの容疑が掛けられています」
「これまた、意外なお言葉」
「王太子をはじめとした高位の貴族令息や、君の友であるトワレ・シュクセ男爵令嬢にも接近を図ろうとしたからね」
「は?」
まだ、王太子達は分かる気がする。
彼らは攻略対象になるほどの超優良物件だし、仮に見初められて結婚できたら玉の輿だ。
聖女だけでなく、全ての女生徒があわよくばと思っているだろう。
しかし、トワレは違う。
身分も低い、ただの女子学生。
確かに、最近はマジックバッグやリベトワといったコスメの開発もしているが、それだけで聖女にピンポイントで狙われるのはおかしい。
「それが不思議なことに、聖女は、彼女の名前を知らないらしいんだよ」
「名前をですか?」
「寮で同室になるはずだった『三つ編みの最上級生』を探していたらしい。その容姿の説明から、ほぼ間違いなくトワレさんで間違いないようだよ」
それを聞いたリベルタは、自分が何かを忘れているような不安を感じた。
『三つ編み、上級生、寮の同室』
確かに攻略本にそんな人間がいたはずだが、フレイトルートを周回したときには一度も接触した記憶がない。
ウンウンと唸りながら過去の記憶を掘り起こしていたリベルタに、
「君、『当て馬令嬢』という言葉に心当たりはあるかな?」
とシャイネンが声をかけた。
「あっ………」
リベルタは、背筋が凍るような寒気を感じた。
そして、その衝撃が切っ掛けとなり『三つ編みの最上級生』についての情報も思い出す。
ヒロインが寮に初めて来た日に、チュートリアルで出てくる後ろ姿しか映らない同居人だ。
『分からないことがあったら、なんでも聞いてくださいね』
と親切に声をかけてくれる三つ編みの上級生。
『あれが、トワレだったというの?』
一度も使ったことのないお助けキャラ。
確かに、トワレはお助けキャラと言われても納得のいく情報量と正確な状況分析ができる少女だった。
混乱で目が回りそうになるリベルタに、シャイネンが、
「リベルタさん、『当て馬令嬢』って言葉を知っていますか?」
と意図せずに追い打ちをかけた。
「そ、それって、誰が言っていたんですか?」
「聖女が『リベルタなんて当て馬令嬢のくせに』と叫んでいたのをミスローズが聞いていたんです」
不安が確信へと変わる。
『ヒロインも転生者なんだわ』
指先が震え、息が上手くできない。
真っ青な顔でシャイネンを見上げれば、彼も泣きそうな顔でリベルタを見ていた。