作品タイトル不明
第九話 ミス・リード
「また叫び声が聞こえたので、これは危険かと思い報告を上げさせて頂いたのです」
寮母であるミスローズの言葉に耳を傾けるのは、シャイネンの兄ヴィッセン。
そう、この国の王である。
元教え子でもある彼の下にお忍びでミスローズが訪れたのは、教会に聖女と認められたボニートの奇行に関しての相談のためだった。
これまでも、ヴィッセンの頼みでミスローズが秘密裏に動くことがあった。
シャイネンにまとわりつくリベルタの情報提供は、今も欠かさず行われている。
息子とさほど年の変わらない末弟を、彼は、長年大切にしてきた。
決して表立って名乗りは上げられないが、たまに食事を摂る時などは昔と変わらず仲の良い兄弟なのだ。
そんな大事な弟に伯爵令嬢リベルタがまとわりつき始めた時は、思わず衛兵隊を差し向けて抹殺してやろうと思ったほどだった。
それを弟自身に厳しく止められ、渋々諦めたのは4年前。
しかしその後、リベルタとシャイネンはなかなかに面白い関係を築いており、ミスローズからの報告を読むのをヴィッセンも楽しみにしていた。
破天荒で嵐のような少女の猛攻と、柳のようにしなやかに受け流す弟のやり取りは、まるで喜劇。
声を上げて笑ったのも一度や二度ではない。
しかし、そんな彼女が、聖女誕生の余波で寮を追い出されることになった。
心配を他所に、リベルタは嬉々として同室だったトワレとの共同生活を始める。
そこまでは、何の心配もいらなかったのだ。
しかし、聖女と呼ばれるボニートの奇声が寮に響くようになると状況が変わってくる。
「入室初日には、一人部屋であることがおかしいと、なんどもこちらに問い合わせていたのです。『三つ編みの最上級生は、何処にいますか?』と」
「『三つ編みの最上級生』?」
「多分、トワレ・シュクセ男爵令嬢のことだと思いますが、名前も知らないのに容姿だけ詳しいというのは、少し違和感があります」
「なるほど……。姿絵か何かで、確認していたのかもしれないな」
「はい」
王太子や隣国の第三王子にも近づこうとしたことで、他国から差し向けられたスパイなのではないかと怪しまれているボニート。
トワレも、父親が魔石を扱う商店の為、狙われているのかもしれない。
「最近では、『なんで、皆、言う通りに動かないのよ!』と叫んでいます」
「まさか、『魅了』を使うのか?」
「分かりませんが、床が踏み抜かれるのではないかとヒヤヒヤするほど地団駄を踏むので、薬物でも使用しているのかと心配になります」
「なんと……麻薬までも……」
弟シャイネンの行方も嗅ぎ回っていたボニート。
聖女と言えども、良い感情を持てないでいた。
報告によると、歴代の聖女と違い、奉仕活動にも非協力的で礼儀作法の習得も遅い。
自分も平民出身なのに、平民を見下す傾向にあるという。
最近教会内部も方針の違いで対立することが多くなってきた。
清貧を心掛け民の為に働く元来の勢力を、権力に溺れ私利私欲を満たそうとする腐った者が徐々に侵食しつつある。
後者は、聖女を必要以上に担ぎ上げることで自分達の派閥を有利にしようとしているようだ。
そこにミスローズのミスリードが重なり、それこそ勘違いコメディのように話が捻じ曲がっていく。
二人だけの密談が終わる頃には、ボニートは、
『聖女を騙り学園に入り込み、魅了魔法で王侯貴族を虜にし、トワレなどといった国にとっての重要人物の子供を人質にし、大金をせしめようとする他国のスパイ』
という盛りに盛った支離滅裂なキャラクター設定がなされていた。
「危険だな」
「えぇ、危険すぎます」
もしリベルタが彼らの話を横で聞いていたら、
「貴方達の頭の方が危険かも」
と注意をしてくれただろうが、残念ながら、ここにストッパーとなる人物はいなかった。
「シャイネンにも、相談しよう」
「そうですわね」
頷き合う彼らは、まるで、越後屋と代官のように腹黒い笑みを浮かべていた。
「兄上、想像だけで人を裁いていては、国のトップとして問題が生じますよ」
冷静な弟に一刀両断され、ヴィッセンはショボンと肩を落とした。
その横には、同じように叱られた子供のような顔をするミスローズが立っている。
「いやしかし、シャイネンのことを根掘り葉掘り他の生徒に聞き回っていた時、一度だけ『王弟』と口走ったと報告があったのでな」
不貞腐れた顔でヴィッセンが呟くと、今度は逆にシャイネンの方が、
「何故それを先に言わないんですか!」
と声を荒立てた。
「国家の極秘事項を知っている時点で、危険などという話では収まりがつきません!確実に裏で糸を引く人間がいて、国家転覆を狙われていても不思議ではないレベルです!」
自身の身の上は、永遠に明かすことのできない秘密。
運よく相手が聞き逃し、その後噂が広まることもなかったため大事には至らなかったそうだが、シャイネンの警戒心はマックスまで跳ね上がる。
しかも、
「どうやら、リベルタ嬢に並々ならぬ恨みを抱いているようですよ」
とミスローズがお得意のミスリードを連発した。
いや、これは、ミスリードではない。
完全なる、事実。
学園内で会ったこともないリベルタ達の噂をボニートが下級生達に流していることは、既に諜報部から情報が上がっていた。
言葉にするのも腹立たしい噂がみっちりと書き込まれた資料を、シャイネンは思わず握りつぶしてしまう。
その目は、完全に切れた人の色をしていた。
普段温厚な人を怒らせたらいけないという、とても良い例だ。
放って置けば、聖女を難攻不落の結界で囲い込み、二度と出られなくしてしまうかもしれない。
背中に冷や汗をかいたヴィッセンは、慌てて慎重論を持ち出してくる。
「しかし、あれでも一応聖女認定された少女だけに、排除すれば教会からも苦情が来るだろ」
人体の欠損すら治してしまう聖女の神聖魔法は、教会にすれば、自分達の権威を高めるための大事なファクターだ。
月に一度平民に対して行われる無料治癒日には、長蛇の列ができる。
その時ボニートは、確かに人々を治してきた。
実力に、嘘偽りはないだろう。
ただ、それ以外の日は働くことはなく、特別に診察する場合は多額のお布施が強要された。
そのほとんどがボニートとその家族に流れているが、教会幹部の一部にも甘い汁を吸っている者がいるようだ。
その者が聖女と患者の間を仲介する為、金持ちしか万病を治す聖女の治療を受けられない事態が常態化していた。
それほどの権限を持つのは、教会の中でもかなり上層部の人物。
政治とは切り離された存在だけに王命で調査をするわけにもいかず、特定には時間がかかるだろう。
「厄介なことになったな……」
明らかにボニートが罪を犯したという証拠が必要だが、今のところ、他愛もない立ち話に少々思い込みの激しい『仮定』を流しただけのこと。
彼女に唆されて『リベトワ』に突撃した女子生徒達も、今は憑き物が落ちたかのように穏やかに過ごしている。
その為残念ながら、法廷に引きずり出せるほどの罪状もつかない。
まずは、リベルタ達に危害が及ばないよう、今以上にボニートに対しての監視を増やすことにした。
そして、王太子と隣国の第三王子には、万全を期すため王領にある避暑地に行ってもらう。
危険人物からは、物理的に引き離すのが一番だ。
ただ、その中にフレルト・ポルポの名前はなかった。