作品タイトル不明
第七話 全コンプへの一歩
「最近どうしたんだ?フレルトの調子がどんどん上がってるな」
「あぁ、しかも、見た目も前みたいに戻ってきているし」
ある日を境に以前の輝きを取り戻し始めたフレルトに、同級生達も驚きを隠せない。
対戦相手を躊躇なく踏み込み倒す姿は、入学当初を思い起こさせる。
そこに剣に対する恐れはなく、あれほど怪我をすることを怖がっていた者とは思えない。
この快進撃の裏には、最近秘密裏にお近づきになった聖女が居た。
「まぁ、こんなに酷い怪我を放っておいてはいけません」
校舎裏で、人目を気にして隠れるように座っていたフレルトを見たボニートは、悲しげな顔をして彼に近づいた。
当のフレルトは、いきなり現れた美しい少女に言葉も出ない。
しかも、その少女が目を閉じ傷に手を翳すと、あっという間に傷が治ったのだ。
「君は……聖女様なのか?」
「そう呼ぶ方もいらっしゃいますが、私はただのボニートです。それよりも、貴方はこんな所で燻る方ではありません」
初対面なのに、まるで何もかも知っているといわんばかりに、自分を褒め称えてくれるボニート。
こんな風に優しくされるのは、いつぶりだろう。
フレルトの警戒心は、彼女の甘い吐息だけで、誕生日のロウソクのように呆気なく消える。
その瞬間、昔、リベルタに賛美されていた頃のことを思い出した。
もしかしたら、彼女が傍に居てくれたら、輝いていた頃の自分に戻れるかもしれない。
「怪我なんて、いつでも私が治して差し上げます」
何故、彼女がここまで自分に親切にしてくれるのか分からない。
それでも、これは、自分にとっての最後のチャンスだと思えた。
「ありがとう。君は、俺の天使だ」
この台詞は、フレルトがボニートに恋に落ちた時に出る言葉である。
なんというチョロさだろう。
よほど、優しさに飢えていたのかもしれない。
フレルト攻略の確定条件を満たしたボニートは、ニンマリと含み笑いをし、フレルトの手を握った。
恋愛関係にない男女が不用意に手を握るなどということは、この世界ではありえない。
ドキリと心音が鳴り、フレルトの恋心は更に燃え上がった。
流石は、前世であらゆるタイプの攻略対象を落としてきただけはある。
こうして、簡単にボニートの手に落ちたフレルトは、彼女に見合う男になるべく、再び剣に向き合うことを心に決めた。
その気迫たるや、対戦相手を殺そうとするほどの激しさ。
負けを認めた相手にすら、剣を振り上げ教師に止められることすらあった。
確かに行き過ぎた感はある。
しかし、こうして元の輝きを取り戻した彼と幸せになるというルートも、ボニートにはあったはずだ。
そうすれば、新しく公爵家を賜り、二人三脚で家を盛り立てて行けたのだから。
まぁ、元々難ありのフレルトと超事故物件とも言えるボニートでは、どうなったか分からないが。
そして、彼女にとってのゴールは『攻略対象全コンプ』。
全く意味のない結末だが、その未来に向かって、彼女は突き進んでいくことになる。
「フレルト様は、リベルタ様に陥れられたのですね」
フレルトの語る自分に都合の良い昔話は、ボニートの同情を買うために更に脚色が加えられ、リベルタが悪女のような描かれ方をしていた。
そこに乗っかって、ボニートもまたリベルタを悪役へと押し上げていく。
ヒロインとしての隠し要素として、彼女の言葉は他人に信じられ易いという能力があった。
魅了にも近いものだが、洗脳できるほどの力はない。
ただ、何度もボニートにリベルタの悪口を吹き込まれるたび、フレルトの恨みは益々深くなっていく。
「そうだ、リベルタさえ居なければ」
「そうです。リベルタ様がいけないのです」
二人の思いは一つとなり、リベルタへの復讐という目標に向かって走り始める。
そんなことを全く知らないリベルタは、
「トワレ、こちらの壁紙にしましょう!」
新たに店舗に手を加え、学生ながら、貴族の奥様相手の化粧ブランド『リベトワ』の専門販売店を先行開店しようとしていた。
「せっかく店舗があるのに、商品が並んでいないなんて、宝の持ち腐れよ」
現在リベルタとトワレが同居する店舗兼居住スペースの2階建て物件は、2人が住む以外に使われていない。
トワレの卒業までの数カ月をかけて、商品を厳選し、満を持して開店する予定だった。
しかし、リベルタの勿体ない発言により、既に顧客を多く抱える『リベトワ』だけを店に置くことにした。
売り子は、トワレの父の商会から人員を借りる。
身元のしっかりした、営業経験豊かな女性達が担当してくれることになった。
リベルタ達がすることは、今までと変わらず商品開発のみ。
量産体制は、既にトワレの父が確立させてくれていた。
ここの店舗の存在意義は、実際に開発している2人が店舗の上に住んでいるということ。
そして、お得意様の取引に関しては、彼女たちが出向くこと。
顧客の肌を調べ、その人に合った商品を紹介し、更には、オートクチュールのように専用商品まで作り上げる。
美意識の高い貴婦人達にとって、『リベトワ』の上級会員になることとマジックバッグを持つことは、ある種のステイタスと成りつつある。
そこに肌質に合わせたプライベート商品まで加われば、リベルタとトワレに会う権利を得るために幾らでも金を積むだろう。
だが、リベルタ達が客を選ぶ際に最も重視する点は、『購入年数』だ。
『リベトワ』が売り出されて、はや四年。
まだ無名の頃から長く愛用し、継続的に購入してきた人だけが自分だけのオリジナル化粧品を手に入れることができる。
中には、商家の奥様や自身が商いを行う女性実業家などといった貴族以外の女性もいた。
そして、極秘だが、女性以外の人もいた。
『商品を心から愛してくださる方を大切にする』
身分制度が根強く残る社会で、貴族におもねらない強気な経営方針に、更なる付加価値が付いた。
特に、元平民なのに伯爵令嬢と肩を並べて活躍するトワレに憧れる少女は多い。
コツコツと貯めたお給金を握りしめ、『リベトワのリップ』を買いに来ることが、彼女達にとっての目標となった。
ちょっとお高いけど、決して手の届かないものではない。
しかも、品質はピカイチ。
この経営理念は、今後、トワレがクルーガーと共に商会を立ち上げた時にも受け継がれていくことになった。
例え王族でも、権力で言うことを聞かせることのできない大商会は、唯一、旧友である女伯爵にだけは甘かった。
しかしそれは、十年以上先の話。
今は、可愛いボトルを店に並べ、開店に向けて、あーでもないこーでもないと二人で相談をしている最中だった。
そんな中、
カランコロン
ドアに付けたベルの音が鳴った。
振り返ると、そこには手土産を持ったシャイネンが立っていた。