作品タイトル不明
第八話 トワレの断捨離
「あ!先生!」
リベルタに尻尾があれば、ブンブンと引きちぎれそうな勢いで左右に振られる姿が見えただろう。
興奮気味の犬のように、ハァハァハァと息も荒い。
少し気持ち悪さも漂う彼女の頭を、シャイネンは慣れた手つきで撫でた。
もう、飼い犬と飼い主である。
「開店準備は、順調そうだね」
「はい」
「これは差し入れだ。後で食べて」
「シャイネン先生も、ご一緒に!」
来たからには帰さないぞという気迫が、リベルタから漂っている。
その鬱陶しさに、トワレの方が辟易とした顔をした。
しかし、シャイネンは通常運転とばかりに、
「そうだね。では、あとで一緒に食べよう」
と微笑みを浮かべる。
例えるなら『馬鹿な子ほど可愛い』といったところだろうか。
しかし、そんなシャイネンの顔が一瞬にして固まる。
彼の視線の先にあるのは、猫の置物。
対になったそれは、一つは右前脚を、もう一つは、左前脚を手招きするように上げていた。
「………リベルタさん」
「はい」
「コレは、何かな?」
「招き猫です!」
シャイネンは、この猫の置物から、結界石とは真逆の作用を強く感じた。
不思議な力で引き寄せられるような、抗い難い魅力がある。
「何に使うものか、教えてくれるかな?」
「店頭に置くんです。そしたら、お客さんが集まるんです」
「魔法で人を呼び寄せるのは、違法じゃないかな?」
「えー、魔法なんて使っていません。コレは、そういう縁起物なんです」
魅了のような力とは違うとリベルタは言う。
確かに、調べてみたら魔石などといったものは使われておらず、魔道具ではなさそうだ。
魔法陣すら描かれていないのに、何故、これほどに人の注意を引くのかが分からない。
「それは、可愛いからです!」
2頭身の体に、ふっくらとした白い体つき。
黒目がちな大きく見開かれた瞳。
ピンと立った耳は、こちらに注意を向けているようにも見え、思わず語りかけてしまいたくなる。
「右手がお金、左手が人を呼ぶんです」
常々、結界師としての立場上、『防ぐ』という観点から物事を見てきたシャイネンにとって、初めての発想だった。
確かに、幸運が呼べば来るものなら、置かないという選択肢はないだろう。
ただ、シャイネンの胸に一つの懸念がよぎる。
『呼ぶ』という行為は、『遮る』という行為と相反する。
二階が居住スペースなだけに、良からぬものを招き入れないとも限らない。
「そうだ、リベルタさん。以前私にくれようとした『関守石』は、あるかな?」
「あ!いりますか!」
「違う、違う。少しだけ、貸してもらえるかな?」
「勿論!持って来ます!」
命令を下された警察犬のような素早さで階段を駆け上がったリベルタは、部屋の隅に転がしていた石を拾ってきた。
「コレですよね?」
「そうそう、コレです」
シャイネンは、石を受け取ると自分の魔力を注ぎ込んだ。
結界師としての能力を馬鹿みたいに注ぎ込んだ結界石の誕生だ。
横で見ていたトワレの顔が引きつるが、リベルタは、真剣なシャイネンの横顔にうっとりするばかり。
「先生、好きです」
「ありがとう。じゃあ、この石は、二階の階段を上がった直ぐの所に置いておくように」
「はい!」
ルンルンで階段を上がっていくリベルタ。
こうして、国境沿いの城壁よりも強固な結界が、二人の少女の新居に張られることとなった。
聖女がフレルトを攻略し始めてから1ヶ月が経った。
昔の容姿を取り戻し始めたフレルトに、周りの評価も変わっていく。
そして、それに伴い、
「リベルタ様って、本当は他の人の手柄を横取りしてるだけで、自分は何もしていないんですって」
「クルーガー先輩も、平民の罠にかかって無理やり婚約させられたそうよ」
「リベルタ様は、豊満な胸で色んな男子を食い物にしているのよ」
そんな根も葉もない噂が、下級生を中心に広がり始めていた。
リベルタ、クルーガー、トワレを良く知る上級生組は、何を言ってるんだ? と鼻で笑っていた。
しかし、何も知らない下級生にとってみれば、見たこともないリベルタ達よりも、噂の方が身近なのだ。
そこに、ボニートの『人に話を信じてもらいやすい』という聖女特典が加わり、嘘が真のように扱われるようになっていた。
幸いなことに、当の本人達が登校していないため、実害は起きていない。
故に、学園側も表立って注意喚起を行う事も出来ないため、
『根拠のない噂に流されないように』
という一般的な常識を説くしかなかった。
そんなある日、噂を鵜呑みにした女子生徒達が、『リベトワ』の店舗を訪れた。
真相を確かめ、あわよくばリベルタとトワレを糾弾してやろうと思っていたのだ。
いくら学園内で身分の平等を謳おうとも、身分制度の厳しい世界で上位貴族であるリベルタに物申すなど、本来あってはならない。
これも、焚き付けたのは聖女だった。
「皆様、心ある方が立ち上がり、悪は成敗しなくてはなりません」
その言葉に乗せられた彼女達は、まるでヒーローにでもなった気持ちで店を目指した。
しかし、
「やだ……可愛い」
店の前に立った瞬間、両側に立つ招き猫の愛らしさに、速攻で心を奪われた。
店内に置かれた無料で持ち帰れる招き猫のポストカードも手に入れた。
学園の生徒限定の試供品もいただいた。
オープン記念来場者プレゼントの小さなピンク色の石のついた『リベトワ』のネーム入りチャームも貰った。
キャーキャー皆で喜びながら、カバンに付けた。
すると不思議なことに、何故噂に左右されて店まで突撃してきたのかわからなくなった。
「私達、何をしていたのかしら?」
「いいじゃない。そんなことより、早く口紅を試してみたいわ」
少女達は足早に自宅を目指し、次の日からお小遣いを貯め始めた。
勿論、リベトワの新色リップを買うためだ。
この一連の流れは、決して彼女達だけに起こった事ではなかった。
聖女が次々と送り出す女子生徒達は尽く『リベトワ』の虜となり、リベルタとトワレを褒め称えるようになっていく。
これは、決してリベルタが画策して作り出したサイクルではない。
ボニートの言葉の力に支配されていた彼女達は、『リベトワ』の圧倒的な魅力を目にして、強い衝撃を受けたのだ。
『欲しい』
人の根源的感情である欲求は、頭で考えるよりも先に心を動かすことがある。
さらに、配られたチャームについているピンクの小さな石には、作成者のリベルタが放つエネルギーが込められていたのだろう。
そう、あの『関守石』のように。
その辺の呪詛師の呪いくらい瞬殺するかもしれない代物を来店特典で無料で配りまくったことは、リベルタの本意ではない。
ただ、リベルタがシャイネンに贈る『お守り』を作成していたら、試作品だけで部屋が半分埋まってしまったのだ。
しかも、それらを見たクルーガーの、
『男が付けるには可愛すぎるな』
という一言で途端にやる気を無くし、この大量の在庫を放置した。
「リベルタ、これ邪魔!」
「んー、もう要らない。トワレの好きにして」
丸投げされたトワレは、自他ともに認める『もったいないオバケ』だ。
野菜クズを肥料にするくらいには、無駄遣いをしない。
一体何で作られているのかと確認すれば、ピンク色の石は岩塩だった。
リベルタの前世の記憶では、塩は邪気を払う力を持っていた。
それ故にお守りにしようと思ったようなのだが、パッと見れば宝石のようにも見える。
所謂、『高見え』と言うやつだ。
原材料は、塩とマジックバッグの作成で出た布の切れ端。
捨てるには惜しいが、売れるほどのものでもない。
そこで、トワレはこのお守りにネームタグを付け、それっぽいチャームに仕立てて配ってしまったのだ。
これもまた、運命。
トワレの断捨離のお陰で状態異常を起こしていた女子学生達は正常に戻り、意図せず、学園内の平和は保たれた。
ただ一人、聖女だけが、
「なんで、皆、言う通りに動かないのよ!」
と寮の一人部屋で叫んでいた。