作品タイトル不明
第十一話 赤髪のナイト
酔っ払いも帰宅して、ベッドでグーグー鼾をかきながら眠りこける深夜。
街灯も消えた街は、満月が厚い雲に覆われると一瞬にして暗闇へと変わる。
野良猫や野良犬すら姿が見えず、時が止まったかのような静けさ。
そんな中、一人の少年が黒装束で闇に溶け込み、辺りを窺っていた。
暗視が出来るメガネに、足音の鳴らない靴。
どちらも魔道具で、何故そんな物が家の倉庫にあるのかは不明だが勝手に借りてきた。
元々黒い髪は、闇夜に紛れるのに適している。
本人にはそのつもりはないだろうが、顔半分も布で覆えば泥棒としては完璧だ。
『リベトワ』と看板が掲げられた店は、少女の2人暮らしだというのに囲い塀すらない。
何処からでも入ってくれと言わんばかりの警備の薄さだ。
「ふう……やるしかないのか……」
自分から来ておいて、まるでやらされている感を醸し出すのはフレルト。
一から十まで嫌なヤツだ。
ボニートのリベルタに虐められているという訴えを聞いてから、フレルトなりに色々と調べた。
しかし、何も分からなかった。
何故ならリベルタは学園に通っておらず、また、ボニートも特別クラスのため裏庭でしか会えないからだ。
周りの様子を窺っても、女子達が熱心に話しているのは『リベトワ』のコスメのことばかり。
やれ、白粉のノリが良いとか。
やれ、新色のリップが出たとか。
どこにもボニートの話はなく、リベルタの活躍ばかりが耳に入ってくる。
「リベルタのくせに」
久しぶりに口にした決め台詞。
自分が落ちぶれた全ての原因はリベルタにあり、また、愛してやまないボニートまでも手下を使って虐げる。
「俺の恋人だから、嫌がらせするのか?」
未だに好かれているとでも思っているのか、
「いつまでも、諦めの悪い奴め」
とまんざらでもない笑みを浮かべる。
リベルタが見たら、
「キモッ!」
と戦慄した事だろう。
今日、フレルトがここに来たのは、決してリベルタを殺害しようと思ってのことではない。
ただ、『話し合い』をしたかったのだ。
自分をいつまでも好いてくれるのは嬉しいが、今、自分の心にいるのはボニートだけ。
悔しくて虐めてしまう気持ちも分かるが、どうか、矛を収めて欲しい。
一体、どこをどう捏ねくり回せばこんな発想が生まれるのか?
しかし、彼の中ではこれが事実であり、モテる男は辛いとすら思っている。
リベルタが十二歳になるまで、彼を褒めすぎた弊害かもしれない。
最初は手紙で伝えようかとも思ったが、きちんと手元に届くか不安がある。
それなら、直接会って話すしかない。
しかしリベルタは、全くと言っていいほど登校していない。
ボニートから、現在は寮を出て元平民の男爵令嬢と、貴族街の端に建つ二階建てに二人暮らしをしていると聞いた。
伯爵家への接近禁止命令は出ているが、そこなら行っても問題ないだろうと自ら向かうことにした。
夜を選んだのは、リベルタと居るところを見られ、復縁したなどと周りに思われなくないからだ。
付き合っていたわけでもないのに、妄想の激しいフレルトの中では、リベルタは随分と未練たらしい女になっていた。
「よし、行くか」
一人しかいないのに、一体誰に語っているのか?
手に工具を入れた袋を持って歩を進める。
まず、自宅に押しかければ、逃げられないだろう。
そんな思いで、侵入を決めた。
それが傍目から見て、どれほど恐ろしく自己中心的であるかなど考えもしない。
深夜に枕元に立たれるなど、ご先祖様でも遠慮願いたい事案だ。
何もかもがチグハグで短絡的なフレルトは、忍び足で招き猫の傍まで来た。
そして、窓ガラスに鋭利な刃物で線を描く。
何度も、何度も、何度も、何度も同じ部分をなぞり、コンコンと叩いたら、その部分だけパリンと割れた。
直ぐにでも盗賊になれそうな腕前だ。
どうやら、侵入方法を考えてかなり練習を積んできたらしい。
その時点で、犯罪だということに気付いて欲しかった。
しかし、妙な達成感にご満悦な彼は、そこから手を突っ込むと鍵を開けて中に体を滑り込ませる。
二階の居住スペースへは、階段を上らなければならない。
逆を言えば、彼女達の逃げ道も一つしかない。
同居人のトワレ・シュクセは、下級貴族な上に一代限りの男爵。
騒いだところで、公爵家には逆らえない。
どこまで行っても、クズの発想だ。
店の奥に階段を見つけると、ソロリソロリと一段一段昇っていく。
そして、最後の段に足を掛けた瞬間、
シャラララ
鈴音のような音がして、
ドン
何者かに前から押された気がした。
「え?」
フワリと空中に投げ出される体。
手すりを握ろうとした手が、パチンと静電気のような痛みを伴って弾かれる。
落ちていく瞬間が、スローモーションのようにゆっくり感じられた。
階段の上に置かれた紐付きの変な石が、ボンヤリと輝きを放っている。
どうやら設置されていた結界石が反応して、自分を拒絶したらしい。
しかし、そうと気付いた時には遅かった。
ドタドタドタドタドタドタドタドタ
階段を転がり落ち、床に思い切り叩きつけられた。
両腕で頭を庇ったことで、辛うじて首を折るなどといった命にかかわる怪我はしなかった。
それでも全身を襲う激痛は、ただの打ち身とは考えにくい。
もしかしたら、あばら骨の一、二本折れているかもしれない。
そして、これだけ大きな音を立てたのだ。
2階の住人のみならず、近隣に住む人達も様子を見に来るだろう。
『逃げなければ』
分かっているのに、フレルトは結局指一本動かす事が出来なかった。
何故なら、
「そこまでだ、フレルト・ポルポ。現行犯で、逮捕する」
自分の肩に細いステッキを押し当て、起き上がれないように誰かが押さえつけているからだ。
雲が晴れ、窓から射し込む月明かりに映し出されたのは、真っ赤な髪の美麗な男。
杖を剣に持ち替えれば、絵本に出てくるナイトのように見える。
逞しい体躯を持ち、殴り合っても勝てそうにもない。
学園で一度見かけた気はするが、騎士科のフレルトが、魔法科のごく少数しか教えない結界学担当教師など知るはずもない。
「あんたは、誰だ?」
「深夜に、女性宅に不法侵入しようとするような奴に答える名前はない」
答える声の、なんと冷たいことか。
某転生喪女が聞けば、
『いやん、ドS』
とモジモジしながら変態的笑顔を浮かべたことだろう。
「連れて行ってくれ」
号令と共に、ゾロゾロと男達が入ってきた。
服装を見るに、どうやら憲兵のようだ。
ただ、幼馴染の家に話をしにきただけのつもりだったフレルトは、この時完全に犯罪者としての烙印を押された。
「違う!そんなつもりじゃ!リベルタ!リベルタ!助けてくれ!リベルタ!」
しかし、2階からは、誰も降りてこない。
「残念だな。彼女は、今、お馬さんに会いに行っているよ」
乗馬が趣味のリベルタとトワレは、子馬が生まれる時期に、伯爵領へ行って赤ちゃんに名付けをするのを毎年の恒例行事にしていた。
今朝、出産が間もなくと連絡が来て、慌てて旅立ったことをフレルトは知らない。
「ったく、こんなのを置くから、変な者まで引き寄せるんだ」
憲兵によってフレルトが番所に連れて行かれた後、一人になったシャイネンは、珍しくラフな話し方で店先の猫をポンと叩く。
ずっと監視をつけていたフレルトがリベルタ達の家に向かったと聞いて、慌てて駆けつけた。
家主達は、ちょうど不在。
いっそ罪を犯させたほうが逮捕も出来るとあって、わざとフレルトを泳がせた。
捕縛後本当ならニ、三発ほど殴ってやりたかったが、今後罪状をハッキリさせる際に、こちらが不利になることはできない。
『リベルタさん、もう、変な虫は寄せつけないでくださいね』
本人に言えば大喜びしそうな言葉だが、心の中に留めておくことにする。
そして歯の浮く言葉の代わりに、建物の要所要所に自作の結界石を置いた。
国防に関わる彼が作った物だ。
その効果は、想像に余りある。
今後はぼんやりと光るそれらも、関守石と共に彼女を守ってくれることだろう。